上 下
5 / 5

わたし、頑張る。5

しおりを挟む
 ディートは確かに一緒に入店するにはうってつけの男だったようだ。

 王都・クラナッハ一の娼家、「黄金の仔兎亭」は、その可愛らしい名前とは裏腹に、重厚な門構えと、それに見合ったものものしい守衛に守られた館であった。

 柔らかく、しかししっかりとアメリアの手をとり、いつのまにかちゃっかり腰にまで手を回したディートは、守衛たちに愛想を振りまき(ついでにこころづけを握らせてやり)、なんなく門と玄関を通過し、出迎えた年齢不詳の美魔女な女将と二言、三言、言葉を交わすと、勝手知ったる風情で案内も乞わずに二階の一室に沈没した。

 「……やれやれ、着いた着いた」

 ディートは豪奢な繻子の張られたソファにどかりと腰を下ろすと、威勢よく長靴を脱ぎ捨てた。
 
 「あんたも座れよ、アメリー」

 所在なげに扉付近で立ち尽くすアメリアに、ディートは気安く声をかけた。

 緊張して当然だよな、とディートは考えている。
 このお嬢さんはいろいろぶっとんでいて、世慣れた彼も出会った直後は絶句したりうろたえたりしたとはいえ、こうして彼の領域──よほどの`顔’なのだろう──に落ち着いてみればすっかり余裕の表情だ。

 ソファと共地のオットマンに足を投げ出しながら、自分の隣をぽんぽんと叩いてみせた。
 
 「……有難う」

 小さな声で礼を言うと、アメリアは音もたてず、淑やかに歩を進めて、大人しく示されたところに腰を下ろした。

 その様子をディートは遠慮なく眺め、男の拳一つ分くらい離れて座ったアメリアに視線を移す。

 「緊張すんなってほうが難しいだろうけどさ。いきなりとって食ったりしないから安心しろよ」
 「いきなり?」
 「`売り’に来たんだろ。女将と話したんだけどさ。あんたは俺が買うことになった」
 「!?……そう、ですか。……」

 いきなり生々しい話をされて、アメリアはからだを硬くする。
 
 (ここは娼家。わたし、そのつもりで来たんだもの)
 
 ごくり、と生唾を飲み込んで気合を入れ直すと、アメリアは部屋へ入って初めて、ディートに緑色の目を向けた。
 
 小麦色の肌、冴えた群青の瞳、濡れ羽色の漆黒の長い髪。入室して外衣を打ち捨てた彼は簡素なシャツ姿だったが、それでもはっきりとわかる鍛えられた体つき。決して太っていないのにひ弱さを微塵も感じさせない。
 鋭利なナイフのような印象の男。

 (きれいな男のひと、だったのね)

 チャラいタラシ男認定をしていたアメリアだったが、この期に及んでやっと、男の容姿を正しく評価した。

 (このひとが、わたしを買ったんだわ)

 娼家はそこで好みの女を見繕い、ひとときの夢を見せるところだが、外部調達した女を同伴して、いわば連れ込み宿として利用することもできる。
 ディートはその同伴相手として、男を悦ばせる経験もなくプロ根性もないアメリアを連れてきてくれたのだ。

 (感謝しなくちゃ)

 育ちのよい、生真面目なアメリアはそう考えて、ふうぅぅっ、とひとつだけ深呼吸をした。

 ディートにしてみれば、毛色の変わった、けれどとびきり綺麗な猫を連れ込む金を出しただけのこと。
 どのみち黄金の仔兎亭、で女を調達するつもりだったのだから、ちょっと割高でも出す金に変わりはない。
 それどころか、明らかに「初物」なわけで、アメリアが感謝するいわれはほぼ皆無のはずだが、律儀な彼女は丁寧にお辞儀をした。 

 「ディート様。どうぞよろしく、お願いします」
 「……ああ、よろしくなアメリー」

 ぞんざいな返事を返しながら、彼の頭の中はフル回転だ。

 見かけたときから「すげえ美人」とは思ったが、こうして至近距離で見ても欠点らしい欠点のみつからないアメリアの美貌と、その限りなく優雅な挙措と、けれどそれとはちぐはぐなぶっとんだ先ほどまでの会話を思い出しながら想像する。
 
 (この女を抱くと……なーんか面倒ごとに巻き込まれるようなニオイがぷんぷんするけど)

 彼は別に同情やお情けで「ただ連れてきた」だけではない。
 買ったからには美味しく頂こうと思っている。

 けれど。だがしかし。

 どこからみても良家のご令嬢。それも、とびっきりの。今頃お屋敷だがお城だかではこのコがいなくて大騒ぎなんじゃないか?

 それに、だ。
 
 えらく思いつめている。お供も連れずこんなところへ来て、緊張はしているが俺が連れ込んでも拒否るでもない。
 よほどの決心なんだろう。
 ヒヒジジイとの結婚か。彼氏に振られたか。初物なんか頂いたらまずいことにならないか。
 
 第六感的にはガンガン警鐘が鳴っているが、目の前の宝石のような`仔兎’を前に聖人君子でいられるか?

 (──否。ありえないね)

 時間にしてみればものの数秒だが、ディートはそれなりに自問自答を繰り広げた結果、今は男としての本能に身を任せることにした。

 とはいえディートはけだものではない。
 目の前の極上の仔兎を、できれば怯えさせず(まあ、その怯えもちょっとばかりなら行為のスパイスと言えようが)じっくり美味しく味わいたい。

 わずかに自分に向かって下げられた白金のかたちのよい頭に手を伸ばす。
 それを、ディートは子猫でも撫でるように、あやすようにゆっくりと撫で下ろす。
 さっき、その極上の手触りを味わったばかりのゆたかな白金の髪から、ぴくりと震える華奢な肩まで。
 何度も、何度も。
 アメリアのからだから強張りが抜けるまで。

 「……かわいいな、アメリー」

 彼は脱力したアメリアの、ふっくらとした耳朶に向かって囁いた。

  
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(3件)

ポチブル
2020.01.14 ポチブル

面白い出だし❗早く続きが読みたです✨他の作品もファンです🎵

あこや(亜胡夜カイ)
2020.01.15 あこや(亜胡夜カイ)

ポチブル様、こんばんは!感想を頂き有難うございます!!
すっごく嬉しいです!!ノリで書き始めたお話ですので続きをリクエスト頂けるなんて。。。☆☆
どうしても長編のもう一つのほうに手が伸びてしまうのですが、こちらも捨て置かずに更新するようにしますね。
他の作品もお読み頂けているなんて。本当にありがとうございます!!
宜しければまたポチブル様の推しを教えて下さいませ♡
どうか引き続きよろしくお願い申し上げます。

解除
niboshi
2019.09.03 niboshi

新たな世界の開幕、おめでとうございます。
始から握りこぶしの語り口ですね🎵
勢いの溢れる展開にすんごい期待してます。ブイブイ言わせちゃってください‼️
ありがとうございます。

あこや(亜胡夜カイ)
2019.09.03 あこや(亜胡夜カイ)

niboshi様、こんばんは!こちらのお話にも感想を頂き有難うございます!!
お励まし、有難うございます。<m(__)m> 前作はそれなりにシリアスなテーマも内包していたりしましたが、こちらはお気楽に楽しくがつがつ(ブイブイ、もOK♪)進めて行けたらなと思います。
とりあえず更新を頑張りますね!
どうか引き続きよろしくお願い致します。

解除
もも
2019.09.02 もも

この先の展開がどうなるのか、楽しみです!

あこや(亜胡夜カイ)
2019.09.02 あこや(亜胡夜カイ)

もも様、こんばんは!こちらにまで感想を下さり有難うございます!やった!初感想♪♪嬉しー♪♪
勢いで書き始めましたので荒唐無稽なものとなる可能性はありますが、気軽に読める楽しいお話にしたいな、と。
励まして頂きとても嬉しいです。今もしこしこ書いております!どうか引き続きよろしくお願い申し上げます!!

解除

あなたにおすすめの小説

【R18】突然召喚されて、たくさん吸われました。

茉莉
恋愛
【R18】突然召喚されて巫女姫と呼ばれ、たっぷりと体を弄られてしまうお話。

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

アリスと女王

ちな
ファンタジー
迷い込んだ謎の森。何故かその森では“ アリス”と呼ばれ、“蜜”を求める動物たちの餌食に! 謎の青年に導かれながら“アリス”は森の秘密を知る物語── クリ責め中心のファンタジーえろ小説!ちっちゃなクリを吊ったり舐めたり叩いたりして、発展途上の“ アリス“をゆっくりたっぷり調教しちゃいます♡通常では有り得ない責め苦に喘ぐかわいいアリスを存分に堪能してください♡ ☆その他タグ:ロリ/クリ責め/股縄/鬼畜/凌辱/アナル/浣腸/三角木馬/拘束/スパンキング/羞恥/異種姦/折檻/快楽拷問/強制絶頂/コブ渡り/クンニ/☆ ※完結しました!

[R18] 18禁ゲームの世界に御招待! 王子とヤらなきゃゲームが進まない。そんなのお断りします。

ピエール
恋愛
R18 がっつりエロです。ご注意下さい えーー!! 転生したら、いきなり推しと リアルセッ○スの真っ最中!!! ここって、もしかしたら??? 18禁PCゲーム ラブキャッスル[愛と欲望の宮廷]の世界 私って悪役令嬢のカトリーヌに転生しちゃってるの??? カトリーヌって•••、あの、淫乱の••• マズイ、非常にマズイ、貞操の危機だ!!! 私、確か、彼氏とドライブ中に事故に遭い•••• 異世界転生って事は、絶対彼氏も転生しているはず! だって[ラノベ]ではそれがお約束! 彼を探して、一緒に こんな世界から逃げ出してやる! カトリーヌの身体に、男達のイヤラシイ魔の手が伸びる。 果たして、主人公は、数々のエロイベントを乗り切る事が出来るのか? ゲームはエンディングを迎える事が出来るのか? そして、彼氏の行方は••• 攻略対象別 オムニバスエロです。 完結しておりますので最後までお楽しみいただけます。 (攻略対象に変態もいます。ご注意下さい)   

伯爵令嬢のユリアは時間停止の魔法で凌辱される。【完結】

ちゃむにい
恋愛
その時ユリアは、ただ教室で座っていただけのはずだった。 「……っ!!?」 気がついた時には制服の着衣は乱れ、股から白い粘液がこぼれ落ち、体の奥に鈍く感じる違和感があった。 ※ムーンライトノベルズにも投稿しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。