溺愛三公爵と氷の騎士、と私。

あこや(亜胡夜カイ)

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異世界バレンタイン!~御方様、チョコレート作りを思いつく~ 6.

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 四人全員、待ち構えているなんて。

 忙しい夫たちだというのに、いったいどうしたのだろう?
 
 顎を外しかけたが、すぐに我に返って、私は一つ咳払いをした。
 私は何も悪いことはしていない。
 それどころか、夫たちを喜ばせようとチョコを作っていたのだ。
 何を後ろめたいことがあるだろうか?

 「皆、早かったのね。四人全員揃うなんて嬉しい。……お疲れさまでした」

 私は腹を据えて、盛大ににっこりした。

 ルードとユリアスは「ただいま」って呟きながら、すぐに笑みを返してくれた。よかった。
 レオン様も「ああ、ただいま」と言って微笑んでくれたけれど、目が笑っていなかった。ちょっと怖い。
 そしてオルギールは。

 「ちっとも早くありません。リアの戻りが遅かったのです」

 と、一ミリの忖度もなく、言い放ちやがった。

 なんて感じ悪い、と、出会ったばかりの頃の私だったら思ったかもしれないが、氷の無表情に見えて、微かに不満そうというか不平そうというのか。
 ついさっき、「私を放っておいて」云々と言っていたことも考え合わせると、子供が拗ねているようにも見えて、逆にかわいらしくも見えてしまう。
 惚れた弱みというやつである。
 
 「ごめんなさい、オルギール」

 とりあえず謝って、私はオルギールの手を取った。
 両手でオルギールの大きな手を取り、撫でたり擦ったりしながらちゅっとする。
 「リヴェア、俺も!」と手フェチのルードは息巻いているけれど、まずは一番機嫌が悪そうなオルギールをなだめなければ。

 オルギールは取られた手を解こうとはせず、黙って私の好きなようにさせたまま、綺麗な紫水晶の瞳をこちらに向けている。
 
 「あとでちゃんとお話をして渡すけれどね。実は皆に贈り物をしたくって頑張って作っていたの」

 別に嘘を吐くつもりはない。
 私は正直に言った。
 バレンタインまであと数日あるが、フライングで渡さざるを得ないだろう。
 オルギールはこんなふうだし、レオン様だって「今まで何をしていたかすぐに言え」と無言の圧をかけてくるし、優しいルードだって理性派のユリアスだって、いずれは「で、今まで居所を知らせず何を?」って、結局は詰めてくるのは目に見えている。

 たぶん、影・一番は私との約束を守ったのだろう。
 約束を守って、どこで何をしているか言わなかったのだろう。
 守ったからこそ、皆、私を捜索することもなく、部屋で待ち構えていたに違いない。
 なぜ、四人揃っているかは疑問が残るが。

 「……ね、オルギール。すごく頑張って作ったの。気に入ってくれると嬉しいな。美味しいのよ」
 「食べ物ですか」
 
 フラットな声でオルギールは言う。
 そんなにすぐに機嫌を直すのもどうかと思っているのだろうが、興味がないはずがない。

 「午後中ずっと、この時間までかけて何を?」
 「話すから。──アルフ」

 私はアルフを振り返って目配せした。
 今の今まで、気配を消してひっそりと傍に控えていたのだ。
 
 彼は丁寧に一礼して、持っていたものを捧げるように恭しく差しだした。
 夫たちに渡すチョコレート四箱、の入った袋である。

 夫への贈り物をアルフに持たせるのはどうかと思ったのだけれど、立場上、私が荷物を持って親衛隊長が手ぶらというのはいかがなものかと、彼自身が「自分が持つ」と言い張ったのだ。
 自分の分を先に一箱確保しているアルフは、気持ちに余裕があったのだろう。「護衛こそ手ぶらにしておかないと、いざというときに抜剣が遅れるんじゃ」と私が言っても頑として譲らなかった。「こいつを持ってるくらいで遅れるもんか」と不敵に笑って。

 「これよ!──あ、」
 「リーヴァ、有難う。もらっておく」

 ずいと近寄ったレオン様が、袋を取り上げた。
 そして、がさりと袋を開けると、形の良い鼻を突っ込んで、

 「酒と。……変わった香りだな」
 
 すんすんしながら言う。
 確かに、袋の口を開けただけで、何とも言えない濃厚で芳醇な香りがぶわりと広がる。
 カカオから作った出来たてのチョコレートは、元の世界での記憶のそれよりも数段強く、刺激と魅力に満ちた芳香を放っている。
 
 「香ばしいというか。……何とも言えん、いい香りだ」
 「レオン、俺も」
 
 ルードも袋に鼻先を突っ込んでいる。
 いい大人が紙袋に鼻先をつっこんでくんくんしているのは妙な光景だ。
 冷静なユリアスも微妙に鼻先を動かしているように見えるが、一緒になってすはすはしようとはせず、

 「匂いだけじゃなくて早く中身を見たい。部屋へ戻ろう」

 と、もっとも建設的な事を言った。
  
 「そうよ、早く戻りましょ。……って、ちょっと、オルギール!」

 振り返ると、とんでもない光景が目に飛び込んできた。

 私の意識がオルギールから逸れていた、そのわずかな隙に。
 彼は、その神速の体術でアルフの背後に回り、問答無用で彼を羽交い絞めにして、
 
 「お前は何も貰ってはいないのだろうな?」

 淡々と、けれど十分に凄みを利かせた声で詰問している真っ最中だった。
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