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異世界バレンタイン!~御方様、チョコレート作りを思いつく~ 3.

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 五人の兵士は表情を変えないまま、たいそう恭しく頭を下げ、腰を屈めて、公爵夫人である私に対する最上級の礼をとった。

 「御方様、このようなところへお運び下さるとは恐悦至極」

 五人のうち一番年長と見える男が、頭を下げたまま丁重に言う。
 口調は恭しいが、全く感情の起伏を表さない声だ。
 私の愛想たっぷりの笑顔は効果ゼロだったのだろうか、と少しばかり落ち込みつつ、

 「ちょっと用事があったので寄らせてもらったの」

 楽にして、と言い添えると、彼らはゆっくりと顔を上げた。
 姿勢を正しただけで私の顔を直視しようとはしない。
 貯蔵庫の警備、など、言ってはなんだが地味な役目と思うが、礼儀をわきまえている、というか。
 よくしつけられている。さすが、責任者がオルギールだけのことはある。
 とっておきの笑顔を黙殺されたに等しいが、兵士としては適切な反応と言える。
 どうやってアプローチしたものか、と考えながら、私は息を吸い、吐き出した。

 「あなたが責任者?」
 「はっ」
 「名は?」
 「オロスと申します、御方様。こちらの貯蔵庫の他、関連する五か所の保管庫の警備長を拝命しております」

 私と目線を合わせないまま、年長のオロス警備長は平坦な声で言った。
 貴人には直接目を合わせるべきではない、と考えているのだろうが、場合によりけりだ。
 私が軍服や貴婦人姿ならかしこまるのもわかるけれど、厨房帰りでくだけたかっこうをしているのだから、もうちょっと緊張を解いてくれてもいいと思うのだけれど。

 「オロス警備長。端的に言うわ。扉を開けてほしいの」
 「……」

 物堅い男には直球が一番だ。
 そう考えた私はストレートに言ってみた。

 返事はないが、回りくどさとか諸々の修飾語句を全て取っ払った私の言葉は、謹厳な彼に一応響いてはいるらしく、太い眉がかすかに動いている。

 「探していたものがココにあると先ほど聞いて。それで先ぶれなくこちらへ来てしまったの。本来なら入室の予約をしておくべきだとわかってはいるけれど、今すぐ、探したいの。開けてくれる?」
 「……承知致しました」
 「は?」

 思わず、聞き返してしまった。
 黙って成り行きを見守っていたアルフも、綺麗な紅い目をぱちくりさせている。
 ちなみに、オロス警備長以下、他の四人の兵士も全く表情を動かさない。
 訓練されている、と思ったけれど、責任者オルギールに似るのだろうか。
 入れてもらえるのは有難いが、こんなにあっさりしていてよいのだろうか?
 矛盾しているが、どうしてなのかと不思議でならない。

 「──ヘデラ侯閣下より、直々にお言葉を頂いております」

 私とアルフの「?」に答えるように、オロス警備長は淡々と言った。

 「くれぐれも警備は怠るな。正規の手順を踏まぬ入室を許してはならぬ。調合次第で劇物ともなる物が多々ある。たかが貯蔵庫と思わず役目を果たせ」

 「そうよね、同感だわ。間違ってない」

 いかにもオルギールの言いそうなことだ。
 思わず、私は心から納得しかけて、あわてて頭を振る。 
 「御方様、そうじゃないだろ」と小声でアルフがツッコミを入れてくる。
 そう。私は入れてもらわなくちゃいけないのだった。
 今日のところは、正論は横に置かせてもらう。
 うっかり流れで頷いてしまっただけだ。

 「でも、今は開けてくれるのね?」

 その言質をとりたくて念押しすると、オロス警備長はやはり表情を変えないまま首を縦に振った。

 「ご安心を。閣下はこうも仰せで。──ただし、私の妻がたってと望む場合にはこの限りにあらず、と」
 「……あら、そう」

 妻が、って。
 オルギールったら、どんな顔して言ったんだろう。
 なにやら恥ずかしくて頬が火照る。そして、隣のアルフは「あの野郎、むかつく」と、さっきよりさらに小声でぶつくさ言っている。声を潜めるのは正しい。オルギールの命令を忠実に果たすこの者たちに「あの野郎」なんて聞かれたら、アルフは袋叩きにあうかもしれない。

 何はともあれ、よかった。取り越し苦労だった。

 「じゃ、警備長。すぐに開けて」
 「は、お待ちを」

 警備長は胸元に手をやり、鍵らしきものと針金のようなものを取り出した。
 巨大な閂には巨大な錠前が下がっているが、これがまたずいぶん複雑な構造らしい。
 なんと針金を使って数字と絵文字を突いて動かしている。暗号のようだ。それから鍵穴に鍵を突っ込んで回すと、ようやく錠前が外された。

 巨大な錠前は大柄な兵士が持ってもひと抱えはある。ようやく両手で抱えられる、という程度に重いものらしい。
 ごとり、とはずした錠前が床に置かれ、ゴゴゴゴゴ、と二人がかりで閂が外されると、警備長が歩み出て鉄扉に両手をかけ、手前に引っ張った。一瞬、彼の逞しい肩がぴたりと静止したところを見ると、鉄扉もまたよほどに重いらしい。息をつめ、力をこめたのだろうと容易に想像がつく。

 ギイィ、と蝶番のきしむ音がした。

 ここまでは意外に順調だ。
 さあ、あとは自力で「テオブロム」を探し出せるかどうか。
 わくわくしながら固唾を飲んで扉が開けられるのを待っていると。
 警備長は予想外のことを言った。

 「──御方様、お待たせを致しました。従者の方はこちらでお待ちを」
 「なんだと」
 「なんですって」

 アルフと私の声が完全にシンクロした。
 申し合わせたように同時に顔を見合わせ、そしてふんと鼻を鳴らすところまで一緒だ。

 だが。

 「オロス警備長。俺はあいにく従者ではなく御方様の親衛隊長だ」

 従者とは何事よ!?っと抗議しようとした私より一瞬早く、アルフは意外なほど穏やかに言った。

 「いついかなるときも、親衛隊は御方様のお側を離れない。役目ゆえ、俺も御方様とともに貯蔵庫へ入る。ご理解頂きたい」

 従者などと言われて不愉快千万なはずだが、みじんも声を荒げることのないアルフは、本当に変わったと思う。
 知り会ったばかりの頃の彼なら「ふざんけんな、もう一度言ってみろ!」とか激高しただろうに。
 いい男になったなあ、と思わず感心してアルフを眺めていると、

 「──これは失礼を致しました。リリー隊長」

 ちっとも失礼と思っていない、「慇懃無礼」を具現化したようなオロス警備長の言葉に我に返った。
 なんだこいつ、と睨みつけてやったのだけれど、警備長はアルフの静かながら毅然とした様子にたじろぐ様子はない。

 それどころか。

 「リリー隊長。我が主、ヘデラ侯閣下は、御方様についてのみ、入室規定を適用せずともよいと仰せです。‘御方様についてのみ’、でございます」



 なんと、無礼なことを無礼な口調で二度繰り返した。
 これにはさすがのアルフもかちんときたのだろう。形のよい眉を寄せて、

 「念押しされずとも聞こえている」

 と、それでも口調だけは荒げずに言った。

 「‘御方様についてのみ’なのは理解している。ただ、親衛隊たる者、いわば御方様の付属品だ。頭数に入れるべきではないと思うが」
 「ご謙遜を。付属品などとは滅相もない」

 オロス警備長はもはや無礼な態度を隠そうともせず言い放った。
 私とは目を合わそうとしなかったくせに、アルフには不遜な視線を向けている。


 ……なんとまあ、こんなことで足止めをくうなんて。
 もしかすると、警備長は頭が固い、というより主たるオルギールの意を汲んでいるのではなかろうか、と勘繰ってしまう。
 警備長からすれば、親衛隊長のアルフはずっと身分が上のはずなのに、この態度はいったいなんなのか。
 残る四人の兵が同調でもしたら怒鳴ってやろうかと思ったが、見たところ表情を変えることなく二人のやり取りを見守っている。

 オルギールは、あの氷の無表情のわりには私淑する部下が多い。

 寡黙で有能な渋いジュスト少佐などは典型だ。何かとオルギールが私と二人きりの時間を取るように、取れるように仕向けている。

 まあ、ジュスト少佐は以前はレオン様の麾下でもあったから、シグルド様の「くっつけ隊」ほどあからさまな振る舞いはしないけれど。

 しかし、オロス警備長のはどうも意地悪としか考えられない。
 考えてみれば、アルフの服装を見れば従者などではなく、親衛隊長だとわかって当然だ。
 それを「従者」とは。失礼な。

 「──オロス警備長」

 思い切って、私は口を開いた。
 めんどくさいことを言わず、アルフの言うことに警備長みずから納得してくれるのが一番なのだけれど、そうは言っていられないらしい。それに、これ以上アルフに対する態度を看過できない。

 仇敵のように互いににらみ合う二人の間にやんわりと割って入り、警備長に向き直った。

 「私の夫、オルギールの命を忠実に果たす警備長には感謝しています」
 「まことに勿体なきお言葉」

 警備長は深々と頭を下げた。

 「けれど警備長。夫は私の‘たっての望み’であれば、と言ったのでしょう?私はリリー隊長を同行させて入室を望みます。それが私の‘たっての望み’、です」
 「……」

 反論をしたいのかもしれない。警備長は沈黙したまま頭を上げようとしない。
 けれど、論理的に破綻はないはずだから、私は彼の兜の飾り緒を見ながら、あと一押しと言葉を紡いだ。

 「親衛隊は常に私の身辺を護る者。その者と私を引き離し、私一人を入室させようと言うの?仮に、庫内に不埒者や刺客などが潜んでいたら?」
 「……そのようなことは、けっして」
 「仮に、と言っているでしょう。でも、どんなことだってあり得ないとは言い切れない。私は確かに腕が立つとはいえ、もし不測の事態が発生したら、連れていた護衛と引き離した責任をあなたはどうとるの?」
 「……」
 「親衛隊長と私は一心同体です。──通して」
 「かしこまりました」

 最後に一言、びしっと言ってやると、警備長はもう逆らおうとはしない。
 姿勢を正し、再び鉄扉に両手をかけると、大きく開けてくれた。

 「何かお探しであれば、ご案内出来る者をお呼びしましょうか。常に立ち入る許可を持った研究者が別途おりますが」

 腹を読ませない声でオロス警備長は言った。
 けっこうきつめに彼を詰ったと思うのだけれど、忠義者と言うべきかご親切と言うべきか。
 強面、ついでに言うならひげ面の警備長を思わずまじまじと見てしまったけれど、彼は私に対してはとにかくまったく表情を動かさない。ここまでくると可愛げがしないと言いたくなる。
 効率を考えるなら誰かに案内をさせたほうがよいのだろうけれど、提案に乗るのもしゃくにさわった。

 「見つからなければお願いをするわ。扉を開けたまま、そこで控えていて」
 「かしこまりました」

 ──ちょっとばかり不快なことはあったけれど。
 こうしてようやく、私はアルフと一緒に貯蔵庫へと足を踏み入れた。
 ぱっと見には穏やかさを取り戻したアルフが「一心同体」に内心悶絶していたなんて夢にも思わないままに。

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