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お祭り騒ぎのその果ての、そのまた後の出来事。~街歩きをしました~10.

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 眼下に広がる無数の光。
 ゆらゆらと蠢いて、まるで光そのものが生あるもののようにさえ見える。
 実際、それらすべては人々の生活の光。──日々の暮らしの灯火であり、お祭りの篝火であり──力強い、民の息吹を象徴するそれらは、「生あるもの」と言ってよいだろう。
 エヴァンジェリスタ城からも街の灯りは見えるし、とても美しいのだけれど、距離的にどうしてももっと遠いものにしか感じられない。
 その点、鐘楼から見る光は迫力がある。
 町の中心部にある塔だから、喧噪もより直截に伝わってくる。

 「……すごいわ、とても」
 
 しばらくの沈黙ののち、私はようやくそれだけを口にした。

 「なかなか、みごとだろう?」

 レオン様は得意げに言って、背後から回した両手を私のお腹の下で組んだ。
 ぴったりとくっついた互いの体温も、耳元をかすめるレオン様の吐息も、温かでうっとりする。
 
 鐘楼のてっぺんは思っていたとおり吹きさらしだ。塔内から昇ってきた階段の入り口部分だけが屋根も扉もついた小部屋のようになっているだけで、そこを一歩出れば巨大な鐘を吊るすための屋根だけがあって窓は無い。腰高の壁に四方を囲まれてはいるものの、広く鐘の音を響かせるよう風の抜ける設計になっているから当然肌寒いはずなのだけれど。

 肌寒いところだからこそ、なのか。
 それとも、さっきのあれこれで私が欲情したままだからなのか。
 寄せ合ったからだのぬくもりと感触が、いつにもまして心地よい。これだけで恍惚とするほどに。 
 
 「……ここは俺の気に入りの場所なんだ」

 レオン様は私のこめかみの匂いを嗅ぎながら言った。
 おなじみの行為。
 光の海に見とれながら、そういえばマッパで初めて出会ったときから、レオン様はこうしていたのだっけ、と不意に思い出す。
 
 「城からの眺めもなかなかだが、俺はこちらのほうが好きだ」
 「……」

 レオン様の抜群の美声は耳のごちそうと言ってよい。
 もっと聞きたくて、聞いていたくて、とくだん相槌を求められてはいなさそうだから、私は黙って耳を傾けた。

 「人々の暮らし、笑って泣いて怒って、しばしば乱闘沙汰まで聞こえて。……喜怒哀楽を、大げさに言えば彼らの人生そのものを、この灯りをとおして見ているような気になる。体感できる」

 私とおんなじだ。さっき感じたこと、そのままだ。
 心からの同意を表そうと、言葉の代わりに私は少し頭を反らして、レオン様の胸にすりすりする。

 「可愛いな、リーヴァ。君もそう思うか」
 
 満足そうにレオン様は小さく笑んで、私の額に口づけをひとつ落とした。
 傍から見れば胸焼けしそうな極甘な光景だろうが、ここには私たち以外いないはず。
 私は安心してレオン様の柔らかな唇の感触を楽しんだ。

 「俺は物心ついたときから次代の名君などとと言われてきて──」
 「さぞかし、優秀でいらしたんでしょうね」
 
 思わず深く頷くと、レオン様は平然と「まあな」と言った。
 謙遜など無用なのだろう。

 「エヴァンジェリスタ公爵家の後継者として育てられ、父を超えるほどの逸材と言われ、俺もそれは当然と思っていた。何をしても、何を学んでも面白いように身に付いた。人より容易く抜きん出ることができた。まあ、なんとしても敵わない奴もいたが、世間は広い。俺より優れた能力を持つ者がいてもおかしくはない」
 「敵わない奴?」
 
 私は反射的に聞き返した。
 どこの誰、って思う。
 レオン様ほどの人が「なんとしても」なんて。
 
 首を捩じってまじまじとレオン様の顔を見ると、目があったレオン様は引き締まった形のよい唇を少し笑みの形に吊り上げた。

 「誰か、という顔だな、リーヴァ」
 「それは、レオン様」

 知りたいに決まっている。
 能力主義のグラディウス一族だから、要職についているだろうか。
 そう口にすると、レオン様は「要職どころか」と言ってにやりとした。

 「聞けば当たり前と思うだろうが……オルギール・ド・カルナック。今はヘデラ侯、君の夫の一人」
 「……はあ、なるほど」

 脱力した。聞けば当然、納得だ。
 三公爵、とくにレオン様とオルギールは昔なじみだったというから。
 それにしても、なにをしても勝てない相手が身近にいる、というのはどういう感覚だろう?
 悔しかったり腹が立ったりしないのだろうか。
 
 「学問も武芸も、一とおり学ぶ楽器の演奏なども。……あいつはやすやすと俺たちの上を行く。ほんの小さい頃は悔しかったような気がするが、すぐに悟ったんだ。‘力で敵わなくともいいのではないか’と」

 私の脳内の疑問に答えるように、レオン様は言った。

 「この男の実力を認め、この男の信頼を得て俺の側近にすればいい。そうしたら俺はもっと強くなるじゃないか!と思ったんだ」
 「さすがレオン様」

 すばらしく健全で前向きな言葉。拍手でもしたいくらいだ。

 そろそろちゃんと向き合いたくなって、私はレオン様の長い腕に囲われたままからだを反転させた。
 レオン様は私が動く間だけ腕の力を緩め、向かい合わせになると腰に手を回して柔らかく抱き寄せてくれた。
 夜景に背を向けることになってしまったけれど、賑やかなお祭りの夜の気配は塔の四方からしっかりと感じることができるから、音だけを聴覚で拾うのも悪くない。
 そして、代わりのように、レオン様の肩ごしに鮮やかに光る月が視界に飛び込んでくる。あとしばらくで中天にかかるのだろうか。本当に「月照祭」というだけあって、この時期の月は本当に眩く、美しい。見上げるたびに、何度でもそう思う。

 けれど、どんなに煌々と照り映える月よりも、いや、真昼の太陽よりも、私のレオン様の鮮やかさにはかなうまい、と、私は月と、レオン様のお顔を見比べながら確信する。
 
 人の上に立つ者特有のオーラ。
 傲然としているけれど、見目好く身分高く、自分自身これほどに優れていても、けっして尊大ではない。自らを上回る実力を持つ者の評価を適正にできて、身近に置くことができる懐の深さ、おおらかさ。

 初めて会ったときからこうだった。
 その場にいないオルギールのことを手放しで褒めていて、思えばそれがきっかけで私はレオン様に惹かれたのだった。
 姿かたちや身分だけではなく、なんて素敵な人なんだろうと、出会ってすぐにそう思ったのだ。
 すっぽんぽんで異世界転移したあのとんでもない日からいくらもたたないうちに、レオン様に求められてからだの関係になったけれど、今思えば出会ったその日から好きになっていたのだろう。
 一目惚れ、ともまた違う。
 確かに外見は極上だけれど、誓ってそれだけじゃない。
 人をほめることに、評価することに言葉を惜しまない。
 それでいて、為政者としての冷徹さも十二分に兼ね備えていて……
 
 「──好き、すてき、レオン様」

 ぽろり、と心で感じた言葉がそのまま、脳を経由せずに私の口から転がり落ちる。
 リーヴァ、とレオン様が破顔した。

 「好き好きレオン様、ああもう私、なんて言っていいかわからない……」
 「ありがとうリーヴァ」
 
 レオン様の機嫌のよい声とともに、羽のように軽やかな口づけがたくさん降ってくる。
 私はレオン様の広い背中に手を回してぎゅうぎゅう抱きついた。
 レオン様の胸に顔を押し付けて、その香りを堪能する。
 匂いフェチのレオン様は私の香りのことばかり言うけれど、私だってレオン様の香りは好きだ。くっついたときはこれ幸いとくんくんしてしまう。

 爽やかなのに、ずっと嗅いでいるとどこかしら官能的というか、男性らしい色っぽさを滲ませる香り。
 
 好き好き大好き、愛してる、とうわごとみたいに繰り返しながらレオン様にしがみついているうちに、私はだんだん熱くなってきた。

 さっき。広場であの女を追い払ったとき。
 あの時、私は間違いなく発情していた。抱かれたい、と思っていた。
 レオン様に執着する女への対抗心とか、その女の前で見せつけるように交わした深い口づけとか、私たちが出会った頃のこととか、そして──

 「私のレオン様」
 「?おい、リーヴァ、」

 私はレオン様の足元に跪いた。
 どうした、と、突然の私の行動にうろたえ気味のレオン様の言葉を無視して、レオン様の腰に縋りつくようにしながら手早く彼の脚衣を寛げる。

 「レオン様が欲しいの。すぐに、欲しいの」
 「!?っ、リーヴァ……」

 熱くなった思考のままに、恥ずかしいことを口にしながらせっせと手を動かす。
 いつも脱がされるばかりで私が脱がすことはめったにないからもどかしかったけれど、私がこんなことをするとは思っていなかったらしいレオン様はかなり動揺していたらしくて、白けるほどの時間がかかることもなく、私はなんとか目当てのを取り出した。
 まだ完全には勃ちきっていないのに、月明りの下であらためてみるレオン様の分身は長大だ。
 外気と、私の視線と、非日常のせいか、みるみるうちに強度を帯びてゆく。

 「愛してるの、レオン様」

 眼前のそれに向かって宣言すると、ぱくりと咥えて手始めにきゅう、と頬をすぼめて吸ってみた。

 「くっ、……リーヴァ」

 レオン様が呻くように私の名を呼ぶ。
 と同時に、咥内のそれが一気に膨れ上がって巨大化して、とてもじゃないけれど喉奥までは入れていられなくて、私はいったん不本意ながら撤退した。
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