溺愛三公爵と氷の騎士、と私。

あこや(亜胡夜カイ)

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お祭り騒ぎのその果ての、そのまた後の出来事。~街歩きをしました~9.

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 「やれやれ。ようやくお呼びがかかった」

 ルードは葉っぱや花びらをぱんぱん払いながら言った。

 「そういえば私も」
 
 同じ状況のはず、と目線を落とすと、

 「かわいいからいい。気になるなら俺がとってやる」

 レオン様は頬にちゅっとしながらそう言って、早速私の頭の上から大きな赤い花びらをとった。

 よほど、たくさんついているらしい。
 花びらも葉っぱも摘まんだり払ったりしながらとってくれているが、ときどき偶然かわざとかわからないが、うなじに唇が触れたり胸の先に手のひらがあたったりしてそのたびに飛び上がる。
 
 さっきまでたくさん口づけをして、お互いむらむらしたままのはずだ。
 レオン様はすましているけれど、私はちょっとした刺激にも不本意なほど大きく反応してしまって恥ずかしいったらない。

 「──ね、ルード、ユーリ」

 やっぱり微妙に妖しいレオン様の手の動きをあえて無視して、私は二人を見上げた。
 二人は私と目が合うと、返事のかわりににっこりしてくれた。
 
 カッコイイ、素敵。目がつぶれそう。

 ──じゃ、なくて。

 「お肉と飲み物は?」
 「ああ、これだ」

 二人はごそごそと外衣の中を探って私に差し出した。

 「ありがとう。……ってこれ」

 私はまじまじと手元を見つめた。
 そして視線を彼らに移す。
 
 なんかすごく減ってないか? 
 袋、ぺたんこだし軽いし、飲み物のカップが一個しか……

 「すまん、待っている間に食べてしまった」
 「一本だけは何とか残したぞ。それに君の飲み物はある」

 ユリアスはいくぶん済まなさそうに見えなくもないけれど、ルードときたら気持ち胸を反らせている。
 なぜ、そこでドヤ顔。

 「完食しそうだったのを我慢した。ちゃんと君の飲み物は残しておいた」 
 
 ……あんなにあったのに、残り一本ですか。果実水もカップに三分の二くらいしか。
 それに、レオン様用のお酒は。

 「せっかくリーヴァが買ってきてくれたのに」

 俺の酒、とレオン様は不満そうに呟いたけれど、「まあいいか、城で飲むか」とたちまち気分を変えたらしく、私の頬を撫でながら言った。

 「リーヴァ、帰るだろう?」
 「ん、それは」
 
 現れたルードとユリアスのせいか、脳内のピンク色の霞がちょっと晴れたらしい。
 私は少し言いよどんだ。

 せっかくの街歩き。楽しいお祭りの夜。
 なんとなくうやむやのまま帰るなんてもったいない。
 理性の部分では心からそう思う。

 ──けれど、でも。
   
 頬を覆うレオン様の手のひらの感触。
 さっきの、寝所でするような濃厚な口づけ。

 あれからずっとからだの奥に熾火が灯ったような気がしていて、もちろん私は初心な処女などではないからわかっている。

 自分は発情してしまってるのだ、と。

 今さら取り繕うつもりはない。
 さっきのイカれた女の執着を見ていて、私は居ても立っても居られなくなってしまった。
 植え込みの中から割って入ったのは、確かに激高したレオン様が万一にも本当に抜剣しないよう止めるためだったけれど、実はもう一つ、あの女の口から「レオン様」と言う言葉を聞きたくなかった、というのが一番の理由だったから。

 私の知らないレオン様を知っているあの女。
 議長の娘。犯罪など犯して、いわば「自滅」しなければ、本当に今頃はレオン様の隣に立っていてもおかしくなかった。

 そんな女が、私のレオン様に親し気に呼びかけて、レオン様はあからさまに嫌そうだったとはいえ、今にもしなだれかからんばかりの風情で図々しく隣に腰かけていて、頭が沸騰するかと思った。
 
 だから、その激情のまま女を追い払ってレオン様と口づけを交わしてからは、まるで痴女みたいになっている自分を持て余すというか、嫌悪感を覚えるほどむらむらしている。
 
 ──抱かれたい。
 さっきからずっと。あの女に見せつけるようにレオン様が激しい口づけを仕掛けてきて、そのあとからずっと。
 レオン様はそれがわかっているから「帰るだろう?」って言っているのだ。
 
 私を撫でる手、見下ろす甘い金色の瞳。
 既に隠す気もないらしいほどの色を滲ませて、私を誘っている。

 「……でも、もう少し、お祭りを」

 金色の瞳に魅入られたようにぼうっとしながらも、かろうじて私の口は理性を保っていたらしい。
 口にしてしまってから、この火照ったからだをどうしようかと考えていると。

 「帰りたくもあり帰りたくもなし、か。……なるほど」

 ずばり、まさに私の心境をさらりと読み取ってひとりごとのように呟くと、レオン様は軽く頷きつつ私の手をとった。

 「ちょっと寄り道をしてから帰ろう。な、リーヴァ」
 「……」

 私は黙って頷いてぼんやりと立ち上がった。

 「──俺たちはもうちょっとふらついてから帰る」
 
 一本だけになってしまったお肉の串と飲み物を、それでもしっかりと受け取りながらレオン様は言った。
 
 「当たりくじは俺が引いたんだぞ。わかったらお前たちはとっとと帰れ」
 「……まあ、今年は譲ってやるさ」
 「来年からは持ち回りだぞ」

 ルードは鼻にしわをよせて不承不承といった面持ちで頷き、ユリアスは冷静に念押しをしたけれど。

 「いいや、別に持ち回りとは決めていなかったはずだ。来年もくじ引きだ」

 レオン様は言い張った。
 
 あらら。
 さっきユリアスもルードも「毎年順番に」とか「交代で」と言ってなかった?

 「ぼんやりと口を開けて毎年一回の順番待ちなどしてられるか。運を味方につけてリーヴァと過ごす権利を勝ち取るんだ」
 「自信満々だな、レオン」
 「俺はこういう運は強いほうだからな」
 「来年からずっとはずれくじを引いても同じことが言えるかな」
 「俺が勝つ」
 「レオン、賭博とは違うんだぞ」
 「賭け事もくじ引きも似たようなものだ」

 レオン様は賭け事に強いらしい。
 驚くべきことにこちらの世界にもトランプに似たカードゲームのようなものがあって、それで金銭を賭けたりもするのだとか。以前、オルギールから聞いた。
 レオン様は頭がよく、カンも鋭くておまけに強運の持ち主で、賭場では向かうところ敵なしだったらしい。レオン様と勝負をすると皆が素寒貧すかんぴんになるので以前はちょくちょく招かれていた社交がわりの賭場にもさっぱり招かれなくなってしまったのだそうだ。

 「……もう行きましょ、レオ」

 ちょっと子供っぽい言い争いが止む様子がないので、私はレオン様の袖を引っ張った。
 そうだな、と言って、レオン様は私の腰を抱いてさっと踵を返す。
 挨拶がわりだろう、振り返らないまま片手を上げた。

 「あまり遅くならないように」
 「気をつけてな」

 ルードもユリアスも最後はいたって穏やかに言ってくれるのを背中ごしに聞きながら、私たちは広場を後にした。

 
***


 小腹を空かせたままだったので、歩きながら仲良く一本の串を分けっこして食べあい、果実水は私が頂き、レオン様は流しの売り子から葡萄酒を一杯買ってくいくいっと飲み干して。
 はぐれないようにレオン様にしっかりと手を繋がれてしばらく歩いてゆくと。

 数日前、「月の女神選考会」に出てしまったときの広場を横切り、路地へ入って一回、角を曲がるとそこは驚くほど深閑としている。祭りの喧騒が聞こえないとまでは言わないが、ずいぶん遠くから聞こえてくるような錯覚を覚える、不思議なところだ。

 「──ここだ、リーヴァ」
 「……ここって」

 一の塔の入口だった。
 美しい公都・アルバにはいくつもの呼び名があるが、そのうちの一つは「塔の都」。大小たくさんの塔があるが、とりわけ高く、壮麗にそびえ立つのが一の塔。時を告げる標準時はこちらで計測していて、一の塔の鐘の音がすなわちアルバの公用時刻とされている。鐘楼の巨大な鐘をみれば、その重要性たるや推して知るべしという感じだ。

 重厚な木製の扉にはびっしりと彫刻が施され、鉄製の装飾が取り付けられている。
 人気のないところだけれど、磨き材でも使ってよほど手入れが行き届いているらしい。扉も、それを飾る鉄の装飾も、暗がりでもぬめるような輝きを帯びている。

 「寄り道って、ここのこと?」
 「ああ」

 レオン様は扉を叩いた。
 ちょっと変わった叩き方だ。
 拍、強弱。モールス信号か、暗号にでもなっているのかな、と興味深く見ていると、やがて内側からゆっくりと扉が開かれた。

 「入るぞ」
 
 レオン様は私の手を取り、腰を抱いて扉の中へとからだを滑り込ませた。

 塔の中は案外明るかった。もっとも、今は夜だからたくさんの灯りがともされているからだけれど。
 もっと閉鎖的な空間かと思えば、そうでもないらしい。採光のための窓がたくさんあって、昼間はお天気さえよければ光あふれる、という感じなのだろう。さらに意外なことにタペストリが壁中に張られている。タペストリは装飾品の役割が大半のはずだけれど、図柄を見ればあまり優美なものではなくて、戦いの場面や書物を読む人の絵が多いようだ。「智」に関わる塔だから書物云々は理解できるとして、戦いというのは理由がわからない。あとで聞いてみようと思いながら図柄を目に焼き付け、そして高い天井や壁龕に置かれた古めかしい機械類などを見回す。学問に関わる塔の、玄関ホール兼応接間、というイメージだろうか。
  
 「──ようこそおいで下さいました」

 足元まで隠れる、元の世界でいう僧服のようなものに身を包んだ男が袖の中に手を入れ、深く腰を折って恭しく首を垂れた。
 
 「突然、すまなかったな」

 レオン様は軽く礼を返すと、楽にするようにと手を振った。

 「このような日にお出ましとは。驚きました」
 「月照祭に妻を連れ出したのだ」 
 「楽しまれましたか」
 「それなりにな」

 顔を上げてからの男の声は格段に柔らかく、また、わずかに親しみを帯びたものになった。
 レオン様の口ぶりも穏やかで、なんというか気を許している感じだ。
 昔なじみかな。グラディウスの城内にある、星見の塔と並んで重要な一の塔の、たぶん上位の人物だろう。
 
 そういえば一の塔のトップは、確か、星見の塔の長の兄弟で、名は──

 「初めてお目にかかります、御方様」

 まじまじと彼を見つめていたら、彼はこちらに向き直って、さきほどと同じくらい丁重な礼をとった。

 「ご挨拶が遅れ、誠に申し訳ございませぬ。私はこちらの一の塔の長を務めておりますサウロと申します」
 「リヴェアですわ、サウロ殿。星見の塔のパオロ殿の弟君でいらっしゃいましたね」
 「これはまた、そのようなことをご記憶下されていたとは」

 サウロ殿は目を瞠った。
 とても嬉しそうだ。
 パオロ殿の名前はたった今思い出した。私の記憶力に乾杯だ。
 たったこれだけのことでも初対面の人には与える印象はまるで異なるはず。

 妻は記憶力もいいんだ、と、レオン様は堂々と惚気てみせた。
 今に始まったことではないとはいえ、初対面の人、それもいかにも謹厳な気配の人の前では恥ずかしい。
 変なこと言わないで、とレオン様の袖を引っ張ってうつむいたのだけれど、サウロ殿は「巷の者もそのように噂しております」と、にこやかに相槌を打った。
 頭でっかちの、学問一筋、というわけでもなく、世慣れた感じだ。

 「お強いだけでなく、明敏な賢い御方とかねてより聞きおよびましてございます」
 「そうだろう。よく知っているな。……ところで、長」

 レオン様は私の腰を抱き寄せた。
 ぴったりと、隙間もないほどにからだをくっつけてみせる。
 穏やかに微笑むサウロ殿は「この上なく仲睦まじくあられ、臣としても喜ばしい限り」などと口走っている。こんなに恥ずかしいのに。

 「鐘楼へ上りたい。人払いを」
 「かしこまりました。──では私が途中まで共に参り、者どもを遠ざけましょう」
 「頼む」

 鐘楼に上らせてくれるらしい。
 一の塔はお城を除けば群を抜いて高い建造物だ。
 グラディウス城内からも、どこかしら高いところへ登ればいろいろな角度から一の塔を見ることができる。そのくらい、高い塔。

 どんな景色が見られるだろうかとわくわくしながら、少なくない階段をひたすら上る。
 途中の階には膨大な書庫やらなにやら怪しげな研究室らしきものやらがあって紙やインクの香り、薬品、薬草らしい匂いが漂ってくる。
 壮麗で、高いなりに部屋数も多い塔だけれど、人の気配は驚くほど少ない。鐘楼のてっぺんまで辿り着く間に、わずかに五人か六人か、というところだ。皆、我々を見て驚くこともなく、淡々と一礼して塔を降りていった。
 
 先導してくれるサウロ殿によれば「月照祭のため最低限度まで人員を減らしております。休みを取得させ、郷里へ返すなどしているのですよ」とのこと。普段は学問好きというか学問狂の集団であり、長が管理しないと寝食すら忘れる者がしばしば、帰省などもってのほか、時間が惜しい……という者たちばかりらしい。
 
 「──さて、そろそろだ、リーヴァ」

 最後の階段を上りきる直前、レオン様は私に目を閉じるように言った。
 きっと素晴らしい景色をより劇的に見せるためだろう。
 どきどきしながら言われたとおり目をつぶる。
  
 どんな眺めだろう。お城はどの方向に見えるだろう。さっきまでいた広場は見えるかな?
 
 浮かれていたので、いつの間にか音もなくサウロ殿が引き返していったことにまるで気づかなかった。
 手を引かれ、けつまずかないよう慎重に最後の数段を上る。

 ようやく硬い床を踏みしめた。
 最上階にたどり着いたらしい。
 風が抜けていくのを感じる。窓が開いているのか、窓無しなのか?
 階段は抜けたとはいえ、目を閉じたまま初めての所を歩くのは心細い。
 私はレオン様の手をこれまでにないくらいしっかり握って、ゆっくりと歩を進める。
 
 やがて腰高まで壁らしきものがあるところに到着した。
 そこに空いたほうの手をつくよう促され、言われた通りにすると、繋いでいた手をそっと外され、けれどそれを不安に思う間もなく、背後からしっかりと抱きすくめられた。
 硬い胸の感触、レオン様の香り、そして体温。
 頼もしくて温かで、うっとりする。

 「もう目を開けていいぞ」

 耳元で大好きな声で囁かれ、身震いしながらそろそろと瞼を持ち上げると。

 「う、わぁ……!」
 
 圧倒的な光の大海が視界に飛び込んできた。
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