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そしてそれは封印された。~姫将軍の熱血指導~5.
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口移しで含まされた水がとろりと口腔を満たす感触に、リヴェアは目を覚ました。
むせないようにと気遣われたのだろう、慎重にわずかずつ与えられた水はそれこそまさに「誘い水」になって、もっと欲しいと口を開けると、言葉はなくともすぐさま察知した夫の唇(恐らく感触からレオン様だろう、と考えた)がもう一度押し当てられ、先ほどよりも多めの水が喉を通過する。
ゆっくりと嚥下して、リヴェアは小さく息を吐いた。
少しの間、意識を飛ばしていたらしい。
少しの間、というのは、からだも髪もまだじっとりと汗ばんでいるからだ。
いつもなら行為のあとのリヴェアを(気絶しているしていないに関わらず)どの夫たちも喜んで世話をする。からだのすみずみまで清め、髪を洗ってしっかりと水気を取って乾かして。「どうせなら完璧にお世話してね」とリヴェアが教えたので、最近などは顔に化粧水まで塗ってくれるようになった。
で、今はそうではなく。
いちおう、もろもろに塗れたからだは拭ってあるようだが、さっぱり感がない。
(……まずお風呂に入ろう)
思いついたと同時に跳ね起きようとして。
「!……ちょ、っと」
固まった。
「──リア。お風呂なら私があとで入れて差し上げると言ったでしょう?」
優しいテノールとともに肩口に置かれた手によって、一度起き上がりかけたからだはもう一度寝台に引き戻された。
そのまま大きなひんやりとした手は腰に回り、しっかりと固定される。
口調は柔らかいが、放すつもりはないようだ。
腕の縛めは解かれていて、リヴェアは安堵した。
行為の際に縛られることは初めてではないにせよ、さっきの縛り方は今までとは違うと感じている。
情事のスパイスとしてではなく、本当に抵抗を封じるためのものだったから。
(なぜだろう。なぜ、怒らせた?)
そう。それを知りたい。
きちんと話さなければ。そして、話を聞かなければ。
暴力的なまでの激しいくちづけのあと、話をしようとしたら裸に剥かれてあんあん言わされたのだ(喉が枯れるほど喘いだのに、あれでまだ挿入をしていないことを思い出してリヴェアは愕然とした)。
自分は真面目に仕事をしていただけだ。
どう考えてみても、隊員の前から堂々とかっさらわれくちづけのまま居住域へ連れ込まれる理由がわからない。理不尽過ぎる。
連れ込まれて何が起こっているか、城中の者にバレバレだと思うと恥ずかしくて逃げ出したくなる。
リヴェアはブンブン頭を振った。
そして、大きく深呼吸する。レオン様、オルギール。えっちで俺様な二人に対峙するのだ。
「──レオン様」
「──リーヴァ」
被ってしまった。
痺れるほどの美声に身震いする。
眼前に影がさして思わず目をつぶると、柔らかく瞼にくちづけられた。
「レオン様、オルギール……」
馴染んだ肌の感触。温もりに不覚にもほっこりしそうになる。
が、それはならん、と、リヴェアは土俵際で持ち直した。何を寝ぼけているのかこの不届き者!とたるんだ自分を叱咤する。とりあえず二人の名をぽやんと呼んではみたものの、今ここに至るまでの理不尽なあれこれを思い出すと到底甘える気にはならない。なってはいけない。
(スイッチの入った理由を聞かなくちゃ)
リヴェアは目を見開き、完全に覚醒した。
覚醒のついでに起き上がりたかったのだけれど、左右から強力な腕に抱え込まれていて、身を起こすどころかどちらかに寝返りもできず、首を捩じって顔の向きを変えるのがやっとという有様。
無理にどちらかを向いても、後頭部側に置かれた夫が「こちらにも顔を見せて」と騒ぐので、リヴェアは
しかたなく上を向いたまま、
「──レオン様、オルギール」
今度はちゃんと毅然とした声を出した。
返事の代わりのように、二つの大きな手が腰周りをそっと撫でる。
その動作に色めいたものは感じなかったので、リヴェアは内心安堵しつつ、けれど声だけは厳しくしようと心がけて先を続けることにした。
「仕事中だったんです。それはもう真剣に。どうしてこんなことを?」
「こんなこととは?」
「ひゃう!」
皮肉っぽい応えとともに、ふう、と耳孔に息を吹きかけられた。
もともと感じやすいし、意識が飛ぶほど二人がかりで愛撫されて、全身が敏感になっている。
からだがぞわぞわしたし、もっと言えばからだの中もぞわぞわしたが、リヴェアは思考と生体反応を切り離すことに決めた。
こころは熱く、頭は冷静に。
からだは。……どうでもいい、この際。
「レオン様、静かに、大人しく、茶化さずにお話をしたいのです」
「……わかった」
本気はちゃんと伝わるものである。
レオンは短く応じた。
「オルギール、あなたもね」
「……わかりました」
オルギールも大人しく応じた。
レオンと足並みをそろえることにしたのだろう。
いい心がけである。
リヴェアは咳払いした。
勿体ぶっているわけではないがなんとなくそんな気分だったのだ。
もっとも、全員マッパなので微妙な光景ではあるのだが。
「レオン様、オルギール。私は怒っているの」
「そのようだな」
「見ればわかりますよ」
人を食ったような返事に聞こえなくもないが、二人はこれが通常運転である。
「その通り。怒っています。そしてとても心外です」
リヴェアにとっても二人の反応は突っ込むポイントではなかったらしく、素通りして大真面目に言った。
「実技の鍛錬です。それも体術の。私の一番の得意分野。親衛隊員になるくらいの選りすぐりのひとたちにぜひ吸収してもらいたいの。もちろん、座学などありえない。実地で」
「それはわかっている」
「わかりますよ、そこまでは」
それ「は」って。「そこまでは」って。
引っかかりを覚えたが、些末なことは気にしないで話を進めるのがよさそうだ。
「全員、一対一では時間的に無理だから、前に一人、二人出てきてもらっていたの。私の前で組ませることもできるし、ちょっと皆より上達したら彼らを介して指導もできるし」
「それであの男たちですか」
「そうよ、オルギール。リリー隊長とガストン・ニジェール。それが何か?」
挑戦的にリヴェアは言った。
無表情なりに、オルギールの声音でご機嫌の好し悪しなどすぐにわかる。
親衛隊の選考はオルギールと三公爵全てがしっかりと吟味した。
リヴェアの独断ではない。すなわち、どの隊員も夫たちのセレクトに引っ掛かった者であるわけで、隊員についてあれこれ言うことは自分の選択眼に唾を吐くのと同じことである。
「リリー隊長は言うまでもなく皆よりずっと抜きんでているわ。私と初めて出会ったとき以降、自主的に訓練しているそうよ」
上昇志向がすごいのね、とリヴェアはにこやかに言ったが、オルギールは無言のまま、リヴェアの腰を抱く手にわずかに力を込めた。
リヴェアを連れて城内を巡ったあの日。あの男はリヴェアと出会ったのだ。面白くもない記憶である。
上昇志向?当たり前だ。身の程知らずにもリアに懸想しているのだから。自分たちという夫がいても。
問題はあの男だけじゃない。
また一名。下手をするとリアにたぶらかされた男がいるかもしれない。
「……リア。ガストンという男は?」
オルギールは先を促した。
レオンがわずかに目を見開き、リヴェアを挟んで向こう側のオルギールに視線を向ける。
顔も声も人とのかかわり全て。「氷の騎士」の二つ名のとおりだったオルギールだが、リヴェアのせいでずいぶんと表情豊かになったものだと思う。九割がた、他人から見れば無表情にしか見えないのだろうが。
「ガストン・ニジェール。彼をどうして選んだのです?」
「やる気があって熱心だからよ」
当然じゃないとリヴェアは言った。
「教えてほしいと言うだけあってスジがいいの。飲み込みが早くて勘がいいというのかな。教え甲斐があるわ」
「ずいぶん、買っているようだな」
「ええ、レオン様」
基本、仕事人間のリヴェアはノリノリの鍛錬の光景を思い出してご機嫌である。
「もちろん、手加減はある程度していますけれどね。大ケガさせちゃいけないから。でも、あんまり熱心だからちょっと手加減度合を緩めてみたんです」
「……どんなふうに?」
「突きとか蹴りとか払いとか締め技とかさっきみたいにノシてやったりとか」
うふふ、などとリヴェアは言っているが、なかなか物騒な内容である。
そして、夫たちにとっては話は核心に迫りつつあった。
リヴェアの技をかけられたら痣だらけ、生傷も絶えないだろう。
にもかかわらずあの目。あの熱意。
馬乗りになったリヴェアに「お疲れ様!」と言われた後のあの顔。
よろしくない。
よろしくありませんね。
リヴェアの頭ごしに、レオンとオルギールは視線を絡ませ、軽く首を横に振った。
「──彼ね、今日最後にちょっとキレて本気を出してきたけれど、いい傾向だわ、とにかく物怖じしないで食いついてくるの。みんな不甲斐ないのに」
「不甲斐ないのか、それは問題だな」
「本当にそうですわ!組打ちの相手をさせようとしても彼とアルフ以外はだめなんです。すぐ赤くなったりうつむいたり。ちょっと無理ですとか言ったり。男たるもの、軽々しく無理なんて言っちゃダメ」
リヴェアは力説しているが、夫たちの表情が見えていたら口を噤んでいただろう。
赤くなる?ちょっと無理?
なんだその反応は?
「その点、ガストンはね。御方様に追いつきたい、追い越したいと言ってはばからないし、やたらに恐れ入ったりしないし、無礼じゃない程度にふてぶてしいところが好感度マルだわ」
「……好感度」
「……マル、か」
「彼、チャラい感じで私としてはちょっとだけ苦手、っていうか扱いづらい部下、って感じだったのだけれど、見た目で判断してはいけないのね。こうやってかかわってみてよかったわ。これからもこうやって訓練を続けていたら隊員個人のことがもっともっとわかって知り合えていいかも……って、あれ?」
「リア」
「リーヴァ」
腰を抱いていた二人が音もなく身を起こし、それぞれの配置についた。
レオンはリヴェアの頭側へ。オルギールは足元へ。
腰から手は離れたが両手首と両足の自由がきかない。
なぜ!?どうしてまたスイッチが入った?
「あの!ね、ちょっとお二人とも」
「リーヴァ。俺たちについて怒ってる、という話だったはずだが?」
「ずいぶんとガストンをお気に召したようですね?」
「そう、いえば」
話がいつの間にかガストンのことになっていた。
私、怒っています!からスタートしたのに。
美しくも獰猛な肉食獣の微笑をうかべて、レオンはリヴェアの顔を覗きこんだ。
腰にあったはずの手は器用に片手だけでリヴェアの両手首を捉えている。
オルギールの顔には笑みすらなく、久々に室温が下がるほどの冷気を放出しつつ、リヴェアの両足をまとめて抱き込んでいる。
きわめて危険な体勢と言える。
リヴェアは夫たちを糾弾するつもりだったのに、その怒りはどこへやら、彼女を溺愛する夫たちの横で(マッパであるからいわばピロートークである)あろうことか他の男性をほめちぎる、という失態を犯したのである。好感度マル、とまで言ってしまったのである。
「俺が君以外の女をほめたり好感度が高いといったりしたことがあったかな?」
「いえ、そんなことは。……それに私、なにも好感度が高いと言った覚えは」
「好感度マル、も高い、も同じ意味です」
足元からオルギールが冷静に指摘した。
好感度、が逆鱗に触れたらしいと遅ればせながらリヴェアは思い至り、青ざめる。
夫たちの怒りの本質はそれだけではないのだが、とんちんかんなリヴェアにはその程度しか理解できない。
「ごめんなさいレオン様、ごめんなさいオルギール」
ごめんなさいと何度も言ってみたが、気持ちがこもっていないと却下された。
「リヴェア。いつもいつも、いつも言っているが(そんなに繰り返さないでよとこの期に及んでもまだ、リヴェアは少々反抗的に考えた)、君は自分に向けられる男からの視線と感情について認識が足りない。というより、認識が欠落している」
「けつらく、って、そこまでおっしゃらなくたって」
うっかり反論しそうになってあわてて口を噤んだものの、後の祭りである。鋭い金色の瞳を向けられ、その迫力に目を逸らせてしまう。
そして顔を背けたその先に、今度は人外の美貌が待ち構えていて、その紫色の視線の強さに狼狽えた。
「リヴェア様。リア。……いつもいつもいつもいつも(一回レオン様より増えた、とリヴェアはけっこう冷静に考えた)、私が申しあげておりますのに。自覚をなさいませと」
「聞いてる」
「聞き流している、が正しいでしょう」
オルギールは容赦なく断罪した。
「胸に手を当てて思い出して頂きたいものです」
「あのう、じゃ、手を離して、……あ!」
俺が代わりに当ててやろうか。
皮肉たっぷりの台詞ともに、レオンは空いているほうの手でリヴェアのゆたかな胸を覆った。
むせないようにと気遣われたのだろう、慎重にわずかずつ与えられた水はそれこそまさに「誘い水」になって、もっと欲しいと口を開けると、言葉はなくともすぐさま察知した夫の唇(恐らく感触からレオン様だろう、と考えた)がもう一度押し当てられ、先ほどよりも多めの水が喉を通過する。
ゆっくりと嚥下して、リヴェアは小さく息を吐いた。
少しの間、意識を飛ばしていたらしい。
少しの間、というのは、からだも髪もまだじっとりと汗ばんでいるからだ。
いつもなら行為のあとのリヴェアを(気絶しているしていないに関わらず)どの夫たちも喜んで世話をする。からだのすみずみまで清め、髪を洗ってしっかりと水気を取って乾かして。「どうせなら完璧にお世話してね」とリヴェアが教えたので、最近などは顔に化粧水まで塗ってくれるようになった。
で、今はそうではなく。
いちおう、もろもろに塗れたからだは拭ってあるようだが、さっぱり感がない。
(……まずお風呂に入ろう)
思いついたと同時に跳ね起きようとして。
「!……ちょ、っと」
固まった。
「──リア。お風呂なら私があとで入れて差し上げると言ったでしょう?」
優しいテノールとともに肩口に置かれた手によって、一度起き上がりかけたからだはもう一度寝台に引き戻された。
そのまま大きなひんやりとした手は腰に回り、しっかりと固定される。
口調は柔らかいが、放すつもりはないようだ。
腕の縛めは解かれていて、リヴェアは安堵した。
行為の際に縛られることは初めてではないにせよ、さっきの縛り方は今までとは違うと感じている。
情事のスパイスとしてではなく、本当に抵抗を封じるためのものだったから。
(なぜだろう。なぜ、怒らせた?)
そう。それを知りたい。
きちんと話さなければ。そして、話を聞かなければ。
暴力的なまでの激しいくちづけのあと、話をしようとしたら裸に剥かれてあんあん言わされたのだ(喉が枯れるほど喘いだのに、あれでまだ挿入をしていないことを思い出してリヴェアは愕然とした)。
自分は真面目に仕事をしていただけだ。
どう考えてみても、隊員の前から堂々とかっさらわれくちづけのまま居住域へ連れ込まれる理由がわからない。理不尽過ぎる。
連れ込まれて何が起こっているか、城中の者にバレバレだと思うと恥ずかしくて逃げ出したくなる。
リヴェアはブンブン頭を振った。
そして、大きく深呼吸する。レオン様、オルギール。えっちで俺様な二人に対峙するのだ。
「──レオン様」
「──リーヴァ」
被ってしまった。
痺れるほどの美声に身震いする。
眼前に影がさして思わず目をつぶると、柔らかく瞼にくちづけられた。
「レオン様、オルギール……」
馴染んだ肌の感触。温もりに不覚にもほっこりしそうになる。
が、それはならん、と、リヴェアは土俵際で持ち直した。何を寝ぼけているのかこの不届き者!とたるんだ自分を叱咤する。とりあえず二人の名をぽやんと呼んではみたものの、今ここに至るまでの理不尽なあれこれを思い出すと到底甘える気にはならない。なってはいけない。
(スイッチの入った理由を聞かなくちゃ)
リヴェアは目を見開き、完全に覚醒した。
覚醒のついでに起き上がりたかったのだけれど、左右から強力な腕に抱え込まれていて、身を起こすどころかどちらかに寝返りもできず、首を捩じって顔の向きを変えるのがやっとという有様。
無理にどちらかを向いても、後頭部側に置かれた夫が「こちらにも顔を見せて」と騒ぐので、リヴェアは
しかたなく上を向いたまま、
「──レオン様、オルギール」
今度はちゃんと毅然とした声を出した。
返事の代わりのように、二つの大きな手が腰周りをそっと撫でる。
その動作に色めいたものは感じなかったので、リヴェアは内心安堵しつつ、けれど声だけは厳しくしようと心がけて先を続けることにした。
「仕事中だったんです。それはもう真剣に。どうしてこんなことを?」
「こんなこととは?」
「ひゃう!」
皮肉っぽい応えとともに、ふう、と耳孔に息を吹きかけられた。
もともと感じやすいし、意識が飛ぶほど二人がかりで愛撫されて、全身が敏感になっている。
からだがぞわぞわしたし、もっと言えばからだの中もぞわぞわしたが、リヴェアは思考と生体反応を切り離すことに決めた。
こころは熱く、頭は冷静に。
からだは。……どうでもいい、この際。
「レオン様、静かに、大人しく、茶化さずにお話をしたいのです」
「……わかった」
本気はちゃんと伝わるものである。
レオンは短く応じた。
「オルギール、あなたもね」
「……わかりました」
オルギールも大人しく応じた。
レオンと足並みをそろえることにしたのだろう。
いい心がけである。
リヴェアは咳払いした。
勿体ぶっているわけではないがなんとなくそんな気分だったのだ。
もっとも、全員マッパなので微妙な光景ではあるのだが。
「レオン様、オルギール。私は怒っているの」
「そのようだな」
「見ればわかりますよ」
人を食ったような返事に聞こえなくもないが、二人はこれが通常運転である。
「その通り。怒っています。そしてとても心外です」
リヴェアにとっても二人の反応は突っ込むポイントではなかったらしく、素通りして大真面目に言った。
「実技の鍛錬です。それも体術の。私の一番の得意分野。親衛隊員になるくらいの選りすぐりのひとたちにぜひ吸収してもらいたいの。もちろん、座学などありえない。実地で」
「それはわかっている」
「わかりますよ、そこまでは」
それ「は」って。「そこまでは」って。
引っかかりを覚えたが、些末なことは気にしないで話を進めるのがよさそうだ。
「全員、一対一では時間的に無理だから、前に一人、二人出てきてもらっていたの。私の前で組ませることもできるし、ちょっと皆より上達したら彼らを介して指導もできるし」
「それであの男たちですか」
「そうよ、オルギール。リリー隊長とガストン・ニジェール。それが何か?」
挑戦的にリヴェアは言った。
無表情なりに、オルギールの声音でご機嫌の好し悪しなどすぐにわかる。
親衛隊の選考はオルギールと三公爵全てがしっかりと吟味した。
リヴェアの独断ではない。すなわち、どの隊員も夫たちのセレクトに引っ掛かった者であるわけで、隊員についてあれこれ言うことは自分の選択眼に唾を吐くのと同じことである。
「リリー隊長は言うまでもなく皆よりずっと抜きんでているわ。私と初めて出会ったとき以降、自主的に訓練しているそうよ」
上昇志向がすごいのね、とリヴェアはにこやかに言ったが、オルギールは無言のまま、リヴェアの腰を抱く手にわずかに力を込めた。
リヴェアを連れて城内を巡ったあの日。あの男はリヴェアと出会ったのだ。面白くもない記憶である。
上昇志向?当たり前だ。身の程知らずにもリアに懸想しているのだから。自分たちという夫がいても。
問題はあの男だけじゃない。
また一名。下手をするとリアにたぶらかされた男がいるかもしれない。
「……リア。ガストンという男は?」
オルギールは先を促した。
レオンがわずかに目を見開き、リヴェアを挟んで向こう側のオルギールに視線を向ける。
顔も声も人とのかかわり全て。「氷の騎士」の二つ名のとおりだったオルギールだが、リヴェアのせいでずいぶんと表情豊かになったものだと思う。九割がた、他人から見れば無表情にしか見えないのだろうが。
「ガストン・ニジェール。彼をどうして選んだのです?」
「やる気があって熱心だからよ」
当然じゃないとリヴェアは言った。
「教えてほしいと言うだけあってスジがいいの。飲み込みが早くて勘がいいというのかな。教え甲斐があるわ」
「ずいぶん、買っているようだな」
「ええ、レオン様」
基本、仕事人間のリヴェアはノリノリの鍛錬の光景を思い出してご機嫌である。
「もちろん、手加減はある程度していますけれどね。大ケガさせちゃいけないから。でも、あんまり熱心だからちょっと手加減度合を緩めてみたんです」
「……どんなふうに?」
「突きとか蹴りとか払いとか締め技とかさっきみたいにノシてやったりとか」
うふふ、などとリヴェアは言っているが、なかなか物騒な内容である。
そして、夫たちにとっては話は核心に迫りつつあった。
リヴェアの技をかけられたら痣だらけ、生傷も絶えないだろう。
にもかかわらずあの目。あの熱意。
馬乗りになったリヴェアに「お疲れ様!」と言われた後のあの顔。
よろしくない。
よろしくありませんね。
リヴェアの頭ごしに、レオンとオルギールは視線を絡ませ、軽く首を横に振った。
「──彼ね、今日最後にちょっとキレて本気を出してきたけれど、いい傾向だわ、とにかく物怖じしないで食いついてくるの。みんな不甲斐ないのに」
「不甲斐ないのか、それは問題だな」
「本当にそうですわ!組打ちの相手をさせようとしても彼とアルフ以外はだめなんです。すぐ赤くなったりうつむいたり。ちょっと無理ですとか言ったり。男たるもの、軽々しく無理なんて言っちゃダメ」
リヴェアは力説しているが、夫たちの表情が見えていたら口を噤んでいただろう。
赤くなる?ちょっと無理?
なんだその反応は?
「その点、ガストンはね。御方様に追いつきたい、追い越したいと言ってはばからないし、やたらに恐れ入ったりしないし、無礼じゃない程度にふてぶてしいところが好感度マルだわ」
「……好感度」
「……マル、か」
「彼、チャラい感じで私としてはちょっとだけ苦手、っていうか扱いづらい部下、って感じだったのだけれど、見た目で判断してはいけないのね。こうやってかかわってみてよかったわ。これからもこうやって訓練を続けていたら隊員個人のことがもっともっとわかって知り合えていいかも……って、あれ?」
「リア」
「リーヴァ」
腰を抱いていた二人が音もなく身を起こし、それぞれの配置についた。
レオンはリヴェアの頭側へ。オルギールは足元へ。
腰から手は離れたが両手首と両足の自由がきかない。
なぜ!?どうしてまたスイッチが入った?
「あの!ね、ちょっとお二人とも」
「リーヴァ。俺たちについて怒ってる、という話だったはずだが?」
「ずいぶんとガストンをお気に召したようですね?」
「そう、いえば」
話がいつの間にかガストンのことになっていた。
私、怒っています!からスタートしたのに。
美しくも獰猛な肉食獣の微笑をうかべて、レオンはリヴェアの顔を覗きこんだ。
腰にあったはずの手は器用に片手だけでリヴェアの両手首を捉えている。
オルギールの顔には笑みすらなく、久々に室温が下がるほどの冷気を放出しつつ、リヴェアの両足をまとめて抱き込んでいる。
きわめて危険な体勢と言える。
リヴェアは夫たちを糾弾するつもりだったのに、その怒りはどこへやら、彼女を溺愛する夫たちの横で(マッパであるからいわばピロートークである)あろうことか他の男性をほめちぎる、という失態を犯したのである。好感度マル、とまで言ってしまったのである。
「俺が君以外の女をほめたり好感度が高いといったりしたことがあったかな?」
「いえ、そんなことは。……それに私、なにも好感度が高いと言った覚えは」
「好感度マル、も高い、も同じ意味です」
足元からオルギールが冷静に指摘した。
好感度、が逆鱗に触れたらしいと遅ればせながらリヴェアは思い至り、青ざめる。
夫たちの怒りの本質はそれだけではないのだが、とんちんかんなリヴェアにはその程度しか理解できない。
「ごめんなさいレオン様、ごめんなさいオルギール」
ごめんなさいと何度も言ってみたが、気持ちがこもっていないと却下された。
「リヴェア。いつもいつも、いつも言っているが(そんなに繰り返さないでよとこの期に及んでもまだ、リヴェアは少々反抗的に考えた)、君は自分に向けられる男からの視線と感情について認識が足りない。というより、認識が欠落している」
「けつらく、って、そこまでおっしゃらなくたって」
うっかり反論しそうになってあわてて口を噤んだものの、後の祭りである。鋭い金色の瞳を向けられ、その迫力に目を逸らせてしまう。
そして顔を背けたその先に、今度は人外の美貌が待ち構えていて、その紫色の視線の強さに狼狽えた。
「リヴェア様。リア。……いつもいつもいつもいつも(一回レオン様より増えた、とリヴェアはけっこう冷静に考えた)、私が申しあげておりますのに。自覚をなさいませと」
「聞いてる」
「聞き流している、が正しいでしょう」
オルギールは容赦なく断罪した。
「胸に手を当てて思い出して頂きたいものです」
「あのう、じゃ、手を離して、……あ!」
俺が代わりに当ててやろうか。
皮肉たっぷりの台詞ともに、レオンは空いているほうの手でリヴェアのゆたかな胸を覆った。
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