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いまさらですが火竜の君は絶倫でした。~オーディアル城滞在記~6.
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オルギールはひとたび聞くと決まれば実にしっかりとこちらの話に耳を傾けてくれた。
不届きな振る舞いをすることもなく、頭を撫で、頬を撫でながら黙って聞いてくれている。
……手紙の内容を記憶の限り逐一伝え、添えられていた指環の意匠や、私にとシグルド様が差し出したお土産の包み紙、飾り結びのリボンなどの説明まで終えて一息つくと、オルギールは「ああ」と、思わず、と言った様子で呟いた。
「何?オルギール」
「有名な店ですね、そこは」
「そうなの?」
「ええ。色石の扱いが得意な店ですよ。いい職人を抱えていましてね。鄙には稀な、といってはなんですが色使いが斬新で」
「……そうかもね」
私あてのものは確かにそんな感じだった。
振り払ってしまったからあまりちゃんと見ていないけれど。
「一点物の指環はそれなりの価格のはずです」
「……」
「まあ、公爵様方にとっては何ということもないでしょうが。通常の者が簡単に買えるものではない。相当富裕な商人か王侯貴族が顧客ですからね」
「それって」
私はごくりと唾を飲んだ。
手紙に入っていた指環。
この期に及んでも、まだ頭のどこかしらで「シグルド様が買ったものではないんじゃないか」と思っていた、いや、思いたかったのだけれど。
「……シグルド様が購入したものだろう、っていう意味?」
「可能性の一つとして、ですよ」
胸が痛んだ。
オルギールの淡々とした口調が、かえってより一層の真実味をもって私を打ちのめす。
「リアはどうしたいのです?」
唇を噛んで黙りこくった私の頭を、オルギールはさっきよりももっと優しく、こどもを甘やかすようにくるくると撫でた。
「その女性を特定したい?わけもないことですよ」
「……知りたい」
「知ってどうします?」
「……知りたいだけ」
どんな女性か知るのは怖い。それに手紙の通りなら、あちらは「思い出にして終わり」と言っているのにこちらが蒸し返すのはおかしな話だ。
でも氏素性は知りたい。シグルド様がどんな女性に「お情け」をかけたのか、ただ、知りたい。
オルギールは何を思ったのか、くすりと笑った。
髪を軽くかき分けられたと思うと、額にちゅっと唇を押し当てられる。
「消えて頂きましょうか」
「へ?」
「あなたの心を乱した罰です。黙って胸に収めておけばよいものを。手紙も指環も計算づくではないのですか?誰かの目に触れるように」
「はあ」
そういう解釈もあるのか。
頂いたものを返してくるのだから殊勝な女性かと思ったのだけれど。
片頬をオルギールの胸に寄せたまま見上げると、額に唇を寄せた彼と目があった。
煌めく紫水晶の瞳が柔らかく細められてどきりとする。
「愛しいリア。消しましょう、その女性」
「消すって、そんな」
この上なく優しくでろ甘な声でなんてことを。
オルギールが言うと本気に聞こえるから怖い。
いや、本気なのか。
あわてて身を起こそうとしたけれど、オルギールはそれを許さなかった。
長い腕の中にしっかりと私を閉じ込めたまま、
「苦しませたり残酷にはしませんから大丈夫ですよ」
と、とんでもないことを言う。
まったく何も大丈夫ではない。
「オルギール、別にそんなこと私は望んでない」
「わかっていますよ、リア」
私の抗議はごく自然にスルーして、また軽いくちづけが顔中に落とされる。
恐ろしい話をしているのにオルギールのこの声、仕草。
まるで情事の最中みたいだ。
「心配しないで、リア。あなたは何も知らない。知らなくていい。私が命じておきますから」
「いや、心配しますって!ていうか知ってしまってるし私!」
「不愉快でしょう?そんな女、後悔させてやればいいのです」
「オルギール、暗殺の相談じゃなくて」
「思い出などと綺麗ごとを。それを冥途の土産にしてやりましょう」
「だからオルギール!」
顔中べたべたになってきたけれどそんなこと構ってはいられない。
このひとは本当に指先一つで影を動かして暗殺部隊を送りそうだ。
私は咳払いをした。
そのついでになんとかわずかにオルギールの唇との距離をとる。
「その女性、消しちゃだめ」
「なぜ?」
「消すほど憎んでるわけではないし、自分から終わりにすると言ってるのに。そりゃあ、手紙を意図的に仕込んだかどうか、ってのは疑問が残るけれど」
「では身元だけをお調べすれば?」
「ええ。身元‘だけ’調べて教えて下さいな」
「……姫君の仰せの通りに」
オルギールはちょっぴりおどけたように言って、頬をぺろ、と舐めた。
「リア、他には?」
「ん。……」
そう。
どちらかと言えばムカついているのは女性に対してというより据え膳をぺろっと食ったシグルド様だ。
ようは「私という婚約者がいるのに」と詰りたくなる。
四人の夫と結婚する私。
今となっては全員を深く愛しているし、私も精神的に依存しているところがあるから四人いてよかった、とすら思うようになったのは確かだ。
一方、夫たちにしてみれば妻はひとり。ならば夫になるひとがちょっとばかりつまみ食いをするのを黙認せよというわけではないだろう。
権力者だからいいってわけでもないはずだ。
いや、今まではそれでよかったのかもしれないが私はいやだ。
……やっぱり腹が立つ。シグルド様め。
静かに眦を釣り上げていると、気配でそれを悟ったらしいオルギールは、
「リア、怒っていますね?」
そう言って宥めるように私の髪をそっと梳いた。
「うん」
すりすり、とオルギールの硬い胸に擦り寄りながら私は即答する。
頼もしくて慕わしくて。安心感というのか。無条件に甘えたくなる。
するする、とオルギールは飼い猫の毛並みを整えるように私の髪に手を滑らせている。
その心地よさに、生まれ変わったらオルギールの猫でもいいなと思わず埒もないことを考える。
「リア」
オルギールは優しく私の名を口にした。
「シグルド様を懲らしめたい?」
「うん」
「どんなふうに?」
「いきさつの説明を求めます。で、二度と夜伽に手を出しませんって誓って頂くの」
「誓ったらもう許すのですか?」
笑みを含んだ声でオルギールは楽しげに言う。
「誓うに決まっていますよ、シグルド様は。で、すぐにあなたに迫ってきます。仲直りと称して」
「そんなことは」
「ないと言い切れますか?」
「……いいえ」
確かに。目に浮かぶようだ。「姫、では仲直りということで…(以下略)」とか言って。
公爵様方は鋼のメンタルだからな。
「……私の気が済むまではくっつかないしくっつかせません。無期延期にするわ」
「賛成します、リア。……厳罰ですね」
「ん!オル、……」
それもこれも本当に女性を抱いたのなら、ですけれどね、とオルギールは実にさらりと付け加えたらしいのだけれど、その時既にとても深いくちづけが始まっていて、私はろくにものが言えなくなっていた。
急に始まった濃厚なくちづけに狼狽えて縮こまる私の舌は、オルギールのそれに絡めとられてこすり合わされ、唾液ごと啜られた。
呼気の一つも漏らすまいというかのように貪られて、息が切れてくる。
さっき押しのけてからいったんはおとなしくなっていたオルギールの手が、はっきりと目的をもって肩を背中を、胸元を這い回り、やがて半開きになっていた胸の釦を外しにかかっている。
延々と唇を、咥内を舐め回されて、気持ちよくてくらくらしてしまって、一度は鎮静化したはずのオルギールの手は、今や勝手放題だ。
「シグルド様を懲らしめるのでしょう?」
次にオルギールが口を開いた頃には、私は着衣も下着も見事に全てひん剥かれ、全裸で寝椅子に横たえられていた。
煌びやかな上衣を着たまま胸元だけを少し緩めたオルギールは、それはそれは色っぽくて、一瞬自分のあられもない恰好を忘れて見とれてしまう。
「あ!オルギールっ……」
胸の尖りを摘まれて、私は声を上げた。
と同時に、うしろめたさというか居心地の悪さを今さらながらに自覚して動揺する。
美しい、開放感溢れるオーディアル城の日光浴室でオルギールに抱かれる、というのは罪悪感を感じてしまう。
それも、いかにもシグルド様への腹いせみたいに。
シグルド様もオルギールも夫になる人たちだから、浮気しているわけではないけれども。
昨晩、蹴り飛ばしたりしてシグルド様を拒絶したままだから余計にそう思ってしまうのだ。
「オルギール、だめです、だめ」
マッパではたいへん説得力に欠けるのだが、私は胸を愛撫されながらも懸命に声を張った。
オルギールは目元だけ和らげて私を見下ろしてくる。
巧妙な手を休めることなく。
震えが来るほど気持ちがいい。
それを理性で抑え込もうと私は身を捩った。
「オルギール、聞いて、今は、ここでは」
「ここ、だからですよリア」
オルギールの白い大きな手が私の胸を包んで、ゆっくりと揉みしだく。
指の間に挟んだ尖りを軽く捻ったり引っ張ったりしながら、私の反応を観察している。
甘く脳を刺激する痺れに必死で抗おうとしたけれど、からだの中心はとっくに熱を帯びて潤み始めているのがわかる。
「シグルド様の城で私があなたを抱く。ささやかな仕返しになるでしょう?」
「そんなのいや」
「なぜ?」
「なんか、いや、あ、あんっ……!」
掴んだ胸の先に、ぢゅぢゅ、音を立てて吸いつかれた。
さらに、弱々しくとも抵抗を示す私を咎めるようにかり、と噛まれてからだが跳ね上がる。
「後ろめたい?」
「あん、ああ」
「気が引ける?彼の城で、彼の居ないところで私があなたを抱くことが?」
「や、わかってる、なら、ああんっ」
歯を立てたまま強めに吸い上げられてまともにものが言えない。
舐めしゃぶりながらかりこりと噛まれ、その度に腰を揺らして反応してしまう。
「……真面目で律儀なリア」
喘ぐことしかできなくなってしばらく後。
顔を上げたオルギールは妖艶に微笑んだ。
「では‘仕返し’ではなくあなたが欲しいから抱く。それならいいですか?」
「そん、な」
名目だけ異なってもヤることは一緒ではないか。
口を開くほどの気力はなく、けれどまだわずかに機能している脳がそう反論した。
「あなたに会いたくてこちらへ来ても、あなたは彼のことばかり」
「あ!」
ずぶ、と秘所に指が差し込まれた。
腰を浮かせて逃げようとするのを抱き寄せられ、より深くよりたくさんの指で既にぐっしょり濡れたところを丹念に弄られる。
長い指が狡猾にバラバラに蠢いて、軽くイってしまった。
「リアは私の膝の上であのかたを想ってぷりぷり怒ってヤキモチを妬いて」
「あ、ああん、ああ」
「かわいいリア。私がこんなに愛しているのに」
「はああんっ!」
親指で陰核を強く押し込まれて、またイった。
どっと溢れた愛液をわざと音を立ててかき混ぜられる。
自分で奏でる音に煽られてさらに濡らして、オルギールにそれを指摘されてまた濡れる。
「リア、私を見て」
「……」
胸と秘所を刺激する手を休めず、オルギールは囁いた。
思考もからだも蕩かされて、私は薄目を開けて言われた通りにする。
……ほとんど日が落ちた室内はようやく暗くなっていたけれど、もともと白系統で纏められた床、壁、家具と、太陽の代わりに輝きを増しつつある月明りのせいでそれなりの明度を保っている。
焦点が定まってきた私と視線を合わせると、わずかに乱れた銀色の髪の奥から目を細めて「リア」と言った。
「私だって嫉妬しますよ、リア」
氷の騎士と呼ばれた彼は、今はその瞳に氷山も溶かすほどの熱を込めて、胸が苦しくなるほど甘く言葉を紡ぐ。
そんなことは知っている。
でもこんなにはっきりそう言われたことはなかったような。
「リア、愛しています」
「く、あああああ!」
指が引き抜かれ、間髪を入れず圧倒的な質量の熱杭が勢いよく最奥まで侵入して、私はまた絶頂した。
すっかり溶かされて解れていたとはいえ、オルギールの分身は長く、凶悪なほどに硬くて、ほとんどずっとイかされっぱなしの柔襞が吃驚してぎゅうぎゅうに締め付けてしまう。
「リア、こんなに締め付けて。イヤなのですか?」
オルギールが形の良い眉を顰めて詰るように、見ようによっては悲し気に私に問いかける。
私は黙って頭を振った。
「気持ちがいいですけれど。こんなにキツくして……拒絶、しているの?リア?」
「ちが、う……」
ゆっくりとゆすられて甘い痺れに侵されても、ここだけは否定しなくてはと私は声を振り絞った。
所在なく無駄に動かしていた腕をオルギールの首に回して顔を寄せる。
「オルギール、大好き……」
「リア」
いつも無表情に引き結ばれている唇が緩やかに弧を描いて、花が綻ぶような笑みになった。
淫魔だ魔王だといつも脳内で詰っているけれど、本当に美しい笑みに陶然とする。
「愛しています、リア。私にはあなただけ。今生も、来世も、何度生まれ変わっても」
「オルギール!」
繋がったままいきなり抱き起された。
腰を浮かせて刺激を散らそうとしながらも、オルギールの首にますます強くしがみついてしまう。
矛盾した私の反応はオルギールをご機嫌にさせたらしい。
「リア、可愛い、私のリア」
「ああ、ああああん!」
じゅぶっじゅぶっとリズミカルに水音をたてて、オルギールは私の腰を抱えては落とす。
「私を見て。今は私だけに集中して、リア」
お砂糖みたいに甘いテノール。
秘所を深々と抉る凶器のようなオルギールの分身はそれに反比例するかのようにますます猛々しく暴れまわる。
自重で子宮に突き刺さるような刺激と、いつもとは異なるオルギールの懇願するような言葉は暴力的な快感となって私を支配して。
「ああ、あああん、ああ、オルギー、ル」
「リア、気持ちいい?」
「いい、あん、いい……」
「聞こえません、リア」
「気持ちいい、ああ、いい!」
結局はオルギールの望み通りの言葉を返し、望むままの体位をさせられた。
対面座位で真下から深々と串刺しにされた。つながったまま立ち上がり、後ろ向きにされると腰を抱えられ激しく切り込まれる。絶頂を繰り返してびくびくとする柔襞を、獰猛な肉楔が容赦なく擦り上げる。内腿を伝って流れ落ちる自分の蜜の感触に官能を煽られ、もっと欲しい、奥まで暴かれたいとばかりに、腰を揺らさずにはいられない。寝椅子に横たえられ、正常位で繋がりながら毬のように弾む胸を鷲掴みにされ、唾液塗れの先端を改めてしゃぶり尽くすように貪られる。
あられもない声を上げて夢中になって溺れていたから、全然気づかなかった。
オルギールの笑みが、馴染みのある妖しい魔王のようなそれになっていたことに。
そして、仕事を終えたシグルド様がやってきたことにも。
「……楽しそうだな」
私がひと際甲高く啼いたその時、ただ一言、地を這うような氷点下の声がかけられた。
不届きな振る舞いをすることもなく、頭を撫で、頬を撫でながら黙って聞いてくれている。
……手紙の内容を記憶の限り逐一伝え、添えられていた指環の意匠や、私にとシグルド様が差し出したお土産の包み紙、飾り結びのリボンなどの説明まで終えて一息つくと、オルギールは「ああ」と、思わず、と言った様子で呟いた。
「何?オルギール」
「有名な店ですね、そこは」
「そうなの?」
「ええ。色石の扱いが得意な店ですよ。いい職人を抱えていましてね。鄙には稀な、といってはなんですが色使いが斬新で」
「……そうかもね」
私あてのものは確かにそんな感じだった。
振り払ってしまったからあまりちゃんと見ていないけれど。
「一点物の指環はそれなりの価格のはずです」
「……」
「まあ、公爵様方にとっては何ということもないでしょうが。通常の者が簡単に買えるものではない。相当富裕な商人か王侯貴族が顧客ですからね」
「それって」
私はごくりと唾を飲んだ。
手紙に入っていた指環。
この期に及んでも、まだ頭のどこかしらで「シグルド様が買ったものではないんじゃないか」と思っていた、いや、思いたかったのだけれど。
「……シグルド様が購入したものだろう、っていう意味?」
「可能性の一つとして、ですよ」
胸が痛んだ。
オルギールの淡々とした口調が、かえってより一層の真実味をもって私を打ちのめす。
「リアはどうしたいのです?」
唇を噛んで黙りこくった私の頭を、オルギールはさっきよりももっと優しく、こどもを甘やかすようにくるくると撫でた。
「その女性を特定したい?わけもないことですよ」
「……知りたい」
「知ってどうします?」
「……知りたいだけ」
どんな女性か知るのは怖い。それに手紙の通りなら、あちらは「思い出にして終わり」と言っているのにこちらが蒸し返すのはおかしな話だ。
でも氏素性は知りたい。シグルド様がどんな女性に「お情け」をかけたのか、ただ、知りたい。
オルギールは何を思ったのか、くすりと笑った。
髪を軽くかき分けられたと思うと、額にちゅっと唇を押し当てられる。
「消えて頂きましょうか」
「へ?」
「あなたの心を乱した罰です。黙って胸に収めておけばよいものを。手紙も指環も計算づくではないのですか?誰かの目に触れるように」
「はあ」
そういう解釈もあるのか。
頂いたものを返してくるのだから殊勝な女性かと思ったのだけれど。
片頬をオルギールの胸に寄せたまま見上げると、額に唇を寄せた彼と目があった。
煌めく紫水晶の瞳が柔らかく細められてどきりとする。
「愛しいリア。消しましょう、その女性」
「消すって、そんな」
この上なく優しくでろ甘な声でなんてことを。
オルギールが言うと本気に聞こえるから怖い。
いや、本気なのか。
あわてて身を起こそうとしたけれど、オルギールはそれを許さなかった。
長い腕の中にしっかりと私を閉じ込めたまま、
「苦しませたり残酷にはしませんから大丈夫ですよ」
と、とんでもないことを言う。
まったく何も大丈夫ではない。
「オルギール、別にそんなこと私は望んでない」
「わかっていますよ、リア」
私の抗議はごく自然にスルーして、また軽いくちづけが顔中に落とされる。
恐ろしい話をしているのにオルギールのこの声、仕草。
まるで情事の最中みたいだ。
「心配しないで、リア。あなたは何も知らない。知らなくていい。私が命じておきますから」
「いや、心配しますって!ていうか知ってしまってるし私!」
「不愉快でしょう?そんな女、後悔させてやればいいのです」
「オルギール、暗殺の相談じゃなくて」
「思い出などと綺麗ごとを。それを冥途の土産にしてやりましょう」
「だからオルギール!」
顔中べたべたになってきたけれどそんなこと構ってはいられない。
このひとは本当に指先一つで影を動かして暗殺部隊を送りそうだ。
私は咳払いをした。
そのついでになんとかわずかにオルギールの唇との距離をとる。
「その女性、消しちゃだめ」
「なぜ?」
「消すほど憎んでるわけではないし、自分から終わりにすると言ってるのに。そりゃあ、手紙を意図的に仕込んだかどうか、ってのは疑問が残るけれど」
「では身元だけをお調べすれば?」
「ええ。身元‘だけ’調べて教えて下さいな」
「……姫君の仰せの通りに」
オルギールはちょっぴりおどけたように言って、頬をぺろ、と舐めた。
「リア、他には?」
「ん。……」
そう。
どちらかと言えばムカついているのは女性に対してというより据え膳をぺろっと食ったシグルド様だ。
ようは「私という婚約者がいるのに」と詰りたくなる。
四人の夫と結婚する私。
今となっては全員を深く愛しているし、私も精神的に依存しているところがあるから四人いてよかった、とすら思うようになったのは確かだ。
一方、夫たちにしてみれば妻はひとり。ならば夫になるひとがちょっとばかりつまみ食いをするのを黙認せよというわけではないだろう。
権力者だからいいってわけでもないはずだ。
いや、今まではそれでよかったのかもしれないが私はいやだ。
……やっぱり腹が立つ。シグルド様め。
静かに眦を釣り上げていると、気配でそれを悟ったらしいオルギールは、
「リア、怒っていますね?」
そう言って宥めるように私の髪をそっと梳いた。
「うん」
すりすり、とオルギールの硬い胸に擦り寄りながら私は即答する。
頼もしくて慕わしくて。安心感というのか。無条件に甘えたくなる。
するする、とオルギールは飼い猫の毛並みを整えるように私の髪に手を滑らせている。
その心地よさに、生まれ変わったらオルギールの猫でもいいなと思わず埒もないことを考える。
「リア」
オルギールは優しく私の名を口にした。
「シグルド様を懲らしめたい?」
「うん」
「どんなふうに?」
「いきさつの説明を求めます。で、二度と夜伽に手を出しませんって誓って頂くの」
「誓ったらもう許すのですか?」
笑みを含んだ声でオルギールは楽しげに言う。
「誓うに決まっていますよ、シグルド様は。で、すぐにあなたに迫ってきます。仲直りと称して」
「そんなことは」
「ないと言い切れますか?」
「……いいえ」
確かに。目に浮かぶようだ。「姫、では仲直りということで…(以下略)」とか言って。
公爵様方は鋼のメンタルだからな。
「……私の気が済むまではくっつかないしくっつかせません。無期延期にするわ」
「賛成します、リア。……厳罰ですね」
「ん!オル、……」
それもこれも本当に女性を抱いたのなら、ですけれどね、とオルギールは実にさらりと付け加えたらしいのだけれど、その時既にとても深いくちづけが始まっていて、私はろくにものが言えなくなっていた。
急に始まった濃厚なくちづけに狼狽えて縮こまる私の舌は、オルギールのそれに絡めとられてこすり合わされ、唾液ごと啜られた。
呼気の一つも漏らすまいというかのように貪られて、息が切れてくる。
さっき押しのけてからいったんはおとなしくなっていたオルギールの手が、はっきりと目的をもって肩を背中を、胸元を這い回り、やがて半開きになっていた胸の釦を外しにかかっている。
延々と唇を、咥内を舐め回されて、気持ちよくてくらくらしてしまって、一度は鎮静化したはずのオルギールの手は、今や勝手放題だ。
「シグルド様を懲らしめるのでしょう?」
次にオルギールが口を開いた頃には、私は着衣も下着も見事に全てひん剥かれ、全裸で寝椅子に横たえられていた。
煌びやかな上衣を着たまま胸元だけを少し緩めたオルギールは、それはそれは色っぽくて、一瞬自分のあられもない恰好を忘れて見とれてしまう。
「あ!オルギールっ……」
胸の尖りを摘まれて、私は声を上げた。
と同時に、うしろめたさというか居心地の悪さを今さらながらに自覚して動揺する。
美しい、開放感溢れるオーディアル城の日光浴室でオルギールに抱かれる、というのは罪悪感を感じてしまう。
それも、いかにもシグルド様への腹いせみたいに。
シグルド様もオルギールも夫になる人たちだから、浮気しているわけではないけれども。
昨晩、蹴り飛ばしたりしてシグルド様を拒絶したままだから余計にそう思ってしまうのだ。
「オルギール、だめです、だめ」
マッパではたいへん説得力に欠けるのだが、私は胸を愛撫されながらも懸命に声を張った。
オルギールは目元だけ和らげて私を見下ろしてくる。
巧妙な手を休めることなく。
震えが来るほど気持ちがいい。
それを理性で抑え込もうと私は身を捩った。
「オルギール、聞いて、今は、ここでは」
「ここ、だからですよリア」
オルギールの白い大きな手が私の胸を包んで、ゆっくりと揉みしだく。
指の間に挟んだ尖りを軽く捻ったり引っ張ったりしながら、私の反応を観察している。
甘く脳を刺激する痺れに必死で抗おうとしたけれど、からだの中心はとっくに熱を帯びて潤み始めているのがわかる。
「シグルド様の城で私があなたを抱く。ささやかな仕返しになるでしょう?」
「そんなのいや」
「なぜ?」
「なんか、いや、あ、あんっ……!」
掴んだ胸の先に、ぢゅぢゅ、音を立てて吸いつかれた。
さらに、弱々しくとも抵抗を示す私を咎めるようにかり、と噛まれてからだが跳ね上がる。
「後ろめたい?」
「あん、ああ」
「気が引ける?彼の城で、彼の居ないところで私があなたを抱くことが?」
「や、わかってる、なら、ああんっ」
歯を立てたまま強めに吸い上げられてまともにものが言えない。
舐めしゃぶりながらかりこりと噛まれ、その度に腰を揺らして反応してしまう。
「……真面目で律儀なリア」
喘ぐことしかできなくなってしばらく後。
顔を上げたオルギールは妖艶に微笑んだ。
「では‘仕返し’ではなくあなたが欲しいから抱く。それならいいですか?」
「そん、な」
名目だけ異なってもヤることは一緒ではないか。
口を開くほどの気力はなく、けれどまだわずかに機能している脳がそう反論した。
「あなたに会いたくてこちらへ来ても、あなたは彼のことばかり」
「あ!」
ずぶ、と秘所に指が差し込まれた。
腰を浮かせて逃げようとするのを抱き寄せられ、より深くよりたくさんの指で既にぐっしょり濡れたところを丹念に弄られる。
長い指が狡猾にバラバラに蠢いて、軽くイってしまった。
「リアは私の膝の上であのかたを想ってぷりぷり怒ってヤキモチを妬いて」
「あ、ああん、ああ」
「かわいいリア。私がこんなに愛しているのに」
「はああんっ!」
親指で陰核を強く押し込まれて、またイった。
どっと溢れた愛液をわざと音を立ててかき混ぜられる。
自分で奏でる音に煽られてさらに濡らして、オルギールにそれを指摘されてまた濡れる。
「リア、私を見て」
「……」
胸と秘所を刺激する手を休めず、オルギールは囁いた。
思考もからだも蕩かされて、私は薄目を開けて言われた通りにする。
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そんなことは知っている。
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「リア、愛しています」
「く、あああああ!」
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「リア、こんなに締め付けて。イヤなのですか?」
オルギールが形の良い眉を顰めて詰るように、見ようによっては悲し気に私に問いかける。
私は黙って頭を振った。
「気持ちがいいですけれど。こんなにキツくして……拒絶、しているの?リア?」
「ちが、う……」
ゆっくりとゆすられて甘い痺れに侵されても、ここだけは否定しなくてはと私は声を振り絞った。
所在なく無駄に動かしていた腕をオルギールの首に回して顔を寄せる。
「オルギール、大好き……」
「リア」
いつも無表情に引き結ばれている唇が緩やかに弧を描いて、花が綻ぶような笑みになった。
淫魔だ魔王だといつも脳内で詰っているけれど、本当に美しい笑みに陶然とする。
「愛しています、リア。私にはあなただけ。今生も、来世も、何度生まれ変わっても」
「オルギール!」
繋がったままいきなり抱き起された。
腰を浮かせて刺激を散らそうとしながらも、オルギールの首にますます強くしがみついてしまう。
矛盾した私の反応はオルギールをご機嫌にさせたらしい。
「リア、可愛い、私のリア」
「ああ、ああああん!」
じゅぶっじゅぶっとリズミカルに水音をたてて、オルギールは私の腰を抱えては落とす。
「私を見て。今は私だけに集中して、リア」
お砂糖みたいに甘いテノール。
秘所を深々と抉る凶器のようなオルギールの分身はそれに反比例するかのようにますます猛々しく暴れまわる。
自重で子宮に突き刺さるような刺激と、いつもとは異なるオルギールの懇願するような言葉は暴力的な快感となって私を支配して。
「ああ、あああん、ああ、オルギー、ル」
「リア、気持ちいい?」
「いい、あん、いい……」
「聞こえません、リア」
「気持ちいい、ああ、いい!」
結局はオルギールの望み通りの言葉を返し、望むままの体位をさせられた。
対面座位で真下から深々と串刺しにされた。つながったまま立ち上がり、後ろ向きにされると腰を抱えられ激しく切り込まれる。絶頂を繰り返してびくびくとする柔襞を、獰猛な肉楔が容赦なく擦り上げる。内腿を伝って流れ落ちる自分の蜜の感触に官能を煽られ、もっと欲しい、奥まで暴かれたいとばかりに、腰を揺らさずにはいられない。寝椅子に横たえられ、正常位で繋がりながら毬のように弾む胸を鷲掴みにされ、唾液塗れの先端を改めてしゃぶり尽くすように貪られる。
あられもない声を上げて夢中になって溺れていたから、全然気づかなかった。
オルギールの笑みが、馴染みのある妖しい魔王のようなそれになっていたことに。
そして、仕事を終えたシグルド様がやってきたことにも。
「……楽しそうだな」
私がひと際甲高く啼いたその時、ただ一言、地を這うような氷点下の声がかけられた。
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