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事件 4.
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城への帰り道。
私の護衛は往路よりもさらに不機嫌だった。
他に人がいないからまあよいとはいえ、ひとりごとが多すぎる。
「アイーシャが、まさかリアにあんな無礼な口を」
「言うに事欠いてリアに」
「姫将軍で情報室長だぞ。そのリアに」
リアリア言うのがかなり恥ずかしいのだけれど、ようは私のことを悪く言われたのが心外だったらしく、憤懣やるかたなし、という感じでずっとぶちぶち言っている。
行きは私も含め気が急いて早足だったが、帰り道は怒りに任せて先導のアルフがぐんぐん歩くので、やっぱり結構な早足である。
ついてゆけないほどの早足ではないし、早く帰って借りた雑記帳のことを調べたい。アルフのお怒りを聞くともなしに聞きながら、私は黙ってアルフと同じ速度を保って歩を進めている。
目抜き通りにさしかかってきたからちょいちょい「あれ?」「何か見たことある顔……」って声があちこちからかかるけれど、私たちはあえて気づかないふりをして先を急いだ。
「……心配してるからこそ、部下に任せずリアがわざわざ足を運んでるってのに、まったく……」
「もういいから、アルフ」
お怒りが一周廻ってそろそろ同じ台詞になりかかったので、私はやんわり遮った。
無意識に呟いていたのか、ひとりごとが過ぎると自覚があったのか。
たしなめた途端、彼は反論することもなく大人しく口を噤んでいる。
「大切な家族がなんの手がかりもなく失踪して間がないのよ。彼女の気持ちを考えれば、多少激高したってやむを得ない。それを忘れちゃいけないと思う」
「……わかった」
否定はせず、小声だが応じてくれた。
「ただ、ね。私のために怒ってくれたのでしょう?お礼を言うってのもなんか変だから言わないけれど──アルフは本当に優しいのね」
「リア」
アルフは紅玉の瞳を見開いて私を振り返ると、何とも表現しづらい笑みをほんのりと浮かべた。
はにかむような。けれど、なにをいまさらと言わんばかりに少し胸を反らせて。
「俺のいちばんはリアだから」
と、言った。
──いつもこうなのだ。
アルフはちょっとした機会をとらえては、私に対する自分の気持ちが変わっていないことを伝えてくる。
捻りも暗喩もなく、まっすぐに。
「あいつらは昔なじみだし、俺だって悲しい。ものすごく心配している。イルージャはもちろん無事でいてほしい。ただ、それとこれは別なんだ、リア」
歩きながらなのでずっと振り返っているわけにはゆかず、彼はまた前を向いた。
「リアがどんなに仕事に誇りをもっているか俺は知ってる。公爵夫人で姫将軍で、どれほどお偉くなっても崇拝されても、リアの目はちゃんと民の方を向いてる。それなのにあんな言い方するなんて」
「当事者だもの、仕方が」
「言いたくもなるだろうと理解はできる。でも俺は納得しない。あんな物言いしかできないなら、二度と俺は」
「アルフ、わかったから」
発言がヒートアップしてきたので、私はまたストップをかけた。
アルフはお怒り発言は中断したものの、わずかの沈黙ののち、「リアはなんにもわかってない」とまた文句を言い始めた。やっぱり、「アルフ」って言うとしばしば言うことを聞かない。
不機嫌な背中を見ながら、私は複雑な気持ちになった。
私に対してちょっとばかり失礼な発言をした、という程度の理由で、けっこう仲良くしていたはずの昔なじみ達なのに、「二度と会わない」とか「二度と店には行かない」って言いそうだったから止めたのだ。
彼はけっこう頑固なので、自分で言って自分の言葉に縛られるかもしれない。それはよろしくない。
友人、知人は多いほうがいいのかどうかわからないけれど、長年続いた間柄、というのは大事にした方がよいのではとないか。友人、知人というのは一瞬でできたりするものではないのだ。何かしらの物語があり、出来事があって、その延長線上にいるもの。こう考えると、貴重なものに感じられるから不思議だ。
この世界に来た私にはそういう関係性の人はいないから、なおさら大切にすべきだと感じるのかもしれない。夫達はこれ以上ないほど愛してくれる。いい部下たちにも恵まれている。でも、私個人の友人、知人──まだまだ歴史が浅い。
「アルフ。わずかな出来事で思い出を切り捨てないで」
「リアに関わることは俺にとってわずかなんかじゃない」
やはり彼は頑固だ。
すぐさまそう言って反駁したけれど、でも感じることはあるのかもしれない。
普通に聞いていれば聞き流す程度のものだけれど、語調はわずかながら鋭さを失っている。
私はその機をとらえて続けた。
「じゃあわずかどうかはさておいて。とにかく、友人、知人を気軽に捨ててしまわないで、ってこと。一朝一夕にできるものじゃないのだから」
説教も説得もするつもりはない。
ただ、多少なりとも心に響いてくれたらいい、と思う。
「あなたはアルバで生まれ育ったのでしょ。いいも悪いもそれなりに知人がいるでしょ。私なんてね、」
と、すんでのところでうっかり何かを口走りそうになる自分をこらえた。危ない。
異世界から来たんだから、と言うところだった。
四人の夫達しか知らない私の氏素性をアルフに明かしたところで、とくだん不都合はないかもしれないが、今さら色々説明するのも面倒くさい。
いつもいつも思うことだけれど、アルフといると前の世界の傭兵仲間のことを思い出して、どうも心のタガが緩むのだ。どうでもいいこともそうでないことも、問わず語りに話をしたくなってしまう。
「──トゥーラ姫様だろ。知ってるさ。辺境で色々大変だった、って」
一、二回、唾を飲み込みながら脳を現実に引き戻そうと努めていると、アルフがあとを引き取ってくれた。
「単身でアルバへ来たって。まあその……今となっては、公爵様方にしてみれば、掌中の珠が自ら飛び込んできてくれたようなものだろうけどさ。でも、リアはそれなりに大変だったろうって思う。誰一人、それこそ友人、知人のいない都へ来るなんて」
辺境出身のトゥーラ姫。
それが、レオン様とオルギールがでっち上げた私の来歴だ。
でも、やはりアルフは鋭い。
辺境どころか異世界出身の私だが、真相は知らずとも、その孤独、寄る辺なさをアルフは想像しているのだろう。
アルフはリリー商会の末息子。
田舎へ帰れば両親が、このアルバには過保護気味の兄君がいる。
それに引き換えリア、姫将軍は、と考えてくれたようだ。少しばかり歩調を緩んだように感じるのは気のせいだろうか。
近づいてきた城──グラディウスの居城へ一歩入れば、公爵夫人と親衛隊長。
夫達以外には友人、知人はにわかごしらえ、ろくにいない私だが、居城へ入る前の今はまだ、「リアとアルフ」でいられる。
知り合った年月こそ浅いが、私の初めての任務からずっとそばにいる。
「お姫様」「リア」と言って心を捧げてくれているけれど、原点は戦友なのだ。
彼はきっと、そう思ったに違いない。
軽く首をすくめると、ふ、と笑みを浮かべて彼はまた私を振り返った。
照れ笑いというか、改心したいたずらっ子というか。
きつい紅玉の目が優しく細められて、そのへんの娘っ子たちなら虜になりそうな魅力的な笑みだ。
「……わかったよ、お姫様。俺が短気だった。アイーシャのことはともかく、今は行方不明者たちの手がかりだな」
「そうこなくちゃ」
いつものアルフに戻ったようだ。
ほっとして、私は頷いた。
実際、雑記帳の分析だけじゃない。
アイーシャの話から、茶葉を商い、講習会まで開く大がかりな隊商の名を聞くことができたのだ。
昼間は茶店を開くのだと意気込んでいたイルージャが通っていた隊商。
セレンディーヤ、という。
その隊商の名は、別ルート、すなわち私の放った諜報員たちからも、さほどの間をおかず頻々と耳にすることになる。
私の護衛は往路よりもさらに不機嫌だった。
他に人がいないからまあよいとはいえ、ひとりごとが多すぎる。
「アイーシャが、まさかリアにあんな無礼な口を」
「言うに事欠いてリアに」
「姫将軍で情報室長だぞ。そのリアに」
リアリア言うのがかなり恥ずかしいのだけれど、ようは私のことを悪く言われたのが心外だったらしく、憤懣やるかたなし、という感じでずっとぶちぶち言っている。
行きは私も含め気が急いて早足だったが、帰り道は怒りに任せて先導のアルフがぐんぐん歩くので、やっぱり結構な早足である。
ついてゆけないほどの早足ではないし、早く帰って借りた雑記帳のことを調べたい。アルフのお怒りを聞くともなしに聞きながら、私は黙ってアルフと同じ速度を保って歩を進めている。
目抜き通りにさしかかってきたからちょいちょい「あれ?」「何か見たことある顔……」って声があちこちからかかるけれど、私たちはあえて気づかないふりをして先を急いだ。
「……心配してるからこそ、部下に任せずリアがわざわざ足を運んでるってのに、まったく……」
「もういいから、アルフ」
お怒りが一周廻ってそろそろ同じ台詞になりかかったので、私はやんわり遮った。
無意識に呟いていたのか、ひとりごとが過ぎると自覚があったのか。
たしなめた途端、彼は反論することもなく大人しく口を噤んでいる。
「大切な家族がなんの手がかりもなく失踪して間がないのよ。彼女の気持ちを考えれば、多少激高したってやむを得ない。それを忘れちゃいけないと思う」
「……わかった」
否定はせず、小声だが応じてくれた。
「ただ、ね。私のために怒ってくれたのでしょう?お礼を言うってのもなんか変だから言わないけれど──アルフは本当に優しいのね」
「リア」
アルフは紅玉の瞳を見開いて私を振り返ると、何とも表現しづらい笑みをほんのりと浮かべた。
はにかむような。けれど、なにをいまさらと言わんばかりに少し胸を反らせて。
「俺のいちばんはリアだから」
と、言った。
──いつもこうなのだ。
アルフはちょっとした機会をとらえては、私に対する自分の気持ちが変わっていないことを伝えてくる。
捻りも暗喩もなく、まっすぐに。
「あいつらは昔なじみだし、俺だって悲しい。ものすごく心配している。イルージャはもちろん無事でいてほしい。ただ、それとこれは別なんだ、リア」
歩きながらなのでずっと振り返っているわけにはゆかず、彼はまた前を向いた。
「リアがどんなに仕事に誇りをもっているか俺は知ってる。公爵夫人で姫将軍で、どれほどお偉くなっても崇拝されても、リアの目はちゃんと民の方を向いてる。それなのにあんな言い方するなんて」
「当事者だもの、仕方が」
「言いたくもなるだろうと理解はできる。でも俺は納得しない。あんな物言いしかできないなら、二度と俺は」
「アルフ、わかったから」
発言がヒートアップしてきたので、私はまたストップをかけた。
アルフはお怒り発言は中断したものの、わずかの沈黙ののち、「リアはなんにもわかってない」とまた文句を言い始めた。やっぱり、「アルフ」って言うとしばしば言うことを聞かない。
不機嫌な背中を見ながら、私は複雑な気持ちになった。
私に対してちょっとばかり失礼な発言をした、という程度の理由で、けっこう仲良くしていたはずの昔なじみ達なのに、「二度と会わない」とか「二度と店には行かない」って言いそうだったから止めたのだ。
彼はけっこう頑固なので、自分で言って自分の言葉に縛られるかもしれない。それはよろしくない。
友人、知人は多いほうがいいのかどうかわからないけれど、長年続いた間柄、というのは大事にした方がよいのではとないか。友人、知人というのは一瞬でできたりするものではないのだ。何かしらの物語があり、出来事があって、その延長線上にいるもの。こう考えると、貴重なものに感じられるから不思議だ。
この世界に来た私にはそういう関係性の人はいないから、なおさら大切にすべきだと感じるのかもしれない。夫達はこれ以上ないほど愛してくれる。いい部下たちにも恵まれている。でも、私個人の友人、知人──まだまだ歴史が浅い。
「アルフ。わずかな出来事で思い出を切り捨てないで」
「リアに関わることは俺にとってわずかなんかじゃない」
やはり彼は頑固だ。
すぐさまそう言って反駁したけれど、でも感じることはあるのかもしれない。
普通に聞いていれば聞き流す程度のものだけれど、語調はわずかながら鋭さを失っている。
私はその機をとらえて続けた。
「じゃあわずかどうかはさておいて。とにかく、友人、知人を気軽に捨ててしまわないで、ってこと。一朝一夕にできるものじゃないのだから」
説教も説得もするつもりはない。
ただ、多少なりとも心に響いてくれたらいい、と思う。
「あなたはアルバで生まれ育ったのでしょ。いいも悪いもそれなりに知人がいるでしょ。私なんてね、」
と、すんでのところでうっかり何かを口走りそうになる自分をこらえた。危ない。
異世界から来たんだから、と言うところだった。
四人の夫達しか知らない私の氏素性をアルフに明かしたところで、とくだん不都合はないかもしれないが、今さら色々説明するのも面倒くさい。
いつもいつも思うことだけれど、アルフといると前の世界の傭兵仲間のことを思い出して、どうも心のタガが緩むのだ。どうでもいいこともそうでないことも、問わず語りに話をしたくなってしまう。
「──トゥーラ姫様だろ。知ってるさ。辺境で色々大変だった、って」
一、二回、唾を飲み込みながら脳を現実に引き戻そうと努めていると、アルフがあとを引き取ってくれた。
「単身でアルバへ来たって。まあその……今となっては、公爵様方にしてみれば、掌中の珠が自ら飛び込んできてくれたようなものだろうけどさ。でも、リアはそれなりに大変だったろうって思う。誰一人、それこそ友人、知人のいない都へ来るなんて」
辺境出身のトゥーラ姫。
それが、レオン様とオルギールがでっち上げた私の来歴だ。
でも、やはりアルフは鋭い。
辺境どころか異世界出身の私だが、真相は知らずとも、その孤独、寄る辺なさをアルフは想像しているのだろう。
アルフはリリー商会の末息子。
田舎へ帰れば両親が、このアルバには過保護気味の兄君がいる。
それに引き換えリア、姫将軍は、と考えてくれたようだ。少しばかり歩調を緩んだように感じるのは気のせいだろうか。
近づいてきた城──グラディウスの居城へ一歩入れば、公爵夫人と親衛隊長。
夫達以外には友人、知人はにわかごしらえ、ろくにいない私だが、居城へ入る前の今はまだ、「リアとアルフ」でいられる。
知り合った年月こそ浅いが、私の初めての任務からずっとそばにいる。
「お姫様」「リア」と言って心を捧げてくれているけれど、原点は戦友なのだ。
彼はきっと、そう思ったに違いない。
軽く首をすくめると、ふ、と笑みを浮かべて彼はまた私を振り返った。
照れ笑いというか、改心したいたずらっ子というか。
きつい紅玉の目が優しく細められて、そのへんの娘っ子たちなら虜になりそうな魅力的な笑みだ。
「……わかったよ、お姫様。俺が短気だった。アイーシャのことはともかく、今は行方不明者たちの手がかりだな」
「そうこなくちゃ」
いつものアルフに戻ったようだ。
ほっとして、私は頷いた。
実際、雑記帳の分析だけじゃない。
アイーシャの話から、茶葉を商い、講習会まで開く大がかりな隊商の名を聞くことができたのだ。
昼間は茶店を開くのだと意気込んでいたイルージャが通っていた隊商。
セレンディーヤ、という。
その隊商の名は、別ルート、すなわち私の放った諜報員たちからも、さほどの間をおかず頻々と耳にすることになる。
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