姫将軍は身がもたない!~四人の夫、二人のオトコ~

あこや(亜胡夜カイ)

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 私に言わせれば、詫びろと言われているその時に、頭も下げずにこちらを凝視していること自体、そもそも非礼ではないか、と思うけれど、エイリスはようやく私に目を合わせてから詫びることにしたらしい。

 「──

 細いが、しっかりとした声で、エイリスは言った。
 視線だけで応じて、私も彼女を見返す。
 祭りの夜の邂逅、そして今回。
 どちらも女の無礼っぷりが際立っているけれど、とにかく、きちんと互いに目を合わせるのは初めてのはずだ。
 
 「。大変ご無礼を致しましたこと、心よりお詫び申し上げます。本当に申し訳ございませんでした」

 静かに、はっきりと口にすると、深々と頭を下げた。

 ──前にも思ったことだが、遠くの看板でも読み上げているみたいだ。
 つまり、気持ちが籠っているとは全然感じない。
 はっきり言って、そらぞらしい。
 、っていうその言葉一つとっても、ぎこちないというか棒読みなのが極めてひっかかる。
 
 けれど、形だけは完璧に「詫びている」から、それをあげつらうのは大人げないというか、あまりに感情的過ぎて嫌だ。

 (気持ちが籠ってない、もう一度!)
 (申し訳ありませんでした)
 (声が小さい、もう一度!)

 ……パワハラだ。
 
 ひととおり想像をしてから、「気持ちが籠ってないな」とぶつぶつ言っているルードへ軽く頷いて見せた。
 これで終わり、という合図だ。
 ルードも小さく頷きを返してくれた。
 振り上げた拳の下ろしどころ、とでも言うべきタイミングだ。

 「妻がよいというなら。これでよしとしよう」
 「閣下……!」

 ルードは顎をしゃくってアサド議長の拘束を解かせた。
 中背だが派手に着飾った彼は、「有難うございます」と何度も口にしながらエイリスの下へ駆け寄り、抱きしめるようにして華奢な体を擦る。

 「エイリス、エイリス、お前は、まったく……」
 
 よほどほっとしたのか、父親はまともな言葉を紡げない。
 その彼に無感動な顔で抱かれていたエイリスを、「これに懲りたら当分この女を目にすることは無いだろう」と、見るともなしに眺めていると。

 なんと、エイリスはやはり悪い意味で只者ではなかった。
 薄い唇を開くと、とんでもないことを口にし始めたのだ。

 「お父様。……が慕わしくて、今宵はこのような服装に致しましたのに。……きちんとご挨拶ができずお怒りを買ってしまうとは。……本当に口惜しいことでございます」
 「そうだな。……そう、御方様!」

 半泣きのおろおろ顔だったアサド議長は、得たりとばかりに叫んだ。
 
 たった今まで、娘の非礼によって窮地に立たされていたにもかかわらず、あるいはそれだからこそ、なのか。わざとらしくはしゃいだ声を上げる。
 エイリスの鉄面皮は間違いなくこの親からの遺伝だろう。

 「御方様、娘は。……エイリスは御方様にたいそう憧れておりまして。特にその、武勇についてなど心酔と言ってよいほど。……せめて、服装だけでも御方様の真似をしたい、近づきたいと……このところ度々このようなナリをしておるのです」
 
 呆れかえる言い草だ。
 ぜっったい、違うだろう。

 馬鹿馬鹿しくて顔を背けてしまう。
 そしてまた、じわじわと不快感がこみ上げてくる。

 この親子はあれほど厳しく無礼を咎められたのに、それを棚に上げるつもりなのか。

 「御方様に憧れる気持ちが伝わらないのが口惜しい」
 「挨拶の失敗ひとつで誤解された」

 エイリスは──無論父親もだが、発端は娘だろう──、巧妙に周囲への印象をすり替えようとしているのだ。
 
 私の不愉快は、勿論そのまま夫達にも伝わったらしい。
 レオン様は舌打ちをし、ユリアスも「まだ言うか」と呟く。
 そして、もう一度ルードが口を開きかけたその時。

 「──アサド議長、そしてその連れも」

 涼やかな、誰の耳にも心地よく響くテノール。
 ルードよりも一瞬早く、それまでの沈黙を破って、オルギールは言った。
 
 「ヘデラ侯閣下」
 
 娘を抱きかかえたまま、アサド議長は図々しくもいそいそとオルギールに向き直り、頭を下げる。
 エイリスも一応それに倣っているようだ。

 アサド議長は何を期待したのかわからないが、続くオルギールの発言ときたら、冷水どころか氷水を浴びせかけるようなものだった。

 「詫びだけに留めて今宵は退出するべきでしょう。まともな礼も執れぬ者が‘心酔’などとは聞き苦しきこと。服装については茶番の極み」
 「っ!?これは、閣下……」
 
 ナイス、オルギール!

 思わず拍手したいくらいだ。
 私もレオン様もユリアスもルードも、言いたいことはまったく同じだけれど、この場の誰が言うよりもオルギールが言うのは効果的だ。

 冷静沈着、けっして激さない「万能の人」、オルギールの言葉。

 アサド親子を、まるで大罪人のように扱うルードの苛烈さに、非難とまではいかなくとも、多少、親子に同情的な目線もあったかもしれない。または、エイリスの狡猾な発言でそういう雰囲気になりかけたかもしれない。
 その微妙な空気感を、オルギールは鮮やかに断ち切ってくれた。

 「──連れの者。我が妻への憧憬がまことならば、本日以降、そのような茶番は自身の屋敷内のみとせよ。二度とそのような姿での登城は許さぬ。アサド議長、卿ほどの者が身内の躾をいまだにできずにいるとは嘆かわしい限り。速やかに退出し、卿の立場と身分とを鑑みて猛省を勧める。──衛兵」

 いったん退いていたルードの護衛がもう一度進み出て、今度は親子の周りをぐるりと取り囲む。

 ヘデラ侯閣下、とか、我が娘は本当に御方様のことを、とかなんとか、この期に及んでがたがた言っていたけれど、「退出させよ」との筆頭公爵・ルードのトドメの一声で、彼らはようやく視界から消えてくれた。

 
 険しい目でそれを見送った後、ルードは気を取り直すようにぽんと手を叩いた。

 「──さあ、皆。まだまだ夜は長いぞ。意中の者を口説く時間はあるし、なんなら別室もある」
 
 わっ、と皆が歓声を上げた。
 ちょっとだけ色っぽい発言だ。
 
 確かに、どんな宴でも、肩の凝らないものであればあるほど、「別室」は準備されている。
 ご歓談、にも使えるけれど、もちろんもっと密やかな逢瀬にも利用できる。

 宴の主催者としてさすがの対応だ。
 あんなにも激怒していたルード自らが軽口を叩き、陽気にしてみせることで、宴はたちまち元の賑わいを取り戻してゆく。

 「御方様、甘いものをいただきましょ」と、誘ってくれるユーディトと共にお菓子を頬張って、我が夫ながら素敵だな、さすがだな、ルードもオルギールも……と惚れなおしつつも、微細な微細な、髪の毛よりも細い棘のようなものが、思考の隅に突き刺さる。
 突き刺さっていることに、気づかないふりはできない。

 エイリスはおそらくは当分表には出てこないだろう。
 けれど、それでいいのだろうか?
 我々の見えないところに彼女の狂気が潜ってしまったら?
 
 ──彼女は、怪物だ。
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