姫将軍は身がもたない!~四人の夫、二人のオトコ~

あこや(亜胡夜カイ)

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 御方様おかたさま
 姫将軍、と並んで、夫たちとの結婚後、好んで使われるようになった私のもう一つの呼称だ。
 公爵夫人であることを示すそれを、犯罪を犯すほどレオン様に恋い焦がれていたエイリスは、絶対に口にしたくはなかっただろう。 

 ゆるゆると顔を上げた彼女の無表情な白皙を眺めながら、私は冷静に分析した。 

 「オーディアル公閣下、そして、おかたさま。わたくしの失態をどうかお許しくださいませ」
 「……」

 ルードは腕組みをしたまま、青い瞳を鋭く光らせてエイリスを睨みつけている。
 そう簡単には許さんぞと言わんばかりだが、とにかくすさまじい迫力に、ざわめきかけた周囲はまたも静まり返った。

 「久しぶりの晴れがましい場にとりのぼせてしまったのでございます。けっして、他意のあることではございませぬ」
 「──どうだかな」

 ルードは吐き捨てた。
 さらに、つかつかとエイリスの前へ歩み寄ると、なんといきなり彼女の顎を掴んで上向かせたのだ。

 またも、ざわっ……と声にならぬどよめきが広がり、「閣下!!」と、傍らのアサド議長は喉を引きつらせて叫んだ。

 夫の常ならぬ荒っぽい振る舞いは、私自身、驚きの声を上げそうになったほどだが、レオン様達はいたって平静だ。
 それらを瞬時に見て取って、私も表情を変えずに動向を見守ることにした。

 それにしても、今夜のルードはどうしてしまったのだろう。

 夫達は全員、女性に対してだけではなく、身分の上下を問わず「人」に対して、「乱暴」とか「粗野」からは縁遠い人たちなのに。

 平時の彼らは、自信に満ちて堂々としている一方で、気品溢れる優美な挙措で……と、褒めそやす言葉が足りないくらいなのに。

 滑稽な白い軍服を身に着けた華奢な女性を、左右から衛兵が両腕を拘束し、前からは大柄なルードが顎を掴んでいる光景ときたら、戦時における軍法会議のようだ。
 罪人を裁く正規の法廷のほうがよほど人道的だろう。

 必死の抗議のためあばれるアサド議長までもが、いつのまにかルードの衛兵たちによって拘束されている。

 それでも、彼は声を張りあげた。
 躾をし損ねた娘とはいえ、アサド議長の大切な一人娘だ。 

 「閣下、そのような無体な、いくら何でも……っ」
 「黙れ、アサド」

 言葉で一刀両断したルードは強制的に上向かされたエイリスの顔をつくづくと眺めている。
 ……すごく、いやそうだ。

 エイリスのほうはといえば、持ち上げられた顎が痛むのか、それとも衛兵が掴んだままの腕が痛むのか、わずかに細い眉をひそめたまま、しかし伏し目がちになることもなく、どこにも焦点をあわせずに、薄い水色のガラスのような瞳を空に向けている。

 ──震えが、きた。

 リーヴァ?とか、リア、どうしました?と掛けられる声になんでもないと首だけを横に振って応える。

 この女はおそろしい。
 皆が思っているよりも。
 我々が警戒しているよりも、もっともっと。
 おかしい。おかしくなっている。 

 恋敵の真似をして公衆の面前に現れるのも、自分のふるまいで父が糾弾されているのを顔色ひとつ変えずに聞いているのも。ようやく詫びてはいるものの、拘束されようがルードに顎を掴まれようが、悪びれもしないのも。

 この女は、なにも、恐れていない。 
 それが、おそろしい。

 「抵抗もせず恐れ気もなく。……いい度胸だ」

 ルードも何か感じたのだろうか。

 小さくも大きくもない声で独り言つと、ようやく顎から手を離し、軽く手を振ってエイリスを拘束する衛兵達も下がらせて、

 「跪け」

 鋭く、言った。

 エイリスはおとなしく膝をつく。
 それも、両膝を。

 華奢な女性が衆目の面前で両膝をつかされている光景は、事情を知らぬ者が見れば痛々しく思われるほどに一方的な断罪だ。
 事の発端を考えれば行き過ぎではないかと感じるけれど、ルードは徹底的にやるつもりらしい。

 紅い美しい髪をゆらしてくるりと振り返って。

 「──リヴェア、こちらへ」

 打って変わって優しい声とともに、手を差し伸べられた。

 え、私?と思わず口走りそうになるのをこらえ、わずかに首を傾げると、

 「愛しいリヴェア。こちらへ」

 と、繰り返す。

 目元を和ませてはいるけれど、有無を言わせない力が込められていて、私はゆっくりと進み出て、差し伸べられた大きな手に自分の手を載せた。

 ルードは、きゅう、と軽く握って私の指先に口づけを落とすと、眼前のエイリスに向き直り、

 「ダイソンの連れ。この場で我が妻に非礼を詫びろ」

 傲然と、命じた。

 ──やっぱりね。

 不意に呼ばれて驚いたけれど、その一瞬あとには気づいたのだ。
 ルードは、私の目の前でこの女に跪かせ、頭を下げさせるつもりだ、と。

 はっきり言えば、「もういいじゃない?」と、言いたい。
 けれども、この女は怪物だ。
 このくらい徹底的に追い詰めないと、心に響かない可能性は高い。

 だから私も、あえてエイリスの真正面に立った。

 「深く、頭を下げ、はっきりと聞こえるように言え。お前が詫びるべきは俺ではない。我が妻だ」

 正面を譲った格好になったルードが、横合いから声をかける。

 「中途半端な詫びは認めんぞ。妻が認めても俺が許さん」
 「ルードったら」

 思わず零した言葉は、とても小さいものだったから、周りには聞こえなかったと思うけれど、ルードの耳には届いたらしい。

 「愛している、リヴェア」

 なんの脈絡もなく甘く囁いて、もう一度私の指先に口づけを落とした。

 やれやれ、まったく……と遠い目をしかけて、我に返る。

 ここは居間でも寝所でもない。
 悪役令嬢ならぬ、元ストーカー令嬢断罪の場、だ。
 跪くエイリスをあらためて見下ろす。

 エイリスは薄い水色の瞳をずっとこちらに向けていた。

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