姫将軍は身がもたない!~四人の夫、二人のオトコ~

あこや(亜胡夜カイ)

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萌芽 7.

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 ヘデラ城で一番広い寝室に、夜もまだ早い時分から、ずっと私はそこに居る。

 どの城にも夫たちと私、全員で過ごすための広大な寝室があるのは共通していて、その部屋同様に巨大な寝台の上で、私はレオン様にもたれかかりながら、四人全員の欲を受け入れたあとの、火照った体を鎮めている。

 湯殿でオルギールとユリアスの二人がかりで責め立てられ、寝室へ入れば執務を終えた現・筆頭公爵、シグルド様が半裸で待ち構えていたものだから当然のごとくまた始まり、その真っ最中に視察を終えたレオン様が合流して。

 「──今日はずいぶんと帰城が遅れたとか。感心しないな、リーヴァ」

 痺れるような甘い、掠れ気味の美声でレオン様は言った。
 いちおうお説教のつもりらしいが、私の髪を指で梳きつつゆっくりと頭を撫でながらとあっては、情事の延長のようなものだ。
 オルギールのマジ睨みに比べたら、ぜんっぜん怖くはない。
 
 「それは謝りますけれどね。でも重要な話だったんですもん」

 私はレオン様の裸の胸に額を擦りつけながら抗議した。
 我ながら甘えた行動だけれど、日没からこの方、浴室での行為からスタートして、わずかな小休止以外は深更までぶっ通しで夫たちの求めに応じていたのだ。これくらい、構わないだろう。

 「茶会で重要な話とは。珍しいな?」

 からかうように低く笑って、レオン様は私のこめかみに口づけを落とした。
 そして、ついでに鼻先を押し付けてくんくん匂いを嗅いでいる。フェチ発動だ。
 これをするときのレオン様のご機嫌は悪くはない。
 そう思って私はさらに安心したのだけれど、

 「供の者が報せを送ればよいものを。全く気が利かないことです」
 
 足元から、愛想ゼロの声がした。

 彼は私の足元に肩肘をついて横になっていて、私のお腹やら腰やらをゆっくりなで続けている。
 いかにも行為の後らしい緩慢な仕草だけれど、それでもなお彼の指、てのひらの動きはかすかな官能を秘めていて、きっかけひとつでまたたやすく私を煽り、高めるのだろうと容易に想像がつく。穏やかなのに不穏な動きだ。

 「親衛隊長をすげ替えてはどうかと」
 「はは、まあそう言うな、オルギール」

 快活に笑い飛ばしたのはシグルド様。
 輝く深紅の長い髪を無造作にかき上げ、そのまま私の手をとって指先にくちづけながら、

 「あの男の忠誠心は本物だ。他の、誰よりも」

 そう言って、くちづけた指先をパクリと咥えた。
 そのままなめたり吸ったりしている。
 シグルド様は行為の前も、最中も、事後も、ほぼ常に手フェチが発動しているお方である。
 じっとりと指先に這わされる舌の感触にも慣れっこになってしまった。
 
 「親衛隊員は皆そのはずですが」

 オルギールは表情を変えないまま、口調だけで不満の意を表明した。

 「一人一人吟味して選び抜いたリアの親衛隊ですよ?べつにあの男に限った話では」
 「オルギールはあの男のこととなると異様なほどに狭量になるのだな」

 引き締まった口許をわずかにほころばせて、ユリアスはずばっと言った。

 乱れたままの長めの前髪から覗く暗緑色の瞳を、面白そうに光らせている。

 ユリアスったらはっきり言う、と私はヒヤヒヤしたけれど、さすがは三公爵の一人であり、オルギールの幼馴染み。ユリアスは平然としたものだ。

 「想像してみろ、オルギール。惚れた女が夫たちといちゃついてるところを始終見せつけられる。それでもいいからと彼はリヴェアのそばにいることを選んだんだ。要衝の砦の隊長ではなく。よほどの想いと決意があってのことだろう」
 「……私には理解できないので」

 私の肌を撫でる手を止めて、ひんやりとした唇をお臍の横あたりに寄せながら、オルギールはささやくように言った。
 
 似たようなことを言った私にはあれこれえっちなことをしまくったが、今はずいぶんとおとなしい。

 「……命がけで、生涯ただ一人と愛した女性を傍らで眺めているだけなどと。私には、けっして」
 「だからお前は夫の一人になっているってわけだ。皆が皆、お前みたいに惚れた女を手に入れないと気がすまないときたらたまったものじゃない。第一、リアの身が持たない」
 
 な、リア?とレオン様は私の耳殻を食みながら言った。

 さきほどまであんなにも激しく、執拗に私を翻弄したレオン様は、今もずっと、私を声と言葉だけでぐずぐずに蕩けさせてしまうほどに甘い。

 私は返事の代わりに、うっとりとレオン様の裸の胸に擦りよった。
 
 グラディウスに私が迷い込んで、初めて出会った人。私を愛し、抱いた人。私がここで初めて愛した人。いろいろあって、今は四人の夫が私を共有しているが、普通に聞けば相当キツく聞こえるレオン様の言葉に含むところはないらしい。

 実際、オルギールは気を悪くした様子もなく、「夫は四人で終わりですからね、リア。安心して下さい」などとピントのずれたことを言っている。

 安心も何も。

 私にとっては絶倫で俺様な四人の夫でいっぱいいっぱいだし、何より彼らが自分達以外の五人目の存在など許すはずもない。三公爵とオルギール、彼らだからこそ妻の共有などという本来ならばあり得ないようなことも成り立つのだ。そこに他の存在が入り込む余地などないに決まっている。

 「──夫の話はともかくとして」

 私は話を引き戻した。
 と同時に自堕落な姿勢を正すことにして、レオン様の胸から離れ、指なめ中のシグルド様から手を回収し、下腹部付近をなで回すオルギールからわずかに距離をとる。私の胸にほっぺを押し付けていたユリアスにもお引き取り願う。

 そう、帰城の遅れ云々がネタになっていたが、どんな話をしていたから遅れてしまったのか、報告しなくてはならないのだった。

 複数での行為はいまだに倫理的にはどうかと思うものの、情報共有と言う点では夫たち全員が寝台に集まっているときにお話をするのは一番手っ取り早い。


***
 
 「──ね?嫌な、奇妙な話でしょう?警戒するべきだと思う」

 議長の娘がゆるやかに派閥作りをしているらしいこと、その派閥に加わりそうな面々、そして最も意味不明なのが、議長の娘が主催する茶会のたびに男装をすること。今日の茶会で耳にしたことを私が話し終える頃には、既に私から事情を聞いていたオルギール以外の三人の表情はとても厳しいものになっていた。

 「──とりあえず、監視を増やすことには致しましたが」

 オルギールはすっかりいつもの調子で淡々と言った。

 「どの程度の技量の者をどのくらいの人数投入するか。それはまだ未定です」
 「とりあえずは女が謹慎中の頃と同程度の監視でよかろう」

 筆頭公爵となったシグルド様はきびきびとした声で言った。
 熱心に私の指をなめていた人と同一人物とは思えない。惚れ惚れするほど見事にスイッチが切り替わる。
 
 「確かに奇妙で気分が悪い。女自身は非力でも、アサド家には金と権力はあるからな。しかし今のところは何がどう発展するのやら想像がつかん。となるとあまりに精鋭を投入するのもな」
 「もともとはレオンに対する執着と、側にいる者への嫉妬が女の行動原理なのだろう?となれば」

 おっ◯い星人、谷間フェチのユリアスもすっかり業務仕様の顔で言う。

 「──女への監視もさることながら、よりいっそうリヴェアの警護を厳重にすればよいのでは?」
 「これ以上増えると動きにくいのですけれどね」

 思わず、本音が漏れてしまった。
 私の心配をしてくれるのは嬉しいとはいえ。

 十重二十重、と言う表現があるけれど、今でさえグラディウスの城内で十名、城外へ出るとなればその倍、二十名の護衛を従える。最低でも、だ。私が動く時は、常にこれだけの人数が行動を共にする。立場上仕方ないとは思うが、面倒くさいったらない。生まれた時から貴人であった夫たちにとっては護衛は空気で背景のようなものだろうけれど、私は違う。

 「君は自由な生活をしてきたのだろうし、君自身、腕もたつし気持ちはわかるが」

 大きな手で私の頭を撫でながら、レオン様はなだめるように言った。

 たった一言漏らした本音で、正確に私の脳内を読み取ったらしい。
 とっても俺様なレオン様だけれど、この人は本当に細かなところまでよく気がつく人なのだ。

 ちょろい私はきゅんきゅんして、もっと撫でてと言わんばかりに頭をレオン様のほうへ傾けた。

 「だが、リーヴァ。俺たちの安心のためだと思って護衛を増やして欲しい」
 
 ──もういい年をした大人なのに、頭を撫でられるとなぜこんなに気持がふんわりするのだろう。
 気にかけてもらっている、可愛がられている、慈しまれている。そんな気持ちを実感する。
 
 真面目な話をしているのに、こんなにほっこりしていいのだろうか、と思うほどに。

 「レオンの言う通りだ、リヴェア。本当は以前からもっと護衛を増やすべきだと俺は思っていた」

 ユリアスは深く頷きながらレオン様に同調した。

 「`姫将軍’が強いのと護衛の数の話は別物なんだ」
 「`姫将軍’であり`公爵夫人’。我々の最愛の妻。それを考えたら常に一個大隊従えていてもよいくらいだ」
 「それは、ちょっと」

 話が大きくなりすぎではないか?
 頭ナデナデにうっとりしている場合ではないらしい。

 「よいくらい、と言ったんだ、リーヴァ。現実問題としてそこまでにはしない」

 思わず身を起こしかけた私の肩に触れて、レオン様は私を引き寄せた。
 見上げた私と目を合わせて、金色の瞳を優しく細める。

 「妙な話を聞いた以上、なにもしないわけにはゆかないんだ。だろう?ルード、ユリアス」
 「そのとおり」
 「わかってほしい、リヴェア」
 「オルギールの考えは?」

 三公爵はあっという間に合意に至り、オルギールに向き直る。

 銀色の睫毛が半ば伏せられて、紫水晶のような瞳が見えず、表情を読み取ることはできない。

 「……とりあえず、今は。方々のお考えの、とおりに」

 長い沈黙の後、オルギールは慎重に、言葉を選びながら言った。
 レオン様たちは、皆一様に眉をひそめている。

 「オルギール……」
 
 なんとなく不安になって、私はオルギールに向かって手を伸ばした。

 リア、と呟いてすぐ、オルギールは私の手をとって、安心させるようにてのひらに口付けてくれたのだけれど、その後の反応がない。
 
 「とりあえず、とはどういう意味だ?」

 オルギール以外の三人の胸の内を代弁するように、筆頭公爵であるシグルド様は尋ねた。

 「……」
 「オルギール、何を考えてる」
 「……いえ、今は、とりあえず、としか」

 シグルド様に促されてようやく紡がれた言葉は、やはり曖昧模糊としている。いつも簡潔、明瞭なオルギールらしからぬ物言い。
 
 「……女の監視を強め、リアの護衛を増やすことしか打つべき手はないのかと。後になってやっておくべきだったと気づくことが、何かもっとあるのでは、と。……神ならぬ身がもどかしくて」

 静かな、けれど、近しい者だけにはわかる、「万能の人」オルギールの危惧、焦心。

 その声の響きはいつまでも耳について離れることはなく。

 ──近い将来、私も他の夫たちも、この時のオルギールの言葉を思い出すことになる。
 

 


 
 

 
 
 
 
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