7 / 22
萌芽 2.
しおりを挟む
カサンドラ嬢の話は、確かに奇妙で、けれどそれ以上でもそれ以下でもなかった。
なにしろ、情報が限られ過ぎている。
エイリスが無理矢理に作ろうとしている「取り巻き」は、ほぼすべて親の肩書を利用したものであり、ユーディトを始めとする、本当に仲の良い者同士で集まって、ついでに親なり家族なり同士の付き合いもある、というこちらとはまるで異なっているので、あまり接点がないらしい。
「犯罪に手を染めた張本人が社交界に返り咲こうとしているばかりか、恐れ多くも御方様のように男装をするだなんてバカバカしくって」
それで思わずこのような下らない話をお耳に入れてしまいました、と、最後はカサンドラはお行儀よく頭を下げてみせた。
「お茶会で深刻な話をするほうが無粋だ。別に恐縮することはないよ、カサンドラ嬢」
とりあえず、とりなしておく。
しゅんとした「フリ」かもしれないけれど、謝るような話ではないだろう。
確かにどうでもよい話ではあるけれど、どんな話でも自分の知らない話というのは新鮮だし、そもそもこういう社交に出ることにしたのは、話題の質を問わず「今、みんな何してる?」と、いわばトレンドを押さえておくという意味があるのだった。
‘影’たちは彼ら自身の私見はほぼ抜きにして、見聞したことを私に報告するけれど、さすがにこのことは知らされていなかったから。
最近、男装をするようになったのだろうか?
そして、どうしてそんなことをするのだろう。
「レオン様の好みは男装の麗人」と思い込んで、自分もコスプレを始めることにしたのか。
けれどレオン様に執着する彼女は私を憎んでいるはずだ。その彼女が私の真似をして楽しいだろうか。
くだらない、と一笑に付すのは簡単だけれど、本人のビョーキぶりは相当なものだったから、意図や真意を考えてしまう。
私はカサンドラの頭の斜め後方に見える、黄色の果樹を眺めながらぐるぐると考え込んだ。
レモンに似た果実にもうちょっと白っぽくなるほど農薬をぶっかけたら、白金系のエイリスの頭に似てるな、などと、カサンドラの話以上にどうでもよいことを想像していると。
「そういえばカサンドラ様。最近、コリンヌ様とお話なさっていて?」
ユーディトはあさりげなく話題を変えるように問いかけている。
エイリスを罵りたいが、茶会と男装の真似っこくらいで悪口を言うのもためらわれる、という微妙な雰囲気を察してのことだろう。勇ましい女性だが、ユーディトはちゃんと細やかに気のつく人なのだ。
コリンヌ嬢とは、はきはきしたカサンドラ嬢にいつもくっついている、ちょっと気の弱い感じのご令嬢である。
カサンドラ嬢に良くも悪くも頼り切っている様子ではあるが、カサンドラ嬢が善良で面倒見のよい性格をしているから、まあ二人で一セット、コリンヌ嬢にとっても悪い友人ではないだろう、と私は見ているが、今日は欠席らしい。
「四、五日前かしら。キタラを聴く会でご一緒できると聞いたのだけれど、あの晩もお会いできなくて」
ユーディトは残念そうに首を振った。
「しばらくお見掛けしていないような気がして。今日は来て下さると思ったのだけれど、昨晩、体調がすぐれないと報せが」
前日に、格上の友人の茶会を断わるのだ。
体調がすぐれない、どころか病気ではないのだろうか?
「大事ないとよいが、カサンドラ嬢は何かご存じか」
親友なら何か聞いているかもしれない。
ガレットを食べ終えて、冷たい水の入った杯に手を伸ばしながら何気なく声をかけると、
「それが、……御方様」
両手を膝の上に置きながら眉を寄せて口ごもる。
令嬢であるから背を丸めたり妙な姿勢をとることまではしないが、もの言いたげに私を見つめたかと思えば、またすぐに顔を背けたり、明らかに挙動不審だ。
不審そうに眉をひそめたユーディト。私やカサンドラ、ユーディトを気がかりそうに代わる代わる見つめるほかのご令嬢たち。
「──カサンドラ嬢、どうしたのだ」
ここは私が聞くことにしようと、令嬢たちを目顔で黙らせ、私はわざとゆったりとした口調で尋ねた。
反射的に唇をきゅっと噛みしめるのを視界に捉えながら、怯えさせぬように気をつけて続ける。
「ここにはあなたの友人たちと私だけ。コリンヌ嬢のことでよほど心配ごとでもあるのか。……話してはくれまいか?それとも場所が悪いか?」
「いいえ、御方様!」
カサンドラ嬢はつむじ風が吹いたかと思うほど勢いよく首を横に振り、体ごと私のほうへ向き直った。
みずからの動作によって無理矢理自分に活を入れたらしく、
「御方様、ユーディト様。この場で、このようなお話をしてしまうことをお許し下さい」
しっかりとした口調でそう言って、二、三度唇を舐めてからカサンドラ嬢は口を開いた。
「最近、彼女は。……コリンヌは、さかんにあの女の集まりに招かれておりまして」
──エイリス・ルルー・ラ・アサド。
また、あのイカれた女が関係しているのか。
ついさきほどあげつらっていた噂の人物が、コリンヌのことにも関わりがあるらしい。というより、このことが頭にあったから、カサンドラ嬢はエイリスのことを持ち出して罵ったのかもしれない。こちらが、本題なのかもしれない。
ぬるくなってもまだ十分に薫り高いお茶を一口飲み下ろしながら、私は彼女の話に耳を傾けた。
なにしろ、情報が限られ過ぎている。
エイリスが無理矢理に作ろうとしている「取り巻き」は、ほぼすべて親の肩書を利用したものであり、ユーディトを始めとする、本当に仲の良い者同士で集まって、ついでに親なり家族なり同士の付き合いもある、というこちらとはまるで異なっているので、あまり接点がないらしい。
「犯罪に手を染めた張本人が社交界に返り咲こうとしているばかりか、恐れ多くも御方様のように男装をするだなんてバカバカしくって」
それで思わずこのような下らない話をお耳に入れてしまいました、と、最後はカサンドラはお行儀よく頭を下げてみせた。
「お茶会で深刻な話をするほうが無粋だ。別に恐縮することはないよ、カサンドラ嬢」
とりあえず、とりなしておく。
しゅんとした「フリ」かもしれないけれど、謝るような話ではないだろう。
確かにどうでもよい話ではあるけれど、どんな話でも自分の知らない話というのは新鮮だし、そもそもこういう社交に出ることにしたのは、話題の質を問わず「今、みんな何してる?」と、いわばトレンドを押さえておくという意味があるのだった。
‘影’たちは彼ら自身の私見はほぼ抜きにして、見聞したことを私に報告するけれど、さすがにこのことは知らされていなかったから。
最近、男装をするようになったのだろうか?
そして、どうしてそんなことをするのだろう。
「レオン様の好みは男装の麗人」と思い込んで、自分もコスプレを始めることにしたのか。
けれどレオン様に執着する彼女は私を憎んでいるはずだ。その彼女が私の真似をして楽しいだろうか。
くだらない、と一笑に付すのは簡単だけれど、本人のビョーキぶりは相当なものだったから、意図や真意を考えてしまう。
私はカサンドラの頭の斜め後方に見える、黄色の果樹を眺めながらぐるぐると考え込んだ。
レモンに似た果実にもうちょっと白っぽくなるほど農薬をぶっかけたら、白金系のエイリスの頭に似てるな、などと、カサンドラの話以上にどうでもよいことを想像していると。
「そういえばカサンドラ様。最近、コリンヌ様とお話なさっていて?」
ユーディトはあさりげなく話題を変えるように問いかけている。
エイリスを罵りたいが、茶会と男装の真似っこくらいで悪口を言うのもためらわれる、という微妙な雰囲気を察してのことだろう。勇ましい女性だが、ユーディトはちゃんと細やかに気のつく人なのだ。
コリンヌ嬢とは、はきはきしたカサンドラ嬢にいつもくっついている、ちょっと気の弱い感じのご令嬢である。
カサンドラ嬢に良くも悪くも頼り切っている様子ではあるが、カサンドラ嬢が善良で面倒見のよい性格をしているから、まあ二人で一セット、コリンヌ嬢にとっても悪い友人ではないだろう、と私は見ているが、今日は欠席らしい。
「四、五日前かしら。キタラを聴く会でご一緒できると聞いたのだけれど、あの晩もお会いできなくて」
ユーディトは残念そうに首を振った。
「しばらくお見掛けしていないような気がして。今日は来て下さると思ったのだけれど、昨晩、体調がすぐれないと報せが」
前日に、格上の友人の茶会を断わるのだ。
体調がすぐれない、どころか病気ではないのだろうか?
「大事ないとよいが、カサンドラ嬢は何かご存じか」
親友なら何か聞いているかもしれない。
ガレットを食べ終えて、冷たい水の入った杯に手を伸ばしながら何気なく声をかけると、
「それが、……御方様」
両手を膝の上に置きながら眉を寄せて口ごもる。
令嬢であるから背を丸めたり妙な姿勢をとることまではしないが、もの言いたげに私を見つめたかと思えば、またすぐに顔を背けたり、明らかに挙動不審だ。
不審そうに眉をひそめたユーディト。私やカサンドラ、ユーディトを気がかりそうに代わる代わる見つめるほかのご令嬢たち。
「──カサンドラ嬢、どうしたのだ」
ここは私が聞くことにしようと、令嬢たちを目顔で黙らせ、私はわざとゆったりとした口調で尋ねた。
反射的に唇をきゅっと噛みしめるのを視界に捉えながら、怯えさせぬように気をつけて続ける。
「ここにはあなたの友人たちと私だけ。コリンヌ嬢のことでよほど心配ごとでもあるのか。……話してはくれまいか?それとも場所が悪いか?」
「いいえ、御方様!」
カサンドラ嬢はつむじ風が吹いたかと思うほど勢いよく首を横に振り、体ごと私のほうへ向き直った。
みずからの動作によって無理矢理自分に活を入れたらしく、
「御方様、ユーディト様。この場で、このようなお話をしてしまうことをお許し下さい」
しっかりとした口調でそう言って、二、三度唇を舐めてからカサンドラ嬢は口を開いた。
「最近、彼女は。……コリンヌは、さかんにあの女の集まりに招かれておりまして」
──エイリス・ルルー・ラ・アサド。
また、あのイカれた女が関係しているのか。
ついさきほどあげつらっていた噂の人物が、コリンヌのことにも関わりがあるらしい。というより、このことが頭にあったから、カサンドラ嬢はエイリスのことを持ち出して罵ったのかもしれない。こちらが、本題なのかもしれない。
ぬるくなってもまだ十分に薫り高いお茶を一口飲み下ろしながら、私は彼女の話に耳を傾けた。
16
お気に入りに追加
969
あなたにおすすめの小説
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています

目が覚めたら男女比がおかしくなっていた
いつき
恋愛
主人公である宮坂葵は、ある日階段から落ちて暫く昏睡状態になってしまう。
一週間後、葵が目を覚ますとそこは男女比が約50:1の世界に!?自分の父も何故かイケメンになっていて、不安の中高校へ進学するも、わがままな女性だらけのこの世界では葵のような優しい女性は珍しく、沢山のイケメン達から迫られる事に!?
「私はただ普通の高校生活を送りたいんです!!」
#####
r15は保険です。
2024年12月12日
私生活に余裕が出たため、投稿再開します。
それにあたって一部を再編集します。
設定や話の流れに変更はありません。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

極悪皇女が幸せになる方法
春野オカリナ
恋愛
ブルーネオ帝国には、『極悪皇女』と呼ばれる我儘で暴虐無人な皇女がいる。
名をグレーテル・ブルーネオ。
生まれた時は、両親とたった一人の兄に大切に愛されていたが、皇后アリージェンナが突然原因不明の病で亡くなり、混乱の中で見せた闇魔法が原因でグレーテルは呪われた存在に変わった。
それでも幼いグレーテルは父や兄の愛情を求めてやまない。しかし、残酷にも母が亡くなって3年後に乳母も急逝してしまい皇宮での味方はいなくなってしまう。
そんな中、兄の将来の側近として挙がっていたエドモンド・グラッセ小公子だけは、グレーテルに優しかった。次第にグレーテルは、エドモンドに異常な執着をする様になり、彼に近付く令嬢に嫌がらせや暴行を加える様になる。
彼女の度を超えた言動に怒りを覚えたエドモンドは、守る気のない約束をして雨の中、グレーテルを庭園に待ちぼうけさせたのだった。
発見された時には高熱を出し、生死を彷徨ったが意識を取り戻した数日後にある変化が生まれた。
皇女グレーテルは、皇女宮の一部の使用人以外の人間の記憶が無くなっていた。勿論、その中には皇帝である父や皇太子である兄…そしてエドモンドに関しても…。
彼女は雨の日に何もかも諦めて、記憶と共に全てを捨て去ったのだった。
囚われの姫〜異世界でヴァンパイアたちに溺愛されて〜
月嶋ゆのん
恋愛
志木 茉莉愛(しき まりあ)は図書館で司書として働いている二十七歳。
ある日の帰り道、見慣れない建物を見かけた茉莉愛は導かれるように店内へ。
そこは雑貨屋のようで、様々な雑貨が所狭しと並んでいる中、見つけた小さいオルゴールが気になり、音色を聞こうとゼンマイを回し音を鳴らすと、突然強い揺れが起き、驚いた茉莉愛は手にしていたオルゴールを落としてしまう。
すると、辺り一面白い光に包まれ、眩しさで目を瞑った茉莉愛はそのまま意識を失った。
茉莉愛が目覚めると森の中で、酷く困惑する。
そこへ現れたのは三人の青年だった。
行くあてのない茉莉愛は彼らに促されるまま森を抜け彼らの住む屋敷へやって来て詳しい話を聞くと、ここは自分が住んでいた世界とは別世界だという事を知る事になる。
そして、暫く屋敷で世話になる事になった茉莉愛だが、そこでさらなる事実を知る事になる。
――助けてくれた青年たちは皆、人間ではなくヴァンパイアだったのだ。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる