地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)

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ワンナイトラブの直前の事情。6.

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 躾の良い家庭で育ったのだろうとは思っていたが、良家の令嬢のような、「凛然と」と言いたくなるほどの所作。
 アレクシオスほどの男が、思わず目を瞠るくらいに。
 魅せられたように熱のこもった青い瞳を向けるアレクシオスに、貴奈は穏やかな笑みを返して、

 「私、‘ガイドのアレクさん’とのお喋りが楽しいから、着いてきたんですよ」

 とはにかみながら言った。
 
 「公認ガイドさんで、最新の発掘情報にも詳しくて、あちこち顔パスで連れて行ってくれるガイドさんともっとお話がしたかったから。お話がし足りなかったから」
 「……」
 「日本人とのハーフ、ってさっきお聞きして、なんだか納得しちゃいました。ああ、だから私、どこかしら安心していたのかな、って。初めから」
 「……そこに反応したわけ?」

 ようやく、アレクシオスは問いかけた。

 「あなたは何者ですか、から始まったのに。ここレストランでの会話は」
 「二言、三言で喫水線近くの船室からスイートルームへランクアップですよ!おまけにこのレストラン。聞きたくもなります」
 「まあ、そうだけど」
 「……で、ご身分はわかりました。さっきも言いましたけれどとてもとても、びっくりしました。でもね」

 綺麗な姿勢、丁寧な言葉遣いを崩さずゆっくりと語る貴奈だが、言葉を選んで緊張して喋っているのだろう。
 留守になっていたワイングラスに手を伸ばし、のどを潤してから、もう一度微笑んだ。

 「私にとってはこのまま‘ガイドのアレクさん’でもいいですか?そのほうが楽しいです」

 面と向かって言うのは恥ずかしいですねと、言い終えた貴奈は頬を染めた。

 アレクシオスは気の利いた言葉の一つも返すことができないまま、年代物のワインをがぶ飲みしている。
 お代わりを注ごうとする給仕の手も「自分でやるから」と振り払い、ぎこちなくお酌を手伝おうとする貴奈の手ももちろん断わって、手酌で杯を重ねている。
 女性の言葉に翻弄されるなんて記憶にない。
 いや、翻弄、というより、素直に嬉しい。
 ドゥーカスかどうかなんて、この娘にはどうでもいいのだ。
 もしかすると、それなりのレベルらしい自分の容姿だってこの娘にとってはそんなに重要なことではないのかもしれない。
 ‘ガイドのアレクさん’がいいと、自分の趣味嗜好に共感し、楽しいと言ってくれるのがこんなに心が躍ることだとは。

 「……もちろん、‘ガイドのアレクさん’でいいよ。むしろ光栄だ。俺が自分の努力で得たものだから」

 見た目だけは平静を取り戻して、アレクシオスは言った。
 あくまで見た目だけは、だ。
 この娘の前では好きな話を好きなだけ語っていいのだと思うと、有頂天のあまりなんと体が興奮してくる始末。
 なぜこの状況でこうなるんだ!と節操のない分身を叱りつけてやりたいが、それだけ嬉しかったんだろうともう一人の自分が脳内で分析する。
 ワインをあおるアレクシオスに困惑したような視線を向けながらも、目が合えば慎ましい笑みを寄越す貴奈ははっきり言って可愛い。
 昼間から可愛いなと思う瞬間は度々あったが、こうしてみるとやはりすごく可愛い。可愛く見える。
 可愛い娘と知り合って食事だけで終わるつもりか?
 いや、勿体なさすぎるだろう。休暇は始まったばかりだ。
 自分の単純さに呆れかえりつつも、休暇中なのだからいいじゃないかとさっさと自分で自分に折り合いをつけて。

 「俺はアレク。もう名乗ったよね。君の名は?」
 
 名前すら、聞いていなかったのだった。
 貴奈の夜色の瞳がまんまるになり、次の瞬間、ぷ、と吹き出す。
  
 「そういえばまだでしたね。すみません」
 「いや、こちらも話に盛り上がり過ぎて聞きそびれた」
 「確かに、名のる必要もないくらいお喋りしまくってましたよね」

 くつくつと笑い声を立てながら、

 「工藤貴奈くどうあてな、と申します」
 
 今さらですがよろしくお願いします、とおどけて頭を下げる。

 「くどう、は名字で、‘あてな’?」
 「ええ」
 
 貴奈は破顔した。
 つっこんでほしかったらしい。
 慎ましい娘だとは思うが、緊張が解けてくるとこんな笑い方をするのかと、アレクシオスはざわざわする自分の体と気持ちを鎮めながら考えた。
 
 「実は両親が考古学者でして。ギリシャ神話の知恵の神、アテナからとったんですって」
 「そりゃいい名前だな」
 「ありがとうございます。気に入っているんです」
 「空港で言われなかったか?‘あてな、アテネへようこそ!’って」
 「イスタンブールから直接クレタ島へ来ましたから。何も」
 「そうか」

 下手なダジャレは生真面目な回答でスルーされたが、それすらも気にならない。
 もっと話したい。いや、話すだけじゃ足りない。
 
 ──食事のあと、このまま。
 
 「あてな、か。アナ、って呼んでいいか?」
 「……お好きに、どうぞ?」

 疑問形になっているのは、アレクシオスの「名前呼び」の真意を図りかねてのことだろう。

 微妙なニュアンスではあるが、是と回答をもらったアレクシオスは安堵して第二段階に移る。
 少し腰を浮かせ、テーブル越しについと手を伸ばして、ミネラルウォーターのボトルをとろうとする貴奈の小さな手をとらえた。
 慌てたように引っ込めようとするのは許さず、痛みを感じさせない程度に軽く握って囁く。

 「アナ、このあと俺の部屋へ来ないか?」

 飲みなおそう、と続けた自分の言葉は我ながら白々しいなとアレクシオスは自嘲する。
 まだメインの一皿目が終わったばかりだというのに。
 が、順序と建前は必要だ。
 「食後に一発」的に色気全開で誘ったとしても、この娘には確実にそっぽを向かれる。
 いや、今の一言だってアレコレ取っ払って直球もいいところだ。
 嫌悪感もあらわに逃げられたらどうしよう。
 
 時間にすればわずか数秒、アレクシオスは近年最高に緊張していたが。
 掴んだ手から貴奈の緊張が伝わったのもやはり数秒のこと。
 貴奈は口元を引き締め、決然とした面持ちでアレクシオスを見返した。

 「お酒はもう十分頂きましたけれど。でもお部屋には行ってもいいですか」

 ディベートの試合みたいに真面目な顔、真面目な口調のまま、それでも貴奈は男の望む答えをくれた。
 
 
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