9 / 23
ワンナイトラブの直前の事情。2.
しおりを挟む
「……あのですね、ガイドさん」
「アレクシオス。アレクだと言ったろう」
「失礼致しました、アレクさん」
「アレクと呼んでくれと言ったのに」
「アレクさん、それは無理です」
そんな不毛なやり取りを経て、時間にして20時過ぎ、二人は今、クルーズ船のレストランにいる。
VIP専用フロアのフレンチレストランだ。
一人旅とはいえ、もしかしたらちょっといいレストランへ行くかもしれない。
ヨーロッパだし。
エーゲ海だし。
貴奈にもTPOの知識くらいはあるから、自覚ある地味女とはいえこぎれいなカクテルドレスを「念のために」と持参していた。
従姉の結婚式のために買った、藍色のシフォンのカクテルドレス。
ふんわりと控えめに膨らませたシフォンが二の腕まで覆ってくれるし、胸元はスクエアカットで露出の心配はない。
「このままでは胸元が寂しいですよ!」と店の人に押し切られて一緒に買った(買わされた)、コインのような金のプレートが一つ下がった、一連のイミテーションパールのネックレスは、確かにおとなしいドレスにはよく映える。
ふくらはぎかくるぶしの上か、というくらいの丈で、ロングドレスというほど大仰でもなくワンピースほど威勢よく足がむき出しではないのも、華やかなものには本能的に怖気づく貴奈にとって安心材料だ。
ピアノの発表会でももうちょっと派手なドレスなのに、と買い物に付き合ってくれた従姉に揶揄されつつも、自分にはこれくらいが精一杯だからと吟味して買ったドレスは、なんのかのでもう三回は着ているから元は取ったと思っている。
閑話休題。
まさか外国で本当にこれを着ることになるなんてと、未だ事の展開に思考が追いつかないまま着替え、お馴染みのネックレスをして、髪を梳かし(アップにする技術がない)、どうにか薄化粧をして指定されたレストランへ赴いて。
通されたのはVIP専用レストランのVIP席だった、というわけである。
先に着席していたアレクシオスがわざわざ立ち上がってエスコートしてくれるのも、「すてきだな、かわいいな」と飾らない言葉で褒めそやすべてれるのもすべて聞き流して、冒頭の会話に至る。
「──アレクさん、あなたはいったい何者ですか?」
まずは乾杯をと言われ、仕方なく一杯だけお付き合いしてから、貴奈は直球で尋ねた。
「……まあ、そうくるよね」
アレクシオスは緩いクセのある黒褐色の髪をかき上げつつ、苦笑交じりに言った。
秀でた額。
くっきりした精悍な眉は濃すぎもなく細すぎもない、絶妙なバランスだ。
切れ長の目、紺碧の海の色の瞳。
微妙に黄色味がかった、象牙色の肌。
……象牙。
そういえば、真っ白じゃない。
なぜだろう?
「俺、ハーフなんだ」
「あ、日本語」
貴奈の内心の疑問に答えるように、比類なく整った口元から貴奈の馴染みの言語が紡がれた。
無防備にぽかんと口を開けた貴奈の顔を「かわいいな、子供みたいだな」とアレクシオスは面白そうに眺めながら、
「母親が日本人でね。父はギリシャ人」
と尚も言う。
このまま日本語にするよ、周りに聞かれずに済むしと前置きをしつつ、
「日本語、おかしかったら言ってくれよ?たぶん、大丈夫だと思うけど。母が厳しくてね。‘親の出身国の言語は習得しろ’って」
「……」
「でも、まだ一度も日本に行ったことがないんだ。特に理由はないんだが」
「……アレクさん、ハーフなのはわかりました」
一杯だけ、とは思ったが、いつの間にかお代わりが注がれているグラスにもう一度口をつけながら、貴奈は冷静に話を引き戻した。
「アレクシオス。アレクだと言ったろう」
「失礼致しました、アレクさん」
「アレクと呼んでくれと言ったのに」
「アレクさん、それは無理です」
そんな不毛なやり取りを経て、時間にして20時過ぎ、二人は今、クルーズ船のレストランにいる。
VIP専用フロアのフレンチレストランだ。
一人旅とはいえ、もしかしたらちょっといいレストランへ行くかもしれない。
ヨーロッパだし。
エーゲ海だし。
貴奈にもTPOの知識くらいはあるから、自覚ある地味女とはいえこぎれいなカクテルドレスを「念のために」と持参していた。
従姉の結婚式のために買った、藍色のシフォンのカクテルドレス。
ふんわりと控えめに膨らませたシフォンが二の腕まで覆ってくれるし、胸元はスクエアカットで露出の心配はない。
「このままでは胸元が寂しいですよ!」と店の人に押し切られて一緒に買った(買わされた)、コインのような金のプレートが一つ下がった、一連のイミテーションパールのネックレスは、確かにおとなしいドレスにはよく映える。
ふくらはぎかくるぶしの上か、というくらいの丈で、ロングドレスというほど大仰でもなくワンピースほど威勢よく足がむき出しではないのも、華やかなものには本能的に怖気づく貴奈にとって安心材料だ。
ピアノの発表会でももうちょっと派手なドレスなのに、と買い物に付き合ってくれた従姉に揶揄されつつも、自分にはこれくらいが精一杯だからと吟味して買ったドレスは、なんのかのでもう三回は着ているから元は取ったと思っている。
閑話休題。
まさか外国で本当にこれを着ることになるなんてと、未だ事の展開に思考が追いつかないまま着替え、お馴染みのネックレスをして、髪を梳かし(アップにする技術がない)、どうにか薄化粧をして指定されたレストランへ赴いて。
通されたのはVIP専用レストランのVIP席だった、というわけである。
先に着席していたアレクシオスがわざわざ立ち上がってエスコートしてくれるのも、「すてきだな、かわいいな」と飾らない言葉で褒めそやすべてれるのもすべて聞き流して、冒頭の会話に至る。
「──アレクさん、あなたはいったい何者ですか?」
まずは乾杯をと言われ、仕方なく一杯だけお付き合いしてから、貴奈は直球で尋ねた。
「……まあ、そうくるよね」
アレクシオスは緩いクセのある黒褐色の髪をかき上げつつ、苦笑交じりに言った。
秀でた額。
くっきりした精悍な眉は濃すぎもなく細すぎもない、絶妙なバランスだ。
切れ長の目、紺碧の海の色の瞳。
微妙に黄色味がかった、象牙色の肌。
……象牙。
そういえば、真っ白じゃない。
なぜだろう?
「俺、ハーフなんだ」
「あ、日本語」
貴奈の内心の疑問に答えるように、比類なく整った口元から貴奈の馴染みの言語が紡がれた。
無防備にぽかんと口を開けた貴奈の顔を「かわいいな、子供みたいだな」とアレクシオスは面白そうに眺めながら、
「母親が日本人でね。父はギリシャ人」
と尚も言う。
このまま日本語にするよ、周りに聞かれずに済むしと前置きをしつつ、
「日本語、おかしかったら言ってくれよ?たぶん、大丈夫だと思うけど。母が厳しくてね。‘親の出身国の言語は習得しろ’って」
「……」
「でも、まだ一度も日本に行ったことがないんだ。特に理由はないんだが」
「……アレクさん、ハーフなのはわかりました」
一杯だけ、とは思ったが、いつの間にかお代わりが注がれているグラスにもう一度口をつけながら、貴奈は冷静に話を引き戻した。
12
お気に入りに追加
267
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。
青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。
その肩書きに恐れをなして逃げた朝。
もう関わらない。そう決めたのに。
それから一ヶ月後。
「鮎原さん、ですよね?」
「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」
「僕と、結婚してくれませんか」
あの一夜から、溺愛が始まりました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
冷徹上司の、甘い秘密。
青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。
「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」
「別に誰も気にしませんよ?」
「いや俺が気にする」
ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。
※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。
森でオッサンに拾って貰いました。
来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
恋愛
アパートの火事から逃げ出そうとして気がついたらパジャマで森にいた26歳のOLと、拾ってくれた40近く見える髭面のマッチョなオッサン(実は31歳)がラブラブするお話。ちと長めですが前後編で終わります。
ムーンライト、エブリスタにも掲載しております。
敏腕ドクターは孤独な事務員を溺愛で包み込む
華藤りえ
恋愛
塚森病院の事務員をする朱理は、心ない噂で心に傷を負って以来、メガネとマスクで顔を隠し、人目を避けるようにして一人、カルテ庫で書類整理をして過ごしていた。
ところがそんなある日、カルテ庫での昼寝を日課としていることから“眠り姫”と名付けた外科医・神野に眼鏡とマスクを奪われ、強引にキスをされてしまう。
それからも神野は頻繁にカルテ庫に来ては朱理とお茶をしたり、仕事のアドバイスをしてくれたりと関わりを深めだす……。
神野に惹かれることで、過去に受けた心の傷を徐々に忘れはじめていた朱理。
だが二人に思いもかけない事件が起きて――。
※大人ドクターと真面目事務員の恋愛です🌟
※R18シーン有
※全話投稿予約済
※2018.07.01 にLUNA文庫様より出版していた「眠りの森のドクターは堅物魔女を恋に堕とす」の改稿版です。
※現在の版権は華藤りえにあります。
💕💕💕神野視点と結婚式を追加してます💕💕💕
※イラスト:名残みちる(https://x.com/___NAGORI)様
デザイン:まお(https://x.com/MAO034626) 様 にお願いいたしました🌟
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる
奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。
両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。
それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。
夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる