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たいへん健全な場所で出会いました。3.
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博物館の中であることを考慮してか、できるだけ大声を出さないようにしているらしいが、何やらツボにはまったらしい。
腹をさすりながら笑っている。
「は、君、ほんとに。……ははは、、いやいや」
ゆるいクセのある髪を揺らし、笑い過ぎで涙目になっていて、手の甲で乱暴に目を拭っている。
貴奈は困ったように眉を寄せて立ち尽くしていた。
いくらなんでも男は笑いすぎだと思うのだが、反省はそれを上回る。
長年憧れていた「ユリの王子」に会えてはしゃぎ過ぎた。
観光客相手の何気ない一言、「好きなのかな?」に、先に過剰反応した自分が悪い。
いい大人が、静かな博物館で何をほざいているのか。
恥ずかしくていたたまれなくなって、「あの、えと、失礼しました」と口の中でもごもご呟きながらぴょこんと取っ手つけたみたいに頭を下げて立ち去ろうとしたのだが。
「……君、ちょっと待って」
呼び止められた。
振り向くと、男の深い、青い瞳がまっすぐに貴奈に向けられている。
濃くて美しい、エーゲ海の色の瞳は意外にも真剣なものだったけれど、まだ男の整った口元には大笑いの名残があって、それを見るのも気恥ずかしく、貴奈は聞こえなかったフリすることにした。
男から視線をそらしてもう一度その場から離れようとしたが、「君、無視しないでくれよ」と先ほどよりも真面目な、それどころか若干の圧を感じさせる声がかかる。
気安そうな口調ではあるのに、人を従わせるのに慣れたもの、というか。
とにかく、貴奈があまり耳にしたことのない声音であることは確かで、彼女は透明な壁でできたゆきどまりに遭遇したかのように停止した。
カツカツ、と長い脚数歩で近づく気配と共に、「ねえ、君」と先ほどよりぐっと近くから声を掛けられ、貴奈は恐る恐る声のする方へ顔を向けた。
貴奈にしてみれば首が痛くなるほど見上げなくてはならない長身を屈め、視線を近づけて、男は貴奈を見つめている。
濃い藍色。
でも深海の青ではなくて、陽光さんさんたるエーゲ海の色だ。
快晴の空の下、降り注ぐ太陽光をたっぷりと纏った、まぶしいほどに輝く青。
(なんてきれい。アキレス様もアポロン様もきっとこんな瞳……)
とんでもなく整った男の顔を見ながら、残念な貴奈は残念なことをぼんやりと考えた。
男は敏感である。
傍から見れば間違いなく「イケメンに見惚れる女性」、といった図だが、そうではないことを男は正しく察知していた。
自分の容姿に見惚れる者たちは数知れずだが、いや、だからこそ「容姿に見惚れているわけではない」らしい貴奈の気配は、男にしてみればまるわかりだった。
黒曜石のような瞳を潤ませ、唇を半開きにしてこちらを見上げる顔はなかなかそそる顔つきであったのに、自分を通して違う誰かを見ている。
さすがに、その誰かが神様だの神話の英雄だのとまでは想像していなかったが。
この女性の興味の対象は自分ではない。
瞬時にそれを悟った男は、今まで浮かべていた余裕の笑みを放り捨てた。
「──俺、公認ガイドの資格持ってるんだ」
誇らしさと、なぜか少しの気恥ずかしさとともに、男はめったに明かしたことのない自分のもう一つの肩書を告げた。
明らかに歴史好き、というか、博物館が好きそうな目の前の女性の気を引くのは、彼女の趣味嗜好にささる話をするのが一番だ。
ぼうっとした目で自分ではない誰かに想いを馳せていたらしい貴奈の瞳は、男の読み通り、ようやく彼にフォーカスした。
腹をさすりながら笑っている。
「は、君、ほんとに。……ははは、、いやいや」
ゆるいクセのある髪を揺らし、笑い過ぎで涙目になっていて、手の甲で乱暴に目を拭っている。
貴奈は困ったように眉を寄せて立ち尽くしていた。
いくらなんでも男は笑いすぎだと思うのだが、反省はそれを上回る。
長年憧れていた「ユリの王子」に会えてはしゃぎ過ぎた。
観光客相手の何気ない一言、「好きなのかな?」に、先に過剰反応した自分が悪い。
いい大人が、静かな博物館で何をほざいているのか。
恥ずかしくていたたまれなくなって、「あの、えと、失礼しました」と口の中でもごもご呟きながらぴょこんと取っ手つけたみたいに頭を下げて立ち去ろうとしたのだが。
「……君、ちょっと待って」
呼び止められた。
振り向くと、男の深い、青い瞳がまっすぐに貴奈に向けられている。
濃くて美しい、エーゲ海の色の瞳は意外にも真剣なものだったけれど、まだ男の整った口元には大笑いの名残があって、それを見るのも気恥ずかしく、貴奈は聞こえなかったフリすることにした。
男から視線をそらしてもう一度その場から離れようとしたが、「君、無視しないでくれよ」と先ほどよりも真面目な、それどころか若干の圧を感じさせる声がかかる。
気安そうな口調ではあるのに、人を従わせるのに慣れたもの、というか。
とにかく、貴奈があまり耳にしたことのない声音であることは確かで、彼女は透明な壁でできたゆきどまりに遭遇したかのように停止した。
カツカツ、と長い脚数歩で近づく気配と共に、「ねえ、君」と先ほどよりぐっと近くから声を掛けられ、貴奈は恐る恐る声のする方へ顔を向けた。
貴奈にしてみれば首が痛くなるほど見上げなくてはならない長身を屈め、視線を近づけて、男は貴奈を見つめている。
濃い藍色。
でも深海の青ではなくて、陽光さんさんたるエーゲ海の色だ。
快晴の空の下、降り注ぐ太陽光をたっぷりと纏った、まぶしいほどに輝く青。
(なんてきれい。アキレス様もアポロン様もきっとこんな瞳……)
とんでもなく整った男の顔を見ながら、残念な貴奈は残念なことをぼんやりと考えた。
男は敏感である。
傍から見れば間違いなく「イケメンに見惚れる女性」、といった図だが、そうではないことを男は正しく察知していた。
自分の容姿に見惚れる者たちは数知れずだが、いや、だからこそ「容姿に見惚れているわけではない」らしい貴奈の気配は、男にしてみればまるわかりだった。
黒曜石のような瞳を潤ませ、唇を半開きにしてこちらを見上げる顔はなかなかそそる顔つきであったのに、自分を通して違う誰かを見ている。
さすがに、その誰かが神様だの神話の英雄だのとまでは想像していなかったが。
この女性の興味の対象は自分ではない。
瞬時にそれを悟った男は、今まで浮かべていた余裕の笑みを放り捨てた。
「──俺、公認ガイドの資格持ってるんだ」
誇らしさと、なぜか少しの気恥ずかしさとともに、男はめったに明かしたことのない自分のもう一つの肩書を告げた。
明らかに歴史好き、というか、博物館が好きそうな目の前の女性の気を引くのは、彼女の趣味嗜好にささる話をするのが一番だ。
ぼうっとした目で自分ではない誰かに想いを馳せていたらしい貴奈の瞳は、男の読み通り、ようやく彼にフォーカスした。
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