赤頭巾

ヤクモ

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少女たちの両親は、村一番の美男美女だと謳われていた。静かに考える知能が高い女と、己の真を貫き愚直なまでに真っ直ぐな男が恋仲となることを、村の人間は誰一人として異を唱えなかった。
 やがて二人の間には可愛らしい女児二人ができた。姉は母親に似て深く冷静な思考を持ち、妹は無垢なまま可愛がられ育った。
 妹が七つになったころ、母親は病にかかった。都で流行っていた病の菌が商人とともに隣町まで来たのだ。
村では隣町まで行くには半日馬を走らせなくてはいけないため、滅多に行くことは無い。月に一度、馬を走らせるのが上手い若い男が皆に頼まれて買い込む程度だった。
服が欲しいと言った。
いつもは一人森の中にいる下の娘が、自ら欲しいと言ったのだ。周囲が可愛がって何でも与えていたが、そのほとんどに少女は目を向けなかった。
人が生み出すものに興味を持てなかった。自然が生み出すものばかりに目を奪われる少女に、両親は不安を覚えていた。今はまだ可愛いと言って人が寄ってくるが、成長してもこのまま人に興味を持たないのなら、いずれ人間はこの子から離れてしまうのではないか。自分たちはいつまでもこの子の傍にいてやれない。今のうちに、少しでも人間に興味を持ってはくれないか。
そう思っていた矢先、少女が服を欲したのだ。
動物には無い、服を着るという概念。
両親は喜んだ。
先週若者が町に行ったばかりだったが、来月まで待てなかった。すぐさま父親は馬を用意し、母親が選びたいと言ってその背に乗った。
次の日戻ってきた二人は、少女に真っ赤なワンピースを渡した。ふんわりと広がるスカートに、少女は笑った。一晩家長となって留守を守っていた姉は、手編みの頭巾を渡した奇しくも赤い頭巾だった。白い肌に真紅を纏った少女は村を駆け回った。
それから半月が経った頃。母親に異変が起こった。
首を中心に赤い発疹が浮き上がり、汗の粒が滑らかな肌を滑る。すぐに村で一番医学の知識がある者が診察し、薬を処方したが、一晩が経っても熱はひかない。それどころか意識が曖昧となってしまった。ただの解熱剤が効かないとわかると、誰かが隣町まで行った。
流行病は潜伏期間が長かった。そのため大抵は潜伏期間中に体内で抗体ができるのだが、都の人間の血はその抗体を作るのが遅かった。そして、母親の母は都で生まれ育っていた。
そもそも流行病は都だけのことで、周囲の町や村にすら広がらなかった。それを、どこかの商人が菌を持ったまま隣町で、その菌をばらまいたのだ。幸いにもその町で発症するものはいなかった。ありもしない病の薬など当然無い。村中が失意に包まれる中、下の娘は一人森を走っていた。
以前森を深く歩きすぎて迷子になった時、若い男が見つけてくれたのだ。
男は森の奥で暮らしていた。魔女なのだと言った。男でも魔女になれるのか、と問うと、魔女は知識のことだと言った。少女には男の言うことがよくわからなかったが、何度も通っているうちに、この男には村の老人たちは知らない知識を持っているのだと思った。
日が沈み辺りが暗くなっても、少女は己の感覚を頼りに走り続けた。遠くでフクロウの鳴き声が聞こえた頃、やっと魔女の家が見えた。
驚きながらも魔女は少女の意をくみ、ランタンを少女に持たせると、馬で駆けた。
突然現れた見ず知らずの男に村人が困惑する中、父親はそれでも懇願した。
一目見て、魔女は自分の知識に無い病だと気づいた。この村の人間以上に他の土地と触れ合うことのない魔女は、この最新の病の見当をつけられなかったのだ。
自分にはわからないと言ったうえで、魔女は薬を調合した。それは医学に深い者でも知らない調合だった。
解熱剤と抗体を作りやすくする作用の薬を含んだ母親だったが、次の日の朝息を引き取った。
早くに失った命に村中が悲しみに暮れる中、父親は鞄一つを背負って村を出ていった。上の娘に、必ず帰ってくる、とだけ言って。
村人たちは、子供だけで暮らすには幼過ぎると言って、誰かの家で暮らさないかと言ってくれたが、上の娘は私が守ると頑なに譲らなかった。
村に守られながら、二人の少女は十年を生きた。


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