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壱ノ零 聖活

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 人間は脆い。
 少し傷ついただけですぐに壊れてしまう。
 ボクは、その瞬間が好きだ。
 生が死に、光が闇に、希望が絶望に、正常が異常に、有が無に変わる、その瞬間が。
 それをボクは、“聖活せいかつ”と呼ぶ。
 聖活をするために、ボクは今日も街を歩く。

「ねぇねぇ彼女、俺たちとイイコトしない?」
「ねえ僕、お姉さんと気持ちいいこと、してみない?」
 そんなふうに声をかけられることがよくある。
 男子とも女子ともつかない服装、中性的な声や仕草。
 その見かけに釣られて、不良や娼婦はボクの周りに集まってくる。
 その度にボクは即刻それを受諾するのだ。
 聖活の生贄にするために。

 暗い倉庫の中で、ボクは愉悦の笑みを零した。
「ふふ……あははは……!」
 人気ひとけのない倉庫の中にはボクと彼らしかいない。
「ひっ、ひぃ……!」
「何なんだよこれぇ!!」
「だっ、誰か助けてぇぇぇ!!」
「ぎゃああああ!」
 彼らの叫び声、断末魔が響き渡り、そして消えていく。
「無駄だよ。ここにはほとんど人は来ないし、防音もある程度してるから」
 そう言って、ボクはまた新たな鉄芯を彼らの体に刺した。
「っあ……!」
「ふっ、ぅぅ……」
 もう叫び声をあげる気力もなくなってきたか。
「なんで……こんな、こと……っ」
 痛みを我慢しながら、彼らのうちの1人がボクに尋ねてきた。
「ボクはね……人が壊れる瞬間が見たいんだよ」
 目をカッと見開いて、ボクは彼を見つめながら話す。
「肉体的にでも、精神的にでもいい! ボクは、生が死に変わったり、光が闇に変わったりする瞬間を見ているのが一番楽しいんだ! だから、ボクはその時の美を体験するために壊すんだよ!」
 趣味のために何かをする、それは特別なことじゃないでしょ? ボクは彼に問いかけた。いや、同意を求めた。
 でも、彼は拒んだ。
「狂ってる……お前、狂ってるよ……! ははは、そうだ! お前は頭がおかしいんだよ! 正常なやつは、普通のやつらは、人をいたぶることを楽しまないからな!」
 彼はそう言って泣きながら笑っていた。
「……キミたちだって」
 ボクは鉄芯を取り出すと、そこにサシハリアリから抽出した毒を塗った。
 途端に、彼の、いや、彼らの表情がまた恐怖に染まった。
「キミたちだって、他人をいたぶっているじゃないか」
 ボクは、毒を塗った鉄芯を振りかざし、
「それも、ボクとは全く違う……」
 震えている彼らの体にそれを、
「キミたちは! いたぶる行為そのものに楽しみを見出している!」
 何度も何度も刺しては抜き、刺しては抜き、
「でもボクは違う!」
 彼らの返り血を全身に浴びながら、
「ボクは、壊れるその時の美しさを体験したいだけなんだ!」
 彼らの、これまでで一番大きな叫び声を耳に入れながら、
「キミたちにこの気持ちが分かられてたまるか!」
 ――彼らを壊した。
 数分もすると、彼らは叫ばなくなり、痙攣も止まり、――ついに壊れた。
「っ……!」
 これだ!
 この、壊れた瞬間しか感じられない美。
 ボクは彼らの前にひざまずく。
「ああ、ありがとう……キミたちが抗ってくれたおかげで、ボクは……これまでにないエクスタシーを感じられる!」
 荒くなった息は、ボクの心の高揚ぶりを表している。
 ボクは、彼らのその顔を見ながら、悶えた。
 あまりの美しさに、自我を忘れそうになるほどだった。

 数分して、我に返ったボクは、立ち上がった。
 また新たな生贄を探すために。

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