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~大和撫子の憂鬱~

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 大和撫子とは、日本女性の清楚で美しくおしとやかさを撫子の花に見立てた言葉。その言葉の裏には、女性が持つしなやかな強さの意味も込められている。
 近年では男女平等が声高に叫ばれる時代となり、強い女性ばかりフォーカスされもてはやされるようになり、今の日本では大和撫子は絶滅危惧種なのかもしれなかった。

 いなり横丁の和菓子屋、東雲堂の双子の看板娘「華」。
 彼女の朝は早い。夜明けと共に起床して、まずは家の雨戸を開けて回る事からはじまる。朝の歯磨きを済ませ、台所に立つと南部鉄瓶でお湯を沸かし、神棚への御給仕を済ませてから朝食の準備。洗濯機を回している間に朝食を済ませ、台所の後かたずけをした後に洗濯物を干して、庭の植木の世話をするのが毎日のルーティンだった。
「今朝もたくさん咲いたわね」
 庭に咲く朝顔の花の数を数えて華は嬉しそうに微笑む。
 植物の世話や花を愛でるのが好きな彼女にとっての楽しみな時間である。
 祖父と双子の妹の三人暮らしで、両親は修行の為海外で生活をしているので、華が家の家事を一手に引き受けていたが、特に不満を口にする事はなかった。
——妹の薫は社交的ではあるが、家事全般が苦手なので無理にさせても逆に仕事が増えるだけというのも理由の一つではあるが…。
 平日は和菓子屋の開店時間には仕事着である渋色の作務衣を着て店に立つのだが、休日だったその日の華が来ていたのはピンクに花柄の作務衣だった。
 休みの日はお洒落ファションに余念がない薫に「休日ぐらいお洒落をすればいいのに」と言われるが、動きやすくて楽な作務衣が好きだったので華は全く意に介さない。
 家の掃除を済ませ、華はようやく自室に戻って一息ついた。
「…さてと、続きをやりますか」
 おもむろにそう言ってクッションを背もたれにして座った華の手にはゲーム機のコントローラーが収まっている。彼女の前には数台の家庭用ゲーム機が所狭しと並んでいた。
 初代ファミリーコンピューター、PCエンジン、メガドライブ、XボックスにPS2、PS3、PS4、PS5。レトロゲーム機から最新鋭機までが揃っており、そのゲーム機に合わせたゲームソフトも棚にびっしりと整理されてしまわれていた。
 華は初代ファミリーコンピューターにカセットタイプのソフトをセットすると、電源を入れる…が、ゲーム画面が出ないので、いったん電源を落とし、ソフトを引き抜くと接触端子に強く息を吹きかけて中の埃を吹き飛ばす。
「いけるかな?」
 そう言いながら再びソフトを差し込み、電源を入れるとビット画がテレビ画面に表示され、ゲームのテーマ曲の電子音が流れ始めた。
「復活の呪文は…と」
 ひらがなの羅列が書かれれた手書きのメモを頼りに、華は根気よく復活の呪文の文字列を入力していく。
「か、を、さ…OK」
 慎重にメモの文字列と入力した文字列が同じなのを確認して華はゲームを再開する為の読み込み指示を出したが、テレビからエラー音と共に「復活の呪文が間違っています」の文字が表示された。
「ああっ、また⁈」
 復活の呪文は意味のないひらがなの羅列の上に、文字数が多いのでメモをした際にかなりの確率で書き間違いが発生する。ゲームを終了する際に何度も確認をしたつもりだったが、今回もどうやら書き間違えていたらしく、救済措置が無いので以前のセーブデータを諦めるしかなかった。
「レトロでビット画のゲームって、今の物より味わい深いから好きなんだけど…これだけはなぁ」
 ぶつぶつ文句を言いながら、華は違うゲームのカセットに差し替える。
 次はキャラクターを動かしてブロックを積み替えるパズル系のゲームだった。
 勿論これもビット画である。最近のゲームの多くは精巧な3D映像を駆使した美しい映像のものが多いし、まるで映画の中に入った気分になるので楽しくはあるが、華の好みはビット画と重厚さのかけらもない電子音のレトロゲームなのだから、人の好みは様々だと言えた。
 レトロゲームと言っても、アクション、スポーツ、ドライビングゲーム、RPG、パズル、シューティング、恋愛や戦略シュミレーション、ゲームノベルなどと今と変わらないジャンルがあったが、家庭用ゲーム機が普及した当時は、今のスマホの足元にも及ばない様な処理能力しか無かった。当然表現できる事も少ないので、ゲームクリエーター達は様々なアイディアでプレーヤーが楽しめるようにと趣向を詰め込んだものが多い。
 今も大人気の最新版ゲームも最初はビット画のレトロゲームからはじまり、続編が作られ続けているは周知の事実だった。
「華~お腹空いた~」
 部屋の外から薫の声が聞こえるので時計を見ると正午をかなりまわっていた。好きな事をしていると時間が経つのはあっという間である。
 慌てて華は台所へ行くと、祖父と薫はカップ麺にお湯を入れてテーブルについていた。
「ごめんなさい」
 謝る華に祖父は「今日は休みの日だから構わない」と言って、カップ麺を食べ始める。薫もカップ麺を食べながら華にカップ麺の残りが少ないと告げる。
「後でお買い物に行くけど、薫も一緒に行く?」
「昼から、お友達と出掛けるから行かない」
「晩御飯はどうするの?」
「いらない」
 双子の会話はまるで母と子の会話の様だった。
 友人との約束の時間が迫っているのか薫はカップ麺を流し込むように食べると、バタバタと台所を出て行った。
「…ほんと忙しい子」
 自分とは全く正反対の性格の薫を見送り、華は残りごはんを出してくるとお茶漬けにして軽い昼食とする。そんな華の傍で食後のお茶を飲んでいた祖父がちょっと打ちに行ってくると言い残して席を立った――祖父が打つのは囲碁で休みの日の楽しみで、行き先はお隣さんの縁側である。いつもの事なので華は黙って頷いて祖父を見送った。
「…晩御飯はおじいちゃんと二人だけだし、何にしようかな?」
 食べ終わった茶碗を洗いながら華は夕飯の献立を考え始め、冷蔵庫の中身を確認して買い物リストを作ると買い出しに出掛けた。
 横丁にはスーパーやコンビニは無いので、食料品の買い出しをするには見返り坂の方に出掛ける必要がある。
 おいなり様の角を曲がり見返り坂のポプラ並木に出ると、街の喧騒が華に耳に飛び込んできた。見返り坂の方は行き交う車も人も横丁とは違って数も多く、いつもの事ながら穏やかな時間が流れる横丁とは全く違う世界に飛び込んだ気分になる。
「うるさい所…」
 華にとって横丁の外の世界は、慌しく鳴り響く騒音と無粋な光の洪水の渦に感じられ、好きな場所ではなかったので、買い出しリストに書かれている必要品を買うと寄り道することなく、まるで逃げ込む様においなり様の角を曲がる。横丁に入ると華はホッとした様子で深く息を吐いた。
「帰って来た…」
 最近はネット通販などがあり、自宅に居ながらでも買い物は出来る便利な世の中ではあるが、華は生鮮食品だけは自分の目で品定めして購入したいタイプだったので、横丁から出るのは苦痛ではあったが、仕方が無いと諦めてもいた。
「薫はよく平気よね…」
 今頃友人と繁華街を遊び歩いているであろう妹の事を思いながら、見返り坂の方を振り返る。
 双子として生まれてきたが、ここまで性格が違うものなんだろうかと思う華だったが、見た目は似ていても魂は別物なのはよく理解しているつもりである。しかし、最近どんどんその違いがはっきり感じられるようになって、少し寂しい気持ちになる事もあった。
「…悩んでも仕方がないか」
 帰宅した華は買ってきた食品を冷蔵庫などにしまうと、再び自室に戻り好きなゲームの世界で遊び始めた。
 華がゲーム好きになったきっかけは、洋菓子職人である父の影響が大きかった。彼女が持っている古いゲーム機やレトロゲームソフトの半分以上は父が集めたコレクションである。それを幼い頃に父と遊んだところその面白さにハマり、何度もおねだりをして父からコレクションを譲り受けた経緯があった。
 古いゲーム機は丁寧に扱っていても部品の経年劣化で作動が怪しくなる事もあるが、華にとっては父との思い出も詰まっている大切な宝物でもある。
「引きこもりのゲームオタ」などと薫に揶揄われる事もあったが、華はそれの何が悪いのかと思っていた。
「最近の恋愛シュミレーションなんかは少女漫画より素敵な話がたくさんあるのに…」と思わずにはいられないが、それを理解してもらえない以上仕方がない。
 華は最新鋭機の恋愛シュミレーションを起動すると推しキャラの一言一句に一喜一憂しながら午後の幸せの時間を過ごすのだった。

 早めの夕食を済ませ、風呂上がりに縁側で涼んでいると玄関の方から賑やかな音が聞こえてくる――どうやら薫が帰って来たようだった。
 少し何処かでお酒を飲んだのか薫の機嫌は非常に良い。鼻歌交じりに廊下を歩いてきた薫は華を見付けると嬉しそうに話しかけてくる。
「華お土産買ってきたよ。今話題のスイーツ。すごくおいしいんだって」
「ありがとう」
 華も薫も年頃の女子らしく、甘いものには目が無い。薫の良い所は外で自分だけが楽しむのではなく、必ず家にこもりがちの華にお土産として買って帰ってきてくれる事だった。
 お土産のスイーツは真夏にピッタリのゼリーコーティングされた涼やかで可愛らしいものだった。ゼリーの上にはたっぷりの生クリームが乗り、中には色とりどりのフルーツが入っているのも女子としては嬉しい。
「おいしいね」
 双子たちは仲良くスイーツを食べながら微笑み合う。
 時々些細な事で喧嘩をする事もあるが、こうして二人でニコニコしていると二人にとってお互いがかけがえのない存在である事を確認できる貴重な時間でもあった。
 食べ終わった後に薫が時計を見てアッと声を上げる。
「どうしたの?」
 怪訝そうに華が訊くと、薫が絶望的な表情で「もうこんな時間だったんだ…太るかな?」
 慌てて華も時計を見てしまったという表情になる。寝る前に甘いものを食べるとデブまっしぐらなのは常識である。つい甘いものの誘惑に負けてしまった華と薫は、お互いの手を取り合って「明日からダイエット頑張ろう」と誓うのだった。
――どうやら可憐でしなやかな強さを持つ大和撫子も、甘いものの誘惑だけは勝つことが難しいようである。
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