見返り坂 ~いなり横丁~

遠藤 まな

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~貧乏神の住むところ~

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 昭和の時代、夜の街中に多くの辻占いを行う者たちの姿が見受けられた。辻占いの定番は易や手相、四柱推命などだったが、時代の流れなのかいつの間にか彼らは姿を消していた。
 とはいっても、いつの時代も庶民の悩みが無くなった訳ではない。恋愛や友人関係、家族間の問題に仕事やお金の問題、他人からすれば大した問題でないかもしれないが、本人にとっては深刻な問題で、占い師のところへ藁にもすがる気持ちでアドバイスを求めるのは今も昔も変わらなかった。
 最近の占い師は辻占いではなく、占いの館など商業施設の中のテナントに占いスペースを設けている事が多く、若い女性たちの興味 や欲求を満たす娯楽的な色合いが強くなっている。そんな今の世であったが、いなり横丁では今でも夜になると閉店後の店舗の軒先を借りて昔ながらの辻占いが細々と営業している姿を見る事ができた。
 今夜の辻占いは閉店後の金物屋の前にいた。人通りがめっきり少なくなった横丁の通りの隅に小さなテーブルを置き、その上には明り取りの為か赤銅色のランタンが置かれている。テーブルの前には折りたたみ椅子があるだけで、仰々しい装飾で飾り立てられた占いの館とは違って、実にシンプルなものだった。
「何かお困りで?」
 年齢不詳の女占い師は目の前の折りたたみ椅子に座った水商売風の女——猫さんに声を掛けた。
「恋愛運と金運を鑑定してほしいの」
 そう言う猫さんの頬は少し飲んでいるのかうっすら赤い。占い師は小さく頷き、精巧な刺繍が施された朱色でベルベット生地をテーブルに広げた。
「…私が持っているカードの上に手を乗せて下さい」
 どうやらこの占い師はタロットカードが得意のようである。猫さんは素直に占い師が持つカードの上に手を乗せた。
「…もう結構です」
 そう言うと占い師はカードを切り始める。その様子を猫さんは興味深げに占い師の動きを目で追っていた。占い師はカードの絵柄を下に不思議な配置に並べ、並べ終えると順番にカードをひっくり返すと、全体の絵柄に視線を走らせ、猫さんの顔を見るとおもむろに口を開いた。
「…貴方、異性とお金の出入りが激しいのね」
「え…」
 占い師の指摘が当たっていたのか、猫さんは少し驚いた様子で占い師を見た。
「捕まえたと思ったら、手からすり抜けて行く…ずっとその繰り返し」
「当たってる…」
 酔いに任せて気まぐれで辻占いをしてもらおうと思った猫さんだったが、見事にいい当てられたせいか、少し酔いが醒めたようだった。
「今のままじゃ、ずっと同じことの繰り返しね」
「どうすればいいの?」
「手放せば手に入る…と出てるわ」
 禅問答用の様な占い師の言葉に猫さんは首を傾げる。
「西洋ドラゴンのカード…貴方は強欲だとカードが教えてくれてるのよね…あれも欲しいこれも欲しいって思ってない?」
「…思ってるわ。目標は玉の輿だもん。人間は欲があればこそ進化して発展してきたのよ。欲の何が悪いの?」
「何かを手に入れたければ、何かを手放さないと…人間が持てる量は限られているのだから…」
 占い師の言葉に猫さんは鼻で笑う。
「捨てるなんてありえない。もったいないじゃない」
「手放すってのは断捨離ね…人も物も自分にとって本当に必要なものかよく考えなきゃ」
 断捨離という言葉を聞いた猫さんは反射的に無理無理と言い出した。
「今まで私が集めて着たのは財産よ。人も物も」
「もしかして、おうちの中モノで溢れているんじゃない?」
「宝の山よ」
 占い師は困った顔で首を横に振り「それじゃ開運できないわ」と呟く。
「財産を捨てたら開運出来るって、おかしいじゃない。まるで変な宗教みたいに多額の寄付をしたら神様が幸せにしてくれるって言っているみたいに聞こえるんだけど」
 不満げに言う猫さんに占い師は「貧乏神が好きな場所ってどんな所か知ってる?」と尋ねた。予想外の問いかけに猫さんは文句を言うのをやめて考え込む。
「…なんだろ?」
「じゃあ、逆に貧乏神が嫌う場所は?」
「…よく分からないけれど、イメージ的に明るい場所?」
「そう。貧乏神はお日様の光が入る明るくて空気が清浄な場所。そして清潔や整理整頓が嫌いね」
「…」
 何か思い当るのか猫さんは黙り込む。
「貧乏神も神様だから、追い出すんじゃなく、自分から出て行ってもらわないと」
「自分から…」
「そう。だから断捨離をして部屋の空気を入れ替えて、きれいに掃除をして整理整頓すれば、貧乏神は居心地が悪くなって引っ越ししていなくなるわ」
 駄々っ子をあやすような口調で話す占い師の言葉を聞いて、猫さんは腑に落ちたような表情になる。
「…うち。何年もカーテン閉めっぱなしだし、仕事柄お日様を浴びる時間には寝てる」
 部屋にはものが溢れゴミ屋敷の様に不衛生ではないが、人様に見せられるような状態ではなかった。
「何かを変えたければ、まず自分が変わらなければね」
「それはわかっているけど…」
 人間そう簡単に変わるものではないという言葉を猫さんは口にすることは出来なかった。
「どうせ愛されるなら、福の神様の方がいいんじゃない?」
「神様っている訳ないよ…いればこんなにひどい世界になっている訳ないもん」
 いつまでたっても戦争や貧困は無くならず、病気や飢えに苦しむ者もこの世界にはたくさんて、将来に夢も希望も持てない。そんな世の中なのだから神も仏もあるものか…と言いたい気にもなる猫さんだった。
「信じるも信じないもあなた次第だけど、今生きている事自体が奇跡である事を忘れないでね」
 その占い師の言葉に猫さんは返事することなく、鑑定料だけ支払うと席を立った。
「幸多からん事を」
 占い師の祈りの言葉に送られ猫さんは歩き出す。
 占い師の言葉をうのみにする訳ではなかったが、帰宅したら少し部屋を掃除しようと心に決めて…。
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