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~横丁のサンタクロース~

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 暦が師走に変わると、世の中は年末年始に向かって忙しさに拍車がかかったような様相になる――因みに師走の意味は、年末で先生が走り回る様に忙しいという俗説を信じている人が多いが、実のところかなり古くから使われている言葉なのだが、平安時代には既に本当の意味は解らなくなっているという。
「ぶり大根ですかぁ…温まるなぁ」
 寒風吹きすさぶ中、仕事を終えていつもの小料理屋へたどり着いた私を出迎えたのは熱燗と今日のおすすめのぶり大根だった。
「最近、かなり寒くなったものね」
 そう言いながら女将はおでん鍋からいくつかのタネを小鉢に盛り付けていく。
「やはり真冬は鍋料理とか煮物料理で体を中から温めたくなりますね」
「根野菜は身体を温めてくれるものね…」
 そんな話をしていると、格子戸が開いて布袋さんの奥さんが顔をのぞかせた。
「――こんばんは…珍しいですね」
 夕方なら布袋さんの店の酒屋でやっている角打ち(立ち飲み屋)が忙しくなり出す時間で、その店の切り盛りをいつも奥さんがやっているので、ここに顔を出す事自体非常に珍しい事だった。
「うちの人…知りません?」
 店内に布袋さんの姿がない事を確認した奥さんが遠慮気味に問いかけてくる。
「師走に入ってからご主人来られていませんが…どうかなさいました?」
「うちの人…配達の後、このところ毎晩姿を消して深夜まで帰って来ないから、てっきりこちらかと…」
 布袋さんがこの店の常連客で、よくここで飲んでいるのを奥さんも知っている様子だった。
「どこほっつき歩いてるんだか…」
 怒り半分心配半分といった様子で奥さんは呟くと、頭を下げて帰って行った。
「そう言えば、確かに今月に入って布袋さんの姿見てませんね」
 自称歩く酒樽というぐらい酒好きな布袋さんが、この店に何日も姿を見せないのはかなり珍しい。
「女将…何か聞いてます?」
 私が問うと女将は左右に首を振る。
「12月になったら忙しくなるとは聞いてたけど、酒屋さんだから忘年会なんかのお酒の注文が増えるから仕事で忙しいって意味だと思っていたから…」
 配達が終わった後、布袋さんが深夜まで家に帰らないというのは、女将も知らなかった事らしかった。
「他に良い店見つけたのかしら?」
 女将が首を傾げていると、再び引き戸が開いて、毛皮のコートに身を包んだ猫さんが入ってきた。
「…寒っ、女将、甘酒ある?」
「あるわよ…生姜どうする?」
「たっぷり入れて」
 そう言いながら猫さんはコートを脱ぐと席についた。
「…今日の出勤遅いんですね」
「忘年会が終わって、二次会や三次会でお客さんが来るから、遅い時間の方が忙しいのよ」
 なるほど一言で飲み屋さんと言っても、込み合う時間はお店によって違うらしい。
「…ああ、そうだ。常連の酒屋のおじさん、この前、深夜若い女の子と連れ立って歩いてるの見ちゃった」
 猫さんの口から出たタイムリーな人物の話題に、私と女将は思わず顔を見合わせる。
「すごく仲が良さそうだったから彼女かしらね~」
 事情を知らない猫さんはそう言いながら無邪気に笑う。
「若い女の子ってどんな感じ? 水商売風?」
「あれは違うわね。若くて可愛らしいけど、すっぴんの素人さん」
「…ふぅん」
 他のお店の女の子かと思ったのだが、どうやら違うらしい。
「年齢も大学生か卒業したてって感じの若い子だったから、娘さんかもね」
 私が知る限り布袋さんの家族にそんな若い女の子はいないはずである。もしかしたら浮気かもという考えが頭をかすめる。
 お通しのカニサラダを突いていた猫さんの前に作りたての甘酒を置いた。
「生姜のいいにおい」
 湯のみから立つ湯気の香りを嗅いで嬉しそうに微笑むと、両手で湯のみを包み込んで冷え切った指先を温めながら猫さんは「スプーン下さい…私、猫舌だからこのままじゃ熱すぎて飲めない」と言いながら苦笑いを浮かべる。それを聞いた女将が木製の小さめのスプーンを差し出すと猫さんはちびちびと甘酒を飲み始めた。
「…温まるわぁ」
 甘酒が半分ほど減ったところで猫さんはいったんスプーンを置くとそう言って大きく息を吐く。
「ついでに心とお財布も暖かくなればいいんだけど」
「そろそろクリスマスだけど、いい人いないの?」
「ん~クリスマスイベントの同伴出勤してくれるお客さんはいるんだけどねぇ」
「いないよりはいいんじゃない?」
 慰める女将に猫さんは「玉の輿~」と言いながらカウンターに突っ伏す。今はどうやら本命がいないらしい。
「サンタさんがプレゼントに大金持ちのいい男くれないかしら」
「靴下に入らないんじゃない?」
「特大の靴下用意しとく」
 そんなバカ話をした後、残りの甘酒を飲み干して猫さんは出勤していった。
「…若い女の子って、浮気かしら?」
 猫さんが座って居た席のかたずけをしながら女将が首を傾げる。どうやら女将も同じ事を考えていたようだった。
「奥さんからいつも怒られてますが、彼は愛妻家だし人柄的を考えても、僕には浮気は考えられないんですけどねぇ」
「そうよねぇ」
「事情もよく分からないし、本人が話してくれないなら、いらぬ詮索するのもどうかと…」
 私の意見に女将も同意見らしく、その日はそれ以上布袋さんの話題が出る事はなかった。

 いつものように仕事帰りに下車した見返り坂の最寄り駅は、年の瀬が迫っているせいか普段より駅構内は混雑していて、改札口では駅員が忙しそうに切符に挟みを入れたり回収業務に追われている――合理化などで世の中の改札は自動改札になっているが、この駅では自動改札は一台しかなく、この駅には昔ながらの有人改札があってちょっとした名物になっていた。
 改札を抜けると岩戸神社の前を通り、私はイルミネーション輝く見返り坂をゆっくりと下っていた。
「…あれ?」
 いなり横丁に入る少し前の道から見慣れた人物がこちらに向かって歩いてくる…それは布袋さんだった。あちらも私に気が付いたのか挨拶するように軽く私に向かって手を挙げてみせた。
「お疲れ様です」と声を掛けると布袋さんは私の前で歩みを止めて挨拶を返してくれた。ふと見ると布袋さんの傍には若い女性がいて、彼女も足を止めて私の方を見ていた。そんな彼女に私は軽く会釈すると布袋さんに視線を移す。
「…いやぁ、見られちゃったか」
 まいったまいったと言いながら布袋さんは毛糸の帽子を被っているスキンヘッドの頭をポンと叩いてみせた。
「彼女の事は内緒で頼む」
 布袋さんは両手を合わせて私にそう言うと、彼女を促して駅の方へ歩み去って行った。
 布袋さんと連れ立っていた女性は、猫さんが言っていたように化粧っ気のない若い女性で、何処から見ても水商売風には見えなかった。
「…どういう関係なんだ?」
 考えてもわからない事ではあったが、私の頭の中ではさまざまな想像が膨らむばかりだった。

 クリスマスイブ迄あと数日のある日、またしても私は駅前で布袋さんカップルを目撃する事になった。今回は布袋さんは私に気が付くことなく、磐戸神社の横にある角を曲がって行く。それを見掛けた瞬間、私は彼らの後を追う事にした。見返り坂は人通りも多く華やかだが、神社の横の道に入ると人の流れとテナントの数が徐々に少なくなり、少し歩くと住宅街になっていた。布袋さんカップルは慣れた様子で窓にステンドグラスが入るレンガ造りの古い教会の中へ入っていった。
「…教会?」
 念のため確認すると門柱の看板にも教会の文字がある。
 いかがわしいお店でも連れ込み宿でもなかったが、布袋さんと教会の組み合わせがどうしても頭の中で繋がらず、私はただ首を傾げるばかりだった。

 クリスマスイブの前日、私は見返り坂の駅前の喫茶店に布袋さんに呼び出されていた。
 私が待ち合わせの喫茶店に到着すると、既に席に座って居た布袋さんは私に手を振って自分の存在をアピールしてみせた。
 私が席に着き、飲み物の注文を済ませるのを待って布袋さんはおもむろに口を開いた。
「急に呼び出して申し訳ない…実はお願いがあるんだが」
「お願い?」
 布袋さんの思っても居ない申し出に私は思わず聞き返した。
「明日なんだが…デートとか予定ある?」
「…いえ、残念ながら特には」
 私がそう答えると布袋さんはホッとした表情になる。
「良かった。明日、私の手伝いをしてくれないかな? バイト代は出せないが、後で竜宮で奢るから」
「何の手伝いですか?」
「ちょっとしたイベントの荷物持ちなんだ。手伝いの予定だった子が盲腸で緊急入院したんで代役がどうしても必要で」
「そう言うことでしたら…」
 今までもいろいろ布袋さんには世話になっているし、変な事の手伝いなら断るが本当に困っている様子だったので私はそう返事した。
「ありがとう。助かる」
 布袋さんはそう言うと頭を下げた。
「イベントって…明日だし、クリスマス関係ですか?」
 熱い紅茶を飲みながら私が訊ねると布袋さんは「勘がいいね」と言いながら頷いた。
「——実はね、孤児院でクリスマスイベントを開いて、子供たちにプレゼントを配る予定なんだが、トナカイ役の子がさっき言った様に入院しちゃったもので…」
 布袋さんの説明を聞いていて私はある事をひらめいた。
「もしかして、そのトナカイ役の子って先日の若い女の子ですか?」
「よく解ったね」
 布袋さんは一瞬驚いた顔になって頷く。
「彼女は孤児院のスタッフの一人なんだけどね」
 その説明を聞いて、私は布袋さんの最近の謎の行動の事情がなんとなくわかってきた。恐らくではあるが、二人で教会に入って行ったのはそのイベントの準備だった可能性が高い。
「そういう事情なら彼女の存在を含めて秘密にする必要なかったのでは?」
 奥さんが心配していましたよと言うと、布袋さんは肩を竦めながら「俺らしくない事だし、恥ずかしいじゃないか」と言い訳をする。
 浮気ではなかったのだから問題は無い気がするが、本人が嫌なら無理強いする訳にもいかない。とりあえず私自身は納得したので、布袋さんの手伝いを改めて快諾した。

 クリスマスイブの当日、孤児院でのイベントは夕方からだったので、私は午後から仕事の半休を取って待ち合わせの教会へ向かった。待ち合わせの教会は案の定、先日布袋さん達が入って行った古い教会で、今日と明日はキリスト教にとって特別な日だったので夜のミサの準備が着々と進められていた。
 牧師と思われる人物に要件を伝えると、私は礼拝堂ではなく、奥にある小部屋に案内された。部屋の中には丁寧に包装されリボンが掛けられたプレゼントの小山が複数そこにあった。
「子供たちへのプレゼントなので、大事に扱って下さいね」
 牧師は私にそう言うと、礼拝堂へ戻っていった。
 私は近くにあったプレゼントを手に取ってみると、リボンにカードが差し込まれていて中には名前とメッセージが手書きで書いてあった。
「…うぁ、手がかかってるなぁ」
 プレゼントの包装もどこか不格好なので、おそらく布袋さんと孤児院のスタッフさんが一つ一つ包んでいたと思われる。
 子供たちへの愛情がこめられたプレゼントにちょっと感動していると、サンタクロースの衣装を着た布袋さんが入ってきた。
「君はこれを着てね」
 そう言いながら布袋さんはトナカイの衣装が入った紙袋を私に渡してきた。私はそれを受け取ると、部屋の端でそれに着替え始める。その間に布袋さんは白い大きな袋にプレゼントを一つ一つ丁寧に詰め始めた。
 結局、プレゼントが入った大きな袋は山ごとに詰めると5つになり、布袋さんと私はそれを教会の横に止めてあった軽トラの荷台に積み込んだ。
「では、行ってきます」
 牧師さんに見送られた布袋さんと私は軽トラに乗り込み、孤児院に向かって走り出した。
 孤児院は車だと教会から5分ぐらいの距離ですぐに到着すると、狭い軽トラの車内では被れなかった帽子をバックミラーを見ながら身につけた。
「じゃあ、行こうか」
 布袋サンタはプレゼント袋を二つ担いで、トナカイの私は残りの袋を担いで孤児院の中へ足を踏み入れた。
「サンタクロースが来た!」
 孤児院の中で待ち受けていた子供たちがそう叫びながら建物の奥へ駆け抜けてゆく。布袋さんはにこにこしながら慣れた様子で食堂の方へ歩いて行く。私は慌てて布袋さんの後を追った。
 サンタ来訪の知らせを聞きつけた子供たちが次々に食堂へ集まってくる。その子供たちを孤児院のスタッフたちが各自の席に座る様に大声で指導して回っていた。私たちは厨房と食堂の間を隔てるカウンター前に用意された椅子に座る。
「はあい、皆さんサンタさんが来てくれましたよ」
 子供たちの点呼が終わったのか、年配の女性がテーブルの席に着いた子供たちに声を張り上げて呼びかける。子供たちの視線は布袋サンタとトナカイの私に集まる。そんな子供たちの視線を楽しむように布袋さんはにこにこしながら立ち上がった。
「メリークリスマス。みんなよい子にしていたかな?」
「はーい」
 布袋サンタの言葉に子供たちが元気に返事をする。
「ではご褒美にみんなへのご褒美のプレゼントをあげるとしよう」
 高らかにそう宣言すると、プレゼントが入った袋を持って布袋サンタは小さな子供たちが座るテーブルに向かって歩き出した。私もプレゼントがたくさん詰まった袋を手に、慌てて布袋サンタの後を追う。
 テーブルの端で足を止めると、布袋さんは袋からプレゼントを取り出し、次々とメッセージカードに書かれている名前を読み上げ始めた。名前を呼ばれた子供たちは大きな声で返事をすると元気にプレゼントを受け取りに駆け寄ってくる。
「メリークリスマス。これからもいい子でいるんだよ」
 プレゼントを子供たちに手渡しながら布袋サンタはひとりひとりに声をかける。中には撫でてくださいとリクエストをする可愛い子供もいて、布袋さんはとても楽しそうにそれに応じていた。
 プレゼント配りが始まってしばらくすると、私の役割は袋からプレゼントを取り出してサンタに手渡すのが役割になっていた。プレゼントの入った袋はスタッフ達がカードの名前をチェックして、年代別のテーブルの前に置いてくれたので、子供たちへプレゼントを手渡すのもスムーズに行う事が出来た。
「みんなプレゼントをもらったかな?」
 すべてのプレゼントを配り終わった後、布袋サンタが子供たちに問いかけると、子供たちは再び大きな声で返事をする。
 プレゼントが全員に行きわたった事を確認して布袋サンタは「いい子にしていたら、また来年も来るからね」と言うと、子供たちはまた元気に返事を返してきた。そんな子供たちを満足そうに見回すと、私を目で促して私たちは食堂を後にした。子供たちはそのまま夕食になるのか、追ってくるものはおらず、配膳を促す声が私たちの背中の方から聞こえくる。
 玄関ホールへ移動すると、年配の女性スタッフが待っていて、私たちに感謝の言葉を口にすると深々と頭を下げた。
「園長先生。また来年きますね」
「いつもありがとうございます」
「御礼はプレゼントを用意してくださった教会の方たちに」
 にこやかに布袋さんはそう言うと、せめてお茶でもと進める園長先生の申し出を丁寧に辞退して、私たちは孤児院を後にした。
 外へ出ると日が落ちて辺りは暗くなっていた。私たちは乗ってきた軽トラに戻る為に話をしながら歩き出す。
「毎年、サンタやってるんですか?」
 トナカイの被り物を取りながら私が訊ねると布袋さんは照れくさそうにうなずく。
「園長先生は幼馴染でね、小さい頃はよく遊んだんだ」
「へぇ…って事は園長先生も横丁育ちですか?」
 布袋さんは白いつけ髭を取りながら「親の仕事の関係で引っ越して音信不通だったんだけど、彼女の旦那さんが孤児院の責任者で結婚を機にこちらに戻ってきたらしい」
 そんな園長先生が布袋さんのお店に孤児院用のジュースを注文した事から、再び交流が始まったらしい。
「いい事してるんだから、隠さなくていいのに」
 そんな私の言葉に布袋さんは歩きながら再び首を振った。
「俺は飲兵衛なダメな男でいいの」
 そう言いながら軽トラの鍵を開けて運転席のドアを開けた布袋さんの動きが留まる。
「どうしたんですか?」
「何だこれ?」
 布袋さんが運転席のシートに置かれた小さな包み紙を手に取ると不審げに首を傾げる。
「ドア、ロックしてましたよね?」
「うん」
 布袋さんは包み紙を剥がして中身の確認をすると、中には皮製のキーホルダーが入っていた。
「これ…俺が欲しかった限定品のやつ」
 驚いた様子で布袋さんは周囲をキョロキョロと見回す。しかし真っ暗な静かな住宅街には私たち以外の人間の姿は無かった。
「どういう事?」
 頭をひねる布袋さんに北風が吹きつける。寒さから逃れるように布袋さんと私は軽トラに乗り込むとドアを閉めた。
 布袋さんが暖機の為にエンジンをかけると、カーステレオからサンタの笑い声と共に賑やかなクリスマスソングが流れ始めた。
「もしかしたらサンタさんからの布袋さんへのプレゼントなのかもしれませんね」
 その私の言葉に布袋さんは神妙な顔つきでキーホルダーをそっと握りしめると、黙って目を閉じた。
 それに合わせるようにスピーカーからシャンシャンと鈴の音が聞こえてきて、その音がどんどん遠ざかってゆく。
 その音は本物のサンタさんが、ひそかに善行を行ってきた布袋さんにプレゼントを置いて、飛び去って行くように私には聞こえた。
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