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~閑話休題 秋の夜長のよもやま話~

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 季節が移り替わるのも早いもので街路樹の葉は赤や黄色に染まり、晩秋の雰囲気を色濃くしていた。
「おすすめの秋の恵みのホイル焼きです」
 そう言って女将が長方形の皿に乗ったアルミ箔の包を私の前に置いた。両端でひねっているアルミ箔の包を開くと中からおいしそうな香りと湯気が立ちあがる。
「白身魚とさつまいも、にんじん、きのこ…松葉に刺してある銀杏がおしゃれだなぁ」
 見た目も美しい料理に私は喜びの声をあげた。
「栗ご飯を炊いたのだけど…」
「それはおにぎりにできますか?」
 私が訊ねると女将は頷いたので、明日の朝食用に持ち帰る事にする。
「収穫の秋というだけあって、この季節は美味しいものがたくさんありますよね」
「栗、ぎんなん、芋、きのこ…やっぱり秋さんまかしらね」
「昔はさんまは庶民魚だったんだけどなぁ」
 ニュースによると海流のコースが変わったので、ここ数年、さんまの不良が続いているという。
「最近は中国人も秋さんまの美味しさを知って、さんまの乱獲をしているらしいけど…」
「彼ら人口も多いし、何でも食べちゃいますからねぇ」
 足があるもので食べないのは椅子と机ぐらいという笑い話があるぐらいである。
「屋台でタガメの姿揚げを買って、学校帰りの女子高生がおやつに食べながら帰るんですって」
「…うぁ」
 女子高生が黒い昆虫をポリポリ食べながら歩いている姿を想像してげんなりしてしまう。
「日本の地方では昆虫食の文化は残っているけれど、イナゴを佃煮にしたり蜂の子を炊き込みご飯にするぐらいですものねぇ」
「食糧難だった時代、祖母がイナゴを捕って調理して子供たちに食べさせていたって話は聞きましたが…私の子供の頃になると物は少なかったけど、食糧事情はかなり改善されていたから、昆虫は食べた事が無いなぁ」
 イナゴを食べた事がある母によると、イナゴの味と食感は殻付きのエビを食べているような感じだったそうである。
「…最近、日本でも食用コオロギの話が出ていますが…」
 コオロギの名前を聞いた瞬間、女将の表情が曇る。
「コオロギはいろんな菌を持っているから人間には有害なのよ」
「そうなんですか? イナゴや蜂の子だって昆虫なのに?」
「イナゴは草食で名前の通り稲の葉を好んで食べるし、蜂は花の蜜や花粉が主食だから、無害なんだけど、コオロギは雑食だから人間に有害な菌を持ってるの…極端な話、見た目も似ている雑食のGと一緒」
「…勘弁してください」
 どこにでも現れる黒いヤツは、例え飢えて死にそうだったとしても口にしたいとは思わない。
「養蚕が盛んだったころは蚕の幼虫も食べたらしいけれど、蚕は桑の葉を食べるからこちらも人体には無害よ。桑の実はマルベリーだし、マルベリーはスーパーフードとして有名よね」
「毒の蓄積は、食物連鎖の兼ね合いですか…」
「そう言うことになるわね」
 人間が原因で海洋汚染を引き起こした結果、海の生き物たちの体内にもマイクロプラスチックや重金属が蓄えられているので、それらを食べる人間の身体にも間接的に蓄えられ、健康に問題が出ているという話は耳にしたことがあった。
「食糧難だからコオロギ食を推進する一方で、酪農を営む農家には補助金を出すから牛を殺せって…指導が出ているのも変な話ですよね」
「ご先祖様達が数百年かけて、食べて大丈夫なものか、悪いものかを検証して今の食文化が構築されてるのに、わずか数年とか数カ月単位の研究で推進するのが問題なのよ」
 そう言った後、女将は「食べろと言われても私は絶対食べないけど」と言って笑う。
「遺伝子操作された植物の害についても動物実験で大丈夫だったからと、どんどん市場に入ってきてるけど、人間で検証した訳じゃないから100年後に有害だったという結論が出てからじゃ遅いのにねぇ」
 食の安全に対しては女将はかなり敏感なので、この店で口にする食べ物に関しては心配はしていなかったが、便利で美味しいからとつい買ってしまうスーパーやコンビニの食品については何の保証もない。
「スーパーって小さい頃にあった記憶がないんですが…」
 私の記憶の中で初めてスーパーに行ったのは小学生の3年生ぐらいの頃だったはずである。その頃はコンビニなど一軒もなく、近所に初めてコンビニが出来たのは二十歳前後だった。
「そうよねぇ。野菜は八百屋さんで、魚は魚屋さん…みたいにそれぞれの専門の商店で買うのが普通の時代だったし、うちはド田舎だったから、食品も置いてあるよろず屋さんで買い物をしてたわよ」
「よろず屋!」
 懐かしい単語に思わす私は声をあげる。
 よろず屋とは、今でいうコンビニの様な品ぞろえの個人商店である。野菜や果物やパン、冷蔵のケースを置いている店舗ではわずかではあるが肉や魚なども売っていた。それ以外の商品は日用雑貨の類や雑誌などを置いてあったので、夕方には店は閉まってしまうが一つの店舗で最低限必要な物は揃うので付近住民からは便利がられていた。
「当時の食品を扱っているお店って、天井からハエ取りのリボンがぶら下がってなかった?」
「ありました」
 ハエ取りのリボンとは、紙製のリボンの片面に粘着液が塗布されていて、それを天井からつるしておくとハエがリボンに停まるとそのままテープにくっついてしまうので、食べ物のにおいに引き寄せられてくるハエの駆除によく使われていたアイテムである。
「あの頃、トイレも汲み取りでしたし、ハエ多かったですよね」
 私の言葉を聞いた女将が笑いながら「うちの実家、簡易トイレだからタンクは汲み取り」と言って笑う。
「まだ残っているんですね」
「田舎の山の方だからね」
 都市部では下水道網が整備されているので水洗トイレは普通であるが、人口の少ない農村部などではそこまで整備されていないらしかった。
「…ハエと言えば、当時、ラップは高価だったから、細かい網目の傘みたいなのを料理の入ったお皿に被せてましたよね」
「ああ、蠅帳? あれは今でも売ってるわよ」
「へぇ」
 昭和の食卓の風景の一部が未だに残っているのは少し嬉しい気分になる。
「…あと虫対策だと蚊取り線香と蚊帳(かや)よねぇ」
 最近は化学薬品を主成分とする蚊などの虫対策製品が主流だが、昔は除虫菊が主成分の蚊取り線香が主流だった。もう一つの蚊帳であるが、蚊が侵入できない様な非常に細かい網目の布で天井や柱から吊り下げて、中に入って眠ったり過ごしたりする夏の必需品である。
「今でも蚊取り線香と蚊帳は発展途上国では重宝されているみたいよ」
「…電気が要らないし、マラリヤ対策ですか?」
 電気網が国中に整備されているのは主に先進国で、地球全体で見ればまだまだ電気が使えない場所で生活している者も多い。温暖で湿度の高い地域では今でも蚊を媒体に命を脅かすマラリアの被害が深刻だった。
「なんか日本の蚊に比べて外国の蚊は大きくて丈夫だから、海外向けの蚊取り線香の殺虫成分は日本用より強力なんですって」
 その話を聞いて私はある友人の体験談を思い出した。
「蚊取り線香より化学薬品の虫対策リキットの方が毒性は強いみたいですよ」
それを聞いた女将は「だいたい想像はつくけど…」と言いながら苦笑いを浮かべる。
「蚊取り線香を焚いて寝ても問題はないのに、化学薬品の虫対策リキットを使って寝たら夜中に呼吸困難を起こす友人がいて、よく「お前は虫か」と友人たちから揶揄われている奴がいました」
「その人は化学薬品に対して敏感なのね」
「そいつ人工香料の臭いもダメみたいで、よく気分が悪くなったり頭痛を起こしてましたね」
 結局その友人は、今の日本の都会での生活は化学薬品まみれで住みにくいと、空気と水がキレイな田舎の方へ引っ越して行ったのを思い出す。
「…我々は気が付かない間に毒物にならされちゃっているのかな?」
「そうなんじゃない? 高度成長期の頃なんて公害問題が多発してたし」
 最近では公害による健康被害の話はほとんど耳にしなくなったが、昔は大気汚染、水質汚染、土壌汚染の騒音問題と環境トラブルのニュースをよく耳にした記憶がある。
「…そういえば、最近、光化学スモック警報発令って聞かなくなりましたね」
 光化学スモックは強い紫外線と高温、風が弱い条件下で、大気中の化学物質が化学反応を起こすもので、その中を屋外で過ごしていると体調が悪くなる公害の一種。私たちが子供の頃は大気汚染が深刻な時代だったので、夏になると光化学スモックの警報を知らせる旗が学校の校庭の真ん中によく置かれていた。
「今でも発令されてるみたい…私たち、学校の校庭を見る機会が少なくなったから知らないだけで」
 言われてみればそうかもしれない。夏場の昼間、屋外で過ごす時間が少ないのも一因かもしれないが…。
 秋の夜長にそんな思い出話の雑談をしていると、店の格子戸が開き天狗さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ――今夜は遅かったですね」
 出迎えた女将が天狗さんにおしぼりを渡しながら声を掛ける。そんな女将の言葉に頷きながら天狗さんは店の奥のいつもの指定席に腰を下ろすと、かばんの中から包み紙を取り出し女将に差し出した。
「はい、おすそ分け」
 礼を言って包み紙を開けた女将が「まあ!」と声をあげた。どうしたのかと見ると数本の松茸が包み紙の中から顔をのぞかせていた。
「親戚から送られてきたので、少しですがどうぞ」
 天狗さんはそう言って微笑む。
 女将が紙包を広げたからか、松茸の良い香りが私の席まで漂ってくる。
「土瓶蒸しも美味しいし、焼き松茸も…みんなで楽しむなら松茸ごはんかしらね」
「やった。明日も伺います」
「じゃあ、明日のおすすめは松茸ごはんに決定」
 私の言葉に女将さんはにこやかにそう宣言すると天狗さんが楽しそうに笑い声をたてた。
 この店に集う者たちは皆、惜しむことなく幸せのおすそ分けをしてくれる――ここにはお節介で温かい昭和人情の名残がまだあるのかもしれない。
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