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~真夏のかき氷~

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「あちぃ…」
 いなり横丁でたこ焼き屋を営んでいる小僧さんは、その日も店でたこ焼きを焼いていた。
 ただでさえ暑い季節なのに、たこ焼きの鉄板の熱で温度がさらに上昇させている。
 小僧さんは汗止めに頭にバンダナを巻いているが、汗を吸った部分の色が変わっているのがわかるほどだった。
「たこ焼きの気分になれるな」
 日差しで焼けたアスファルトの熱で地面が陽炎のように揺らめくのを見ながら、たこ焼きを竹の舟に盛り始める。
 真夏は熱々のたこ焼きは売れなさそうだが、実は冷たいビールのアテとして需要があった。そして夏の間は季節商品でかき氷も扱っているので、炎天下の昼間はかき氷の注文も多かった。
「いちごひとつ」
 一番暑い時間と言われている午後2時ごろ、人の流れが止まった時間に真っ赤なシャツを着た小柄なスキンヘッドの老人がかき氷を買いに訪れた。
 クーラーボックスから氷の塊を取り出した小僧さんはかき氷機に氷をセットして、氷を削り始める。氷が削り出されてフワフワで真っ白な雪の様な氷を店のロゴが入ったカップで受けて盛り付けると、真っ赤ないちごシロップのシャワーを手早くかけた。出来上がったばかりのかき氷を差し出すと、老人は代金の硬貨を置き、かき氷を大切そうに持ち帰ってゆく。それを見送った小僧さんは老人が置いていった硬貨を見て首を傾げる。
「なんで、いつも古い硬貨なんだろ?」
 老人が置いていく硬貨はいつも十円玉には青錆が浮いていて百円玉は輝きが無かった。本物なので問題がある訳ではなかったが、気にならないと言ったら嘘になる。
「機会があれば訊いてみようかな?」
 小僧さんはそう呟くと、レジにそっと硬貨をしまった。

 私がいつものように仕事帰りに立ち寄った小料理屋で良く冷えた冷酒が入ったグラスを傾けながら、クジラのおばいけをアテに飲んでいると、仕事を終えたらしい小僧さんが顔を出し、「明日は縁日ですね」とウキウキした様子で口を開いた。
 小僧さんが話す縁日とは、いなり横丁の奥まった場所にあるお地蔵さんのお祭りで、露天なども出るので小規模ながらも横丁が賑やかになるイベントである。
「お店はどうするの?」
 女将に訊かれた小僧さんは「掻き入れ時だから、うちも深夜まで開けます」とにやりと笑って答えた。
「…うちはどうしようかしらねぇ」
 女将はそう言うと「縁日の日は開けても毎年、開店休業状態になるし…」とつぶやく。それを聞いた小僧さんは「みんなお祭り…というか、露店で買い食いが好きですから」と笑った。
 たこ焼きやお好み焼き、焼きそばはお祭りの露店の定番だし、たい焼きやベビーカステラ、綿菓子、リンゴ飴などもいつの時代も人気である。夏場だとかき氷や冷やしパインなんかもあるので、それを楽しみにしている者も多い。
「縁日だし――明日は夏着物じゃなく、やっぱり浴衣かしらね…どれにしましょ」
 そう話す女将の表情はまるで少女の様だった。
「俺も明日は甚平を着ようかなぁ」
 普段の小僧さんは長い髪の毛を無造作に後ろでくくり、バンダナを巻き、耳には大きなピアスがいくつもぶら下がっている。夏場はタンクトップにGパンが定番で、冬場は鋲の付いた黒い皮ジャンと皮のパンツ姿はまるで売れないロックバンドのメンバーの様なファッションである。
「浴衣でもなく、甚平なのね」
 小僧さんの甚平姿を想像したのか、女将がクスリと笑った。
「浴衣は恰幅が良くないと貧相に見えますから」
 細身で長身の小僧さんはそう言いながら肩を竦める。
「縁日なんて子供の頃以来だなぁ」
 子供の頃の縁日の様子を思い出しながら私も会話に加わった。
「イカ焼きって地域によって違うらしいですね」
「何が違うの?」
「イカをプレスて姿焼きにしたものと、イカの切り身を粉ものに混ぜて焼くタイプがあるらしいです」
「関東と関西で違うって話は聞くわね…」
 小僧さんの話を聞いていた女将が頷く。
「――今川焼も大判焼きや回転焼き、御座候とか地域によって呼び名が違いますね」
 私の言葉に小僧さんが不思議そうな表情で「御座候?」と訊き返す。
「兵庫県のあたりではそう呼ばれているらしいですよ。姫路のお店の屋号がそのまま使われるようになったようですが…」
「日本って狭い様で広いわね」と感心したように女将はそう言って笑った。
「――最近のお祭りなんかのイベントはキッチンカーのお店も多いみたいですが…ここの縁日は昔のながらの屋台や出店ばかりですがね」
 お祭りも時代によって少しずつ変わっていくのかもしれないが、いなり横丁はその辺も時代の流れから取り残されているのかもしれなかった。
 そんな話をしていた翌日、私は仕事を定時で終え、いなり横丁に直行していた。目的はもちろん縁日である。
 いなり横丁には小さな提灯などが飾り付けられ、その下を行き交う人々。その手には露店で取ったヨーヨーや金魚が入った袋をぶら下げている者も多い。
 普段は人通りも多いとは言えない横丁も、今日は大勢の人間が集まっていた。その人々に混じって歩いていると食べ物屋の屋台からおいしそうなにおいが漂ってくる。食欲を刺激されながら私はどんな店があるのかまずは見て回る事にした。
 立ち並ぶ屋台の焼き鳥やフランクフルトなどの派手な色で書かれた大きな文字が目に飛び込んでくる。食べ物屋の屋台に交じってスーパーボールや金魚すくい、射的やお面が飾り付けられた露店も見受けられた。
 昔から変わらない露店のラインナップに安心感の様なものを感じながら歩いていると、知り合いの顔が視界に入ったーー小僧さんである。
 頭にはいつものバンダナではなく手ぬぐいを巻き、甚平にエプロン姿という個性的な格好をした小僧さんは忙しそうにたこ焼きを焼きながら、かき氷の注文に応じていた。
「商売繁盛ですね」
 小僧さんが一息つくのを待って声をかけると小僧さんは笑顔で「おかげさまで」と笑いながら答えた。
「たこ焼き一人前お願いします」
「はいよ」
 元気よく小僧さんはそう答えると竹の舟へたこ焼きを次々に乗せ、ソースや青のりなどをトッピングをする。私はおいしそうなたこ焼きを受け取ると、店の前に設置されたベンチに腰を下ろし、たこ焼きを口に放り込んだ。
「…あちっ」
 表面はカリカリのたこ焼きだったが、噛むと中はとろみのある熱い生地だったので口の中を火傷する。そんな私を見ていた小僧さんは「かき氷で冷やしますか?」と言いながら笑った。
「熱いものと冷たいものを一緒に食べたらお腹壊しそうだなぁ」と答えた私に小僧さんは確かにと同意する。
 日が暮れたせいか行きかう人間の数も増えてきた頃、いなり横丁と染め抜かれた法被を着た年配の男性が雑踏をかき分けるように現れ、小僧さんに声をかけた。
「お疲れさん…ちょっと聞きたいんだけど、この容器おたくの?」
 そう言いながら持っていたビニール袋を差し出し、小僧さんはその中を覗き込んで頷く。
「この柄、確かにうちの奴ですけど…何かありましたか?」
 法被の男性が持ってきた袋に入っていたのは発泡スチロールのカップで、小僧さんのお店のロゴが入っていた。
「今日は縁日だからお地蔵様をお祀りしている祠の扉を開けたらね、これがたくさん中にあったもんで…」
「お地蔵様の?」
 話を聞いた小僧さんは怪訝な顔になる。そんな小僧さんに法被の男性は説明を続ける。
「カップは重ねてあって中身は入っていなかったんだが…」
 そこまで言うと男性は声をひそめるように、お地蔵さまから甘い匂いがするんだと告げた。
「…は?」
 思わず聞き返した小僧さんに「シロップの様な甘いにおいがお地蔵さまからするんだよ」と念押しするように男性は言う。
「心当たりない?」
「心当たりと言われても…」
 小僧さんは返答に詰まっていたが、ふと脳裏にある人物の事が浮かんだ。
「…もしかして」
「もしかして?」
 確証は持てませんが…と前置きをして、小僧さんはいつも炎天下に古銭を持ってかき氷を買いに来る老人の話をする。
「その老人がお地蔵さまに何かしているのでは? という事かね?」
「その老人がお地蔵様自身ではなかったのかと思いまして…」
 その言葉を聞いた男性は小僧さんの言葉を一笑した。
「そんなバカな話があるもんか…まあ、お地蔵さまにいたずらをする犯人がいるんだろう」と言うと、見回りを強化しないとなと言いながら戻っていった。
 その様子を黙ってきいていた私に小僧さんは何ともいえない表情を浮かべて小さく肩をすくめてみせる。
――かき氷を買いに来るお地蔵様?
 日本昔話もびっくりな話に、本当に存在するのなら見てみたいものだと思わずにはいられなかった。

「…やはりお地蔵様だったようです」
 縁日から数日たったある日、小料理屋でいつものように晩酌を楽しんでいると小僧さんが私にそっと囁いた。
「え?」
 冷酒の入ったグラスを落としそうになりながら、思わず私は小僧さんの顔を見返した。
「…今日、いつもの時間に例の老人がかき氷を買いに来たんです」
 小僧さんはかき氷を買って帰る老人の後をこっそりつけたらしい。
「――お地蔵様の近くで見失たんですが、祠の中に溶けかけのかき氷…ありました」
「マジか…」と思わず、そんな言葉が口に出る。
「猛暑が続いているし、祠の中の温度もかなり高かったから、冷たいものが欲しかったのかもしれませんね…」
 小僧さんは「こんな話誰も信じないでしょうけど」と自嘲するように呟くと、もうあの老人からお金は取れないなと言って小さく笑った。

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