上 下
22 / 35

覚悟と本音

しおりを挟む
 リューセドルクが令嬢たちとの面談をこなしていると、王妃から、令嬢たちとの面談は以降すべて中止せよと申し付けが送られてきた。
 なんの気まぐれかと思ったが、仕事が立て込んでいるので助かることに違いはない。
 それから昼を過ぎ、日が天頂を過ぎて傾き始めたころに、ようやく急ぎの仕事の目処がついた。

 花火の件は、幸い、誰も後ろ暗いところはなかったようだ。それでも規則には反しているので、主に進言した侍女と、仕入れ及び打ち上げを実施した者、王妃の補助をすべき侍女長など、処罰の必要な者もいる。王妃本人とて、無罪放免とはいかない。
 実は花火を目撃した兵たちには、一時緊急事態かと緊張が広がった。リューセドルクの通達が一歩遅ければ、緊急時の取り決めに従って、狼煙が上げられたかもしれない。間一髪間に合って、混乱の広がりは抑えられたが、王妃の行いには非難の声が少なくないのだ。
 リューセドルクの本音としても、このまま王妃を謹慎させて、今日の宴も妃選定も取りやめにしたい。
 だが、必ず別の思惑を持つ者がいるもので。今日、これだけ客の集まったところで取り沙汰するのは混乱が大きくなると、これもまた、少なくはない嘆願が届いた。主に妃選定に参加しにあつまった貴族家からだが、無視をすれば、わざわざ城まで参じた各家を立てるために、令嬢たちと丁寧な顔合わせの機会を別に設けることになるかもしれない。
 面倒だった。
 それならば、一度に終わらせてしまう方がよい。宴は予定通りとするために、王妃の謹慎を解き、関与のなかった者は解放し、それ以外のものの仮処分を決め、あとは、後日に、と担当部署の副官に言付けた。

「竜舎に行く」

 男の身支度は時間がかからない。だから、宴の前に少しだけ時間が残されていた。
 走って竜舎に向かうと、そこには妙に艶々としたガゼオがいた。他の竜たちも、最近になく穏やかで満ち足りた顔をしている。付いてきた護衛たちも、珍しくあからさまに安堵の笑みをこぼして、それぞれ仲の良い竜の顔を見上げていた。
 竜番たちに聞けば、今日もユーラとケールトナはせっせと竜の世話を焼き、またこの時期の乗り越え方のコツとして、餌の工夫や寝床の快適な温度、鱗の手入れ、適度な運動のさせ方など、さまざまな助言を惜しみなく与えてくれたそうだ。
 だがもう今は、二人の姿はなく。
 今日は会えずに終わりそうだと少し重たい息をついてから、リューセドルクは自分がひどく気落ちしていることに気がついた。

『お前、一人前の雄だろう? もっとしっかり積極的に行けよ』

 ふとガゼオに話しかけられて、それが呆れたような励ますような唸り声だったので、くく、と笑ってしまう。

『なんだよ』
「お前、あれは、一人前に好きな女のところに飛んでいくところだったんだな」
『ちっ、からかうつもりかよ』
「悪かったな、無理矢理止めて。でも、あの時は、お前が周りを傷つけてしまう危険があったし……、脚に、鎖が巻きついていて」
『あー、そうだったかもな』

 竜用の鎖は、特別製だ。だが、普段は鎖などつけてはいなかった。原因不明の不調に弱りつつも、苛立った時には暴れることも出てきた竜たちに、自傷や他を害することのないよう、やむをえず付け始めたものだ。だからガゼオはあの時、鎖の存在など意識していなかったのかもしれない。

『だがあんなの、引きちぎれたさ』
「お前が本気を出せば引きちぎれるだろうけど、きっと深い傷になる。そのままどこかへ飛んでいったら、そこから病が入るかもしれない」
『心配しすぎだ。それがお前だけどな。俺だっていつまでも子竜じゃないし、つよ』
「いや、そもそも鎖なんか付けたくはなかったが。心配だった」
『イラついてよく暴れてたから仕方ねえよ。お前も誰もわる』
「でも本当は」
『俺の話も聞けよ』
「置いていかれたくなかったんだ」

 ガゼオは少し、首を傾げて。
 それから、その大きな鼻先で、どん、とリューセドルクをこづいた。幼い頃からのように。
 さすがによろりとよろめきながら、はは、と笑う。

「お前は、それでいつ飛んでいくんだ?」
『お前、ほんと俺のこと好きだよな』
「ユーラは、いつまでいてくれるかな。お前が始祖の竜の相手なのなら、ユーラは目的を果たしたことになるのだろうか。母が森の民を招待するはずはないから、私の妃になりにきたわけではないのだろうし」
『いや、すでに森の嬢ちゃんの方が優先か』
「そういえば、対の星とやらは、結婚相手にはなり得るのだろうか」
『女は嫌ってるお前が、珍しいな。そりゃ、むしろ有りじゃねえ?』
「——私も、お前と一緒に、森へ行きたいよ」
『そこで戻って俺かよ!』

 ガゼオは妙に機嫌良く唸っていたが、リューセドルクは言った端から頭を振って、おかしな考えを追い払った。
 王太子が、国を離れて好き勝手ができるわけがない。
 リューセドルクの足には鎖はないが、それでも、一生をこのルヴォサンタスに繋がれて生きるのが定めだ。森へ行くなど、戯言だ。

「もう、行く。もし飛んでいくなら、気をつけて」

 両腕で抱きついても、まわりきらない鼻面に、ぐっと身を寄せて。
 リューセドルクは王太子の仮面をかぶって、竜舎を去った。

『……あいつ、わりとすごいやつなんだけど、昔からちょーっと、抜けてるんだよな。そこがイイんだけど』

 呆れたように呟くと、ガゼオは立ち上がった。
 その足元に、すでに鎖はなく、竜舎の扉は開け放たれたままだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...