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暗澹

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 はっと、蒼い目が上げられた。少し見開かれて、驚きと不安に揺れている。こうしてみると、泰然と立つ姿は年に見合わずふてぶてしいほどなのに、意外と素直に感情が出るのだな、と興味を引かれた。もしかすると、竜に関わるからなのかもしれないが。
 なぜか、姪の屈託なく動く表情が重なった。

「違う……?」
「違う。事象は関連してはいるが、こちらは今代の特殊な事情というか。違うんだ。
 だが、彼らに何が起きているのかを口外する権限は、俺にはない。古い取り決めでね」

 リューセドルクはむやみに質問を浴びせてくることはなかった。しばらく口を閉じて、おそらくはひととおり考えを巡らせたであろう。

「では、説明をしてくれる方に、引き合わせてもらうことはできるだろうか?」

 しつこく問い詰めることも、取り決めに文句を言うことも、嘆くことも怒ることもなく、最短で答えを掴みに来る。会話の進みが快い。

「問題ない」
「いつごろか」
「うん、さて」

 ケールトナはふと首を巡らせた。
 空は紺色が優勢になり、気の早い星が夜を待ちきれずに煌めき始めていた。少し冷たい空気が崖下から吹き上げてくる。向かい合うリューセドルクの顔すら、曖昧になってきていた。王城の壁際には、自分についてきた侍従と、王太子の側近たち、そして特徴的な革の防具を身につけた、竜の世話人だろう者たちが、影だけになって静かに佇んでいる。
 竜たちを刺激しないように、灯りをつけないのだろう。そういえば竜たちが、さきほどより静まっただろうかと竜舎を見れば、そこに馴染みの深い気配が潜んでいるのが感じ取れた。

「……その者にとっても重大事なので、思うよりすぐ会えるだろう」
「もしや、すでにこの城にいるのだろうか?」

 この男、本当に鋭いな。
 予想外に言い当てられて、ケールトナはつい自然に笑みをこぼした。

「ご明察」
「その方は、どのような。言えないことであれば聞こうとは思わないが」
「一度はリューセドルクも見たはずだ。俺の姪でね。ユーラは、リューセドルクを対の星だと確信していたから、まあそうなれば、隠すことも話せないことも無いはずだが。その辺はまだ打ち合わせてなかったな」
「……対の星?」

 ああ、とケールトナは言葉を探した。

「森では人は皆、誰もがひとつ、運命の星を持っていると信じている。生まれれば光り輝き、死ねば輝きが落ちるとね。対の星というのは、運命で結びつけられた相手ということだ。生涯の伴侶、親友、人生の同伴者……。さて、何と呼ぶのが適当だろうか」
「……は?」

 リューセドルクが驚愕に固まった。
 さもあらん。彼にとっては、会ったこともない娘から向けられるにしては、重たい期待だ。
 これは、うっかり口が滑ったか。
 ケールトナが姪の怒りをかう恐れに首をすくめた時、城の表で、ひゅるひゅると高い音を伴って何かが空へ駆け上がった。
 空に素朴な火の花が咲いて、遅れてドン、と音が降ってきた。
 見上げた顔が、明るく照らされると同時に、苦い怒りの表情に変わる。
 竜舎から、ざわりと苛立ちの気配がして、竜番たちが慌ててそちらへ走り出した。

「くそ……!」

 リューセドルクはこめかみを震わせながら、側近に、即刻花火の打ち上げをやめさせるよう指示し、自身も竜舎に向かおうとした。
 竜は花火が嫌いではない。だがそれは、平時、しっかりと覚醒して、心構えを持つ時だ。
 今はどの竜も落ち着きなく、些細なことでも気に触るのだ。灯りすら抑えて刺激を減らしているというのに、寝入りの時間に不意打ちで花火を浴びせるなど。
 竜たちは驚き、怯え、そして怒り狂うに違いない。
 誰が、病で気鬱になり弱っている子供の横で、爆発音を聞かせようと思うだろうか。そう反語的に問いかけながら、それを気にもかけずに実行するだろう存在を、思い浮かべてしまう。
 城では禁止されている花火を、上げることのできてしまう人間だ。

 竜舎の入り口で竜番たちが中の様子を伺っている。
 竜笛を握る力が入った。
 これを吹いて以降、ガゼオと目が合わない。唸りもせず、こちらを小突きもせず、獰猛な気配を隠してただうずくまっていた相棒を、更に幾度も無理に縛りたくはないのに。
 ひゅるる、とまた、花火が上がる。
 心が、削れる。
 そんなリューセドルクの肩を、誰かがぽんと叩いた。

「竜は大丈夫だ。特製の鎮め香を持ってる。効き目がいいぞ」

 だから、と肩にかけた手でリューセドルクを押しとどめる。

「リューセドルクは、あれを止めてこい」

 顎で空を指し示し、そしてケールトナは懐から取り出した粉末を指で擦ってばら撒きながら、竜番たちをかき分けて、ためらいなく竜舎に駆け込んで行った。
 憤った唸りが聞こえ始めていたはずの竜舎が、瞬く間に、静かになる。
 鎮め香とは何か。わからない。
 まして通常であれば、初対面の者を竜舎に寄らせることなど有り得ない。
 今日ネクトルヴォイの領主の疑いのなさに呆れていた自分が、たった数語の言葉を交わしただけの彼を森の民と認め、信じると決めてしまったことに、首を捻る気持ちもあるが。
 任せたほうがよい、と感覚が言う。
 リューセドルクこそ無力で、竜たちに対してできることなど、環境を整えてやることくらいだ。王太子という立場は、そんなことくらいにしか、使えない。
 だから任せるべきなのだ。適材適所というものだろう。
 ーーだが本当のところ、また笛を吹くことになって、ガゼオに蔑んだように見られるよりはましな気がしただけかもしれない。
 リューセドルクは竜番に、竜を抑えるためにケールトナに従うよう強く命じると、残っていた護衛を従え、花火の打ち上げ場所へと駆け出した。
 ケールトナがどれだけの間抑えてくれるのか、わからない。
 一刻も早く、止めなければならない。竜たちを、そしてリューセドルクをかけらも慮らない、あの狂った音を。
 


 ——それで、落ち着いてくれるだろうか。
 竜たちはいずれ、以前のように戻るようだ。
 だがガゼオは、明らかにどこかへ飛び立とうとしていた。

 リューセドルクだけでなく、王家直属の男子が代々竜を近しい存在と感じてきたことは、各王の日記に窺える。今代の父王も、自分自身もそうだ。
 だが国としては。
 近頃では、竜を軽視する一派が大きな顔をしてきている。その筆頭に、王妃も名を挙げねばならない。
 ガゼオは、もうこの国に、見切りをつけてしまうのだろうか。
 いつかガゼオが悠々と空を飛び去っていく、そんな日を思い描いてみれば、意外にも、そうなればよいのに、としか思わなかった。きっとその時には、今の苛立ちも不調も全てが快癒し、ガゼオは自由と未来を選び取って空へと駆け上がるのだから。
 喜ばしく、思い浮かべれば誇らしくさえある。
 それは真実、心からの気持ちであるのに。
 リューセドルクの胃の腑は、地の底に引き摺り込まれかけているように、果てしなく重く、重くなった。
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