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願われずとも(リウト)2

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「リウト? 泣かないで」

 ごめんなさい、とシャルフィが謝るが、違う。
 既に心は決めた。
 泣いているとしたら、これはあの時の無力な自分への涙。
 冷たく固い母の体を思い出して震えそうなのを叱咤する。母の死を教訓としてシャルフィを生かすことに繋がるのなら、活かすべきだ。

「神の無慈悲を知っている。正直にいえば、君をあらゆる危険から遠ざけて独り占めしたかった。どんな無邪気な挑戦からも、あなたの目に映る他の何からも。死からも。子からも。きっと俺のこの欲は、君のご両親より強いだろう。だがそれではあなたは息ができないか、自分の生命の火で焼けてしまう」

 シャルフィが両手でリウトの手をさすった。温かく、柔らかい。

「ならば、俺は全力を尽くして君を守る。そう決めている。君の生に、君が俺の隣で生きていてくれることに、俺はみっともなくしがみついているからだ。もし、俺を好きだと、大切だと思ってくれるなら、子を産むことだけではなく、君も無事に生きることを目指してほしい。そのためにはきっと、君は息を潜めるような不自由と鬱屈を味わうだろう。君にとっては、耐え難い苦痛だと知っている。だがそれでも……どうか」

「うん、約束する」

 すぐに帰ってきた返事が意外だった。けれど、さっきから目の当たりにしているどこか吹っ切ったようなシャルフィには、似合いの潔さにも思う。
 合わせた目が逸らされることはない。

「約束する。絶対に、自分の命も諦めない。できることはすべてやる。私は、子を産みたいんじゃないの。リウトとの子の母になって生きたいのよ」

「シャルフィ」

「私、いつも生きてる意味が欲しかった。生きている幸運に感謝するだけじゃなくて、何か自分で掴み取りたかった。誰かの役に、ううん、誰かの人生に関わりたかったの。深く、消えないほど跡を残して。だから、今この機会をとても幸運だと思ってる。母親になれる機会を。たくさん一緒に過ごしたい。リウトと、この子と、私、三人で。
 だから――」

 リウトの体は強張った。心は決めたはずなのに。
 一緒に妊娠を喜んでと言われたら、もちろん嬉しいと言おう。
 祝ってほしかったのと言われたら、祝福の言葉を言うだろう。
 子を愛してと言われたら、その努力を惜しまない。
 だが本当は。
 リウトにとっては呪いだ。今は、まだ。

「だから、リウト、ずっと一緒にいてね。私を見守っていて」

 騎士か、夫だったなら、即座に返事をしただろう。
 リウトは、数秒ぼんやりとシャルフィを見てから、ゆっくりと口を開いた。

「……もちろん。それは、俺の願いだ」
「私の願いもそれよ」
「願われずとも、そうする」
「うん、そうして! ふふ、急に安心して涙が。うん、リウト。ありがとう」

 どうして、何も言わないのだろう。求めていないはずはないのに。リウトのことを、何か知っているのだろうか。
 ちらりと思ったが、もうどうでもいい。
 リウトはテーブルを回り込み、シャルフィの柔らかな体を抱き寄せ――ようとして、じゃらりと鎖をぶら下げた手のひらで止められた。既視感。

「ごめんなさい。今、香り付きクリームを鼻周りに塗ってあなたのにおいを少し誤魔化しているの。あまり近づくと、まだ気持ち悪くなりそうだから。……ごめんなさい」

 申し訳なさげに言われるが、リウトにとっては刺し殺されたかと思うほどの衝撃だった。

「それは、ほんとうに、おさまるのだろうか。いつ?」
「たぶん。いつかは、私も、わからないけど」

 それはそうだろうと思いながら、ミシミシと力が入っていく全身の筋肉を、気づかれないうちに緩めようとした。
 手を拒絶の形に突き出したままだが、シャルフィの表情は和やかだ。リウトの勘違いでなければ、今がもっとも、夫婦の心が近づいた瞬間だろう。
 ああ、なのに。
 生殺しだ。

 思い余って歯を剥いてしまわないように、奥歯を噛みしめる。
 ぎりぎりぎりぎり。
 仕方がない。今無理をしてシャルフィに嫌がられてはダメージが大きすぎる。これから出産、そしてそこから続く育児の準備のため、やること学ぶことは山ほどある。気を紛らわせよう。
 だが、悪阻が終わったら。
 我ながら飢えたような目を向けたと思うのに。
 シャルフィは少し恥ずかしげに肩をすくめて笑うと、早く悪阻が終わってほしいね、と屈託なく笑った。
 問答無用で抱き締めないように強く握ったリウトの拳には、少し血が滲んだ。

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