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手の中に、月 1
しおりを挟む侯爵ともあろう方に、こんな協力をお願いするつもりはなかった。
ただ、リウトを捕まえるために、使えるものは何でも使おうと思っただけだ。
なんとか夫婦が揃う必要のある状況を作ればいい。だが妻の体調が悪いと言い訳することも容易だから、突発的な状況でなければならない。シャルフィは外出を禁じられているので、屋敷内でなければならない。
でも、どうすれば。
シャルフィが無理をしないことが、大原則なのだ。走って突撃したり、待ち伏せして体当たりしたりは、禁じ手だ。
悩んでいたシャルフィに、外から大切な客が来た場合は、夫婦で出迎えなければ失礼に当たると思い出させてくれたのは家令だ。では父に来てもらおうと手紙を出せば、両親はもっと適役がいるはずと判断をして、母から侯爵夫人に助けを求めた。実は侯爵夫人は結婚式以来、シャルフィとリウトをなにくれとなく気にかけて、母に様子を尋ねてくれていたらしい。そんなことなら夫に一肌脱いでもらうから安心せよ、という返事が来たと慌てて知らせが来て、今日に至る。
ちなみに、手紙を仲介してくれたのはアナ医師だ。
「気持ちを重くするようなことは、今の時期お勧めしないのですが。どうも、夫人の表情は明るくなっているようなので、応援しますよ」
と、伝書鳩になってくれた。
季節ごとの手入れを装って、衣装部屋で侯爵を出迎えるためのドレスの腹回りにゆとりを作ってくれたのはエネと侍女たちで、拘束用の金属輪を調達してくれたのは……侍女長だ。
「又従兄弟がこうしたものを資料として集めているんです。複製で、本物ではありませんが、本物をきっとご存知の旦那様なら、騙されてしまわれるのではないでしょうか。鎖部分も長くなっているので、シャルフィさまには使い勝手がよいかと」
「ありがとう。でも、何の資料?」
侍女長、私には低俗な小説なんか読むなとおっしゃるのに、とエネがブツブツと言っていたが、結局何の資料か、シャルフィにはわからないままだ。
ともかくそうして皆の協力があって、シャルフィはやっと、やっとリウトと会うことができた。
あの夜から長い時間が経ったようで、実は欠けていった月はまだ満ちたばかり。
でもそれなりに久しく会話をしていないのだから、大事な話をするどころか、緊張してどうにもならないのではないか。そう予想していたけれど。
対面のソファにぎこちなく座ったリウトが、そっともう一度シャルフィから離れて座り直すのを見て、シャルフィの口から言うべきことは滑り出した。
「ごめんなさい! く、くさいなんて、酷いこと言って、ごめんなさい」
目は逸らさない。涙もこぼさない。これは真摯な謝罪だ。
「う、浮気とか、本当に思ってたわけじゃないのに、疑うようなこと言ってごめんなさい」
それだけは、あの夜からずっと、言い過ぎだと後悔していたことだ。
他は、言うべきことも言えず、聞くべきことも聞けないことだらけなのに。酷い言葉だけ投げつけた。
「確かに、あの時は少しまいったな。拒絶と一緒だったから、嫌われたかと。けどそれより、君がにおいに敏感だと知っていて、無理強いしようとした俺も悪かった」
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