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優しさを向けられる資格
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アナ医師の診察も四度目。互いに言葉から余分な遠慮が薄れてきた、とシャルフィは思っている。
「悪阻はいかがですか? お食事は取れていますか?」
「ダメなにおいも、まだあります。食事は、食べられそうなものだけ」
「結構です。お屋敷の方には食事の注意事項を伝えてありますから、食べられるものを食べてください。そして食べ悪阻がおさまったら、好き嫌いなく食べましょう。特に色の濃いお野菜は大事です」
顔をしっかり見合わせて念押しをされるとアナ医師には逆らえない気持ちになる。
シャルフィは、無言で頷くにとどめた。
「あと、引き続き歩きましょう! 筋力だけでなく、呼吸器も鍛えられますから」
「もう庭一周くらいは休憩なしにできます、ええ」
「お庭の散歩道を拝見しました。例えば私は、毎日このお屋敷からお城までを往復するくらいの距離歩いて、妊婦さんを診察に回っていますが、散歩道でいえば……三十周くらいでしょうか。心肺が鍛えられますから、産後も続けるといいですよ。ただ、今の奥様は、奥様だけで歩く量を決めてはいけません。胎児と相談してください。いちどきに歩いても意味がないだけではなく、かえって健康を損なう。そんなの、もったいないですよね」
さんじゅ……と絶句したシャルフィは、対抗心などどこかに無くしてしまった。
確かにアナ医師は、社交界で見る同じ年頃の女性たちに比べて、とても若々しくほっそりとしている。絶対に産後も散歩をしよう、とシャルフィは決意した。
胎児と相談は、妊娠中だから気をつけろということだろう。エネからも毎朝言われることだ。
アナ医師はいつもこうして軽いおしゃべりをしながらシャルフィの脈拍を数えて、カルテと呼ぶ記録紙に書き加えている。
「アナ医師、それはなんですか?」
その日は、カルテと並べてアナ医師が確認していた紙が気になった。日付の横に、細かい字でびっしりと何かが書かれている。
「奥様が召し上がったお食事とその量、運動の記録ですね。毎朝の脈拍と、寝起きの時刻……奥様、夜更かしはしない方がいいですよ。よく眠ってください」
そういえば、エネが毎朝脈を測ってくれて何か書いていた。
だがシャルフィが気になったのは、所々違うインクで書き足された文字だ。もしかしてリウトの筆跡ではないだろうか。
紅茶や香草茶の禁止令だけでなく、シャルフィの苦手な濃い色の野菜が我が物顔に皿に乗っていたり、美味しくないのに無性に食べてしまう飾り野菜の仕入れを変えたとかで、味が急に美味しく変わったのも、リウトの指示なのだろうか。
「……ではそちらは、何を?」
いつもは書いている様子のない報告書のようなものも見えたので、この際だとばかりに尋ねると、アナ医師は軽快に答えてくれた。
「奥様にも最後にお話しして了解をいただこうと思っていたのですが、子爵様に頼まれておりまして。奥様の診察結果について、重要事項の抜粋報告です。あとで清書してお届けする予定なので、これは下書きですが」
手渡されて眺めれば、確かに今日の診察内容が簡単に箇条書きになっている。
これを、リウトが読むのか。なぜ、何のために読むのだろう。
シャルフィはその意図がわからず、疑問でいっぱいになった。
「悪阻はいかがですか? お食事は取れていますか?」
「ダメなにおいも、まだあります。食事は、食べられそうなものだけ」
「結構です。お屋敷の方には食事の注意事項を伝えてありますから、食べられるものを食べてください。そして食べ悪阻がおさまったら、好き嫌いなく食べましょう。特に色の濃いお野菜は大事です」
顔をしっかり見合わせて念押しをされるとアナ医師には逆らえない気持ちになる。
シャルフィは、無言で頷くにとどめた。
「あと、引き続き歩きましょう! 筋力だけでなく、呼吸器も鍛えられますから」
「もう庭一周くらいは休憩なしにできます、ええ」
「お庭の散歩道を拝見しました。例えば私は、毎日このお屋敷からお城までを往復するくらいの距離歩いて、妊婦さんを診察に回っていますが、散歩道でいえば……三十周くらいでしょうか。心肺が鍛えられますから、産後も続けるといいですよ。ただ、今の奥様は、奥様だけで歩く量を決めてはいけません。胎児と相談してください。いちどきに歩いても意味がないだけではなく、かえって健康を損なう。そんなの、もったいないですよね」
さんじゅ……と絶句したシャルフィは、対抗心などどこかに無くしてしまった。
確かにアナ医師は、社交界で見る同じ年頃の女性たちに比べて、とても若々しくほっそりとしている。絶対に産後も散歩をしよう、とシャルフィは決意した。
胎児と相談は、妊娠中だから気をつけろということだろう。エネからも毎朝言われることだ。
アナ医師はいつもこうして軽いおしゃべりをしながらシャルフィの脈拍を数えて、カルテと呼ぶ記録紙に書き加えている。
「アナ医師、それはなんですか?」
その日は、カルテと並べてアナ医師が確認していた紙が気になった。日付の横に、細かい字でびっしりと何かが書かれている。
「奥様が召し上がったお食事とその量、運動の記録ですね。毎朝の脈拍と、寝起きの時刻……奥様、夜更かしはしない方がいいですよ。よく眠ってください」
そういえば、エネが毎朝脈を測ってくれて何か書いていた。
だがシャルフィが気になったのは、所々違うインクで書き足された文字だ。もしかしてリウトの筆跡ではないだろうか。
紅茶や香草茶の禁止令だけでなく、シャルフィの苦手な濃い色の野菜が我が物顔に皿に乗っていたり、美味しくないのに無性に食べてしまう飾り野菜の仕入れを変えたとかで、味が急に美味しく変わったのも、リウトの指示なのだろうか。
「……ではそちらは、何を?」
いつもは書いている様子のない報告書のようなものも見えたので、この際だとばかりに尋ねると、アナ医師は軽快に答えてくれた。
「奥様にも最後にお話しして了解をいただこうと思っていたのですが、子爵様に頼まれておりまして。奥様の診察結果について、重要事項の抜粋報告です。あとで清書してお届けする予定なので、これは下書きですが」
手渡されて眺めれば、確かに今日の診察内容が簡単に箇条書きになっている。
これを、リウトが読むのか。なぜ、何のために読むのだろう。
シャルフィはその意図がわからず、疑問でいっぱいになった。
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