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冷たい鎧2

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 凍り付いた湖ほどに、冷たい鎧だ。

「産むわ。必ず」

 対してリウトは、ゆっくりと重心を前に倒して膝にひじをついた。いつもより下からの視線は、まるで睨むように鋭い。

「俺はこれまで、君の願いを否定したことはない。その俺のただ一つの願いだ。俺には、君より大事なものはない」

 反射的にシャルフィは立ち上がった。上目遣いに見上げてくる夫を、できる限り冷たい目で見たが、強い怒りと裏腹に膨れ上がった涙で視界は滲む。

「もう話は終わり。出て行って」
「シャルフィ」
「なに、リウト。もしかして、おめでとうと言ってくれるの?」

 綺麗な唇が引き結ばれたことで、リウトがぐっと感情を飲み込んだのがわかった。

 シャルフィは祝ってくれない夫に薄い笑みを向けた。きっと今、自分の目は手負いの獣のようにギラギラとしているだろう。

「私は、誰にも私の邪魔はさせない」

 エネに合図をして、扉を開けさせる。そこに待機していたのは、家令と、エネとは別の護衛を兼ねる侍女たちだけだ。リウトの執事や侍従たちは、遠慮しているのだろう、姿が見えない。好都合だ。

「リウトに出て行ってもらって! 今すぐに、連れて行って!」

 だがリウトは取り乱す様子もなく、さっと立ち上がると、自ら扉へ向かった。
 身構えるシャルフィを追い越し、夫妻の様子に戸惑う者たちを睥睨する。

「妻が乱心してる。まず医師を呼べ」

 その場の誰もが、一瞬、リウトとシャルフィを見比べた。
 堂々として冷静に見える若き子爵と、涙目で唇を噛みしめる動揺も露わな子爵夫人。だが夫人は幼い頃から見守ってきた主君であり、今は大事な時期だ。とはいえ、子爵が夫人を騎士時代から大切にしてきたことも、彼らはよく知っていた。
 どちらにつけば?

「安全のため、妻はこの階から出さないように。診察を頼んでいる女医にも連絡を」

 彼らが迷う間に、リウトは指示が通るか確認することもなく、振り返りもせずに立ち去った。リウトに関しては、一時的にシャルフィの願ったとおりとなったのだが。
 入れ替わりに、シャルフィの部屋の周りには侍従たちが目を光らせて待機することとなり、リウトの意向が完璧に反映された結果となった。

 さらにリウトは、何故かその日から再び屋敷に居を移したようだった。その日のうちにどこからか馬車が二、三台やってきてリウトの執務室へと荷物を運び入れる早業だったらしい。
 そうして、リウトは屋敷を完全に掌握した。屋敷の使用人たちは誰もが、シャルフィではなく、リウトを主君として見ている。以前と違って、シャルフィを優先させることは禁じられたようだった。

「私も周囲から常に監視されています。旦那様からは、屋敷から出ることを禁じられました」
「すべてはリウトの手の中ね」

 シャルフィの食事を厨房に取りに行ったエネの報告に、シャルフィはため息も出ない。
 屋敷に足止めされるのは、シャルフィが今回自分の味方だと確信していた者たちだけ。
 リウトの知らないところで影響力を確保したと浅はかにも思っていたけれど、いとも容易く形勢をひっくり返された。

「食事はいらないわ」
「でも奥様、お昼もあまり召し上がっていないのに」
「いいの。食べたくない」

 シャルフィは、エネの心配そうな視線を避けて寝台に潜り込んだ。

 アナ医師はお産があったためにすぐには来られず、明日診察に来てくれるという。味方に会えるようで、今のシャルフィはそれが待ち遠しい。
 だが、シャルフィを軟禁しておいて産科医は呼ぶリウトの心がわからないのは、苦しかった。
 心に呼応するように、胸が張り気怠さが増す。お腹が中からゆっくりと押し上げられるようで不快だ。おまけに、眠くて眠くて仕方がない。

 そのくせ、訪れる眠りはとても浅く。リウト相手に声を荒げた時の興奮が蘇っては、はっと目覚めるのを繰り返していたが。
 ふと、ずっと黙って見返してきていたリウトが、とろけるほど柔らかく笑った。
 完璧な、騎士の顔。

「シャルフィ、嬉しいよ。僕たちの子だ」

 頬が冷たくて目が覚めた。
 恐ろしいほどの速さで胸が鳴っている。体がガクガクと震えるほどの衝撃だった。
 この後に及んで、シャルフィはまだ、リウトに喜んでほしいと思っているのだ。

「リウトは喜んでなかった。もう、よくわかったじゃない」

 ふと触れてみた腹はまだ薄く。シャルフィは拠り所なく、体を丸めた。

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