運動会、つないだ手、もう一度

日室千種・ちぐ

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歩き出して

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 翌日は、少し離れた駅まで移動して、明るいスパニッシュバーで食事をした。
 会話はポツポツだけど、会話の合間もあたたかくて。
 次の約束、また次の約束と、連絡の頻度が上がって。


 実は佐山君の手術が、それなりのリスクのあるものだったこと。体力が付くまでと待っていた手術が怖くてたまらなくて延ばしていたことなども、聞かせてもらった。

「子どもだったからはっきりと言語化できなかったけれど、失敗したら無になるのが怖かったんだ。ずっと拒絶して、目を逸らしてた。学校で同情されるのも嫌で秘密にしてもらってたけど、みんなと同じになんかできないしさ。いつだって突きつけられて、なにもかも、辛かった。
 でも、運動会で放送の原稿を読み上げて、抜いたり抜かされたりを見てアドリブしたのは、まるで一緒にリレーを走りきったみたいな気がしたんだ。だから、もし手術が失敗しても、俺はゼロじゃない、って思えたんだ。それで、手術、受けられた」

「手術後も検査がずっと必要で、もうこの町に戻れなかったのは誤算だったんだけど、代わりに陸上を始めた。実は、君が走る姿がかっこよくて、少しでも同じ景色を見たかったんだ。ずっと憧れてたんだよ」

 そんなことを、すごくすごく優しい目で佐山君は言う。
 あのころ私より低かった背は見上げないといけないほど高い。きっと私が必死に走っても、もう追いつけない。
 そんな変化に、どきどきして。
 でもふと隣にいる私に笑いかける顔は、あの時と同じで。

 三回目のデートの帰り道に、キスをした。
 特別な関係になって、おやすみとおはようのメッセージを送り合うようになって。
 でも、そこから先に踏み込む前に、私にはしなければならないことがあった。




 気持ちはふわふわと舞い上がって降りてこない。
 けれど、失職からひと月もすると、そちらの現実が見えてくる。

 辞表を叩きつけてそのまま去り、会社や同僚からのすべての連絡を絶っている状態が、社会人としてまともなはずがない。
 わかってる。あの上司の気配を感じるのも嫌だけど、離職票は会社に出してもらわないといけないし、会社に置きっぱなしの私物についても確認しなければならない。
 いつまでも、ふらふらとしていられない。
 就活を始めて、失業手当を申請するなら動き始めなければ。

 気が重い。
 二度と顔を合わせたくない上司のこともそうだけれど。
 実は私がずっと反芻しているのは、別のことだ。
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