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魔術を語る魔術師

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「薬が効いてきた? さあ、魔術を安易に使った、しっぺ返しだよ」
「メギナル! あなたこそ、魔術を舐めてるじゃない!」

 メギナルは、掴みかかってきたプリアを突き飛ばした。床に転がったプリアは、うまく起き上がれずに虫のようにもがいている。

「誰に向かって、魔術を語ってんの?」
「ああああああ、いや、いやだ、怖い、なんで私はこんな、た、食べられたくない」
「は、狂わないといいね」

 去ろうとするメギナルを、プリアの左手が掴んだ。

「放してよ。君が余計なことを吹き込むから、フォルセは僕から離れようとしてるだろ? 早くもう一度、フォルセに記憶を植え付けないと。どうも、定着が悪いみたいだ。思ったより熱烈に来てくれないし、なんだか、たまに不思議そうな顔をしてさ」

 プリアはガタガタと震える右半身を押さえつけ、左目だけで笑った。

「ざまあないわ魔術師メギナル! 今わかった。わかったわ! 彼女、おかしなことを言うなと思ってたのよ。自分が夢に見ていた前世の婚約者は、真っ黒な髪と目で、情けない子犬みたいな顔する人だったって。その彼に恋をしたんだって、すごく謝ってて――」

 メギナルの手から、薬の瓶が落ちた。
 割れることのない瓶が、床の上でゆらゆらと濃紺の液体をゆりかごのように揺らす。

「ねえ、メギナル、真実の前世を偽りの記憶で塗り替えてしまったら、真実の記憶は蘇るのかしらね? そんなに、うまくいくかしら。魔術を安易に使うと、しっぺ返しが――ひっ」

 急に、糸が切れたようにプリアは黙り込んだ。
 右の目が、くるくると忙しなく回り続ける。
 そこらの小さく脆弱な生き物の記憶を、強制的に強く植え付けたのだが、右と左で定着度が違うようだ。時間が経てば、多少風化はするだろうが、もう、元のプリアには戻らないと、メギナルは知っている。

「情けない、子犬だって?」

 前世のメギナルだって、今と同じ、生粋の魔術師だった。
 魔術師とは、本来傲慢で不遜な生き物だ。
 そのメギナルを、なぜかいつも落ち着かない気持ちにさせた、春色の目の女の子。
 
 二人の魂が、いつまでも共に在るようにと誓ったのに、塔に籠もっている間に、どこかへ消えてしまった女の子。メギナルの魔術のすべてを使っても見つけることができなかった彼女に、何が起きたのか。誰も教えてくれず、知るすべもなく。
 寂しくて、ずっと恨んで、だから今世でやっと会えた時、覚えられていないだろうことが、我慢ならなかった。それだけなのに。

「覚えて、いた?」

 メギナルから抽出した彼女の前世は、彼女の記憶とは違うらしい。
 そんなこと、知らない。彼女から見て、メギナルが子犬のようだったなんて、恋をしてくれていたなんて、そんな腹立たしくて、なのに涙が出るようなこと、知るわけがない。



 彼女の前世は、まだらになった。メギナルの腰に巻いた春を封じる紐から、銀の鎖が取れないように。彼女の真実の記憶は偽りの記憶と縒り合わさり混じり合った。
 しかも定着も薄かったから、偽の記憶は真実を道連れに、徐々に歪に薄れていくだろう。

「あ、っ、嘘だ、嘘だ嘘だ……」

 あの春色の娘、メギナルの婚約者は、もう、どこにもいない。誰の記憶にも。
 求め続けたメギナルが、その手で消した。
 
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