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魔術師メギナル

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 フォルセを送り届けて屋敷に帰ったプリアの元に、メギナルが冷たい顔で訪れた。
 これが、二人きりの時のいつもの顔だ。世の中のすべてがつまらないと言わんばかりだが、そんな顔を見る方だってつまらないことを、きっとこの男は考えもしない。
 けれど、それでいい。考えてほしいと望んだことは、一度もない。

「僕の部屋から、あの薬を持ち出したのは君?」
「ええ、そうよ」
「人の心を操る香水まで使って僕の使用人たちを誑かしてまで、何が目的? 魔術を扱えると奢って只人が手を出すと、酷い目に遭うよ」
「そうかもね、でも必要だったの。だって、消したはずのあなたの前世の記憶が、戻ってるみたいなんですもの。今度は念には念を入れないと、と思って」

 プリアは寝椅子に腰掛け、しどけなく頬杖をついて、立ったままの魔術師を見上げた。

「ねえ、あなたが常用している睡眠薬、昨夜も飲んだ? まだならここにもあるから、どうぞ、飲んで? あれに、魔術をかけてもらったの。何度でも忘れればいいのよ、前世なんて」
「うるさい。もういいよ、君の痕跡をたどれば、薬の在処はわかる」

 いつの間にか、戸棚の奥に隠したはずの濃紺の薬は、メギナルの手の中にあった。
 プリアの顔が、みるみる険しくなった。

「何よ、未練たらしく昔の女の影ばっかり追っかけて。いいわ、それなら、私がその薬、飲んであげる。気持ち悪い執着の塊みたいな、あなたの前世の記憶を」
「君が? 何のために?」
「あなたがこだわる前世の女に、私だって少し似てるでしょ? 魔術師の妻という肩書きを得られるなら、多少要らない記憶が増えるくらい、受け入れてあげるわよ」

 メギナルは、堪えきれないとばかりに嗤い出した。

「必要ないよ。君には君の前世があるだろ。そもそも、どの魔術師の手を借りたのか知らないけど、僕の前世を封じられると信じてるのが笑っちゃうな。僕の部屋にあった魔術付きの薬は、君の普段の香水に溶かし込んどいたよ。反作用で、もうすぐ君だけの前世を思い出すさ。さて、君の前世はなんだろうね。人間とは限らないから、楽しみだよ」

 プリアの顔から、血の気が引いた。
 さきほど湯を使って昼の魔術入りの香水を洗い流し、お気に入りの香水を付け直したばかりだ。

「な、あなた、仮にも婚約した相手に」
「仮だからね。いないと、他の女を宛がわれるだろう? 僕、前世で婚約者があっさりと僕の前から消えて、人間不信でね。今世で彼女を見つけたら、たっぷりと恋情を煽ってやろうと思ったんだよ」

 はっとした顔のプリアに、魔術師はにっと笑う。

「察しだけはいいね、君。フォルセは、ラフォルセーヌに似てるんじゃない。フォルセこそ、ラフォルセーヌの生まれ変わりさ。ああ、見つけたときは、奇跡はあるのだと思ったよ。でも、普通の人間が前世なんて覚えてるはずないから、僕の記憶に保存していた彼女の前世を植え付けた。仮の婚約者にたくさん嫉妬して、僕を奪い取って欲しかった。そのくらいじゃないと、前世で僕を置いていった償いにならないだろう?」

 プリアは、何か恐ろしいものを見たような顔をしていたが、やがて顔の右半分だけをひくひくと動かし始めた。残りの左半分だけは平静を取り繕って、必死に抗っている。
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