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記憶との決別
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「フォルセさん、お買い物ですか?」
馬車から手招きをするプリアは、あの日と違って心優しい女性に見えた。
「なんだか顔色が悪いわ。ちょうど貴女の工房の方向に用があるの。乗っていけばいいわ」
ふわり、と漂う花の香りが、フォルセの警戒心を溶かしてしまう。
厚意に甘えて、馬車に同乗して、そして、ごめんなさい、と呟いた。
「あら、どうしたの?」
「私、あの、プリア様にあまりよい態度を取っていなくて。なのに……」
ふふふ、とプリアは春風のように笑った。
「そうだったわ、今私は、心をほぐす香りを付けているのだったわね。でも貴女、本当に素直ね。気に入ったわ。いいのよ、気にしてない。でも、どうしたの? この間までは、毛を逆立てた猫のようだったのに」
少し、軽く扱われてはいるけれど、そこに敵意がないことにフォルセはほっとした。
「わかりません。記憶が少し混乱して。前世なんて、まやかしなのに」
こんなことを話しても、頭のおかしな人間だと思われるだろうに、自分の口が止められない。だがプリアは、笑い飛ばしたり、冷たい目で見たりしなかった。
「わかったわ。あなたの混乱は、きっと私のせい。……見て、この魔法の薬。これは魔術で抜き取ってもらった、私の前世。中に、浮かぶ、鍵となる言葉が見える?」
プリアが隠しから取り出した、透明な瓶に入った奇妙に煌めきのある濃紺の液体。
促されてのぞき込めば、見慣れない字体で文字が浮かんだ。
淡い金の髪、目は春の色。愛しいラフォルセーヌ。
「私とあなた、どちらも当てはまるわね。私は春草の色、あなたは春の花の色だけど。――メギナルは、前世で別れることになった恋人、つまり私の前世らしいのだけど、彼女に執着していてね。彼女の面影のある人には、この記憶を植え付けたくなるそうなの。
きっと私がこの記憶を取り戻せたら一番いいのだろうけど。でも、私は今世で彼としっかり結ばれたいから、これを飲みたくはないの。彼のためにも」
ごめんなさいね、巻き込んで。
悲しげに謝罪をしてくるプリアに、巻き込まれただけのフォルセが何を言えただろう。
偽りの記憶は、メギナルと関わりがなくなり時間が経てば風化するという。
もしも日常生活に支障があれば、メギナル以外の魔術師に診てもらえるよう手配するとまで言われて。
「こちらこそ、あの、記憶をもらってしまって」
あの、子犬のように見上げてくる、真っ黒な髪と目の少年の記憶は、フォルセの記憶ではなかった。それが、とても、とても悲しくて。
「彼に会いたかったんです、私。彼が、好きだった。ごめんなさい、ごめんなさい」
フォルセは工房に着くまで、涙を流し続け、偽りの初恋に別れを告げた。
馬車から手招きをするプリアは、あの日と違って心優しい女性に見えた。
「なんだか顔色が悪いわ。ちょうど貴女の工房の方向に用があるの。乗っていけばいいわ」
ふわり、と漂う花の香りが、フォルセの警戒心を溶かしてしまう。
厚意に甘えて、馬車に同乗して、そして、ごめんなさい、と呟いた。
「あら、どうしたの?」
「私、あの、プリア様にあまりよい態度を取っていなくて。なのに……」
ふふふ、とプリアは春風のように笑った。
「そうだったわ、今私は、心をほぐす香りを付けているのだったわね。でも貴女、本当に素直ね。気に入ったわ。いいのよ、気にしてない。でも、どうしたの? この間までは、毛を逆立てた猫のようだったのに」
少し、軽く扱われてはいるけれど、そこに敵意がないことにフォルセはほっとした。
「わかりません。記憶が少し混乱して。前世なんて、まやかしなのに」
こんなことを話しても、頭のおかしな人間だと思われるだろうに、自分の口が止められない。だがプリアは、笑い飛ばしたり、冷たい目で見たりしなかった。
「わかったわ。あなたの混乱は、きっと私のせい。……見て、この魔法の薬。これは魔術で抜き取ってもらった、私の前世。中に、浮かぶ、鍵となる言葉が見える?」
プリアが隠しから取り出した、透明な瓶に入った奇妙に煌めきのある濃紺の液体。
促されてのぞき込めば、見慣れない字体で文字が浮かんだ。
淡い金の髪、目は春の色。愛しいラフォルセーヌ。
「私とあなた、どちらも当てはまるわね。私は春草の色、あなたは春の花の色だけど。――メギナルは、前世で別れることになった恋人、つまり私の前世らしいのだけど、彼女に執着していてね。彼女の面影のある人には、この記憶を植え付けたくなるそうなの。
きっと私がこの記憶を取り戻せたら一番いいのだろうけど。でも、私は今世で彼としっかり結ばれたいから、これを飲みたくはないの。彼のためにも」
ごめんなさいね、巻き込んで。
悲しげに謝罪をしてくるプリアに、巻き込まれただけのフォルセが何を言えただろう。
偽りの記憶は、メギナルと関わりがなくなり時間が経てば風化するという。
もしも日常生活に支障があれば、メギナル以外の魔術師に診てもらえるよう手配するとまで言われて。
「こちらこそ、あの、記憶をもらってしまって」
あの、子犬のように見上げてくる、真っ黒な髪と目の少年の記憶は、フォルセの記憶ではなかった。それが、とても、とても悲しくて。
「彼に会いたかったんです、私。彼が、好きだった。ごめんなさい、ごめんなさい」
フォルセは工房に着くまで、涙を流し続け、偽りの初恋に別れを告げた。
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