11 / 12
十一話*
しおりを挟む
水音と衣擦れと、荒い息の合間に、ビシシアンが細く鳴いた。
「あの人の触ったところ、焼いてしまいたいほど嫌だった」
そんなことを言われただけで、押さえつけていたものがついに反応してしまう。こんな男で、本当にいいのだろうか。
熱をぐりりと押し付けると、ビシシアンがまた鳴いた。
「ごめん、我慢できなくて。ビーシャ、ほら、わかるだろう? 俺だって欲に塗れてる。君をいつだって自分のものにしたい。そんな俺は嫌い? 嫌いと言われるわけがないと思って尋ねるような男でもいい?」
うんうんと頷く彼女が無防備で可愛い。
きっと、わかっていない。
清き水から立ち上がる真っ白な花が、男への想いのために澱のような悪意を生み出し、自分も窒息しようとしている。
なんて哀れで愛おしいものか。これほどの愛を向けてもらえるなら、一緒に窒息しても本望だ。
けれど、澱が涙に流れれば、そこにはまだ無垢で輝く白い魂がある。それを根こそぎにかっ攫い、花弁の隅々、花芯の奥まで、愛という欲を染み込ませてしまいたい。
――そんなことを思われているなんて、わかっていない。
だから想いを込めて、手を撫でる。
指の先から、肌の甘さを味わうように。
爪の先、爪の付け根、一つ一つの華奢な間接をくるりと辿り、指の間まで。見せつけるように。
「や、なんだか、恥ずかしい……」
「嫌だったんだよね? 俺が、こうして誰かに触れられるのが」
また、うんうん、と頷く。
「でも俺が触れたい相手は、ビーシャだけだ。触れられたいのも。ビーシャにも、俺だけ。そうだろう?」
頷く途中で、は、と小さな唇から零れた吐息は、唇で受け止めた。
ぴちゃぴちゃと響く音を、もう気にする素振りすらない。
藍色の目は潤んで蕩け、ずっとアイゼンから離れない。
「愛してる」
「私も、私もすき。あいしてる」
頭の片隅で、まだ婚姻前だと理性が警告している。
何度か、体を離して落ち着こうと思ったが、到底かなわなかった。逆にいつの間にか、ビシシアンの香りのする寝台に、ふたり転がりこんでいた。
「ビーシャ、止まらない」
「いいの。やめないでアイゼン。私、私は、誰よりもあなたの近くにいきたい」
花が、自ら誘った。
アイゼンは嵐に傷ついた孤独な蜜蜂のように、従順にその誘いに従った。
馥郁とした香りと、絹のような手触りと、春の土のような柔らかさ。
手折って蹂躙したいと思っていたのが嘘のように、アイゼンはひとひらの花びらさえ散らしたくなかった。
丁寧にゆっくりと、けれど執拗に、アイゼンは余すところなく触れて、口付けた。
「アイゼン……、アイゼン、あ、あ」
か細い鳴き声が母を求める子猫のようだ。
アイゼンは、今日初めて、ビシシアンが華奢なことを実感した。
手も、腰回りも、足も、自分の半分もないかもしれない。
覆い被されば、彼女の全ては自分の影にすっぽりと隠れてしまった。
腕をつき、決して潰さないように、開かせた足の間に入り。ようやくそっと触れたそこも、酷く繊細で小さかった。
ふうー、ふうー、と荒い息が漏れる。
経験は無い。だが、どうしたらいいかは、聞き知っている。
だがその前に、どこかの血管が切れそうだった。全神経が、愛しい女の中心に向いている。
そっと指を濡らして、触れるか触れないかのやさしさを繰り返す。鳴き声。甘い。少し濡れている。声も、中心も。
「あ、いぜ、もうきて」
ゆるしを得て、そこにじりじりと入っていけば、アイゼンの全ては、ビシシアンに包まれた。こんなに小さな体で、抱き締めてくれるようだった。
もう、一人で、再び来る嵐に怯えなくてもいい。
「ビーシャ。ビーシャ、ありがとう」
感極まって、思わずそのまま果ててしまった。
それでも満たされた。愛しさを全て込めて、口付ける。
不思議だ。アイゼンはビシシアンの中にいるのに、こうして口付けをして、ビシシアンを抱き締められる。互いに互いを抱き締めて、誰よりも近い。
「アイゼン……、アイゼン待って。なんだか」
「うん。もう少し、味わわせて」
少しも動くことなく果てても、問題ない。ビシシアンはそんなことでアイゼンを嫌ったりはしないし、何しろ、恐ろしいほど衰えを感じない。
明日は、休息日だ。
侯爵に怒られる覚悟も、できている。
花だけが、まだ自分の誘った蜜蜂の凶悪さに気がついていなかった。
「あの人の触ったところ、焼いてしまいたいほど嫌だった」
そんなことを言われただけで、押さえつけていたものがついに反応してしまう。こんな男で、本当にいいのだろうか。
熱をぐりりと押し付けると、ビシシアンがまた鳴いた。
「ごめん、我慢できなくて。ビーシャ、ほら、わかるだろう? 俺だって欲に塗れてる。君をいつだって自分のものにしたい。そんな俺は嫌い? 嫌いと言われるわけがないと思って尋ねるような男でもいい?」
うんうんと頷く彼女が無防備で可愛い。
きっと、わかっていない。
清き水から立ち上がる真っ白な花が、男への想いのために澱のような悪意を生み出し、自分も窒息しようとしている。
なんて哀れで愛おしいものか。これほどの愛を向けてもらえるなら、一緒に窒息しても本望だ。
けれど、澱が涙に流れれば、そこにはまだ無垢で輝く白い魂がある。それを根こそぎにかっ攫い、花弁の隅々、花芯の奥まで、愛という欲を染み込ませてしまいたい。
――そんなことを思われているなんて、わかっていない。
だから想いを込めて、手を撫でる。
指の先から、肌の甘さを味わうように。
爪の先、爪の付け根、一つ一つの華奢な間接をくるりと辿り、指の間まで。見せつけるように。
「や、なんだか、恥ずかしい……」
「嫌だったんだよね? 俺が、こうして誰かに触れられるのが」
また、うんうん、と頷く。
「でも俺が触れたい相手は、ビーシャだけだ。触れられたいのも。ビーシャにも、俺だけ。そうだろう?」
頷く途中で、は、と小さな唇から零れた吐息は、唇で受け止めた。
ぴちゃぴちゃと響く音を、もう気にする素振りすらない。
藍色の目は潤んで蕩け、ずっとアイゼンから離れない。
「愛してる」
「私も、私もすき。あいしてる」
頭の片隅で、まだ婚姻前だと理性が警告している。
何度か、体を離して落ち着こうと思ったが、到底かなわなかった。逆にいつの間にか、ビシシアンの香りのする寝台に、ふたり転がりこんでいた。
「ビーシャ、止まらない」
「いいの。やめないでアイゼン。私、私は、誰よりもあなたの近くにいきたい」
花が、自ら誘った。
アイゼンは嵐に傷ついた孤独な蜜蜂のように、従順にその誘いに従った。
馥郁とした香りと、絹のような手触りと、春の土のような柔らかさ。
手折って蹂躙したいと思っていたのが嘘のように、アイゼンはひとひらの花びらさえ散らしたくなかった。
丁寧にゆっくりと、けれど執拗に、アイゼンは余すところなく触れて、口付けた。
「アイゼン……、アイゼン、あ、あ」
か細い鳴き声が母を求める子猫のようだ。
アイゼンは、今日初めて、ビシシアンが華奢なことを実感した。
手も、腰回りも、足も、自分の半分もないかもしれない。
覆い被されば、彼女の全ては自分の影にすっぽりと隠れてしまった。
腕をつき、決して潰さないように、開かせた足の間に入り。ようやくそっと触れたそこも、酷く繊細で小さかった。
ふうー、ふうー、と荒い息が漏れる。
経験は無い。だが、どうしたらいいかは、聞き知っている。
だがその前に、どこかの血管が切れそうだった。全神経が、愛しい女の中心に向いている。
そっと指を濡らして、触れるか触れないかのやさしさを繰り返す。鳴き声。甘い。少し濡れている。声も、中心も。
「あ、いぜ、もうきて」
ゆるしを得て、そこにじりじりと入っていけば、アイゼンの全ては、ビシシアンに包まれた。こんなに小さな体で、抱き締めてくれるようだった。
もう、一人で、再び来る嵐に怯えなくてもいい。
「ビーシャ。ビーシャ、ありがとう」
感極まって、思わずそのまま果ててしまった。
それでも満たされた。愛しさを全て込めて、口付ける。
不思議だ。アイゼンはビシシアンの中にいるのに、こうして口付けをして、ビシシアンを抱き締められる。互いに互いを抱き締めて、誰よりも近い。
「アイゼン……、アイゼン待って。なんだか」
「うん。もう少し、味わわせて」
少しも動くことなく果てても、問題ない。ビシシアンはそんなことでアイゼンを嫌ったりはしないし、何しろ、恐ろしいほど衰えを感じない。
明日は、休息日だ。
侯爵に怒られる覚悟も、できている。
花だけが、まだ自分の誘った蜜蜂の凶悪さに気がついていなかった。
118
あなたにおすすめの小説
冷たかった夫が別人のように豹変した
京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。
ざまぁ。ゆるゆる設定
婚約者を取り替えて欲しいと妹に言われました
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ポーレット伯爵家の一人娘レティシア。レティシアの母が亡くなってすぐに父は後妻と娘ヘザーを屋敷に迎え入れた。
将来伯爵家を継ぐことになっているレティシアに、縁談が持ち上がる。相手は伯爵家の次男ジョナス。美しい青年ジョナスは顔合わせの日にヘザーを見て顔を赤くする。
レティシアとジョナスの縁談は一旦まとまったが、男爵との縁談を嫌がったヘザーのため義母が婚約者の交換を提案する……。
ヒロインが私の婚約者を攻略しようと狙ってきますが、彼は私を溺愛しているためフラグをことごとく叩き破ります
奏音 美都
恋愛
ナルノニア公爵の爵士であるライアン様は、幼い頃に契りを交わした私のご婚約者です。整った容姿で、利発で、勇ましくありながらもお優しいライアン様を、私はご婚約者として紹介されたその日から好きになり、ずっとお慕いし、彼の妻として恥ずかしくないよう精進してまいりました。
そんなライアン様に大切にされ、お隣を歩き、会話を交わす幸せに満ちた日々。
それが、転入生の登場により、嵐の予感がしたのでした。
【完結】虐げられていた侯爵令嬢が幸せになるお話
彩伊
恋愛
歴史ある侯爵家のアルラーナ家、生まれてくる子供は皆決まって金髪碧眼。
しかし彼女は燃えるような紅眼の持ち主だったために、アルラーナ家の人間とは認められず、疎まれた。
彼女は敷地内の端にある寂れた塔に幽閉され、意地悪な義母そして義妹が幸せに暮らしているのをみているだけ。
............そんな彼女の生活を一変させたのは、王家からの”あるパーティー”への招待状。
招待状の主は義妹が恋い焦がれているこの国の”第3皇子”だった。
送り先を間違えたのだと、彼女はその招待状を義妹に渡してしまうが、実際に第3皇子が彼女を迎えにきて.........。
そして、このパーティーで彼女の紅眼には大きな秘密があることが明らかにされる。
『これは虐げられていた侯爵令嬢が”愛”を知り、幸せになるまでのお話。』
一日一話
14話完結
私が育てたのは駄犬か、それとも忠犬か 〜結婚を断ったのに麗しの騎士様に捕まっています〜
日室千種・ちぐ
恋愛
ランドリック・ゼンゲンは将来を約束された上級騎士であり、麗しの貴公子だ。かつて流した浮名は数知れず、だが真の恋の相手は従姉妹で、その結婚を邪魔しようとしたと噂されている。成人前からゼンゲン侯爵家預かりとなっている子爵家の娘ジョゼットは、とある事情でランドリックと親しんでおり、その噂が嘘だと知っている。彼は人の心に鈍感であることに悩みつつも向き合う、真の努力家であり、それでもなお自分に自信が持てないことも、知っていて、密かに心惹かれていた。だが、そのランドリックとの結婚の話を持ちかけられたジョゼットは、彼が自分を女性として見ていないことに、いずれ耐えられなくなるはずと、断る決断をしたのだが――。
(なろう版ではなく、やや大人向け版です)
ヒロイン不在だから悪役令嬢からお飾りの王妃になるのを決めたのに、誓いの場で登場とか聞いてないのですが!?
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
ヒロインがいない。
もう一度言おう。ヒロインがいない!!
乙女ゲーム《夢見と夜明け前の乙女》のヒロインのキャロル・ガードナーがいないのだ。その結果、王太子ブルーノ・フロレンス・フォード・ゴルウィンとの婚約は継続され、今日私は彼の婚約者から妻になるはずが……。まさかの式の最中に突撃。
※ざまぁ展開あり
幼馴染の生徒会長にポンコツ扱いされてフラれたので生徒会活動を手伝うのをやめたら全てがうまくいかなくなり幼馴染も病んだ
猫カレーฅ^•ω•^ฅ
恋愛
ずっと付き合っていると思っていた、幼馴染にある日別れを告げられた。
そこで気づいた主人公の幼馴染への依存ぶり。
たった一つボタンを掛け違えてしまったために、
最終的に学校を巻き込む大事件に発展していく。
主人公は幼馴染を取り戻すことが出来るのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる