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帰還2

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「いやー、複製だったなんて。すっかり騙されて、自分の見る目のなさに激しく衝撃を受けっすけど。そもそも、あの家の精霊の箱庭って、あそこのご夫人が作った箱庭にお嬢さんが手を加えたってやつだったそうで。それならそれは、お嬢さんの作品ではないわけで。逆にあの複製ってやつは、お嬢さんがサロンでご婦人方に講習会をするときのための特別キットを使ったそうですよ。つまり、細かいパーツはお嬢さんの作品と共通だから、まあ、ある程度仕方ないかなって。というか、そんなに高品質なものをキットに入れちゃうってやっぱりお嬢さんはすごいっすよね。
 とか反省してるうちに、やっぱミリアンネお嬢さんに俺の未熟さを直接お詫びしようと思って、裏道で走ってきたってわけです」

 何度目かの疑問だが、この男は本当に騎士だろうか。騎士がこんなに雇用主から自由でいてよいのだろうか。
 と要らぬ心配をしたが、どうやら主君に付き従うという名目で、かなりの自由な行動を侯爵家から認められてきたらしい。意外と用意周到なところは、やや腹が立つ。
 蠢く袋があまりに怪しく人目を引くので、数人を見張りに残して馬を降り、街道から外れたところまで移動して、草原の中、円陣を組んでいる。その中央にどさどさと雑に落とされた袋から、呻き声が上がった。上がったはずだが、ゼアには聞こえていないのだろうか。なぜか袋をガツガツと蹴り続けている。

「そろそろ合流できるんじゃないかな、と勘が働いて表通りに出てきたんすけど。町に寄ってみたら、なんだか胸糞悪い噂話を、ちょっとおかしな神官が吹聴してるって聞いたんで、町をぶらついてたら、さらに頭のおかしな餓鬼どもがいたんで、ちょっと連れてきました」

 ちょっと、何を言ってるのかわからない。こんなに都合のよい生き方をしている人間が、いるものなのか。
 セウスは目が回りそうになるのを、両手を後頭部に回してごりごり揉んで和らげると、気は進まないながら袋の中を確認した。
 ああ、やはり、人だ。ひと袋にひとりずつ。痛みに青ざめて涙までこぼしているのは、あの神官見習いの少年二人だった。
 ちらりと見上げた主君も、それを認めて頷いた。

「で、具体的にこいつらは、何をしてたんです? なぜ連れてきたんですか?」
「うん、えっと、まずは、この町には悪徳の神官がいてですね」

 ゼアの話を要約すると、この町は小神殿による生活への関与や制限が大きく、それに反発する若者も多数いて、怪我人も出るような揉め事が絶えないという背景があったらしい。その小神殿の長が、このところ、「箱庭に神の力を閉じ込める魔女が辺境に向かったので、近く辺境から魔物が攻めてくる。魔女と魔物に対抗するために、神にすがれ」と訴え、影響力を増そうとしているようだ、と。

「とはいえ、王都からまだ近い町だから行き来もあるんで。王都ではすでに侯爵家激怒案件の有害な虚言だって話が広がってるから、住民もそれほど信じてはいないわけっすけど。ふざけんなよって、その小神殿に向かったら、こいつらが」

 少年二人は、さすがに袋からは出し、背中合わせにして座らせている。
 あちこち傷だらけにはなっているが、意識ははっきりしているようだ。二人青白い顔をして、腕に包帯を巻いた少年はひたすらに俯き、もうひとりは、震えたまま、周囲を取り囲む岩のような男たちの会話に耳を澄ませているようだ。
 彼らが王都の西南小神殿を追い出されたことを、セウスは把握していた。罠を仕掛けるにあたり、当然、リガチェやその身の回りには常に監視を置いていたのだ。
 リガチェが東地区から戻った日の深夜、少年らは目を腫らして、小神殿の裏口から押し出されて出てきたという。明け方近い時間帯で、彼らはしばらく悄然と彷徨い歩き、やがて、王都の門から出ていった。そこまでは報告を受けていた。主君は、少年らの行いを、突発的で根が深くはないと判断したのだ。限られた人手を割いてその後を見張る必要もなく、彼らへの監視はそこで打ち切られたのだが。
 あれから、四日。少年らは、弱ってはいるようだが、飢えているようではない。身なりも旅をする者として違和感はない。とすれば、どうやらリガチェは、追い出すときに丸裸の無一文で放り出すほど悪人ではなかったらしい。

「また会いましたね。今度は、あの町で緑の使徒活動ですか?」

 多少の威圧を込めて尋ねると、俯いていた少年が慌てて顔を上げ、セウスを見て、わああ、と悲鳴を上げた。
 その頬を、ゼアが容赦無く手の甲で弾いた。

「黙っとけ。緑の使徒って、あの、街中で演説ぶっこいたっていうやつ? お嬢さんを、魔女呼ばわりした、いかれ野郎ども張本人か…!」

 さらに一撃を、もう一人の少年に浴びせる。
 ふたりは地べたに転がり、だが、恐ろしさに声も上げられずに、ただ咽び泣いた。

「そこまで、ゼア。彼らの背後に上位の神官がいたのも、聞いたでしょうに」
「だとしても、自分の行動を決めるのは自分だろ。責任とるのだって、自分だ」
「それはそうですが、だめです。それ以上はやりすぎですよ」

 噛み殺されそうな目つきで睨まれたが、一瞬のこと。ちぇっと口を尖らせて、ゼアは矛を収めてくれた。やれやれ。
 町で噂が広がっていることを考えれば、王都から来た神官たちが詭弁を振り撒いて行ったのは想像に難くない。ここから辺境まで、噂がどう動いているのか把握しつつ進むならば、一層先を急ぐ必要がある。ここで悠長に時間を使いたくない。

「で、君たちは何してたの? 話を聞く限りでは、この町で緑の使徒とやらの活動をしても、すでに流言を弄んでる御仁がいるようだし、下手するとひどい揉め事になるよ。彼らと君ら、同志ってわけじゃないことくらいは、わかるんだろう?」
「活動はしていない!」
「ふうん?」
「そいつら、小神殿の長が演説してるところに突っ込んで、教典に書いてない主張を繰り返すなんてそれでも正式な神官か、って啖呵切ったんすよ。長の周りには武器を持ったごろつきまがいの護衛もたくさんいたのにさ。頭おかしいったらないね」

 あまりに短絡的な行動に、頭痛がし始めた。

「よく言えるね、そんなことを。緑の使徒とやらが、つい数日前に王都でなんと主張してたか、もしかして都合よく忘れてるのかい?」
「そ、その時は知らなかったんだ。誰の前で言って良くて他はだめとか、外では黙っているべきこともあるって。わかるわけがない。兄弟子たちは、お互いに大きな声で言い合ってたし」
「いえ、お前たちの話はもう結構。一つだけ、端的に答えて。啖呵を切って、一体どうしたかった? 今度は、正義の神官ならぬ、箱庭の味方?」

 うう、と一人が黙り込んで、やがて、ずっと静かにあたりを窺っていた少年の方が、重たげに口を開いた。

「噂をやめて欲しかった。それだけです。僕たちは、小神殿を追い出されました。その時、恐ろしいほどに念を押されたんです。この話をこれ以上僕たちの口で語ることは許さない、と。それで」
「この町で噂が広まり続けると、自分たちが言いふらしたと思われる。それが嫌だった、と」

 少年たちは、だから仕方がないだろう、と言わんばかりに、めいめいに頷いた。

「僕は、君らの頬を殴りたくもないけど、まあ、徹頭徹尾、自分勝手なものだね」

 少年二人、押し殺そうとしてはいるが、不満が顔に出ている。どうしようもない向こう見ずな世間知らずだ。神殿で純粋培養されると、こうなるのだろうか。
 こんなお荷物を、なぜゼアが連れてきたのかは見当はつく。その場では、少年たちこそ敬愛するお嬢さんを侮辱した緑の使徒だと知らなかったのだろうから。おそらく、邪魔をされた小神殿の神官たちが、少年たちを排除しようとしたのだろう。命を取られるまではいかずとも、傷を負わされることはありそうだ。手負いになった少年らが、その後生き長らえるのかまで、気にする連中ではあるまい。
 彼らが緑の使徒ではなかったなら、ここで隣の町にでも送り出せばよい。危険が及べば、そこの町の小神殿に駆け込めば、なんとかなる公算が大きい。
 だが彼らは緑の使徒で、王都の小神殿から追放された身だ。小神殿は頼れないだろう。とにかく逃げるようにと言い聞かせて放逐したとして、これほど世間知れずの二人がどうなるか、結末を用意に想像できるために寝覚が悪い。
 といって、辺境まで二人を連行するわけにもいかず。身の保護のためにこちらが人を割く必要も感じない。
 腕を組んで、とんとんと数回、指で腕を叩く。それで、腹を決めた。

「神殿に保護をお願いしましょう」

 少年二人の表情が、複雑なものになる。師に追い払われたことの重さをわかってはいるのだろうが、神殿に戻って、前のように神官を目指せるのかもと、微かな希望が頭をよぎったのだろう。

「彼らは、証人としても実行犯としても、我々として一定の価値のある身の上です。神殿では彼らは不要かもしれませんが、同じ問題解決に協力する関係の今なら、保護を依頼すれば、受け入れてくださるでしょう」
「甘くない? 甘いよね? いや助けたのは俺だけどさ。……おい小僧ども。あのままあの町にいたら、お前ら小神殿のやつらに拉致されて、魔女の眷属とか言って生皮剥がされてたか、火責めにされたぞ、絶対だ。悪い大人に考えなしに食ってかかれば、地獄かってくらい仕返しされるんだよ、普通は。それが、神殿送りだって?」

 ゼアが嘆くが、おそらく神殿は、そう甘くはない。

「あー、俺だって、そんなのほっとけばよかったのにさあああああ。緑の使徒とか、知ってたら、見捨てたのに! うわあああ、お嬢さんに会って禊したいいいいい。ミリアンネ様ああああ」

 うるさい。
 が、もう関わっている時間はない。少年たちを神殿へ送り保護を求めるので、よいでしょうか、と主君に伺いを立てながら、頭の中では今残っている兵たちの情報を猛烈に繰っていた。誰かに、この二人を王都まで送らせなければならない。

「そのように。……神殿の首座に送り届けるまで、護衛は、ゼアに任せよう。ミリアンネには、代わりによく伝えておく」

 いくぞ、と主君は円陣を抜けて、さっと自分の馬を引き出し、一息でその背に乗った。
 さすがに、セウスも反応が遅れる。
 名指しされたゼアは、頭を抱えたままで固まったままそれを眺めて。我に返ったときには、すでに主君は駆け出していた。

「え、え、え、え?」

 セウスが真っ先に後を追った。騎士たちが続く。ゼアと共にやってきた騎士も、町へ戻るべく駆け出し。取り残されたのは、ゼアと、少年二人と、ゼアの乗ってきた馬一頭。
 待って、と喚くゼアの横で、馬がうるさいと言いたげに嘶いた。
 その騒ぎがすべて、あっという間に遠かった。
 一度殴られた少年たちは不安だろうが、ゼアも抜け目ない男だからして、無体を働くことなく、最終的にはなんとか神殿まで送り届けるだろう。なにしろ、ミリアンネお嬢さんに仕事ぶりを伝えられてしまうわけだから。
 しかし、主君のゼアに対する今までにないその態度には、少し違和感を覚えるのだが。
 セウスはなんとか主君に追いつく。優秀な辺境の兵たちも、それぞれ追いついては、前方後方へと、主君を中心に展開しつつ疾走した。
 もしかして。もしかして主君は、八つ当たりしたのだろうか? ゼアの奥方への過剰な態度にも、ずっと平気な顔をしていたのに。ひそかにヤキモキしていたのだろうか? もしかして??
 あらゆる疑問も、はるか後方へ飛んでいくほどの爆走だった。
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