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王都3
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敬愛する若き主君から、主君の婚姻を、精霊の箱庭の作り手であるミリアンネ・サリンガーが王家およびサリンガー侯爵家の手厚い庇護からこぼれ落ち、地に落ちた雛鳥のように無防備になる好機と勘違いした者どもが、王都で舐めた真似をしているようだ、と聞いたセーヴィル辺境伯家の猛者たちは、いきり立った。それはまさしく、彼らの主君を貶める愚か者共だ、叩き潰して目に物を見せよと、皆、底なしの体力と歴戦の知恵を持って、全力で事に当たることを誓って吠えた。
まず、サリンガー家の箱庭に関する記録と今回の襲撃の情報を総ざらえして、事細かに王都の地図上に記していく。
王都には、同心円状の第一~三城壁があり、王城を囲む第一・二城壁の外側四方に公爵家侯爵家の屋敷があり、さらに外の第三城壁南大門内に巨大な市や商店街が広がり、また東端には張り付くように巨大な神殿が聳える。また王城を中心として王都を放射線状に切り分ける縦城壁がいくつかあり、王城北側職人街はすっぽりと城壁に囲まれている。
ほかにも細々とした棲み分けはあるものの、多くの貴族や商家、そして数多の住民は、比較的自由に家を構えることを許されているので、貴族街という区画はない。
そのため、箱庭を所有する貴族屋敷もまた、王都中にばらばらと偏りなく存在していたのだが。
襲撃のあった場所は、明らかに、西地区に偏っていた。
「縦城壁には夜も兵が立ちますからね。しかも普段はほとんど夜の往来はないようです。越えようとすれば目立つでしょう」
狙われたのは、中小規模の屋敷ばかりだ。自前の衛兵も少なく、屋敷周りにも建物が多く、身を隠しやすい。
「西地区に絞る。他地区については、今は捨て置く。西地区内でサリンガー家から親しい貴族家には最大限の警戒を呼びかけてもらう。自力で警備を厳しくできるところは、襲撃対象から外れるだろう。それ以外のめぼしい場所を、手分けして巡回だ。
賊は複数、おそらくそれぞれ単独の犯行で、連携もないと見る。取りこぼしだけはするな。関係するものは問答無用で拘束していけ」
クラークは静かなままだが、鋭く返事をする誰もが、目をギラギラとさせていた。
だがセウスは、ややげんなりしながら、部屋の隅を見た。王都が見えるや否や、だるそうにサリンガー家へ戻っていったゼアが、何故かまた合流してきたのだ。不遜にも壁に背を預けて座り込み、セーヴィル家の面々からは距離を取られている。悲しくないのか。
「ゼアには、ここの縦城壁門に待機してもらおう。王都に慣れた者の方が、門兵に警戒されにくいだろう。城壁を越える不審な者があれば、追って身元を抑えるか、可能なら捕縛してくれ。だれか、一人同行させるか?」
クラークが声をかけたのに、なぜかすんとした顔をして、形ばかり「いえいえ、門で張るくらいは一人で十分っす」などと言っていたのが、ふと、期待に満ち満ちた目でクラークにじりじりと近づいた。
「え、もしかして、俺が使えるって、ミリアンネ様からお聞きだ、ってことですかね?」
なんだこいつは。とセウスは半眼になった。主家の娘に対して、まさかの想いを持っているようだ。いや、百歩譲って想うことは自由だが、正当な夫に面と向かって態度に表すのは、どうなのだ。
クラークは、ふと片眉を上げただけでその質問を流したようだったが、ゼアは飛び跳ねんばかりに勝手に喜び、勝手に奮い立っていた。
ともあれこうした作戦で、セーヴィル辺境伯領から馬を飛ばして王都到着からの十日の間には、西地区において箱庭を所有する家に侵入した輩をつぎつぎに捕らえた。一件目、屋敷の庭で箱庭を一つ破壊されてしまったが、その後は面白いほどに網に引っかかった。
犯人が複数だった場合は、あえて一人二人を逃して追跡し、少しでも関わっていた商家や貴族家を斟酌なく拘束していった。ゼアも意外やおおいに役に立った。彼はミリアンネの噂に関わったことのある家の主要な人間をすべて覚えているらしい。「あいつ、お嬢の箱庭を子供のお遊びだろうからもらってやることをありがたく思えとか抜かしたにっくき何某家のドラ息子!」と夜の縦城壁門を通る人間を特定して追いかけていったかと思えば、忍び込みの現場を押さえてタコ殴りにして捕まえてきた。
西地区以外でも襲撃は起こったが、当初の読み通りその数は少ない。
「しっかし、なんだか、見事に小物感溢れてるっすよねー」
セーヴィル家が非公式に所有する王都の邸宅の一室で、相変わらず傍若無人にゼアがぼやく。セウスはうっかり同意しようとして、やっぱりやめておいた。
「大体若い。貴族の端くれと言っても、吹けば飛ぶような存在。三男、四男……。あるいは、ぱっと見善良な一王都民、もしくはしょうもない雇われ者。大概、箱庭を実際見たこともないときてる。ほんと、そんなんでうちのミリアンネ様を貶めようなんて、1000000年早いっつーの。死んで出直せ」
相変わらず、なんだかやばい発言をしている。
妻への執着がありありと表れた発言を許すクラークの寛容さに、セウスは感服するばかりだ。
「もう捕まえて何日も経って、その間は行方不明ってことになってる奴もいるはずなのに、探し人の届けもないじゃないすか。世の中、誰にも必要とされない人間ているんすねー。あ、俺、拷問ちょっとして、誰に唆されたか喋らせましょうか?」
こんなに軽やかに拷問を提案されると引く。拷問をされる側ではないはずなのに、精神が削られるのは何故か。
「いや、事情聴取だけでも結構喋ってますから。それに、これは特例で俺たちが襲撃犯たちの拘束許可を得てますけど、王都の犯罪者相手に俺らがきつい尋問はできないですから」
「えー、でも」
「ただ、現行犯確保はすべてそれぞれの貴族家の屋敷内ですから。各家からの委託を受けたならば、尋問ができるようになります。今、その交渉中ですので、待っててください」
「おっし」
交渉がうまくいったとして、ゼアに任せる予定はないが。
まず、サリンガー家の箱庭に関する記録と今回の襲撃の情報を総ざらえして、事細かに王都の地図上に記していく。
王都には、同心円状の第一~三城壁があり、王城を囲む第一・二城壁の外側四方に公爵家侯爵家の屋敷があり、さらに外の第三城壁南大門内に巨大な市や商店街が広がり、また東端には張り付くように巨大な神殿が聳える。また王城を中心として王都を放射線状に切り分ける縦城壁がいくつかあり、王城北側職人街はすっぽりと城壁に囲まれている。
ほかにも細々とした棲み分けはあるものの、多くの貴族や商家、そして数多の住民は、比較的自由に家を構えることを許されているので、貴族街という区画はない。
そのため、箱庭を所有する貴族屋敷もまた、王都中にばらばらと偏りなく存在していたのだが。
襲撃のあった場所は、明らかに、西地区に偏っていた。
「縦城壁には夜も兵が立ちますからね。しかも普段はほとんど夜の往来はないようです。越えようとすれば目立つでしょう」
狙われたのは、中小規模の屋敷ばかりだ。自前の衛兵も少なく、屋敷周りにも建物が多く、身を隠しやすい。
「西地区に絞る。他地区については、今は捨て置く。西地区内でサリンガー家から親しい貴族家には最大限の警戒を呼びかけてもらう。自力で警備を厳しくできるところは、襲撃対象から外れるだろう。それ以外のめぼしい場所を、手分けして巡回だ。
賊は複数、おそらくそれぞれ単独の犯行で、連携もないと見る。取りこぼしだけはするな。関係するものは問答無用で拘束していけ」
クラークは静かなままだが、鋭く返事をする誰もが、目をギラギラとさせていた。
だがセウスは、ややげんなりしながら、部屋の隅を見た。王都が見えるや否や、だるそうにサリンガー家へ戻っていったゼアが、何故かまた合流してきたのだ。不遜にも壁に背を預けて座り込み、セーヴィル家の面々からは距離を取られている。悲しくないのか。
「ゼアには、ここの縦城壁門に待機してもらおう。王都に慣れた者の方が、門兵に警戒されにくいだろう。城壁を越える不審な者があれば、追って身元を抑えるか、可能なら捕縛してくれ。だれか、一人同行させるか?」
クラークが声をかけたのに、なぜかすんとした顔をして、形ばかり「いえいえ、門で張るくらいは一人で十分っす」などと言っていたのが、ふと、期待に満ち満ちた目でクラークにじりじりと近づいた。
「え、もしかして、俺が使えるって、ミリアンネ様からお聞きだ、ってことですかね?」
なんだこいつは。とセウスは半眼になった。主家の娘に対して、まさかの想いを持っているようだ。いや、百歩譲って想うことは自由だが、正当な夫に面と向かって態度に表すのは、どうなのだ。
クラークは、ふと片眉を上げただけでその質問を流したようだったが、ゼアは飛び跳ねんばかりに勝手に喜び、勝手に奮い立っていた。
ともあれこうした作戦で、セーヴィル辺境伯領から馬を飛ばして王都到着からの十日の間には、西地区において箱庭を所有する家に侵入した輩をつぎつぎに捕らえた。一件目、屋敷の庭で箱庭を一つ破壊されてしまったが、その後は面白いほどに網に引っかかった。
犯人が複数だった場合は、あえて一人二人を逃して追跡し、少しでも関わっていた商家や貴族家を斟酌なく拘束していった。ゼアも意外やおおいに役に立った。彼はミリアンネの噂に関わったことのある家の主要な人間をすべて覚えているらしい。「あいつ、お嬢の箱庭を子供のお遊びだろうからもらってやることをありがたく思えとか抜かしたにっくき何某家のドラ息子!」と夜の縦城壁門を通る人間を特定して追いかけていったかと思えば、忍び込みの現場を押さえてタコ殴りにして捕まえてきた。
西地区以外でも襲撃は起こったが、当初の読み通りその数は少ない。
「しっかし、なんだか、見事に小物感溢れてるっすよねー」
セーヴィル家が非公式に所有する王都の邸宅の一室で、相変わらず傍若無人にゼアがぼやく。セウスはうっかり同意しようとして、やっぱりやめておいた。
「大体若い。貴族の端くれと言っても、吹けば飛ぶような存在。三男、四男……。あるいは、ぱっと見善良な一王都民、もしくはしょうもない雇われ者。大概、箱庭を実際見たこともないときてる。ほんと、そんなんでうちのミリアンネ様を貶めようなんて、1000000年早いっつーの。死んで出直せ」
相変わらず、なんだかやばい発言をしている。
妻への執着がありありと表れた発言を許すクラークの寛容さに、セウスは感服するばかりだ。
「もう捕まえて何日も経って、その間は行方不明ってことになってる奴もいるはずなのに、探し人の届けもないじゃないすか。世の中、誰にも必要とされない人間ているんすねー。あ、俺、拷問ちょっとして、誰に唆されたか喋らせましょうか?」
こんなに軽やかに拷問を提案されると引く。拷問をされる側ではないはずなのに、精神が削られるのは何故か。
「いや、事情聴取だけでも結構喋ってますから。それに、これは特例で俺たちが襲撃犯たちの拘束許可を得てますけど、王都の犯罪者相手に俺らがきつい尋問はできないですから」
「えー、でも」
「ただ、現行犯確保はすべてそれぞれの貴族家の屋敷内ですから。各家からの委託を受けたならば、尋問ができるようになります。今、その交渉中ですので、待っててください」
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