箱庭と精霊の欠片 すくうひと

日室千種・ちぐ

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7 とつぐひと 六

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 厳しい顔をさらに険しくして、言葉短かに、なぜ、と問われる。

「申し上げたとおり、旅程を大きく変更はできません。……エルコートまで私を送り届けることで、護衛の任務は終了するでしょう。その後彼らが、手合わせを了承したら。そして父が、屋敷に戻る前に手合わせに応じることを許可したのならば。どちらも条件が合えば、彼らはジェイ様と手合わせのためにこちらに寄るでしょう」

 宥めるように説明したのだが。
 ふん、と面白くなさそうにジェイは鼻を鳴らした。
 その変わり様に、ミリアンネは困惑して、せわしなく瞬きをするほかはない。

「まあジェイ様、しかたないではありませんか。ミリアンネ様は、王都のお方。手合わせなんて、野蛮だと、そう思ってしまわれても仕方ありませんわ」

 アメリが、夫をとりなしているようで、その眉間のシワをより深く刻み付けるようなことを言う。
 追いかけて、ロジエンヌが、悲しそうな顔をしてみせた・・・

「そうね、残念だけど、ミリアンネ様は、お兄様の剣を扱うところだって、見たことはないと聞きました。王都の方にとっては、野蛮よね。武を尊ぶ私たち辺境の家の者は。
 手合わせだって、見たいとは思わないのでしょう?」

 クラークが剣を扱うところは、見た事はある。けれどそれは、夢の中で。
 そして戦士同士の手合わせを野蛮だとは思わないが、どうしても痛そうに感じてしまって、見るのは気が進まないことは確かで。
 答えを組み立てようとする間に、アメリが、腑に落ちたように、その特徴的な声を響かせた。
「まあ、わかりました。違いますわ、ロジエンヌ様。ミリアンネ様は、きっと野蛮だとか、思われているのではないのでしょう」

 労わるように、ロジエンヌを見る。けれどその意識は、びりびりと痺れを感じるほどに、ミリアンネに向けられているのが、よくわかった。

「ミリアンネ様は、ご興味がないのですわ。きっと」

 その瞬間、ジェイが席を立ち、乱暴に食堂を出て行ってしまったので、ミリアンネは否定の言葉を言うこともできなかった。
 いやきっと、否定をすればするほど、アメリの声が印象に残ることになるのではないだろうか。そう思うと、夫の無礼をとりなすかのように振られた、王都で流行りの菓子についての話題を遮ってまで、もはや話を蒸し返す事はできなかった。
 当たり障りのない答えを、表情を貼り付けたまま返しながら、姉を思う。
 姉なら、もっと如才なく、場を支配して、こんな事態を起こさなかったのだろう。

 食堂を辞して、客間に戻り、レーヌに事の次第を話す。
 客観的に端的に、と心がけて話し終えれば、レーヌは難しい顔をした。

「避けようがあったのか、と言えば、難しいところですわね。
 もっと事前に情報があれば、もう少し注意はできたかもしれません。たとえば、ジェイ様が人はいいけれど脳筋で、他家の護衛との手合わせを強請ってしまうくらい思慮が足りず、ミリアンネ様がこの地の女性ほど強さへの憧れを持っていないという当たり前の範囲の個人的嗜好を認める事のできない心の狭さだ、と知っていれば。
 けれど、ミリアンネ様。逆もしかり、ですわ。
 そのことをよく知っていれば、わざと、ミリアンネ様が困る状況に持っていくこともできたわけです」

 誰が、ということは、聞かなくてもわかった。
 状況に便乗して、少しばかり嫌味を言ってみた、ロジエンヌではない。

「嵌められたのでしょう。何が目的なのかはわかりませんが。ジェイ様が不快感を強く感じる展開に、持って行かれたのですわ。『興味がない』と表現されたのですよね? 野蛮だとは思っていない、と反論できても、興味がないのは事実でしょうから反論が難しいですね。興味がないことと、無関心とは、大いに違うとは思いますが。印象付けられてしまったようですから。
 あと——うがった見方ですが、『何』に興味がないのか、わざと明言しなかったのかもしれません」

 何に、興味がないのか。
 手合わせに興味がないのか。護衛やジェイに興味がないのか。
 あるいは、クラークの強さに興味がないのか。
 クラークに——あるいは、この辺境で武を尊び生きる彼ら自身に、興味がないのか。
 
 どこまで深読みをしたのか、定かではないが、少なくともジェイは、ミリアンネに強い失望と怒りを感じたのは、確かだ。

「失敗ね。これが、どう影響していくのか、わからないけれど。——クラーク様は、何もおっしゃらなかったけれど、そこまでこの地の人たちがこだわる武というもの、私も嗜んだ方がいいのかしら」
「まあ、ミリアンネ様。人には、向き不向きというものがございます」
「そ、そうね。そうよね」

 ぶった切られて、ミリアンネは肩を落とした。

「けれど、ミリアンネ様の思う通りになさってみたらよいのです。ただ、剣を取るのが女性の戦いとは限りませんし、ミリアンネ様が無理に自ら体現なさる必要もないと、私は思うだけです」
「そうね……。ねえ、レーヌ。もし、もしも、の話というだけなのだけど。お姉さまなら、どうされていたかしら」

 そう問えば、レーヌは少し不可思議なものを見るような眼差しでミリアンネを見つめて、そして、ふっと、片頬で笑った。

「あの方、アリアルネ様なら、まず、敵地只中であるとも限らないこの屋敷に立ち寄る選択は、なさらないでしょう。彼女は、誰であれ、まずは敵として疑います」

 勝たない勝負は、なさらない方ですから。
 淡々と言われた言葉に、奇妙な実感がこもっていたのは何故か。

「さて、もうお休みください。お疲れでしょう。私も、念のためこちらの簡易寝台で仮眠を取っております。ウェイ殿も、すでに手紙を持ってエルコートへ発たれております。大きな問題はなにもございません。安心して、体を回復させてください」

 打って変わって慈愛に満ちた表情で促され、ミリアンネは気が進まないながら、寝台に入った。そして、そのまますとんと、眠りに落ちたのだった。


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