氷天の禊 休止

Laki_ely

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焔に巣食う影

交錯する想い

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 夜が耽ける頃、王城にて。一人の男が月を見ているところに兵士が入ってきた。

 「お休みのところ失礼致します。本日未明、スノーリアの教会が何者かによって損壊、リーシム司祭が失踪したとの連絡があり入りました」

 「……そうか。ご苦労、下がってくれ」

 兵士は一礼をすると部屋から出ていった。

 「ヘマをしたか、リーシム」

 男はガラスのコップを持ち上げ、カランカランと中の氷を揺らしながら月を見続けていた。




 「御機嫌よう。寝心地は如何だったかな?リーシム司祭」

 朝になり、目を覚ました司祭の視界にあったもの。薄暗い部屋の中で大男が目の前に座っていた。自分の体を見下ろすと、重い鎖によって椅子に固定されているのがわかる。

 「こんな仕打ちをして良い訳がありますまい、オルグリア隊長」

 彼は苦々しげに言う。どうにか鎖から逃れようともがくが、鎖が擦れ合う音が響くだけだ。

 「さて、先ずはひとつ質問をしよう。……例の子供たち、3分の1はスノーリアの者であることがわかった。残りはどうやって手に入れた?」

 「黙秘致します」

 「……そうか。なら仕方ない」

 オルグリアは立ち上がり、背から剣を抜く。そしてそれを彼の左手の小指にあてがった。

 「拷問というのはあまり得意ではないのだが」

 彼が剣を引くと傷からいやに鮮やかな赤い血が吹き出し、床へと落ちていく。悲鳴を上げガシャガシャと暴れようとしている司祭の首をつかみ、再び質問をする。

 「もう一度聞こう。子供たちはどこから連れてきた?」

 「知らない、私は何も知らない!ただ指示に従っただけだ!」

 「誰の指示だ?」

 「それは……」

 司祭は言いかけ、目を逸らし口を噤む。オルグリアはため息をこぼし、再び剣を構える。

 「ま、待ってくれ!言う、言うからやめてくれ!……マルム様だ!唯神教の教皇、マルム様の命令でやっていた!だから私は……」

 「成程、懸念していた通りというわけか。仕方ない、先の質問は他の者にするとしよう。……さて、次の質問だ。貴様らは王都の誰と繋がっている?」

 彼は剣を下ろし、再び問う。

 「昨日言った通りです。王と繋がっている。だからこのような事をしているあなたは王への反逆も同義です」
 
 「昨夜考えていたんだ。本当に王がそうするのだとしたら、ここまでコソコソとやる必要は無い。正式に王都の研究所を使うべきだし、私ならそうしている。だから聞いているんだ。誰と繋がっている?宰相か、大臣か、それとも他の者なのか」

 「……聞かないことを勧めます」

 「そうか」

 彼はそう言うと再び剣を上げ、今度は膝上に当てる。

 「安心しろ、止血剤くらいは置いてある」

 足を切断された司祭は再び悲鳴を上げ、暴れる。鎖がなければ部屋中を転がり回っていただろう。
 手早く止血された後、再び詰め寄る。

 「さて、言う気になったか?」

 「お、オレガノ王子だよ!!もういいだろう!?やめてくれ!」

 司祭は絞り出すように声を出すと、もがき続ける。
 オレガノ王子。ムスプルヘイム王国の第一王子であり、次代の王と言っても差し支えない男だ。そんな彼がなぜ……

 「……そうだな、最低限は聞き出した。傷は治させよう」

 オルグリアはすっと立ち上がり、部屋から出ていった。
 
 「は終わりましたか?オルグリア隊長」

 部屋を出たところで声をかけられる。すぐ横の壁に寄りかかっていたリオは彼の前に出てきた。

 「お早う、ブルーム。最低限のことは聞き出したが、君に言うことでもない。気にしないでくれ」

 「わかりました。……あの、一つ話しておきたいことがあります」

 オルグリアは彼女の不安げで、それでも強い目を見るとどこか納得したように頷いた。

 「わかった。別室を借りている。そこでの朝食時にでも話してくれ」

 「……はい」


 「それで、話とはなんだ?」

 数分後、テーブルについた二人は用意された朝食を前に向かい合っていた。

 「あ、えと……あんな事をした直後に食べられるんですね」

 「手も洗った、服も着替えた。何も問題は無いだろう?それに……血で食欲を消すには、少々慣れ過ぎた」

 虚しさをかき消すように紅茶を口に運ぶオルグリア。その姿を見た彼女はどこか言い知れぬ恐怖が過ぎった。いつか自分もそうなるのだろうか。いや、そうなる覚悟を持てるのだろうか。

 「私の話などどうでもいい。何か話があるんだろう、ブルーム」

 彼は心配げに目線を向けてくる。

 「そ、そうですね。……禊萩彼らの目的、聞きました。ナツメグ王子を王にすること。それが彼らの目的だそうです」

 「……そうか」

 単純に考えれば、新たな王を傀儡とし「禊萩」の思うままの国を作ること。その為だと考えるのが妥当だろう。

 「ナツくん……王子もそれに乗り、自らが王になると」

 「止めねばならんのだろうな、それは」

 オルグリアはカップの液面に映る自分の顔を見つめた。複雑な表情だ。王へ歯向かい、あまつさえ王都へ侵攻すると思われる逆賊。もし、彼らが上に立つのなら。あるはずの無いことを思案してしまっていた。

 「──────長?オルグリア隊長?」

 リオの呼び掛けに気づき、顔を上げる。

 「すまない、すこし考え事をな」

 「な、なるほど……ってそうじゃなくて。彼らの目的が分かったのなら、この先は恐らく王都で直接なにかして来るんじゃないかって思うんです。だからその対策をしなきゃって」

 オルグリアは彼女の言葉に頷きつつ、片手間にサンドイッチを口に運ぶ。

 「……ところで、ブルームは以前も彼らに会っていると聞く。君から見た彼らへの印象はどうだ?」

 「うーん……」

 リオは少し困ったような顔をすると、考え込む。

 「……なんだか、正直気味が悪いです」

 「気味が悪い、か。それはどうしてだ?」

 「ニックスなんかは特にそうでした。直接戦っている場面を見た訳じゃないんですが、彼の能力は聞いただけでは強そうに聞こえない。それなのに皆互いの力を絶対的に信じてるんです」

 彼女はぎゅっと手をにぎりしめる。

 「それぞれの自信、そして仲間への信頼ともとれるな」

 その言葉にリオは頷くが、その目はどこか怯えているようだった。

 「士官学校では『戦場では必要な犠牲もある』と教えられました。でも……」

 彼女のカップを持つ手がカタカタと震えている。触れ合った陶器が喧しく音を立てていた。

 「彼らは全員が勝ち、生き残ることを前提としている。……絶対の自信、絶対の信頼。それがもはや人とは思えなかったんです」

 「……成程」

 「それに彼は人を殺すのに一切の躊躇いを見せなかった。それを見て怖くなっちゃったんです。兵士なのに」

 彼女は俯き、堪えるように目を瞑った。

 「聞くだけなら、それは戦場の兵士のを徹底しているだけのようにも思える。文面だけなら違和感は無いだろう?」

 「……私も幾度か戦場へ行っていますが、敵も味方も、人を傷付ける時は一瞬躊躇いがある。程度の差はあれ、必ずあった。でも彼はそれが全く無かった」

 「確かに、人を斬るというのは良い感覚とは決して言えない。真性の異常者ならそうもならんのだろうが、そんな者はまず少ない」

 「あとはレンに三人がかりで一蹴されたくらいで、他の人のことは今一つ分かりません」

 リオはあはは、と乾いた笑いを絞り出す。

 「……ガルと呼ばれていた少女は、子供たちを助けたいと言い、それに便乗する形となって漸く彼らを助け出せた。本当に彼らは悪なのだろうか」

 「えと……」

 言葉に詰まる彼女を見て、オルグリアは小さく首を振った。

 「すまない、気にしないでくれ。先ずは目の前の事からやっていくしかないのだろう」

 「とは言っても、どうすればいいんでしょうか。軍隊長はなんと?」

 「ドレークが言うに、軍の介入許可は取れなかったそうだ。通信を飛ばしたらしきりに謝ってきたよ」

 「な、なるほど……?あの軍隊長が、ですか」

 リオは訝しげな表情でうーん、と考え込む。

 「……そう言えば、君はドレークに師事していた一人だったか。お陰で貴重な戦力の一人となったのだろうな」

 「そ、そんな事はないです!私なんて、まだまだ……」

 彼女は顔を赤くし、恥ずかしげにしている。
 
 「命令詠唱オーダーで魔法を扱える。それだけでも大きな戦力たり得る」

 命令詠唱オーダーとは、一言の命令と魔法の名の二つを扱い魔法を発動する方法のことを言う。完全詠唱一歩手前の威力と詠唱破棄一歩手前の速さを併せ持つ発動法であるこれは、実践において最も有効であるとされている。それと同時に習得が困難でもあるのだが。

 「そう……ですね。前線で魔法を扱うためにはほぼ必須と言われる技術です。しかし、先の戦いで一般人にも扱うものがいました。彼のような人材を引き入れた方が、私より貢献できるのでは、と」

 そう言うとリオは俯いた。

 「ふむ、確かにそうかもしれない。君に勝る人材がどこかに眠っている可能性は十二分にある」

 彼女はそれを聞き、さらに落ち込む。

 「しかし、今軍の戦力たり得るのは君だ。我々にとって貴重な戦力であることに変わりはないだろう?」

 オルグリアは驚いたように顔を上げるリオを真っ直ぐ見つめている。

 「……ありがとうございます。少し元気出ました」

 彼女は立ち上がり、うんと伸びをする。
  
 「恩を感じる必要は無い。どっちにせよ、彼らと一体一で勝利できるメイジなど相当少ないだろう」

 先日交戦したニックスならまだしも、大量の樹木を自在に操るレン、並のメイジの数倍の魔力量を有し、その練度も高いヒノ。彼らを相手取るのは簡単ではない。

 「そうですね。今朝の情報によるとその全員が名の知れたサムライを討ち取っているそうですし。ニックスなんかは将軍を倒しているとか」

 「……何だって?」

 オルグリアは身を乗り出し、彼女に詰め寄る。

 「えと……将軍のマサムネ・キサラギがニックスに敗れ、死亡したと」

 「マサムネ……あいつはニックスに敗れるほど弱くはない。奴は私に手も足も出なかった!」

 「あの一件で遂に全員の顔と名が知れた。写真も残っています」

 リオは彼に紙面を見せる。彼はそれを受け取ると、信じられないといった目でまじまじと見ていた。

 「私は先も言ったように、彼の戦っているところを見た訳ではありません。でも、ニックスがそこに居た……彼の仲間にと信じられたということは……」

 リオは最後の言葉をつぐみ、彼の悲しげな表情を見ていた。

 「……マサムネは毅い男だ。現体制を変え、より良い国にしようと、共に誓った。奴が敗けたと……私に信じろというのか?」

 誰に対してでもない。ただ、彼は問いかけるように何度も何度も吐き出した。紙はくしゃくしゃになり、震える手で掴んだので切り目すら入っていた。

 「お、オルグリア隊長?」

 「すまない、取り乱して。一度王都へ戻ろう」

 彼はすっと立ち上がり、襟を整える。

 「了解。では、子供たちも一緒に……」

 「いや、ここへ置いていく」

 「へ?それはなぜ?」

 「これから王都で戦いが起こると踏んでいる。それ故だ」

 「り、了解です」

 「先に車で待っていろ。すぐに行く」

 彼はそう言うと部屋を出て、歩いていった。

 
 基地長室に来たオルグリアが戸を叩こうとした時、背後から肩を掴まれた。振り返ると、長髪で痩せ身の男が煙草片手に立っていた。

 「こんな朝早くから何のようだ?イーラ」

 「相変わらず意地の悪いことをするな、イシュリュー。……一つ頼みがある」

 イシュリューは壁に寄りかかり、煙草に火をつける。

 「俺が昨日連れてきた子供たち。暫く保護していてくれないか?」

 「カネ払うんだったらいいぜ?でなきゃそもそも此処に入れねぇっての」

 彼はくくっと笑い、オルグリアの背中を叩く。

 「済まない、恩に着る」

 「気にすんな。大方マサムネの記事でも見たんだろ?多少なりとも気持ちはわかる」

 彼は目を細め、煙を吐き出していた。共通の友人を失った身として、彼の心も痛んでいたのだろう。

 「すまな──────」

 オルグリアが言いかけたところで彼は肩を組み、思いきり引き寄せた。そして指を指し、念を押すように言う。

 「その代わり、だ。オマエのやるべき事を果たせ。いいな?イーラ」

 「……勿論だ。ありがとう」

 彼は一言礼を言うと、リオの待つ車へと歩いていった。その表情はどこか安心したようなものになっていた。
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