氷天の禊 休止

Laki_ely

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王の器

はじまり

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 全て話終える頃には、彼の横顔は夕焼けで照らされていた。

 「──────とまぁ、こういうこったな」

 神妙な面持ちで話していたレン。話し終えた途端にニッと笑い、ナツメグの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 「色々言ったがまぁアレだ。あの時助けてくれたヒノとユキへの俺なりの恩返しってことだ」

 彼はそう言うと「ちょっと外出てくる」と歩いていった。



 「……ねぇ、君はどう思った?」

 ネロは頬杖をつきながら聞いた。

 「彼はサムライ……ひいてはキョウに対する憎しみを口にしなかった。けどそれは自覚しているからこそ。僕の前だからこそ言わなかった。そう感じました。」

 「そうかしら?私には憎しみと言うより……後悔しているように見えた。ま、それを知るのは本人だけだけどね」

 彼女はスっと席を立ち、少し物憂げな表情で外を眺めた。


 外に出たレンはニックスに対して通話をかけていた。

 「ん、あーユキ?……別に用って程でもないんだけどさ。……うん。そろそろだな。それと……死ぬなよ」

 短く会話を終えたレンは大木に伸び乗り、キョウの街を眺めていた。

 「さて……あとどのくらいかな。頼んだぜ、ヒノ」


 キョウの街にて。通話を終えたニックスと共に歩いていたガルムは大通りを歩いていた。

 「ユキ兄、さっき何話してたんスか?」

 「ん?……何だったんだろうな」

 ニックスは少し困った顔で返す。

 「大事なことっスか?」

 「ちょっとした確認くらいだ。気にしなくてもいい。とりあえず作戦通り配置に……」
 
 唐突にニックスの肩にポンと手が乗ってくる。

 彼が振り返ると、リオらいつぞやの仕事仲間が立っていた。

 手を乗せていたユリは無表情のままひらひらと手を振ってくる。

 「リオ?それにお前らも。なんでこんなとこにいるんだ?」

 「ちょっと野暮用でね……ね、ねぇ。ここに何しに来たの?」

 リオはニックスの目を見つめて問う。

 「……別に。レンの帰省に合わせて遊びに来ただけだ」

 「そう。ありがとう、それじゃまた!」

 リオは共に来ていたアラン、ユリの手を引き走っていった。

 「……何だったんだ、あれ」

 ニックスが呆れたように呟くが、ガルムは忌々しそうにため息をついた。

 「思っきし疑ってる……いや、もう勘づいてるっスね、あれは。ユキ兄、一旦ネロ姉に言っといた方がいいっスよ」

 「……根拠はあるのか?」

 「私の勘っス」

 彼女は目を細める。

 「ならそうなんだろうな。とりあえず場所を変えよう」

 二人は裏路地に入り、そこから家屋の屋根へと飛び乗って行った。



 しばらく離れた後、大通りから少し外れた所にて。三人は少し考えながら歩いていた。

 「ニックスとガルムが街中にいたってことは……もしかしたら他の三人も街にいるんじゃない?もしかしたらナツ君も……」

 リオが焦ったようにまくし立てる。するとユリがおろおろしている彼女の鼻をぎゅっとつまむ。

 「焦っちゃダメ。此処の治安は良いとは言えないからそんな重要な人質を置いておくとは思えないわ」

 ユリは諌めるように言った。

 「だったらどこに……!!」

 「奴らは『中間の街』の店をアジトのように使っていたと考えられる。あそこまではいかなくとも周辺にちょっとした拠点があってもおかしくないだろ?」

 アランがパチン、と指を鳴らす。それを聞いたリオは「それだ!」と飛び上がり、アランの手をとる。すると、ユリが彼女の耳を摘んだ。

 「だから焦っちゃダメ。情報はまだまだ足りない。だから慎重に動かないと。迂闊に動いちゃ勝ち筋は無いわよ?」

 「わ、わかった。わかったから!……それならどうすればいいの?ああは言ったけどきっと向こうも勘づいてる。易々と尾行させてくれるとも思えないし……」

 「だから私の能力を使う。彼の毛、少し拝借できたしね。十分よ」

 ユリは得意気に笑う。すっと腕まくりをし、トン、トン、と地面に拳を当てる。

 「少し離れて。それじゃいくわよ。染み渡り、湧き出し、伝い広まり......導いて、『ブルゲン・ビリア・フォールクライム』!」

 薄く張られた魔力がサークル状に広がっていく。

 "フォールクライム"は触媒の辿ってきた軌跡をたどる魔法だ。現在地の追跡にはまるで使えないが、過去移動してきたルートを割り出し拠点を探るにはもってこいだ。

 ユリはフードを被ると暫く目を閉じ、じっとしている。

 5分程した後、彼女はフードをとって立ち上がる。

 「……うん、目星ついた。行きましょう。リオ、アラン」


  街の中心部にある城。そこにはサムライの上層部、そして彼らのトップである将軍が集まり、街のことを決めている。月に一度彼らは集まり、会合をする。本日がその日だ。

 「──────先程、ムスプルヘイム王国から連絡が入った。王国の第二王子、ナツメグ・ムスペルが行方不明になったそうだ。それを受け、キョウ側でも捜索して欲しいとのことだ」

 将軍がそう言うと、上層部達はざわめく。

 「知ったことではない」だの「我々には関係の無いこと」だのと次々と野次が飛ぶ。

 「皆がそう言うのも分かる。しかしこの件、禊の子供達の所業だと言う話が出てきている。つまり……」

 「その小僧共がこの街に潜伏している、という事でしょうか?」

 その言葉に将軍は頷く。

「私と軍師の考えはこうだ。王国に先んじて禊を殲滅し、王子を保護する。そうすれば彼らに大きな貸しを作ることが出来るだろう。領土の拡大にしても、新たに権利を貰うにしても有利に働くであろう」

 「しかし将軍様。先ずその小僧共はどこに潜伏しておるのでしょうか?キョウの町は広うございます。闇雲に探すのは得策ではないかと」

 その言葉に将軍の隣の男……軍師が一枚の紙を広げる。

 「王国の軍隊長殿から連絡が入っています。目星は既についております」

 「信用できるのか?」

 将軍の言葉に軍師は頷く。

 「したたかで性根の悪い男ですが、嘘はつかない奴です。信用はできるでしょう」

 将軍はある男の方を向く。

 「ムラクモ。お主に出てもらう。いいな?」

 「承知」

 男……ムラクモはそう言い、頭を下げた。


 ニックスの足取りを辿っていたユリ達はいつの間にか街から出てきてしまった。

 「なぁ、本当にこっちで合ってるのか?」

 アランが訝しげに問う。

 「さぁ?でも……彼らはここを通ってどこかから来たのよ」

 彼らの向かう先、そこには禊萩の小屋がある。


 「……ん?」

 木の上に座っていたレンが違和感に気づき、街の方を見た。

 街から出てくる三つの人影。それを見たレンは木から降り、小屋へと帰った。

 「ネロ!」

 「今ユキ君から連絡が入ったわ。騎士団が私達を追跡してる。手段は分からないけどね」

 ネロはふぅ、と息をつき、時計を見る。

 「狙いは恐らく王子様。変に長引かせると作戦にも支障が出る。レン、彼らの相手をお願い。彼を隠したら私も行くわ」

 「……分かった」
 

 「この小屋ね。ここが恐らく彼らの拠点よ」

 ユリがそう言い、後ろでアランは軍へと連絡していた。

 「勇者の町スノーリアに王子捜索の兵がいるらしいが……増援が来るのにはしばらくかかる。どうする?俺たちで突入するか?」

 リオは頷き、剣を鞘から抜いた。

 「ニックスとガルムはまだ帰ってないと思う。やるなら今しかないよ」

 彼女は深く深呼吸をし、二人へ合図を送る。

 バン!とドアを開け放つ。すると玄関に待ち構えていたレンと目が合った。

 「行儀の悪いことすんなよな?」

 直後、三人は壁から飛び出してきた樹木に突き飛ばされる。

 彼はスタスタと外に出て、丁寧にドアを閉める。

 「レン・ウツギ。よりによってあなたとは……」

 リオは忌々しげに呟く。

 「悪いけどそんなに時間無いんだわ。見逃してやるからさっさと帰れ」

 彼は腕を組んで言う。

 次の瞬間、アランがレンの真後ろから襲いかかる。槍には風を纏い、一撃必殺を狙う。

 彼はひらりと身をかわし、槍は空を切った。

「だから行儀の悪いことすんなって」

 蹴り飛ばされたアランは舌打ちをする。完全に死角だったはずだ。どうやって……

 「音も上手く消して上手い奇襲だったな。相手が俺じゃなければな。……さっき言ったように時間無いんだわ。本気でいくぞ?」

 彼の背から一本の木が伸びていく。薄く、薄く青い輝きを放つそれは木と言うより鉱物に近い質感だ。それは徐々に収縮していき、一本の尾のようにゆらめいている。

 「行くぜ、『ペンタス・グレア』。……お前ら、ガッカリさせてくれるなよ?」
 


 街の中心部にある城。そこにはサムライの上層部、そして彼らのトップである将軍が集まり、街のことを決めている。

 当然警備も厳重で、本来ネズミ一匹入ることも出来ないのだが。

 「……?何だ貴様。新入りの小姓か?」

 上層部の男が一人の少年……ヒノに声をかけた。彼はゆっくりと振り返る。

 「あぁ、ちょうど良かった。宝物庫は何処にあるか分かる?」

 「……口の利き方がなっていないようだ。貴様、小姓ではないな?何者だ」

 男はカタナを抜き、首元に向ける。

 「知らないんならいいや」

 ヒノはカタナを素手で掴み、ゆっくりと近付く。

 「さようなら」

 男は腹を貫かれ、口から血を吐く。どういうわけか、腹の傷がどんどん広がっていき、男は遂には塵も残さず消えてしまった。

 「まぁいいか、終わった後に探せば」
 
 「貴様……何者だ」

 将軍が彼の背後から近寄る。

 「キョウの将軍……マサムネ・キサラギだね?」

 将軍……マサムネの剣撃をかわしたヒノは大きく飛び下がる。

 「貴様……禊のヒノだな?我が城に何の用だ」

 彼は青眼に構え、問う。

 「『オーブ』……あんた達の云う『狂玉』はどこにある?」

 「成程……聞いた所で答えるつもりは無い。聞いた所で意味など無いだろう?」

 一歩で間合いを詰めたマサムネは高速の突きを繰り出す。ヒノは左肩を貫かれ、壁に押し付けられる。

 「ったぁ……噂通りの化け物だね。流石だ」

 マサムネは何も言わず、カタナを引き左腕を切り落とす。ヒノはそれを拾い、傷口に押し付ける。傷は炎に包ま
れ、手を離す頃には腕は繋がっていた。

 「やはりと言うべきか……貴様も異能者メイジなのだな」

 彼は再び構える。

 「まぁね。でも今は戦うその時じゃない」

 「なに?」

 「宣戦布告だ。僕ら『禊萩』はあんたらを全力でブッ潰して狂玉をもらう。いいね?」

 「そうか。とは言っても逃がす訳には───」

 パチン、と指のなる音が響く。二人の視界が一気に光で染まっていく。



 次の瞬間、街に爆発音が響き渡った。城は燃え盛り、屋根は吹き飛んでしまった。

 そこからゆっくりと歩いてきたヒノは周囲を見渡した。

 逃げ惑う人々、消防に追われるサムライ、我先にと避難する上層部。

 数秒置いて城の中心から巨大な水柱が上がった。そこから水が飛び散り、街中に雨が降る。城の火は次第に収まっていく。

 「あわよくばと思ったけど……あれで殺せりゃ苦労しないよね」

 彼はうんと伸びをするとネロへと連絡を入れる。

 「とりあえず僕は……レンの方でも見に行くかな」

 そう言うと家の屋根に飛び乗り、小屋の方へと向かって行った。 
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