シンシンシンシンシンユウ

西野尻尾

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第7章

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第7章


「あ、あのっ」
――ん?
「杞蕾海々っていいますっ」
――……え?
「き、杞蕾海々っていいますっ」
……あ、もしかして名乗ってる?
――それがあんたの名前?
「そうですっ」
きらいみみ、ね。珍しい苗字だなぁ。
――わたしは沙理沢碧。初めまして。
「はっ、はじめましてっ」
――なんでそんなに緊張してるの?
「あっ、ごめんなさい!」
――いや、別に謝る必要はないけど……。
このコ、顔はすごく可愛いのに、
「いいえっ、今のは海々が謝るべきでしたっ」
もしかして、実は変なコじゃないか?

「沙理沢さんっ」
――なに?
「さっきは助けてくれてありがとうございました!」
――さっき?
「朱漢組の人達から助けてくれてっ」
あぁ、そのことね。
――いいよ、気にしないで。
「いえ、ありがとうございました! 海々も沙理沢さんのように強くなりたいです!」
律儀なコだなぁ。
――人助けもいいけど、程々にね。じゃないと、自分が怪我するよ。
「それはわかってるんです……。でも……」
――でも?
「自分の目の前で誰かが怪我するくらいなら、自分が怪我した方がマシかなーなんて……」
――…………。
「その、海々はケンカとかしたことないんですけど、困ってる人を助けてあげられたらなって……」
――…………。
「ごっ、ごめんなさい! こんな小さくて弱いくせにおこがましいことを言ってしまいました! 今のは忘れてくださいっ」
このコ……。
――ねぇ。
「は、はいっ」
――わたし達、仲良くなれると思う?
「……はい?」
――この学校を卒業しても、友達としていられると思う?
「えっと……」
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「そんなの、わからないです……」
でも、このコは……。
「たくさん話して、遊んで、一緒にいないと、わからないです……」
このコとなら、やっていけるかもしれない。
――ねぇ、これからは名前で呼んでいい?
「えっ」
――『海々』って。
「ぜ、ぜんぜん、問題ないですっ」
――うしっ。じゃあさ、海々もわたしのこと『碧』って呼んでよ?
「えっ? で、でも……」
――でも、なに?
「沙理沢さんは海々と違って強いし、勉強もすごく出来るし……」
――出来るし、なに?
「その……、そんな沙理沢さんを呼び捨てだなんて……」
――-わたしが呼んで欲しいの。
「え?」
――海々には、呼び捨てで呼んで欲しいんだ。
「うぅ……」
――ね?
「う、うん……」
――それじゃあ、これらもよろしくねっ、海々?
「う、うんっ。よろしくっ。……あおい」
――え? なんか言った?
「よろしくね! 碧!」
――よし。
よろしくね、海々。
海々となら、ずっと仲良くやっていけそう。
口には出さないけど、そう思うんだ。
ホントだよ。
嘘じゃない。


「碧ーっ!」
海々の声が、叫び声が聞こえる。
「碧っ、碧ーっ! 目を開けてよぉ!」
……あぁ、わたしは目を閉じていたのか。どうりで暗いと思った。
「碧っ」
あれ……?
「よかった……。目を開けてくれた……」
そうだよね? わたしは目を開けたよね?
「大丈夫?」
でも、真っ暗なままだよ?
「痛いところはない?」
海々の顔が見えないよ?
海々の顔が見たいのに。
言ったら見せてくれるかな。
「海々、どこにいるの? 顔を見せてよ」
よかった。声もちゃんと出た。
「え、碧……?」
部屋の中なのかな? 真っ暗だ。
「海々、どこ? どこにいるの? 暗いよ、電気点けてよ」
「沙理沢……」
あれ、綿谷の声がする。
「綿谷? 綿谷もそこにいるの?」
「沙理沢っ、俺のことはわかるかっ」
俺のことはわかるか、って。
「二宮でしょ?」
バカにされているのかな。忘れるはがずがないじゃない。
「あの女は黙らせた。あとはお前が戻ってくるだけだっ」
戻ってくる? 意味がわからない。わたしは戻ってきたじゃない。
ちょっと意識が飛んでいたみたいだけど、現にこうしてあんたたちの声も聞こえている。
「碧っ、碧ーっ!」
海々、もしかして泣いているの? 今まで一度もわたしの前で泣いたことないくせに。
「なんで泣いてんのよ、あんたは?」
……あれ?
「あれ? ……あれ?」
腕が上がらない。
海々の頭を撫でてあげようと思ったのに、うまく力が入らない。
「ねぇ、二宮」
「なんだ……?」
「わたしの腕、ちゃんとくっついてるよね?」
「……あぁ、ちゃんとくっついてるよ」
「だよね。でも、腕が上がらないんだ。なんでかな?」
「…………」
あれ、無視? なんで答えてくれないの?
「綿谷」
「……ここにいる」
「腕に力が入らないの。なんでかわかる?」
「…………」
あんたまで無視かよ。もういいよ。
「海々、泣かないでよ。そもそも、なんで泣いてんのよ?」
腕が上がらないなら、口だけでなんとかするまで。
「あんた、弱いくせに一度も泣いたことないじゃない」
「だって……、だってっ、碧ーっ!」
「だから、なによ? なんでそこで泣き叫ぶの?」
「碧っ、撃たれたんだよっ! 銃でっ! お腹をっ!」
……え?
「よせっ、そんなことを本人に言うなっ」
「だって! だってぇっ!」
「救急車も呼んであるんだっ、それまで黙って――!」
海々と二宮が言い争っている声が徐々に離れていく。
「綿谷、いる?」
あの二人が離れたのなら、残るのはこいつだけだ。
「……ここに」
「わたし、撃たれたの?」
「……あぁ」
「ホンモノの、銃で?」
「本物の銃で、だ」
「どこ? どこに当たったの? 二宮は頭と胴に当たらなければ死なないって言ってたよ?」
「……腹だ」
『碧っ、撃たれたんだよっ! 銃でっ! お腹をっ!』
そうだ。
そういえば言っていた。
「お腹って、胴だよね?」
「……そうだな」
「わたし、死ぬのかな?」
「…………」
綿谷は答えない。
「もう、二度と海々と話せなくなるのかな?」
「…………」
この質問にも、綿谷は答えない。
「ねぇってば……」
「…………」
答えてよ……。
「死なないよ!」
急に、至近距離で海々の叫び声が聞こえた。
「碧は死なないよっ! ずっと……ずっと一緒に暮らすんだっ! お母さんと海々で、寿命が尽きるまで3人で暮らすんだっ! 碧はどこにも行っちゃいけないんだっ! ずっと海々のそばにいるんだっ!」
「海々……?」
「だって! だって碧、海々に言ったもん! ずっと一緒にいてあげるって! 一生、海々を守ってくれるって! 海々に約束してくれたもん!」
……あぁ、そうか。
その海々の悲痛な声で、わたしは唐突に理解できた。理解してしまった。
「わたしは……」
やっぱり、死ぬんだ。
「海々」
大好きで、大切な友達の名前を呼んだ。
「いるよっ! ここにいるよっ!」
「悲しいおわかれはなしだよ……。今まで、こういうノリは散々やってきたでしょ……」
「え……?」
「もう、こういうノリは慣れてるでしょ。だから、いつもみたいにいこうよ」
「でも、あれはお芝居じゃない……。こんな……、『本当』に別れがくるなんて思ってなかったもん……」
「バカだなぁ。こういう時のために、今まで慣らしておいたんじゃない。だからね、今は、笑っておわかれするの」
「そんなの……そんなの無理だよぉ!」
わたしの頬に、一粒の水滴が落ちてきた。
「あれ? 雨が降ってきたのかな?」
茶化すように、笑って言ってやった。
こんな温かい雨が、あるはずがない。
「海々……」
死んだらどうなるんだろう。
天国に行くとか、地獄に堕ちるとか、来世に生まれ変わるとか、魂が消滅するとか。
色んな説があるけど、正直、どうでもいいな。
ただ。
「碧っ」
急に、海々との思い出が溢れかえる。
出会って、笑いあって、からかって、冗談を言い合って。
そのすべてが至高の日々で、かけがえのない時間だった。
でも、もう二度と海々と話せない。
それが、1番――。

「海々、わたしさ……」

嫌だ……。

そんなの、嫌だよ……。

ずっと……、ずっと海々と一緒にいたいよ……。

「死にたく、ないよ……。海々と、はなれたく、な……」

こんなところでお別れなんて……。

「もっと……、ずっ……、いっしょ、に……」

海々、海々ぃ……。

「碧……?」


しにたく。

ないよ。


「碧っ、碧ってばぁ!」

みみ……。

「碧ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」


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