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第5章
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第5章
チャイムが鳴った。
浅い眠りについていたわたしは目を開く。
「ん……、んくっ……」
上半身を起こして、少し硬直していた体をほぐすように伸びをする。
「お日様、未だ姿見せず、か」
視界に映る空は灰色に染まっていた。数日前まであれだけみんなを苦しめていた太陽の姿がない。
「天気予報、また今日も外れたなぁ」
確か、今朝のテレビでは昼から晴れると言っていた。それなのに、6時間目が終わった今でも曇天が広がっている。
「沙理沢さん」
不意に声をかけられた。
わたしは声のした方に顔を向けると、クラス委員長を務めている人が怯えた表情で立っていた。名前は……覚えていない。
「なに?」
「あ、あの、もう授業が終わったから、教室に呼び戻そうかと思って……」
普段は冷静沈着な委員長が明らかにどもっている。
なんでだろう。
「うん、ありがと。すぐに戻るよ」
わたしはそう返して、天を仰いだ。
教室に戻る前に、もう一度この灰色の空を眺めておきたかった。別に意味はない。
「う、うん。みんな待ってるから、なるべく早く戻ってきてね」
そう言い残して、踵を返した委員長は早足で教室に戻っていった。
その姿はまるで凶悪犯にでも出くわした人のようで、とてもじゃないけどいい気分にはなれない。
そんなことを思っていたら教室に戻るのが億劫になってきた。このまま明日まで寝ていようかな。
でも、戻らないとみんなが帰れない。だから、わたしは戻らなければならない。
「はぁ、面倒だな」
わたしは妙に重たい体を持ち上げ、教室へ足を運んだ。
もう1週間くらいは太陽を見ていないかもしれない。
『あの日』以来、まるでわたしの心を映し出しているかのように空から光と青が消えた。
いつの日か想像した、空虚感が支配するモノクロの世界。
海々がいなくなって、そんなつまらない日々が始まってしまった。
それを終わらせたくて、わたしは海々を捜した。自分の足で歩き回り、聞き込みをし、精根尽きるまで海々の姿を追った。
でも、その努力に結果は伴わなかった。疲れ果てて立ち止まったところにあったのは、言葉では形容できない、どうしようもないほどの喪失感と無力感だけだった。
それからというもの、海々を捜すことはしなくなった。たった数日歩き回っただけで、わたしは海々を捜す気になれなくなった。
――あんたの海々に対する気持ちはそんなのものなの?
そうやって自問してみたけど、答えは見つけかれなかった。
明音さんは「大丈夫、海々ちゃんはきっと無事よ」と笑顔を潰えさせずに今まで通りを貫いている。最初はどんなに強い人なんだ、とも思った。
けど、わたしは見てしまった。
夜中に、すすり泣きながらお酒を呷る明音さんの姿を。
当たり前のことだ。愛する我が子がどこの馬の骨だかわからない輩に連れ去られてしまったのだ。笑っていられるはずがない。
当然、警察に捜索願を出してあるけど、なにも手がかりは見つかっていないらしい。
女の子を誘拐されておいて手がかり1つ掴めないなんて、日本の警察のレベルには辟易するしかない。あれだけ事情聴取に協力してあげたのに。
それとも、『奴ら』を褒めるべきなのか。誘拐なんて大変なことをしておきながら、有力な証拠は一切残していない。警察よりも、犯罪レベルの方が上回っているのだろうか。
世も末だ。こんなのだから日本の未来を危惧する人々が嘆いているのだ。
「……どうでもいいか」
こんなことを考えていてもしょうがない。
わたしは意識を前方の風景に戻した。
会話のない、味気のない帰り道。海々の声はなく、聞こえるのは蝉の鳴き声だけ。
最初はものすごく無味乾燥に思えたひとりでの登下校も、今では慣れつつあった。
この適応能力の高さこそヒトの真髄、という言葉が脳裏に思い出される。
「ん?」
学校と家の中間地点も過ぎて、残り10分もかからずに家に着こうとしていた道中、源泉高校の制服を着た3人の男子生徒が道の脇で何やら揉めていた。
「さっさと出せやっ。もう期限はとっくに過ぎてんぞっ」
「そ、そんな……。もうお小遣いも全部出してしまって、財布にも家にもないですよ」
3人のうち、ふたりが3年生、ひとりが2年生だと襟のラインの色で判断できた。
それにしても、こんな人通りの多い道でカツアゲなんて愚の極みだ。警察でも通ったら補導されるだろうに。
……あぁ、なんだか段々イライラしてきた。
わたしは3人に歩み寄る。最初に2年生が気付き、やがて背を向けていたふたりの3年生も振り向いた。
ふたりはわたしの姿を認めると、表情が一気に強張る。
「なっ、さっ、沙理沢っ」
さっきまで2年生に対して強気でいたのに、近寄ったのがわたしだと気付くとすぐに怖気づく。そんな情けないふたりの態度に、わたしのイライラはさらに倍増する。
「なに? そんなにわたしが怖いの? 年下で、女の、このわたしが」
「なっ、くっ……」
3年のふたりはわたしの挑発に頭に血を上らせながらも、既に逃げ腰で機会を窺っている。
「情けないね。反論のひとつも出来ないの?」
すると、我慢が限界に達した片方の3年生が叫んだ。
「うるせぇ! 俺らはお前みたいに強くないんだ! だから自分より弱い奴を狙うしかないんだよ!」
ほとんど開き直りのような叫び。
そんな惨めで哀れな叫びが、わたしから理性を奪った。
次の瞬間にはもう、わたしの意識はなかった。
無我夢中で体を動かして、何がどうなっているか、果たして自分でもわからない。
『俺らはお前みたいに強くないんだ!』
何それ。
ってことは、わたしは強いの?
大切な友達ですら守れない、こんなわたしが?
大好きな友達を失ってしまった、こんなわたしが?
「うあっ」「ぐぅっ」
わたしが動くたびにふたりの悲鳴が耳に入ってくる。
『海々にはすごく感謝してるし、友達としても大好きだよ。だからこれからも、海々を守ってあげるからね』
……あれ。
『でも、海々は安心してっ。わたしが守ってあげるから!』
おかしいな。
『わたしは海々にいて欲しい。たとえ、世界が海々を拒もうとも、わたしが守ってあげる。わたしだけは、ずっと海々の友達でいる』
なんで、こんな言葉を思い出しているんだろう。
わたしの意に反して、今度は海々の様々な表情が浮かび上がる。
『今日もかっこよかったーっ! さっすが碧だよぉっ、もう碧と一緒ならいつでもどこでも安心だねっ』
海々……。
『碧は私欲のためにその鶴を折ったんじゃないでしょ? 感動して、胸を強くを打たれたから、自分の手で生んであげたいと思ったんでしょ?』
わたしの、大切な友達……。
『碧はモテるんだよ! 強くて、かっこよくて、それでも優しくて! 海々なんかより何倍もモテるんだ! 学校一の人気者なんだ! そんな……、そんな自慢の親友を悪く言うなぁっ!』
目の前が真っ白になる。
わたしは今、何をしているのだろう。
わからない。
わたしは今、何を考えているのだろう。
わからない。
わたしは今、どうして理性を失っているのだろう。
わからない。
どうして、無意識のうちに体を動かしているのだろう。
わからない。
わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない。
わからない。
わたしは今、何にイライラしているのだろう。
自分より弱い者にしか強気で出られない、この不甲斐ない3年生達に? 曇りばかり続いている天気に? 手がかりひとつ掴めない警察に?
それとも、海々を守れなかった、自分自身に……?
「何やってんだっ」
不意に、動き続けていたわたしの体が止まった。
いや、止まったんじゃない。第三者の手によって止められたのだ。
「あ……」
二宮だった。
二宮の手に、わたしの腕が強く握り締められている。
「これ、お前がやったのか?」
二宮は顎で足元を指す。
その地面に、さっきまでわたしの目の前にいたはずの3年生がうずくまっていた。
ふたりとも顔が酷く腫れていて、一瞬見ただけでは先程の3年生だとわからなかった。
「わからない」
嘘をついたわけなじゃない。
覚えていないのは本当だから、正直に答えたまで。
「嘘を言うな!」
なのに、二宮から激しく追及された。
「お前、数日前にも似たようなことしただろっ。それからというもの、クラスの連中から明らかに避けられてるじゃねぇか!」
二宮に言われて、以前にもこんなことがあったかどうか思い出してみる。
すると、うろ覚えながら似たようなことがあった気がしてきた。
確かあの時は、商店街の本屋で万引きした中学生が店員に捕まっていて、全然反省した様子がなかったから注意してあげたんだと思うけど。
「お前に口答えしたくらいで腕の骨を折ったもんだから、やり過ぎだと職員室に呼び出されてただろうがっ」
そうだったっけ。記憶にない。
わたしがよく思い出せていないことを二宮は察したのか、深く息を吐いてわたしの腕を離した。
「君、ビビらせちまって悪かったね。もう行きな」
当初絡まれていた2年生の男子は二宮の言葉に安堵して、一礼して走り去っていった。
「ほら、お前は俺について来い」
わたしは呆然とその背中を見つめていると、二宮がわたしについてくるように促してきた。
「え? どこ行くの?」
わたしの問いに、二宮は背中を向けたまま答えた。
「猛さんが、お前に話したいことがあるそうだ」
商店街までは知っている道だった。
海々と何回も通ったことのある道だったし、方向音痴というわけでもないわたしは途中まで帰る自信があった。
でも、路地裏に入ってからわからなくなった。
暗くて細い道を、右折して左折して直進して、挙句の果てに小さな建物に入った。
元々バーか何かだったのか、中は古びたカウンターや椅子が数年間使われていないことを物語っている。
二宮はカウンターに入ると、グラスの入った棚に手を置いた。そんな重い物を片手で動かせるはずがないのに、特に力を入れている様子もなく棚はするりと動いた。
すると、他のものとは比較的綺麗な木製のドアが現れる。
「なんか、ゲームみたい」
わたしの素直な感想に二宮は反応せず、そのドアを開いて中に入っていった。わたしもその背を追う。
地下へと続く階段。
真っ暗な階段を二宮は慣れた足取りで進んでいき、わたしも不慣れながら遅れないようについていく。
20段ほど降りただろうか、狭い踊り場のような場所に着いた。
「ここだ」
二宮が脇のドアを開いた。
「っ」
真っ暗だった空間が白い光に照らし出される。
反射的に目を瞑ったわたしは、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
さっきまでいた二宮の姿はなく、光の向こうから複数の人の気配を感じる。
そのうちのひとつが、きっと二宮なのだろう。
徐々に目が慣れてきたわたしは、目を細めて部屋の中を見回してみた。
12畳ほどの広さで、深紅色の壁と、同色の天井。
棚やテーブルなどはなく、蛍光灯がふたつあるだけの、質素でどこか妖艶な雰囲気の部屋。ただ、部屋の奥にひとつだけソファが備えられていた。
そのソファに腰掛けているのは、やはり綿谷。その隣に二宮が立って控えている。
「待っていた」
低く、渋い声で綿谷が口を開いた。
「本来ならわしが自ら出向くはずだったが、少し――」
「無駄口はいいよ。なんか話があったんでしょ?」
綿谷の言葉を遮って、わたしはさっさと用件を聞いた。
今のわたしが少し腹立たしげなのは否めない。こんな辺鄙なところに連れてこられたのだ。当然だろう。
綿谷は眉を潜めはしたけど、どうやらわたしの気持ちは伝わったようだ。
「希祐、ちょっと席を外してくれないか」
「えっ」
当の二宮はもちろん、わたしまで思わす声を出してしまった。
綿谷が最も信頼を寄せている二宮にまで聞かれたくないとなると、一体どういう話をしようとしているのか想像もつかない。
「……はい」
明らかに不満はあるようだけど、二宮は二の句を繋げずに従った。
綿谷に一礼して、わたしを横切って部屋から出て行った。ドアが閉まって、静寂が部屋に訪れる。
「二宮まで追い出すなんて、よっぽどやばい話なの?」
茶化すように言ったわたしに、綿谷は鼻で笑った。
肯定とも否定とも捉えられるその振る舞いに、わたしは若干の苛立ちを覚える。
「いや、すまない」
わたしの心境を察したのか、綿谷はすぐに表情を引き締める。
一度深呼吸をして、わたしの顔を見据えてきた。
「最近、随分と荒れてるそうじゃないか」
「と、言うと?」
綿谷の語調は咎め口調も甚だしい。挑発的にも聞こえた。
「お前のしていることは八つ当たりでしかない。正直言って、見苦しい。お前らしくもない」
挑発と言うのは、相手を不快にさせる言葉なわけで。
「……何が言いたいの?」
綿谷は深く息を吐いた。
何かに失望したような、諦めた時に吐くような、そんなため息だった。
「杞蕾がいなくなっただけで、その様か」
その言葉は、わたしを激昂させるには十分だった。
「なっ、てめぇっ!」
海々がいなくなった『だけ』? それがわたしにとって、どういうものかこいつにわかるはずがない。
他人のこいつに、わたしと海々のことをとやかく言われたくはない。
「『その様』? あぁっ、そうだっ。わたしにとって海々は生きがいだったんだ。生きがいをなくせば『こんな様』にもなるさっ」
なんて情けなく、哀れな言葉だ。
自分でもわかる。わたしは今、完全にヤケになっている。
傍から見れば相当見苦しい姿をしているのだろう。
「あんたに何がわかるっ。大切な人を失った奴の気持ちなんか、あんたにはわかるのかっ」
あぁ、これが綿谷の言う八つ当たりなんだろうな。
「あんたなんかに……、あんたなんかに! わたしの気持ちがわかるのか!」
本当はこんなこと言うつもりないのにな。
綿谷を侮辱して、軽蔑している。そんな自分に腹が立つ。
「わしには、お前の気持ちはわからない」
でも。
「わしが出来ることは、自分の経験を踏まえた上での推測だけだ」
意外にも綿谷は落ち着いていて。
「1年と半年足らず前、ちょうど中学を卒業する頃の話だ」
静かに、思い出を振り返るように話し始めた。
「中学時代、わしは喧嘩ばかりしていた。その理由は極めて簡単、恋心を抱いた女子がおったのだ。当時のわしは不器用で、自分の強さを示すことでしか男としての魅力を表せられないものだと思っていた」
話す綿谷の表情は穏やかで、
「当然、その女子には怖がられてな、近寄ってくることさえしなかった。わしの姿を見るたびに怯え、友人の影に隠れるような、そんなか弱い女子だった」
当時の思い出を慈しむように、
「一向に距離を縮められず、わしは苛立ちを募らせておってな。同じ中学の制服を着た女子が当時の朱漢組に絡まれておったのを、良い機会だと言わんばかりに苛立ちをぶつけてやった。すると、あろうことか、その女子はわしが恋焦がれた女子の友人だったのだ。完全に八つ当たりだったというのに、そんな行動が思わぬ収穫を得たのだ」
まるで、その思い出の眩しさに目を細めているようで、
「それ以来、わしとその女子は会話を交わすようになり、次第に仲を深めていくようになった。目を合わすことすらままならなかったわしらにとって、夢だと疑うような日々が続いた。そしていつしか、わしらは『恋人』の枠に入ろうとしていた。お前をずっと守っていく、絶対に傷つけはしまい、と宣誓した。そのためにも、まずは同じ高校に入ることを約束した。当時は勉強など全く出来なかったわしにとって、源泉高校など入れるはずがなかった」
やがて目を閉じて、わずかに口元が緩んだような気がした。
「だがな、彼女はわしへの協力を惜しまなかった。中1の単元ですらまともに出来なかったわしに、根気強く、勉強に付き合ってくれたのだ。その甲斐あって、わしは源泉高校に補欠合格することが出来た。辛うじてではあったが、わしらは手放しで喜んだ。補欠合格とは言え、わしにとっては空前の快挙だった」
だけど、その表情は徐々に曇っていって、
「しかし、レベルの高い源泉高校を辞退する者はおらず、なかなか合格の内定がもらえない日々が続いた。彼女はわしを励まし続けてくれたが、ついに締め切りの日が訪れてしまった。もはやわしは諦めかけており、もう少し勉強していれば、と後悔し続けていた。そうすれば、彼女との約束を果たせたというのに、と。――そんな日の朝だった。電話が来たのは」
綿谷の声が、これ以上ないくらいに沈んだ。
「電話の内容は、彼女が交通事故に遭ったことを報せるものだった。一命は取り留めたものの、脊髄を傷つけ、下半身に一生マヒが残る後遺症を患ってしまった。当然、高校生活など送れるはずもない。一生、車椅子の生活を課せられた。わしは彼女を守れなかったことを苛み、無力感にひれ伏せた。どうしようもない感情が波状に襲いかかってきた」
元々低いその声を、わたしに聞き取れるように綿谷はしっかりと発音してくれていて、
「事故に遭ったのは、朱漢組の喧嘩の仲裁に入ったからだったそうだ。その際に彼女は車道に押し弾かれ、最悪なタイミングで車が走ってきた。朱漢組がきっかけで近付くことが出来たのに、今度は朱漢組によって距離を離されてしまったのだ」
無表情の綿谷からは、悲痛なまでの自責の念が溢れ出ていて、
「彼女の病室に行って、わしは謝り続けた。約束を果たせなかった上に、お前を守れなかった、自分の不甲斐なさを心から怨みたくなる、と。でも、彼女はわしを責めたりしなかった。あなたは何も悪くない、たまたま、自分に運が無かっただけ、と慰めたくれた。わしは泣き崩れた。いっそのこと、思いっきり責めて欲しかった。その方が、まだマシだった」
まるでその情景が、わたしにも見えるようで。
「すると、無様に泣き崩れたわしに、彼女は微笑みながら、優しく言ったのだ」
『これで、あなたの席ができたね』
まるでその笑顔が、わたしにも見えるようで。
『これで、あなたは来月から源泉高校の生徒だね』
そして、
「わしは誓った。これからもお前に尽くす。無駄な喧嘩も止め、悪名高い『朱漢組』を更生させる、と。お前のような弱い者を守る集団にする、と。そしたらな、彼女は満面の笑みを浮かべて、言いおった」
『すごい! そんなことが出来るのは綿谷君だけだよ!』
「一生歩くことの出来なくなった女子の顔ではなく、生きていることを純粋に喜んでいる、無垢で純粋な瞳をしておった」
綿谷に似つかわしくない、涙が頬を伝った。
「わしは、大切な人が大事なものを失って、源泉高校の生徒として存在してられる。大切な人との時間を失って、朱漢組の頭に君臨していられている。本当なら、お前と杞蕾のように商店街を一緒に歩いたり、学校に登下校したり出来ていたはずだ。でも、それはもう、二度と叶わない夢になってしまった」
綿谷はゆっくりと目を閉じた。
闇の中で、綿谷は何を想っているのだろう。どんな情景を思い浮かべているのだろう。
「わしは、大切な人を守れなかった。自分の無力さを怨んだ。だがな」
目を開けた綿谷の瞳が、鋭く輝いていた。
「お前はまだ、取り返しがつくかもしれないだろうがっ! 見つけられないというだけで、大切な人を諦めるつもりか! 違うだろっ! お前は取り返せばいいんだ! 探して、取り返してっ、元の日常を取り戻せばいんだよっ! 自分の中で片をつけずに、結果が出るまで足掻いてみろよ!」
その叱咤に、わたしの体は震えた。
わたしは、綿谷に対して失礼極まりないことを口走ったのかもしれない。
綿谷は大切な人を失う苦しみを、わたしよりもずっと前に知っていたのだ。
そして、ずっと前に立ち直っていたのだ。自分の生き方を見つけていたのだ。
大切な人を犠牲にしてまで得た高校生活を、こいつはこいつなりに、償いのつもりで送っていたのだ。朱漢組を更生させることで、大切な人の犠牲を無駄にさせないつもりでいたのだ。
わたしは馬鹿だ。
わたしは愚かだ。
わたしは滑稽だ。
綿谷はわたしよりも、遥かに大人で、苦しみを知っている。
わたしが綿谷を責めることなど、もはや子供が大人に楯突くようなものなのだ。
……謝らなきゃ、いけないのかな。さっきの態度を、今までずっと邪険に思ってきたことを。
なんだか悔しいな。こんな時に変な意地を張るなんてバカげているけど、それはわたしの性格だからしょうがない。
でも、この言葉なら言えるかもしれない。
ちょっと悔しいし、恥ずかしい気もするけど、今言わなくちゃいけないだろうな。
ま、さらっと言おう。変に意識すると声が裏返ったりしそうだし。
それじゃ、まるで海々みたいだ。
だから、さらっと。
「ありがとう、綿谷」
浄化の言葉。
およそ一年半、わたしと朱漢組の間に存在した確執を、完全に取り除く言葉。
和解じゃない。
和解じゃないし、謝罪でもないけど。
それらに限りなく近い言葉。
「やっと、元の顔に戻ったな」
綿谷は笑っていた。その厳つい顔にはとても似合わない、優しい微笑み。
「あんたでも笑うんだね」
からかってやると、綿谷は小さく笑った。
今にして思えば、綿谷の笑顔を見るのは初めてかもしれない。
そう考えると、なんだかおかしくなってきた。
自然と笑みがこぼれてしまう。
それは、海々がいなくなってから初めてのことだった。
しかも、よりにもよって綿谷がその相手とは。
本当に、人生は何が起こるかわからない。
「ふぅ」
やがて綿谷は深く息を吐いて、わたしの目を見てきた。
「これで、ようやくお前に教えてやれそうだ」
呟くように、なんとか聞き取れるほど小さな声で言った綿谷の言葉に、わたしは首を傾げる。
「なんのこと?」
もっともな疑問をぶつけてやると、思わぬ言葉が綿谷から返ってくる。
「杞蕾をさらった奴らの居場所を掴んだ。杞蕾の無事も確認されている。奴らも人間だ。何一つ証拠を残さないなんてことは絶対に出来ない」
「……え?」
「わしらの情報は確実だ。警察とは全くの別口から仕入れている。本当はすぐにでも教えてやろうかと思ったが、先程までのお前にはとても教えられなかった。でも、今なら教えられる」
驚きを隠せないわたしに、綿谷は真顔で、わたしに問いかけてきた。
「お前は、杞蕾を助ける覚悟はあるか」
とても単純で、答えを言うまでのものではない。
でも、人を誘拐するような連中だ。はっきり言って、身の安全の保障はないだろう。最悪な展開だって考えられる。ドラマや映画の中でしか起こり得ないことが、現実のものになるかもしれない。
だからこそ、綿谷はわたしの覚悟を試している。答えるまでのない問いかけを、こいつはあえてしてきている。
ならば、わたしが取る手段は一つしかない。
「当たり前だっ」
親指を立て、努めて軽快に、爽やかに言った。
不安も憂慮も必要ない。結果など考えず、とにかく海々を取り返す。
それだけを考えていればいい。色んなことを考えるよりも、よっぽど建設的だ。
そんなわたしの気持ちが伝わったのか、綿谷は不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。
綿谷から『奴ら』の居場所を教えてもらったわたしは、せめて着替えだけでもしようと家に戻った。
すっかり暗くなっている夜道は、何故かとても心地よかった。
涼しくなって、普段は気にしない虫の鳴き声が耳に優しく入ってくる。
理由はわかっている。
わたしの心が晴れたからだ。曇りきり、荒みきり、腐りきっていたのが嘘のようだ。
「ん?」
もうひとつ。
心なしか、目の前に続いている道も明るい。
これも心が晴れたから?
「あ……」
違った。
「半日遅れで天気予報が当たったね」
銀色のお月様が、煌びやかに夜空で輝いていた。
門をくぐって、音を立てないようにこっそり家に入った。
まるで門限を破った女の子の気分。
彼氏とのデートで帰りが遅くなったコの気持ちが初めてわかったかも。
忍び足で廊下を経由して、電気も点けずに階段を上って部屋へ向かう。
なんとか明音さんに見つからずに辿り着くことが出来そうだ。
階段を上りきって、安堵の息を漏らした。
そして静かにドアを開ける。
「おかえりー」
「って、うわあっ」
部屋の中に明音さんがいた。
思わず声を上げてしまう。
「なんでコソコソしてるの?」
どうやら洗濯物を持ってきてくれたようだ。タンスの前に正座して、わたしの服を畳んでくれている。
わたしは驚きを隠せず、
「あ、いや、帰りが遅くなったから怒られちゃうかと思って」
自然とこんな言葉が出た。
明音さんは時計に目をやると、不思議そうな顔でわたしに向き直る。
「遅くなったって、まだ20時よ?」
……あれ?
「怒らないんですか?」
本当は帰りが遅くなったからコソコソしていたわけではないのだけど、怒られないことに違和感を覚えたわたしは明音さんに尋ねた。
「怒るも何も、20時なんて全然遅くないわよ? 今時の高校生って0時くらいまで遊ぶものなんでしょ?」
明音さんはいつもの笑顔で迎えてくれる。
海々と一緒に帰っていた頃は、寄り道をしても七時には帰宅していた。
それよりも1時間以上遅いのに。
「それじゃあ、一緒にご飯食べましょ。着替えたら降りてらっしゃい。下で待ってるからね」
そう言い残して、明音さんは部屋から出て行こうとする。
優しく迎えられただけで、一切咎めて来ない。
「あの」
それがどうしてもわからなくて、明音さんを呼び止めた。
「どうして、怒らないんですか? 今までで1番遅いですよ?」
確かに、この家に居候させてもらって以来、20時というのは今までで一番遅い時間のはずだ。
それなのに。
「どうして、碧ちゃんは怒られると思ったの?」
逆に明音さんが聞き返してくる。
だって。
「だって、わたしの実家では、18時を過ぎただけで……」
すごく怒られた。
叩かれたりはしなかったけど、声を荒げるお母さんが、ものすごく怖かった。
だから19時を過ぎたことなんて、最初の1回しかない。
「あらあら」
でも、明音さんは、
「それは厳しいお母さんだったのねぇ」
海々の笑顔をそのまま大人にしたような屈託のない笑顔を残して、部屋を出て行った。
……あぁ、そうだった。
わたしはお母さんに束縛されていた。門限も多様な縄のひとつでしかなくて、他にも様々な制限が定められていて、恐怖に身を預けて従っていたのだった。
そんな日々がわたしのしがらみになっていたようだ。
「はぁ」
思わずため息が出てしまう。
わたしは過去のしがらみをいつまでも引きずっていて、知らず知らずのうちにお母さんと明音さんを重ねていたのかもしれない。
今にして思えば、明音さんは海々のお母さんだ。明音さんが育てたからこそ、わたしの大好きな海々がいるのだ。
その明音さんとお母さんを重ねるなんて、わたしはなんて失礼な人間だろう。
着替えながら考える。
わたしがコソコソしていた本当の理由。
それは、わたしが明音さんに何も言わずに海々を助けに行こうとしていたからだ。
余計な心配をかけたくないってのもある。海々がいなくなって、さらにわたしまでいなくなったら、明音さんはどんな気持ちになるだろうか。想像するだけでも痛々しい。
でも、もっと嫌なのは止められること。
行っちゃダメ。警察に任せなさい。どうしてひとりで行くの。
これらのどれかを、あるいは全てを言われる可能性だってある。
明音さんは間違ったことは言わない。常識にも感情にも囚われず、いつだって正論を持ち出してくる。
だからこそ、助けに行くことを止められたらわたしは反論することができない。反対を押し切る自信がない。
「さて」
着替えを終えたわたしは、部屋を出て階段を下りた。
押し切る自信はないけど、言わなくちゃいけない。
あんなにも鷹揚で、優しくて、海々のお母さんである明音さんに、黙って行くなんて出来ない。
失礼だとか、不誠実だとか、そういう負い目を感じるから話すんじゃない。
ケジメ、というやつだろうか。
「お待たせしました」
キッチンに入ったわたしを、明音さんは笑顔で迎えてくれた。
明音さんの作ってくれた夕食を食べ終え、片付けを手伝ってから、ふたりでお茶を飲むことにした。お茶を淹れて、テーブルに対面して座る。
そして、わたしは話した。
海々の居場所を突き止めたこと。これから助けに行くこと。
止められたり、怒られたりすることに恐々としながら話し続けた。言葉を挟まれる隙間を作らないように、一拍の間も作らずに話した。
夢中になって話していたせいか、明音さんが目を閉じていたことに気付かなかった。
わたしが話し終えると、ゆっくり、明音さんが目を開いて、口を開いた。
一瞬、わたしの身が縮こまる。
「碧ちゃんの言いたいことはわかったわ。碧ちゃんのことだから、きっと迷うことなく海々のために行く決断をしてくれたのだと思う。私はそれを止めようとは思わないわ」
黙って話を聞いてくれた明音さんは、予想外にも反対の文句を並べてこなかった。
「……でもね、、ひとつだけ教えて欲しいの」
その代わりに、たったひとつだけ、疑問をわたしにぶつけてきた。
「どうして、海々ちゃんのためにそこまでしてくれようとするの?」
思わず「え、そんなこと?」と聞き返しそうになった。
親である明音さんからしたら、その疑問は当然なのかもしれない。
友達を助けるために命を張るなんて、もはや友達の枠を超えている。
「それは」
でもその疑問は、わたしにとってはあまりにも滑稽で、ただの愚問でしかない。
だけど、どうやって言えばいいかわからない。
わたしの狭い語彙では、この気持ちを的確に表現する言葉を導き出せない。
だから、こうやって答えるしかない。
「海々は、わたしの友達ですから」
本当は、『親友』って言った方がよかったのかもしれない。
でも、わたしは相変わらずこの言葉にはピンと来ない。
結局、わたしはこう答えるしかなかった。
「そう……」
明音さんにわたしの気持ちが伝わったかはわからない。
明音さんは視線を下に向けて、目を閉じて、2、3回深呼吸をして、ゆっくりお茶を飲んだ。
それから沈黙が流れた。
互いに言葉を発することなく、時間にすればものの数秒なのに、すごく長く感じた。
「碧ちゃん、聞いて欲しい話があるの」
不意に名前を呼ばれた。
わたしは全神経を明音さんの言葉に集中させる。
だけど、
「海々ちゃんは、私の子どもじゃないの。だって、私は結婚してないもの。誰も産んでない」
唐突過ぎるその言葉を、わたしはすぐに理解出来なかった。
「不思議に思ったことはない? 私は夫を亡くしたことになっていたのに、この家には位牌もなければ、お盆に墓参りにも行ったすらない」
明音さんは微笑んで、手品の種明かしをするように話してくる。
「ど、どういうことですかっ」
当然のように抱いた疑問を、当然のようにぶつけた。
明音さんは、微笑みはそのままで昔の記憶を呼び起こすように話し始めた。
「16年前の春よ、あの子が家の前に捨てられていたのを見つけたのは」
明音さんは湯呑みを持って、お茶を一口含んだ。
わたしは体のどの部分も動かすことが出来ず、ただ黙って話を聞くだけ。
「その子はとても衰弱しててね、私はすぐに病院に連れていったの。連れていったら、その子はすぐに保育器に入れられわ。小さなお口に呼吸器が着けられて、赤ちゃんらしく泣いたりしずに、ただ生きていた。自分の子じゃないのに、それがすごく悲しかった」
湯呑みをテーブルに置いた明音さんは、頬杖をついて明後日の方向に目を向ける。
「衰弱していた原因は栄養失調によるものだってお医者さんに言われたわ。私はその子を引き取って、栄養と愛情をたくさん注いであげた。『海々』って名付けたのも私。周りからはどうして捨て子を育てるの?って言われたけど、性格だもの、しょうがないじゃない。昔から捨て犬とか放っておけなかったんだ」
その屈託のない笑みは、やはり海々を彷彿させる。
「子育ての知識なんて全然なかったし、パートナーもいないし、ものすごく苦労もしたけど、それ以上に充実していたわ。すくすく育っていく海々ちゃんが、たまらなく愛しかった。どうして私の家の前に捨てられていたのかはわからない。でも、そんなことはどうだってよかったの」
「海々は、そのことを知ってるんですか?」
「えぇ、あの子が中学生の時に話したわ。やっぱり驚きこそしたものの、ちゃんと受け入れてくれた。『それでも、お母さんはお母さんだよ』って。本人は気軽に言ったかもしれないわね、私の気が狂いそうになるくらい、そんな嬉しい言葉を」
その言葉に、思わずわたしも口元を緩めてしまう。
海々らしいなぁ、と。
本人にとってすごく嬉しいことさらっと言う海々は、どうやら中学生の頃には確立されていたらしい。
「それでね、どうしてこんな話をしたかって言うと」
「海々をさらった奴らが、赤ん坊の海々を捨てた奴らかもしれない、ということですね」
「えっ」
わたしの横槍に、明音さんは目を剥いた。「どうしてわかったの?」と顔で問いかけている。
「わたしを見くびらないでくださいな。これでもレベルの高い源泉高校の学力特待生ですぜ」
茶化すように言った。
明音さんは見開いていた目をゆっくり閉じて、静かに口を開いた。
「そうよね。――じゃあ、どうしてこのタイミングでこの話をしたのか、結局、私が何を言いたかったのか、察してもらえたかしら」
その口調はどこまでも穏やかで、だけどトゲを感じる言葉。
わたしは海々を助けに行くと明音さんに伝えた。
すると明音さんに、予想だにしていなかった事実を教えられた。
海々は自分の子ではなく、他人が産んだ子ども。育てたのは紛れもなく自分だけど、それでも他人の子は他人でしかない。
これらのことをまとめると、明音さんの言いたいことが否応にもわかってしまう。
「わかりませんね」
だから、嘘をつく。
「碧ちゃん……」
微笑みを保ってきた明音さんが、初めて表情を曇らした。
「でも、わかることもあります」
そういえば、明音さんに反抗するのは初めてかもしれない。
「それは、海々は明音さんのことを心から愛しているし、明音さんもまた、海々のことを愛しています。そうですよね?」
でも、それは単に反抗する必要がなかっただけ。感情に流されず、正論しか言わない人に反抗なんてするはずがない。
愛娘を誘拐されてまで正論を貫こうとする明音さんには、正直、尊敬の念を抱かずにいられない。本来なら、ものすごい精神力の持ち主だと尊敬するべきなのかもしれない。
だけど、こういう時にまで正論を持ち出すのは、わたしは嫌いだ。
人間は感情で生きるもの。それを抑制しているだけじゃ、幸せなんて掴めない。
「明音さんは海々が戻ってくることを願っている。そしてそれ以上に、海々はこの家に戻りたがっているはずです」
咎め口調で言った。年上で、今まで世話になった人に対する態度じゃない。
それでも、明音さんは手で口を押さえ、顔を大きく歪めた。
「海々を本当の親のもとに帰してもいい、なんて絶対に思わないはずです」
やがて嗚咽が漏れて、涙が手に滴り落ちていく。
わたしの言いたいことが伝わって、それと同じ気持ちだからこそ、明音さんは涙を見せたのだ。
わたしは立ち上がって、明音さんに一礼した。今までの感謝と、反抗したことの謝罪の気持ちを込めて。
明音さんに背を向けて、後ろ髪を引かれる思いで歩を進める。ドアを開いて、右足を廊下に踏み出す。
そこで一度歩を止めて、後ろを振り返った。明音さんはテーブルに顔を伏せていて、嗚咽を交えながら泣き崩れていた。
そんな明音さんの姿を見て、罪悪感に囚われないわけがない。
捨て子とは言え、赤ちゃんの頃から育ててきた海々を手放そうとした。海々に母親と認められても尚、産みの親のもとへ返そうとした。
明音さんにとって、並々ならぬ決断だったに違いない。簡単に愛娘を人に譲れるはずがない。産んですぐに捨てた奴なんかに、海々を任せられるはずがない。
そんな明音さんの決断を、わたしは無下にしたのだ。
だって、当たり前じゃない。16年ちょいしか生きていないわたしにですら、『その正論は間違っている』とわかる。明音さん自身も認めているのだ。だからこそ、泣き崩れているのだ。
「絶対に、取り戻してきますから」
罪滅ぼし、というわけではないけれど、わたしはそう言葉をかけた。
その言葉に、明音さんがぴくっと体を震わせた。
わたしはそれを見届けて、キッチンから出た。
玄関まで行って、履き慣れたスニーカーに足を入れる。
外に出ると、銀色の月が出迎えてくれた。その姿がわたしを見守ってくれているようで、少し頼もしく思ってしまう。
「……うしっ」
綿谷から教えてもらった場所は、源泉町の郊外にある「源泉湖」の辺りだった。
その場所に向かって、わたしは歩き出す。
大切で、大好きな海々を助け出しに。
チャイムが鳴った。
浅い眠りについていたわたしは目を開く。
「ん……、んくっ……」
上半身を起こして、少し硬直していた体をほぐすように伸びをする。
「お日様、未だ姿見せず、か」
視界に映る空は灰色に染まっていた。数日前まであれだけみんなを苦しめていた太陽の姿がない。
「天気予報、また今日も外れたなぁ」
確か、今朝のテレビでは昼から晴れると言っていた。それなのに、6時間目が終わった今でも曇天が広がっている。
「沙理沢さん」
不意に声をかけられた。
わたしは声のした方に顔を向けると、クラス委員長を務めている人が怯えた表情で立っていた。名前は……覚えていない。
「なに?」
「あ、あの、もう授業が終わったから、教室に呼び戻そうかと思って……」
普段は冷静沈着な委員長が明らかにどもっている。
なんでだろう。
「うん、ありがと。すぐに戻るよ」
わたしはそう返して、天を仰いだ。
教室に戻る前に、もう一度この灰色の空を眺めておきたかった。別に意味はない。
「う、うん。みんな待ってるから、なるべく早く戻ってきてね」
そう言い残して、踵を返した委員長は早足で教室に戻っていった。
その姿はまるで凶悪犯にでも出くわした人のようで、とてもじゃないけどいい気分にはなれない。
そんなことを思っていたら教室に戻るのが億劫になってきた。このまま明日まで寝ていようかな。
でも、戻らないとみんなが帰れない。だから、わたしは戻らなければならない。
「はぁ、面倒だな」
わたしは妙に重たい体を持ち上げ、教室へ足を運んだ。
もう1週間くらいは太陽を見ていないかもしれない。
『あの日』以来、まるでわたしの心を映し出しているかのように空から光と青が消えた。
いつの日か想像した、空虚感が支配するモノクロの世界。
海々がいなくなって、そんなつまらない日々が始まってしまった。
それを終わらせたくて、わたしは海々を捜した。自分の足で歩き回り、聞き込みをし、精根尽きるまで海々の姿を追った。
でも、その努力に結果は伴わなかった。疲れ果てて立ち止まったところにあったのは、言葉では形容できない、どうしようもないほどの喪失感と無力感だけだった。
それからというもの、海々を捜すことはしなくなった。たった数日歩き回っただけで、わたしは海々を捜す気になれなくなった。
――あんたの海々に対する気持ちはそんなのものなの?
そうやって自問してみたけど、答えは見つけかれなかった。
明音さんは「大丈夫、海々ちゃんはきっと無事よ」と笑顔を潰えさせずに今まで通りを貫いている。最初はどんなに強い人なんだ、とも思った。
けど、わたしは見てしまった。
夜中に、すすり泣きながらお酒を呷る明音さんの姿を。
当たり前のことだ。愛する我が子がどこの馬の骨だかわからない輩に連れ去られてしまったのだ。笑っていられるはずがない。
当然、警察に捜索願を出してあるけど、なにも手がかりは見つかっていないらしい。
女の子を誘拐されておいて手がかり1つ掴めないなんて、日本の警察のレベルには辟易するしかない。あれだけ事情聴取に協力してあげたのに。
それとも、『奴ら』を褒めるべきなのか。誘拐なんて大変なことをしておきながら、有力な証拠は一切残していない。警察よりも、犯罪レベルの方が上回っているのだろうか。
世も末だ。こんなのだから日本の未来を危惧する人々が嘆いているのだ。
「……どうでもいいか」
こんなことを考えていてもしょうがない。
わたしは意識を前方の風景に戻した。
会話のない、味気のない帰り道。海々の声はなく、聞こえるのは蝉の鳴き声だけ。
最初はものすごく無味乾燥に思えたひとりでの登下校も、今では慣れつつあった。
この適応能力の高さこそヒトの真髄、という言葉が脳裏に思い出される。
「ん?」
学校と家の中間地点も過ぎて、残り10分もかからずに家に着こうとしていた道中、源泉高校の制服を着た3人の男子生徒が道の脇で何やら揉めていた。
「さっさと出せやっ。もう期限はとっくに過ぎてんぞっ」
「そ、そんな……。もうお小遣いも全部出してしまって、財布にも家にもないですよ」
3人のうち、ふたりが3年生、ひとりが2年生だと襟のラインの色で判断できた。
それにしても、こんな人通りの多い道でカツアゲなんて愚の極みだ。警察でも通ったら補導されるだろうに。
……あぁ、なんだか段々イライラしてきた。
わたしは3人に歩み寄る。最初に2年生が気付き、やがて背を向けていたふたりの3年生も振り向いた。
ふたりはわたしの姿を認めると、表情が一気に強張る。
「なっ、さっ、沙理沢っ」
さっきまで2年生に対して強気でいたのに、近寄ったのがわたしだと気付くとすぐに怖気づく。そんな情けないふたりの態度に、わたしのイライラはさらに倍増する。
「なに? そんなにわたしが怖いの? 年下で、女の、このわたしが」
「なっ、くっ……」
3年のふたりはわたしの挑発に頭に血を上らせながらも、既に逃げ腰で機会を窺っている。
「情けないね。反論のひとつも出来ないの?」
すると、我慢が限界に達した片方の3年生が叫んだ。
「うるせぇ! 俺らはお前みたいに強くないんだ! だから自分より弱い奴を狙うしかないんだよ!」
ほとんど開き直りのような叫び。
そんな惨めで哀れな叫びが、わたしから理性を奪った。
次の瞬間にはもう、わたしの意識はなかった。
無我夢中で体を動かして、何がどうなっているか、果たして自分でもわからない。
『俺らはお前みたいに強くないんだ!』
何それ。
ってことは、わたしは強いの?
大切な友達ですら守れない、こんなわたしが?
大好きな友達を失ってしまった、こんなわたしが?
「うあっ」「ぐぅっ」
わたしが動くたびにふたりの悲鳴が耳に入ってくる。
『海々にはすごく感謝してるし、友達としても大好きだよ。だからこれからも、海々を守ってあげるからね』
……あれ。
『でも、海々は安心してっ。わたしが守ってあげるから!』
おかしいな。
『わたしは海々にいて欲しい。たとえ、世界が海々を拒もうとも、わたしが守ってあげる。わたしだけは、ずっと海々の友達でいる』
なんで、こんな言葉を思い出しているんだろう。
わたしの意に反して、今度は海々の様々な表情が浮かび上がる。
『今日もかっこよかったーっ! さっすが碧だよぉっ、もう碧と一緒ならいつでもどこでも安心だねっ』
海々……。
『碧は私欲のためにその鶴を折ったんじゃないでしょ? 感動して、胸を強くを打たれたから、自分の手で生んであげたいと思ったんでしょ?』
わたしの、大切な友達……。
『碧はモテるんだよ! 強くて、かっこよくて、それでも優しくて! 海々なんかより何倍もモテるんだ! 学校一の人気者なんだ! そんな……、そんな自慢の親友を悪く言うなぁっ!』
目の前が真っ白になる。
わたしは今、何をしているのだろう。
わからない。
わたしは今、何を考えているのだろう。
わからない。
わたしは今、どうして理性を失っているのだろう。
わからない。
どうして、無意識のうちに体を動かしているのだろう。
わからない。
わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない。
わからない。
わたしは今、何にイライラしているのだろう。
自分より弱い者にしか強気で出られない、この不甲斐ない3年生達に? 曇りばかり続いている天気に? 手がかりひとつ掴めない警察に?
それとも、海々を守れなかった、自分自身に……?
「何やってんだっ」
不意に、動き続けていたわたしの体が止まった。
いや、止まったんじゃない。第三者の手によって止められたのだ。
「あ……」
二宮だった。
二宮の手に、わたしの腕が強く握り締められている。
「これ、お前がやったのか?」
二宮は顎で足元を指す。
その地面に、さっきまでわたしの目の前にいたはずの3年生がうずくまっていた。
ふたりとも顔が酷く腫れていて、一瞬見ただけでは先程の3年生だとわからなかった。
「わからない」
嘘をついたわけなじゃない。
覚えていないのは本当だから、正直に答えたまで。
「嘘を言うな!」
なのに、二宮から激しく追及された。
「お前、数日前にも似たようなことしただろっ。それからというもの、クラスの連中から明らかに避けられてるじゃねぇか!」
二宮に言われて、以前にもこんなことがあったかどうか思い出してみる。
すると、うろ覚えながら似たようなことがあった気がしてきた。
確かあの時は、商店街の本屋で万引きした中学生が店員に捕まっていて、全然反省した様子がなかったから注意してあげたんだと思うけど。
「お前に口答えしたくらいで腕の骨を折ったもんだから、やり過ぎだと職員室に呼び出されてただろうがっ」
そうだったっけ。記憶にない。
わたしがよく思い出せていないことを二宮は察したのか、深く息を吐いてわたしの腕を離した。
「君、ビビらせちまって悪かったね。もう行きな」
当初絡まれていた2年生の男子は二宮の言葉に安堵して、一礼して走り去っていった。
「ほら、お前は俺について来い」
わたしは呆然とその背中を見つめていると、二宮がわたしについてくるように促してきた。
「え? どこ行くの?」
わたしの問いに、二宮は背中を向けたまま答えた。
「猛さんが、お前に話したいことがあるそうだ」
商店街までは知っている道だった。
海々と何回も通ったことのある道だったし、方向音痴というわけでもないわたしは途中まで帰る自信があった。
でも、路地裏に入ってからわからなくなった。
暗くて細い道を、右折して左折して直進して、挙句の果てに小さな建物に入った。
元々バーか何かだったのか、中は古びたカウンターや椅子が数年間使われていないことを物語っている。
二宮はカウンターに入ると、グラスの入った棚に手を置いた。そんな重い物を片手で動かせるはずがないのに、特に力を入れている様子もなく棚はするりと動いた。
すると、他のものとは比較的綺麗な木製のドアが現れる。
「なんか、ゲームみたい」
わたしの素直な感想に二宮は反応せず、そのドアを開いて中に入っていった。わたしもその背を追う。
地下へと続く階段。
真っ暗な階段を二宮は慣れた足取りで進んでいき、わたしも不慣れながら遅れないようについていく。
20段ほど降りただろうか、狭い踊り場のような場所に着いた。
「ここだ」
二宮が脇のドアを開いた。
「っ」
真っ暗だった空間が白い光に照らし出される。
反射的に目を瞑ったわたしは、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
さっきまでいた二宮の姿はなく、光の向こうから複数の人の気配を感じる。
そのうちのひとつが、きっと二宮なのだろう。
徐々に目が慣れてきたわたしは、目を細めて部屋の中を見回してみた。
12畳ほどの広さで、深紅色の壁と、同色の天井。
棚やテーブルなどはなく、蛍光灯がふたつあるだけの、質素でどこか妖艶な雰囲気の部屋。ただ、部屋の奥にひとつだけソファが備えられていた。
そのソファに腰掛けているのは、やはり綿谷。その隣に二宮が立って控えている。
「待っていた」
低く、渋い声で綿谷が口を開いた。
「本来ならわしが自ら出向くはずだったが、少し――」
「無駄口はいいよ。なんか話があったんでしょ?」
綿谷の言葉を遮って、わたしはさっさと用件を聞いた。
今のわたしが少し腹立たしげなのは否めない。こんな辺鄙なところに連れてこられたのだ。当然だろう。
綿谷は眉を潜めはしたけど、どうやらわたしの気持ちは伝わったようだ。
「希祐、ちょっと席を外してくれないか」
「えっ」
当の二宮はもちろん、わたしまで思わす声を出してしまった。
綿谷が最も信頼を寄せている二宮にまで聞かれたくないとなると、一体どういう話をしようとしているのか想像もつかない。
「……はい」
明らかに不満はあるようだけど、二宮は二の句を繋げずに従った。
綿谷に一礼して、わたしを横切って部屋から出て行った。ドアが閉まって、静寂が部屋に訪れる。
「二宮まで追い出すなんて、よっぽどやばい話なの?」
茶化すように言ったわたしに、綿谷は鼻で笑った。
肯定とも否定とも捉えられるその振る舞いに、わたしは若干の苛立ちを覚える。
「いや、すまない」
わたしの心境を察したのか、綿谷はすぐに表情を引き締める。
一度深呼吸をして、わたしの顔を見据えてきた。
「最近、随分と荒れてるそうじゃないか」
「と、言うと?」
綿谷の語調は咎め口調も甚だしい。挑発的にも聞こえた。
「お前のしていることは八つ当たりでしかない。正直言って、見苦しい。お前らしくもない」
挑発と言うのは、相手を不快にさせる言葉なわけで。
「……何が言いたいの?」
綿谷は深く息を吐いた。
何かに失望したような、諦めた時に吐くような、そんなため息だった。
「杞蕾がいなくなっただけで、その様か」
その言葉は、わたしを激昂させるには十分だった。
「なっ、てめぇっ!」
海々がいなくなった『だけ』? それがわたしにとって、どういうものかこいつにわかるはずがない。
他人のこいつに、わたしと海々のことをとやかく言われたくはない。
「『その様』? あぁっ、そうだっ。わたしにとって海々は生きがいだったんだ。生きがいをなくせば『こんな様』にもなるさっ」
なんて情けなく、哀れな言葉だ。
自分でもわかる。わたしは今、完全にヤケになっている。
傍から見れば相当見苦しい姿をしているのだろう。
「あんたに何がわかるっ。大切な人を失った奴の気持ちなんか、あんたにはわかるのかっ」
あぁ、これが綿谷の言う八つ当たりなんだろうな。
「あんたなんかに……、あんたなんかに! わたしの気持ちがわかるのか!」
本当はこんなこと言うつもりないのにな。
綿谷を侮辱して、軽蔑している。そんな自分に腹が立つ。
「わしには、お前の気持ちはわからない」
でも。
「わしが出来ることは、自分の経験を踏まえた上での推測だけだ」
意外にも綿谷は落ち着いていて。
「1年と半年足らず前、ちょうど中学を卒業する頃の話だ」
静かに、思い出を振り返るように話し始めた。
「中学時代、わしは喧嘩ばかりしていた。その理由は極めて簡単、恋心を抱いた女子がおったのだ。当時のわしは不器用で、自分の強さを示すことでしか男としての魅力を表せられないものだと思っていた」
話す綿谷の表情は穏やかで、
「当然、その女子には怖がられてな、近寄ってくることさえしなかった。わしの姿を見るたびに怯え、友人の影に隠れるような、そんなか弱い女子だった」
当時の思い出を慈しむように、
「一向に距離を縮められず、わしは苛立ちを募らせておってな。同じ中学の制服を着た女子が当時の朱漢組に絡まれておったのを、良い機会だと言わんばかりに苛立ちをぶつけてやった。すると、あろうことか、その女子はわしが恋焦がれた女子の友人だったのだ。完全に八つ当たりだったというのに、そんな行動が思わぬ収穫を得たのだ」
まるで、その思い出の眩しさに目を細めているようで、
「それ以来、わしとその女子は会話を交わすようになり、次第に仲を深めていくようになった。目を合わすことすらままならなかったわしらにとって、夢だと疑うような日々が続いた。そしていつしか、わしらは『恋人』の枠に入ろうとしていた。お前をずっと守っていく、絶対に傷つけはしまい、と宣誓した。そのためにも、まずは同じ高校に入ることを約束した。当時は勉強など全く出来なかったわしにとって、源泉高校など入れるはずがなかった」
やがて目を閉じて、わずかに口元が緩んだような気がした。
「だがな、彼女はわしへの協力を惜しまなかった。中1の単元ですらまともに出来なかったわしに、根気強く、勉強に付き合ってくれたのだ。その甲斐あって、わしは源泉高校に補欠合格することが出来た。辛うじてではあったが、わしらは手放しで喜んだ。補欠合格とは言え、わしにとっては空前の快挙だった」
だけど、その表情は徐々に曇っていって、
「しかし、レベルの高い源泉高校を辞退する者はおらず、なかなか合格の内定がもらえない日々が続いた。彼女はわしを励まし続けてくれたが、ついに締め切りの日が訪れてしまった。もはやわしは諦めかけており、もう少し勉強していれば、と後悔し続けていた。そうすれば、彼女との約束を果たせたというのに、と。――そんな日の朝だった。電話が来たのは」
綿谷の声が、これ以上ないくらいに沈んだ。
「電話の内容は、彼女が交通事故に遭ったことを報せるものだった。一命は取り留めたものの、脊髄を傷つけ、下半身に一生マヒが残る後遺症を患ってしまった。当然、高校生活など送れるはずもない。一生、車椅子の生活を課せられた。わしは彼女を守れなかったことを苛み、無力感にひれ伏せた。どうしようもない感情が波状に襲いかかってきた」
元々低いその声を、わたしに聞き取れるように綿谷はしっかりと発音してくれていて、
「事故に遭ったのは、朱漢組の喧嘩の仲裁に入ったからだったそうだ。その際に彼女は車道に押し弾かれ、最悪なタイミングで車が走ってきた。朱漢組がきっかけで近付くことが出来たのに、今度は朱漢組によって距離を離されてしまったのだ」
無表情の綿谷からは、悲痛なまでの自責の念が溢れ出ていて、
「彼女の病室に行って、わしは謝り続けた。約束を果たせなかった上に、お前を守れなかった、自分の不甲斐なさを心から怨みたくなる、と。でも、彼女はわしを責めたりしなかった。あなたは何も悪くない、たまたま、自分に運が無かっただけ、と慰めたくれた。わしは泣き崩れた。いっそのこと、思いっきり責めて欲しかった。その方が、まだマシだった」
まるでその情景が、わたしにも見えるようで。
「すると、無様に泣き崩れたわしに、彼女は微笑みながら、優しく言ったのだ」
『これで、あなたの席ができたね』
まるでその笑顔が、わたしにも見えるようで。
『これで、あなたは来月から源泉高校の生徒だね』
そして、
「わしは誓った。これからもお前に尽くす。無駄な喧嘩も止め、悪名高い『朱漢組』を更生させる、と。お前のような弱い者を守る集団にする、と。そしたらな、彼女は満面の笑みを浮かべて、言いおった」
『すごい! そんなことが出来るのは綿谷君だけだよ!』
「一生歩くことの出来なくなった女子の顔ではなく、生きていることを純粋に喜んでいる、無垢で純粋な瞳をしておった」
綿谷に似つかわしくない、涙が頬を伝った。
「わしは、大切な人が大事なものを失って、源泉高校の生徒として存在してられる。大切な人との時間を失って、朱漢組の頭に君臨していられている。本当なら、お前と杞蕾のように商店街を一緒に歩いたり、学校に登下校したり出来ていたはずだ。でも、それはもう、二度と叶わない夢になってしまった」
綿谷はゆっくりと目を閉じた。
闇の中で、綿谷は何を想っているのだろう。どんな情景を思い浮かべているのだろう。
「わしは、大切な人を守れなかった。自分の無力さを怨んだ。だがな」
目を開けた綿谷の瞳が、鋭く輝いていた。
「お前はまだ、取り返しがつくかもしれないだろうがっ! 見つけられないというだけで、大切な人を諦めるつもりか! 違うだろっ! お前は取り返せばいいんだ! 探して、取り返してっ、元の日常を取り戻せばいんだよっ! 自分の中で片をつけずに、結果が出るまで足掻いてみろよ!」
その叱咤に、わたしの体は震えた。
わたしは、綿谷に対して失礼極まりないことを口走ったのかもしれない。
綿谷は大切な人を失う苦しみを、わたしよりもずっと前に知っていたのだ。
そして、ずっと前に立ち直っていたのだ。自分の生き方を見つけていたのだ。
大切な人を犠牲にしてまで得た高校生活を、こいつはこいつなりに、償いのつもりで送っていたのだ。朱漢組を更生させることで、大切な人の犠牲を無駄にさせないつもりでいたのだ。
わたしは馬鹿だ。
わたしは愚かだ。
わたしは滑稽だ。
綿谷はわたしよりも、遥かに大人で、苦しみを知っている。
わたしが綿谷を責めることなど、もはや子供が大人に楯突くようなものなのだ。
……謝らなきゃ、いけないのかな。さっきの態度を、今までずっと邪険に思ってきたことを。
なんだか悔しいな。こんな時に変な意地を張るなんてバカげているけど、それはわたしの性格だからしょうがない。
でも、この言葉なら言えるかもしれない。
ちょっと悔しいし、恥ずかしい気もするけど、今言わなくちゃいけないだろうな。
ま、さらっと言おう。変に意識すると声が裏返ったりしそうだし。
それじゃ、まるで海々みたいだ。
だから、さらっと。
「ありがとう、綿谷」
浄化の言葉。
およそ一年半、わたしと朱漢組の間に存在した確執を、完全に取り除く言葉。
和解じゃない。
和解じゃないし、謝罪でもないけど。
それらに限りなく近い言葉。
「やっと、元の顔に戻ったな」
綿谷は笑っていた。その厳つい顔にはとても似合わない、優しい微笑み。
「あんたでも笑うんだね」
からかってやると、綿谷は小さく笑った。
今にして思えば、綿谷の笑顔を見るのは初めてかもしれない。
そう考えると、なんだかおかしくなってきた。
自然と笑みがこぼれてしまう。
それは、海々がいなくなってから初めてのことだった。
しかも、よりにもよって綿谷がその相手とは。
本当に、人生は何が起こるかわからない。
「ふぅ」
やがて綿谷は深く息を吐いて、わたしの目を見てきた。
「これで、ようやくお前に教えてやれそうだ」
呟くように、なんとか聞き取れるほど小さな声で言った綿谷の言葉に、わたしは首を傾げる。
「なんのこと?」
もっともな疑問をぶつけてやると、思わぬ言葉が綿谷から返ってくる。
「杞蕾をさらった奴らの居場所を掴んだ。杞蕾の無事も確認されている。奴らも人間だ。何一つ証拠を残さないなんてことは絶対に出来ない」
「……え?」
「わしらの情報は確実だ。警察とは全くの別口から仕入れている。本当はすぐにでも教えてやろうかと思ったが、先程までのお前にはとても教えられなかった。でも、今なら教えられる」
驚きを隠せないわたしに、綿谷は真顔で、わたしに問いかけてきた。
「お前は、杞蕾を助ける覚悟はあるか」
とても単純で、答えを言うまでのものではない。
でも、人を誘拐するような連中だ。はっきり言って、身の安全の保障はないだろう。最悪な展開だって考えられる。ドラマや映画の中でしか起こり得ないことが、現実のものになるかもしれない。
だからこそ、綿谷はわたしの覚悟を試している。答えるまでのない問いかけを、こいつはあえてしてきている。
ならば、わたしが取る手段は一つしかない。
「当たり前だっ」
親指を立て、努めて軽快に、爽やかに言った。
不安も憂慮も必要ない。結果など考えず、とにかく海々を取り返す。
それだけを考えていればいい。色んなことを考えるよりも、よっぽど建設的だ。
そんなわたしの気持ちが伝わったのか、綿谷は不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。
綿谷から『奴ら』の居場所を教えてもらったわたしは、せめて着替えだけでもしようと家に戻った。
すっかり暗くなっている夜道は、何故かとても心地よかった。
涼しくなって、普段は気にしない虫の鳴き声が耳に優しく入ってくる。
理由はわかっている。
わたしの心が晴れたからだ。曇りきり、荒みきり、腐りきっていたのが嘘のようだ。
「ん?」
もうひとつ。
心なしか、目の前に続いている道も明るい。
これも心が晴れたから?
「あ……」
違った。
「半日遅れで天気予報が当たったね」
銀色のお月様が、煌びやかに夜空で輝いていた。
門をくぐって、音を立てないようにこっそり家に入った。
まるで門限を破った女の子の気分。
彼氏とのデートで帰りが遅くなったコの気持ちが初めてわかったかも。
忍び足で廊下を経由して、電気も点けずに階段を上って部屋へ向かう。
なんとか明音さんに見つからずに辿り着くことが出来そうだ。
階段を上りきって、安堵の息を漏らした。
そして静かにドアを開ける。
「おかえりー」
「って、うわあっ」
部屋の中に明音さんがいた。
思わず声を上げてしまう。
「なんでコソコソしてるの?」
どうやら洗濯物を持ってきてくれたようだ。タンスの前に正座して、わたしの服を畳んでくれている。
わたしは驚きを隠せず、
「あ、いや、帰りが遅くなったから怒られちゃうかと思って」
自然とこんな言葉が出た。
明音さんは時計に目をやると、不思議そうな顔でわたしに向き直る。
「遅くなったって、まだ20時よ?」
……あれ?
「怒らないんですか?」
本当は帰りが遅くなったからコソコソしていたわけではないのだけど、怒られないことに違和感を覚えたわたしは明音さんに尋ねた。
「怒るも何も、20時なんて全然遅くないわよ? 今時の高校生って0時くらいまで遊ぶものなんでしょ?」
明音さんはいつもの笑顔で迎えてくれる。
海々と一緒に帰っていた頃は、寄り道をしても七時には帰宅していた。
それよりも1時間以上遅いのに。
「それじゃあ、一緒にご飯食べましょ。着替えたら降りてらっしゃい。下で待ってるからね」
そう言い残して、明音さんは部屋から出て行こうとする。
優しく迎えられただけで、一切咎めて来ない。
「あの」
それがどうしてもわからなくて、明音さんを呼び止めた。
「どうして、怒らないんですか? 今までで1番遅いですよ?」
確かに、この家に居候させてもらって以来、20時というのは今までで一番遅い時間のはずだ。
それなのに。
「どうして、碧ちゃんは怒られると思ったの?」
逆に明音さんが聞き返してくる。
だって。
「だって、わたしの実家では、18時を過ぎただけで……」
すごく怒られた。
叩かれたりはしなかったけど、声を荒げるお母さんが、ものすごく怖かった。
だから19時を過ぎたことなんて、最初の1回しかない。
「あらあら」
でも、明音さんは、
「それは厳しいお母さんだったのねぇ」
海々の笑顔をそのまま大人にしたような屈託のない笑顔を残して、部屋を出て行った。
……あぁ、そうだった。
わたしはお母さんに束縛されていた。門限も多様な縄のひとつでしかなくて、他にも様々な制限が定められていて、恐怖に身を預けて従っていたのだった。
そんな日々がわたしのしがらみになっていたようだ。
「はぁ」
思わずため息が出てしまう。
わたしは過去のしがらみをいつまでも引きずっていて、知らず知らずのうちにお母さんと明音さんを重ねていたのかもしれない。
今にして思えば、明音さんは海々のお母さんだ。明音さんが育てたからこそ、わたしの大好きな海々がいるのだ。
その明音さんとお母さんを重ねるなんて、わたしはなんて失礼な人間だろう。
着替えながら考える。
わたしがコソコソしていた本当の理由。
それは、わたしが明音さんに何も言わずに海々を助けに行こうとしていたからだ。
余計な心配をかけたくないってのもある。海々がいなくなって、さらにわたしまでいなくなったら、明音さんはどんな気持ちになるだろうか。想像するだけでも痛々しい。
でも、もっと嫌なのは止められること。
行っちゃダメ。警察に任せなさい。どうしてひとりで行くの。
これらのどれかを、あるいは全てを言われる可能性だってある。
明音さんは間違ったことは言わない。常識にも感情にも囚われず、いつだって正論を持ち出してくる。
だからこそ、助けに行くことを止められたらわたしは反論することができない。反対を押し切る自信がない。
「さて」
着替えを終えたわたしは、部屋を出て階段を下りた。
押し切る自信はないけど、言わなくちゃいけない。
あんなにも鷹揚で、優しくて、海々のお母さんである明音さんに、黙って行くなんて出来ない。
失礼だとか、不誠実だとか、そういう負い目を感じるから話すんじゃない。
ケジメ、というやつだろうか。
「お待たせしました」
キッチンに入ったわたしを、明音さんは笑顔で迎えてくれた。
明音さんの作ってくれた夕食を食べ終え、片付けを手伝ってから、ふたりでお茶を飲むことにした。お茶を淹れて、テーブルに対面して座る。
そして、わたしは話した。
海々の居場所を突き止めたこと。これから助けに行くこと。
止められたり、怒られたりすることに恐々としながら話し続けた。言葉を挟まれる隙間を作らないように、一拍の間も作らずに話した。
夢中になって話していたせいか、明音さんが目を閉じていたことに気付かなかった。
わたしが話し終えると、ゆっくり、明音さんが目を開いて、口を開いた。
一瞬、わたしの身が縮こまる。
「碧ちゃんの言いたいことはわかったわ。碧ちゃんのことだから、きっと迷うことなく海々のために行く決断をしてくれたのだと思う。私はそれを止めようとは思わないわ」
黙って話を聞いてくれた明音さんは、予想外にも反対の文句を並べてこなかった。
「……でもね、、ひとつだけ教えて欲しいの」
その代わりに、たったひとつだけ、疑問をわたしにぶつけてきた。
「どうして、海々ちゃんのためにそこまでしてくれようとするの?」
思わず「え、そんなこと?」と聞き返しそうになった。
親である明音さんからしたら、その疑問は当然なのかもしれない。
友達を助けるために命を張るなんて、もはや友達の枠を超えている。
「それは」
でもその疑問は、わたしにとってはあまりにも滑稽で、ただの愚問でしかない。
だけど、どうやって言えばいいかわからない。
わたしの狭い語彙では、この気持ちを的確に表現する言葉を導き出せない。
だから、こうやって答えるしかない。
「海々は、わたしの友達ですから」
本当は、『親友』って言った方がよかったのかもしれない。
でも、わたしは相変わらずこの言葉にはピンと来ない。
結局、わたしはこう答えるしかなかった。
「そう……」
明音さんにわたしの気持ちが伝わったかはわからない。
明音さんは視線を下に向けて、目を閉じて、2、3回深呼吸をして、ゆっくりお茶を飲んだ。
それから沈黙が流れた。
互いに言葉を発することなく、時間にすればものの数秒なのに、すごく長く感じた。
「碧ちゃん、聞いて欲しい話があるの」
不意に名前を呼ばれた。
わたしは全神経を明音さんの言葉に集中させる。
だけど、
「海々ちゃんは、私の子どもじゃないの。だって、私は結婚してないもの。誰も産んでない」
唐突過ぎるその言葉を、わたしはすぐに理解出来なかった。
「不思議に思ったことはない? 私は夫を亡くしたことになっていたのに、この家には位牌もなければ、お盆に墓参りにも行ったすらない」
明音さんは微笑んで、手品の種明かしをするように話してくる。
「ど、どういうことですかっ」
当然のように抱いた疑問を、当然のようにぶつけた。
明音さんは、微笑みはそのままで昔の記憶を呼び起こすように話し始めた。
「16年前の春よ、あの子が家の前に捨てられていたのを見つけたのは」
明音さんは湯呑みを持って、お茶を一口含んだ。
わたしは体のどの部分も動かすことが出来ず、ただ黙って話を聞くだけ。
「その子はとても衰弱しててね、私はすぐに病院に連れていったの。連れていったら、その子はすぐに保育器に入れられわ。小さなお口に呼吸器が着けられて、赤ちゃんらしく泣いたりしずに、ただ生きていた。自分の子じゃないのに、それがすごく悲しかった」
湯呑みをテーブルに置いた明音さんは、頬杖をついて明後日の方向に目を向ける。
「衰弱していた原因は栄養失調によるものだってお医者さんに言われたわ。私はその子を引き取って、栄養と愛情をたくさん注いであげた。『海々』って名付けたのも私。周りからはどうして捨て子を育てるの?って言われたけど、性格だもの、しょうがないじゃない。昔から捨て犬とか放っておけなかったんだ」
その屈託のない笑みは、やはり海々を彷彿させる。
「子育ての知識なんて全然なかったし、パートナーもいないし、ものすごく苦労もしたけど、それ以上に充実していたわ。すくすく育っていく海々ちゃんが、たまらなく愛しかった。どうして私の家の前に捨てられていたのかはわからない。でも、そんなことはどうだってよかったの」
「海々は、そのことを知ってるんですか?」
「えぇ、あの子が中学生の時に話したわ。やっぱり驚きこそしたものの、ちゃんと受け入れてくれた。『それでも、お母さんはお母さんだよ』って。本人は気軽に言ったかもしれないわね、私の気が狂いそうになるくらい、そんな嬉しい言葉を」
その言葉に、思わずわたしも口元を緩めてしまう。
海々らしいなぁ、と。
本人にとってすごく嬉しいことさらっと言う海々は、どうやら中学生の頃には確立されていたらしい。
「それでね、どうしてこんな話をしたかって言うと」
「海々をさらった奴らが、赤ん坊の海々を捨てた奴らかもしれない、ということですね」
「えっ」
わたしの横槍に、明音さんは目を剥いた。「どうしてわかったの?」と顔で問いかけている。
「わたしを見くびらないでくださいな。これでもレベルの高い源泉高校の学力特待生ですぜ」
茶化すように言った。
明音さんは見開いていた目をゆっくり閉じて、静かに口を開いた。
「そうよね。――じゃあ、どうしてこのタイミングでこの話をしたのか、結局、私が何を言いたかったのか、察してもらえたかしら」
その口調はどこまでも穏やかで、だけどトゲを感じる言葉。
わたしは海々を助けに行くと明音さんに伝えた。
すると明音さんに、予想だにしていなかった事実を教えられた。
海々は自分の子ではなく、他人が産んだ子ども。育てたのは紛れもなく自分だけど、それでも他人の子は他人でしかない。
これらのことをまとめると、明音さんの言いたいことが否応にもわかってしまう。
「わかりませんね」
だから、嘘をつく。
「碧ちゃん……」
微笑みを保ってきた明音さんが、初めて表情を曇らした。
「でも、わかることもあります」
そういえば、明音さんに反抗するのは初めてかもしれない。
「それは、海々は明音さんのことを心から愛しているし、明音さんもまた、海々のことを愛しています。そうですよね?」
でも、それは単に反抗する必要がなかっただけ。感情に流されず、正論しか言わない人に反抗なんてするはずがない。
愛娘を誘拐されてまで正論を貫こうとする明音さんには、正直、尊敬の念を抱かずにいられない。本来なら、ものすごい精神力の持ち主だと尊敬するべきなのかもしれない。
だけど、こういう時にまで正論を持ち出すのは、わたしは嫌いだ。
人間は感情で生きるもの。それを抑制しているだけじゃ、幸せなんて掴めない。
「明音さんは海々が戻ってくることを願っている。そしてそれ以上に、海々はこの家に戻りたがっているはずです」
咎め口調で言った。年上で、今まで世話になった人に対する態度じゃない。
それでも、明音さんは手で口を押さえ、顔を大きく歪めた。
「海々を本当の親のもとに帰してもいい、なんて絶対に思わないはずです」
やがて嗚咽が漏れて、涙が手に滴り落ちていく。
わたしの言いたいことが伝わって、それと同じ気持ちだからこそ、明音さんは涙を見せたのだ。
わたしは立ち上がって、明音さんに一礼した。今までの感謝と、反抗したことの謝罪の気持ちを込めて。
明音さんに背を向けて、後ろ髪を引かれる思いで歩を進める。ドアを開いて、右足を廊下に踏み出す。
そこで一度歩を止めて、後ろを振り返った。明音さんはテーブルに顔を伏せていて、嗚咽を交えながら泣き崩れていた。
そんな明音さんの姿を見て、罪悪感に囚われないわけがない。
捨て子とは言え、赤ちゃんの頃から育ててきた海々を手放そうとした。海々に母親と認められても尚、産みの親のもとへ返そうとした。
明音さんにとって、並々ならぬ決断だったに違いない。簡単に愛娘を人に譲れるはずがない。産んですぐに捨てた奴なんかに、海々を任せられるはずがない。
そんな明音さんの決断を、わたしは無下にしたのだ。
だって、当たり前じゃない。16年ちょいしか生きていないわたしにですら、『その正論は間違っている』とわかる。明音さん自身も認めているのだ。だからこそ、泣き崩れているのだ。
「絶対に、取り戻してきますから」
罪滅ぼし、というわけではないけれど、わたしはそう言葉をかけた。
その言葉に、明音さんがぴくっと体を震わせた。
わたしはそれを見届けて、キッチンから出た。
玄関まで行って、履き慣れたスニーカーに足を入れる。
外に出ると、銀色の月が出迎えてくれた。その姿がわたしを見守ってくれているようで、少し頼もしく思ってしまう。
「……うしっ」
綿谷から教えてもらった場所は、源泉町の郊外にある「源泉湖」の辺りだった。
その場所に向かって、わたしは歩き出す。
大切で、大好きな海々を助け出しに。
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