44 / 51
◆2nd day
第43話「決意と決断」
しおりを挟む
”敵部隊の頭に爆炎が降り注いだ時、そりゃあもう気持ち良いったらなかったさ。
実際はほとんど命中しなかったそうだけど、それでも随分勇気づけられたね”
クーリル防衛に参加した工兵のインタビューより
11日深夜。
守備隊が絶望的な抗戦を行っている頃、ラナダ共和国リントン基地所属の飛空艇〔ブルウィア〕から5機の航空機が飛び立った。
〔彩雲〕偵察機に先導されたデ・ハビラント〔モスキート〕爆撃機は小型爆弾を満載してカーラム諸島を目指す。
クーリル守備隊が未だ戦闘を継続中と知り、救出を決断した最高司令部は夜間爆撃を命じたのだ。これから始まる反撃の尖兵として。
〔彩雲〕はターボチャージャー付きの〔誉〕エンジンによって条約軍、いやライズでもトップクラスの高速を誇る。
〔モスキート〕も爆撃機としては規格外に優速で、機体が木製だからレーダーに発見されにくい。
爆弾を積んだ〔モスキート〕は航続距離が足りなかったため、例によって飛空艇からの空中発艦になった。そのせいで4機と言う僅少の戦力になったが、「まずは、基地の守備隊に自分たちが見捨てられていない事を示す必要がある」と言う理由から、強襲が決定した。
低空で侵入した〔モスキート〕は、爆弾をばらまきながらフライパスし、巨大な火柱を巻き起こした。
実際のところ夜間爆撃の御多分に漏れず、命中弾はほとんどなかった。つまりコケ脅しの攻撃になったのだが、その効果は大きかった。
第1に、敵の士気を下げた事。夜間はゆっくりと休めると思っていた攻め手の将兵たちは、貴重な休息の時間を奪われた。
第2に、守り手である守備隊の兵士たちを大いに元気づけた事だ。
この時、物量に任せて平押ししてくるガミノ軍を前に、友軍の損害は深刻だった。既に4両あった新型戦車は2両に減じ、兵員も3割を喪失していた。
ガミノ側も、それをはるかに上回る損害を出していたのだが、それを前線の兵達が俯瞰して見られるわけもない。彼らは虚ろな目で疲労の極地に居ながら、機械的に戦い続けていた。
そんな中、敵陣の頭上で起こった爆発は、彼らにとって福音だったのだ。
第3に、夜が明けてからも空襲を警戒する必要が出てしまった事。爆撃機への警戒に貴重な〔コルセア〕が拘束されてしまい、対地攻撃が疎かになった。
そして第4に、爆撃成功の報告を受けた南部隼人とグレッグ・ニール両中尉が、一連の問題を解決する方法を打ち出した事である。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
Starring:南部隼人
「まず、『ダイブブレーキのない戦闘機が急降下攻撃を行えない』と言う固定観念を捨てるべきでした」
南部隼人は、期待の目で見守る戦友たちを見回す。
ダイブブレーキとは、急降下4爆撃を行うための装備だ。逆落としのダイブから爆撃を行って安全性と命中率を上げる急降下爆撃機だが、爆弾を落とした後急制動をかけないと地面に激突してしまう。対策として強力なブレーキを装備しているのだが、戦闘機にはそれが無い。
「だが、リィルの氷魔法で拳大の氷をまき散らすなら、別に重い爆弾を抱える必要は何処にもない。ただ戦場の上空にたどり着けばいいんだ。つまり……」
隼人が下した判断はシンプルだった。
敵機が待ち構えているなら、そのはるか上方から攻撃をかければいい。
その後に敵編隊を引っ掻き回し、混乱に乗じて離脱を行う。今度こそ寒中水泳は逃れられない可能性が高いが。
「高度1万メートルから急降下をかける」
グレッグが隼人の言葉を引き継いで、作戦の骨子を説明する。
皆息をのむが、確かに理にかなってはいる。
艦隊の直掩は、爆撃若しくは魚雷攻撃を警戒して中低高度で行うものだ。
そもそも、高度1万となると、凍死の可能性すら出てくる領域である。それだけに裏をかけるかもしれない。
「待ってください! そんな高度にリィルを連れて行くんですか!?」
早瀬沙織の抗議には頷いて返すしかない。
もう、これ以上の作戦は思いつかないのだ。
「お嬢様。どうされます?」
流れを遮って、ミズキ・ヴァンスタインが問う。
だが、彼女は既に答えを知っているのではないか。そう思えた。
そしてリィル・ガミノは即答した。
「やります! それで皆が助かるなら、何でもやります!」
隼人は手を叩く。
「よし、決まりだ! リィルは沙織の〔疾風〕に乗せてくれ。人を後部に乗せての空戦はかなり大変になるが、俺が何とかフォローする」
「はいっ!」
戦闘機の胴体には、整備用のハッチが付いている。
ここに人を入れて運ぶ事も可能なのだが、人が乗るようには出来ていない。乗り心地は最悪だ。そして機体に人など押し込んだら、重量増化で飛行性能は低下するだろう。そこは周りでフォローするしかない。
その上で空戦などしようものなら、シェイカーの中に入った氷と同じようにめちゃくちゃに振り回される。
そんな説明を受けても、リィルの決意は揺るがない。
ならば、この問題はいったん解決だ。
それでも全てでは無い。隼人は残った懸念事項を俎上に上げる。
「問題は、少佐の〔ゼロ戦〕にターボチャージャーが付いてない事ですね。何か対策はありますか?」
サミュエルの液冷型〔ゼロ戦〕は、従来の空冷エンジン搭載型より高高度性能が向上している。だが型式の古いスーパーチャージャーを搭載しているので、最新型のターボチャージャーと比べ激しく性能が劣った。結局上昇する隼人らの新型機をふらふらと追いかける事になる。これでは呼吸を合わせて連携することなどできない。
だが、整備科のムナカタ中尉は、しばし思案した後「問題ない」と断言した。
「リィル嬢の持ってきた魔晶石を拝借して、簡易型のマジックアイテムを作る。早瀬少尉の風魔法をエンチャントして、風圧をエンジンに吹き込む仕組みだ。エンジンが炉だとしたら、ふいごの様なものだと考えて貰えれば」
「なるほど、過給機と緊急出力の折衷みたいな装置か! どのくらいでできます?」
「一晩で仕上げよう。ただし……」
「かまわんよ」
中尉の警告を遮ったのはサミュエル・ジード少佐だ。
こんな方法が多用出来るなら、皆がやっている。無理なブーストで、エンジンへの負荷は免れないだろう。生き延びたとしても、エンジンは二度と使用はできまい。
それどころか、空中でオーバーヒートを起こす危険性さえある。
「早期に決着を付ければよいのだろう。問題ないよ」
危険な道具を使わせる事に、技術屋の信念に反したのか。中尉は無念そうに頭を振って、それ以上何も言わなかった。
「あの、私からも……」
沙織が遠慮がちに手を挙げる。
リィルを連れてゆく事を、そして人殺しをさせる事に納得が言っていない様子だ。それしかないと分かっているとは言え……。
「リィルを高空に連れてゆくと低体温症や気絶の危険があります。〔疾風〕の胴体を補強して、私の風魔法で圧をかければ1気圧を維持できるかもしれません」
この提案には、リィル本人が難色を示した。
彼女も魔法使いだ。沙織の提案が危険なものであると直感的に気付いたのだろう。
「沙織は離着陸に魔力を使うんですよ? その上与圧まで行ったら、魔力欠乏起こします! 最悪空中で気絶する可能性だって……!」
当然空中で気絶などすれば、待っているのは海面への激突である。だが、沙織は静かに首を振った。
「死にませんし、死なせません。突入前にリィルが意識を失えば、作戦自体が意味を失います。ここが賭け時ですよ」
隼人は2人の顔を順番に眺めリィルに問いかける。
「……聞いておきたい。決断を下すのは俺、責任を負うのも俺だ。その上で尋ねる。お前はどうしたら良いと思う?」
「私は……」
リィルは何かを言おうとして言葉に詰まり、黙り込む。
それでも彼女は逃げなかった。数秒の逡巡の後、はっきりと口にした。
「……沙織、頼みます」
「任せてください。それより、リィルも良いんですね? これからあなたがする事は、あなたが忌み嫌う”人殺し”ですよ?」
彼女の言葉はリィルの覚悟を問うためか、思いとどまらせたい無意識の表れか。
だがリィルは、今度こそ躊躇わなかった。
「私は、聖女なんかじゃありません。聖女を演じているだけの偽善者です。平和を望むと言いながら、実はただ自分が好きな人たちに不幸になって欲しくないだけ。それだけの為に演じているんです」
今までの自分を否定する発言に、思い沈黙が流れる。
彼女が語ろうとしている決意は、壮絶なものだと予想できたからだ。
「でも、この偽善だけは手放したくないんです。自分だけ助かって、沙織やサミュエル機長、島の皆さんが犠牲になるなんて嫌なんです。だから父やエーナに、皆さんに軽蔑されたとしても、私は手を汚して皆を守ります」
堰を切ったように内面を吐露するリィルに、隼人は「負けたよ」と苦笑と諦観、そして敬意のこもった言葉を吐いた。
「それを言われたらもう受け入れるしかないんだよなぁ。俺が敵を墜とす理由と同じだから」
「えっ!?」
「言い出しっぺなんだから、最期までやり切ってもらうぞ、戦友」
驚きに大きな目を見開くリィルに構わず、隼人は宣言する。
「早瀬少尉の案を採用する」
やると決めたらすぐに動き出すのが、南部隼人の真骨頂である。
皆に手早く指示を出してゆく。
「整備班はマジックアイテムの製作と、機体の改造を。手の空いた者はリィルの体を機内に固定する方法を考えて欲しい。グレッグ中尉はミズキと組んでくれ。サミュエル少佐は引き続きリーム機の護衛をお願いします」
一同は順番に頷き賛同する。
もはや異を唱える余地など無い。
「中尉、基地からの無電です。戦場上空の機影はかなり数を減らしているようです」
「よし、良いぞ!」
隼人がパンと、拳で手のひらを叩く。
「今朝の戦闘が効いてるんだろう。損傷した機体も海中投棄したのかも知れない。中型空母は着艦が難しいんだ」
やはり、沈んでいるより話している時の方が調子がいい。
自分でもそう思う。
「アレクセイ、感謝する」
小さく呟いて、隼人は一同を見回す。
「全員、休息を。戦闘食しかないのが残念だが、今日は食って英気を養おう」
これからの戦いに備え、戦士たちは散ってゆく。
「酒が無いのが残念だな」
軽口を叩くグレッグに、サミュエルがにやりと笑い懐からスキットルボトルを取り出す。
「回し飲みになるが、まあいいでしょう」
蓋を開けて一口やってから、グレッグに差し出した。彼も破顔して、受け取ったボトルを口に当てる。
「こりゃうまいウィスキーです!」
「そうだろう? 欧州大戦の終結後に地球土産として買ってきたものだが、こんな時に飲めるのなら奮発した甲斐があったと言うものだ」
2人の周りにはわいわいと人が集まってきて、結局酒は一口ずつしか飲めなかったが、彼らはそれで満足だった。
「お嬢様はよろしいので? お酒、お好きでしょう?」
「意地悪言わないでください! もうこりごりですから!」
「呑んべえは皆そう言うのです」
ミズキに弄られているリィルだが、どこか信頼関係のようなものを感じられるようになった。
そうだな。悲観してもしょうがない。
きっと、上手くいく。
最後の戦いが始まろうとしていた。
実際はほとんど命中しなかったそうだけど、それでも随分勇気づけられたね”
クーリル防衛に参加した工兵のインタビューより
11日深夜。
守備隊が絶望的な抗戦を行っている頃、ラナダ共和国リントン基地所属の飛空艇〔ブルウィア〕から5機の航空機が飛び立った。
〔彩雲〕偵察機に先導されたデ・ハビラント〔モスキート〕爆撃機は小型爆弾を満載してカーラム諸島を目指す。
クーリル守備隊が未だ戦闘を継続中と知り、救出を決断した最高司令部は夜間爆撃を命じたのだ。これから始まる反撃の尖兵として。
〔彩雲〕はターボチャージャー付きの〔誉〕エンジンによって条約軍、いやライズでもトップクラスの高速を誇る。
〔モスキート〕も爆撃機としては規格外に優速で、機体が木製だからレーダーに発見されにくい。
爆弾を積んだ〔モスキート〕は航続距離が足りなかったため、例によって飛空艇からの空中発艦になった。そのせいで4機と言う僅少の戦力になったが、「まずは、基地の守備隊に自分たちが見捨てられていない事を示す必要がある」と言う理由から、強襲が決定した。
低空で侵入した〔モスキート〕は、爆弾をばらまきながらフライパスし、巨大な火柱を巻き起こした。
実際のところ夜間爆撃の御多分に漏れず、命中弾はほとんどなかった。つまりコケ脅しの攻撃になったのだが、その効果は大きかった。
第1に、敵の士気を下げた事。夜間はゆっくりと休めると思っていた攻め手の将兵たちは、貴重な休息の時間を奪われた。
第2に、守り手である守備隊の兵士たちを大いに元気づけた事だ。
この時、物量に任せて平押ししてくるガミノ軍を前に、友軍の損害は深刻だった。既に4両あった新型戦車は2両に減じ、兵員も3割を喪失していた。
ガミノ側も、それをはるかに上回る損害を出していたのだが、それを前線の兵達が俯瞰して見られるわけもない。彼らは虚ろな目で疲労の極地に居ながら、機械的に戦い続けていた。
そんな中、敵陣の頭上で起こった爆発は、彼らにとって福音だったのだ。
第3に、夜が明けてからも空襲を警戒する必要が出てしまった事。爆撃機への警戒に貴重な〔コルセア〕が拘束されてしまい、対地攻撃が疎かになった。
そして第4に、爆撃成功の報告を受けた南部隼人とグレッグ・ニール両中尉が、一連の問題を解決する方法を打ち出した事である。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
Starring:南部隼人
「まず、『ダイブブレーキのない戦闘機が急降下攻撃を行えない』と言う固定観念を捨てるべきでした」
南部隼人は、期待の目で見守る戦友たちを見回す。
ダイブブレーキとは、急降下4爆撃を行うための装備だ。逆落としのダイブから爆撃を行って安全性と命中率を上げる急降下爆撃機だが、爆弾を落とした後急制動をかけないと地面に激突してしまう。対策として強力なブレーキを装備しているのだが、戦闘機にはそれが無い。
「だが、リィルの氷魔法で拳大の氷をまき散らすなら、別に重い爆弾を抱える必要は何処にもない。ただ戦場の上空にたどり着けばいいんだ。つまり……」
隼人が下した判断はシンプルだった。
敵機が待ち構えているなら、そのはるか上方から攻撃をかければいい。
その後に敵編隊を引っ掻き回し、混乱に乗じて離脱を行う。今度こそ寒中水泳は逃れられない可能性が高いが。
「高度1万メートルから急降下をかける」
グレッグが隼人の言葉を引き継いで、作戦の骨子を説明する。
皆息をのむが、確かに理にかなってはいる。
艦隊の直掩は、爆撃若しくは魚雷攻撃を警戒して中低高度で行うものだ。
そもそも、高度1万となると、凍死の可能性すら出てくる領域である。それだけに裏をかけるかもしれない。
「待ってください! そんな高度にリィルを連れて行くんですか!?」
早瀬沙織の抗議には頷いて返すしかない。
もう、これ以上の作戦は思いつかないのだ。
「お嬢様。どうされます?」
流れを遮って、ミズキ・ヴァンスタインが問う。
だが、彼女は既に答えを知っているのではないか。そう思えた。
そしてリィル・ガミノは即答した。
「やります! それで皆が助かるなら、何でもやります!」
隼人は手を叩く。
「よし、決まりだ! リィルは沙織の〔疾風〕に乗せてくれ。人を後部に乗せての空戦はかなり大変になるが、俺が何とかフォローする」
「はいっ!」
戦闘機の胴体には、整備用のハッチが付いている。
ここに人を入れて運ぶ事も可能なのだが、人が乗るようには出来ていない。乗り心地は最悪だ。そして機体に人など押し込んだら、重量増化で飛行性能は低下するだろう。そこは周りでフォローするしかない。
その上で空戦などしようものなら、シェイカーの中に入った氷と同じようにめちゃくちゃに振り回される。
そんな説明を受けても、リィルの決意は揺るがない。
ならば、この問題はいったん解決だ。
それでも全てでは無い。隼人は残った懸念事項を俎上に上げる。
「問題は、少佐の〔ゼロ戦〕にターボチャージャーが付いてない事ですね。何か対策はありますか?」
サミュエルの液冷型〔ゼロ戦〕は、従来の空冷エンジン搭載型より高高度性能が向上している。だが型式の古いスーパーチャージャーを搭載しているので、最新型のターボチャージャーと比べ激しく性能が劣った。結局上昇する隼人らの新型機をふらふらと追いかける事になる。これでは呼吸を合わせて連携することなどできない。
だが、整備科のムナカタ中尉は、しばし思案した後「問題ない」と断言した。
「リィル嬢の持ってきた魔晶石を拝借して、簡易型のマジックアイテムを作る。早瀬少尉の風魔法をエンチャントして、風圧をエンジンに吹き込む仕組みだ。エンジンが炉だとしたら、ふいごの様なものだと考えて貰えれば」
「なるほど、過給機と緊急出力の折衷みたいな装置か! どのくらいでできます?」
「一晩で仕上げよう。ただし……」
「かまわんよ」
中尉の警告を遮ったのはサミュエル・ジード少佐だ。
こんな方法が多用出来るなら、皆がやっている。無理なブーストで、エンジンへの負荷は免れないだろう。生き延びたとしても、エンジンは二度と使用はできまい。
それどころか、空中でオーバーヒートを起こす危険性さえある。
「早期に決着を付ければよいのだろう。問題ないよ」
危険な道具を使わせる事に、技術屋の信念に反したのか。中尉は無念そうに頭を振って、それ以上何も言わなかった。
「あの、私からも……」
沙織が遠慮がちに手を挙げる。
リィルを連れてゆく事を、そして人殺しをさせる事に納得が言っていない様子だ。それしかないと分かっているとは言え……。
「リィルを高空に連れてゆくと低体温症や気絶の危険があります。〔疾風〕の胴体を補強して、私の風魔法で圧をかければ1気圧を維持できるかもしれません」
この提案には、リィル本人が難色を示した。
彼女も魔法使いだ。沙織の提案が危険なものであると直感的に気付いたのだろう。
「沙織は離着陸に魔力を使うんですよ? その上与圧まで行ったら、魔力欠乏起こします! 最悪空中で気絶する可能性だって……!」
当然空中で気絶などすれば、待っているのは海面への激突である。だが、沙織は静かに首を振った。
「死にませんし、死なせません。突入前にリィルが意識を失えば、作戦自体が意味を失います。ここが賭け時ですよ」
隼人は2人の顔を順番に眺めリィルに問いかける。
「……聞いておきたい。決断を下すのは俺、責任を負うのも俺だ。その上で尋ねる。お前はどうしたら良いと思う?」
「私は……」
リィルは何かを言おうとして言葉に詰まり、黙り込む。
それでも彼女は逃げなかった。数秒の逡巡の後、はっきりと口にした。
「……沙織、頼みます」
「任せてください。それより、リィルも良いんですね? これからあなたがする事は、あなたが忌み嫌う”人殺し”ですよ?」
彼女の言葉はリィルの覚悟を問うためか、思いとどまらせたい無意識の表れか。
だがリィルは、今度こそ躊躇わなかった。
「私は、聖女なんかじゃありません。聖女を演じているだけの偽善者です。平和を望むと言いながら、実はただ自分が好きな人たちに不幸になって欲しくないだけ。それだけの為に演じているんです」
今までの自分を否定する発言に、思い沈黙が流れる。
彼女が語ろうとしている決意は、壮絶なものだと予想できたからだ。
「でも、この偽善だけは手放したくないんです。自分だけ助かって、沙織やサミュエル機長、島の皆さんが犠牲になるなんて嫌なんです。だから父やエーナに、皆さんに軽蔑されたとしても、私は手を汚して皆を守ります」
堰を切ったように内面を吐露するリィルに、隼人は「負けたよ」と苦笑と諦観、そして敬意のこもった言葉を吐いた。
「それを言われたらもう受け入れるしかないんだよなぁ。俺が敵を墜とす理由と同じだから」
「えっ!?」
「言い出しっぺなんだから、最期までやり切ってもらうぞ、戦友」
驚きに大きな目を見開くリィルに構わず、隼人は宣言する。
「早瀬少尉の案を採用する」
やると決めたらすぐに動き出すのが、南部隼人の真骨頂である。
皆に手早く指示を出してゆく。
「整備班はマジックアイテムの製作と、機体の改造を。手の空いた者はリィルの体を機内に固定する方法を考えて欲しい。グレッグ中尉はミズキと組んでくれ。サミュエル少佐は引き続きリーム機の護衛をお願いします」
一同は順番に頷き賛同する。
もはや異を唱える余地など無い。
「中尉、基地からの無電です。戦場上空の機影はかなり数を減らしているようです」
「よし、良いぞ!」
隼人がパンと、拳で手のひらを叩く。
「今朝の戦闘が効いてるんだろう。損傷した機体も海中投棄したのかも知れない。中型空母は着艦が難しいんだ」
やはり、沈んでいるより話している時の方が調子がいい。
自分でもそう思う。
「アレクセイ、感謝する」
小さく呟いて、隼人は一同を見回す。
「全員、休息を。戦闘食しかないのが残念だが、今日は食って英気を養おう」
これからの戦いに備え、戦士たちは散ってゆく。
「酒が無いのが残念だな」
軽口を叩くグレッグに、サミュエルがにやりと笑い懐からスキットルボトルを取り出す。
「回し飲みになるが、まあいいでしょう」
蓋を開けて一口やってから、グレッグに差し出した。彼も破顔して、受け取ったボトルを口に当てる。
「こりゃうまいウィスキーです!」
「そうだろう? 欧州大戦の終結後に地球土産として買ってきたものだが、こんな時に飲めるのなら奮発した甲斐があったと言うものだ」
2人の周りにはわいわいと人が集まってきて、結局酒は一口ずつしか飲めなかったが、彼らはそれで満足だった。
「お嬢様はよろしいので? お酒、お好きでしょう?」
「意地悪言わないでください! もうこりごりですから!」
「呑んべえは皆そう言うのです」
ミズキに弄られているリィルだが、どこか信頼関係のようなものを感じられるようになった。
そうだな。悲観してもしょうがない。
きっと、上手くいく。
最後の戦いが始まろうとしていた。
0
本作の設定などはwebサイトで公開しております。ライズ世界の歴史やテクノロジーについても触れているので、興味を持っていただけたら、是非遊びに来てください(`・ω・´)b王立銃士隊https://jyushitai.com/
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
転生少女は大戦の空を飛ぶ
モラーヌソルニエ
ファンタジー
薄っぺらいニワカ戦闘機オタク(歴史的知識なし)が大戦の狭間に転生すると何が起きるでしょう。これは現代日本から第二次世界大戦前の北欧に転生した少女の空戦史である。カクヨムでも掲載しています。
蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 五の巻
初音幾生
歴史・時代
日本がイギリスの位置にある、そんな架空戦記的な小説です。
1941年5月、欧州大陸は風前の灯火だった。
遣欧軍はブレストに追い詰められ、もはや撤退するしかない。
そんな中でも綺羅様は派手なことをかましたかった。
「小説家になろう!」と同時公開。
第五巻全14話
(前説入れて15話)
蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 四の巻
初音幾生
歴史・時代
日本がイギリスの位置にある、そんな架空戦記的な小説です。
1940年10月、帝都空襲の報復に、連合艦隊はアイスランド攻略を目指す。
霧深き北海で戦艦や空母が激突する!
「寒いのは苦手だよ」
「小説家になろう」と同時公開。
第四巻全23話
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》
EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ――
とある別の歴史を歩んだ世界。
その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。
第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる――
日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。
歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。
そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。
「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。
そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。
制刻を始めとする異質な隊員等。
そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。
元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。
〇案内と注意
1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。
3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。
4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。
5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。
旧陸軍の天才?に転生したので大東亜戦争に勝ちます
竹本田重朗
ファンタジー
転生石原閣下による大東亜戦争必勝論
東亜連邦を志した同志達よ、ごきげんようである。どうやら、私は旧陸軍の石原莞爾に転生してしまったらしい。これは神の思し召しなのかもしれない。どうであれ、現代日本のような没落を回避するために粉骨砕身で働こうじゃないか。東亜の同志と手を取り合って真なる独立を掴み取るまで…
※超注意書き※
1.政治的な主張をする目的は一切ありません
2.そのため政治的な要素は「濁す」又は「省略」することがあります
3.あくまでもフィクションのファンタジーの非現実です
4.そこら中に無茶苦茶が含まれています
5.現実的に存在する如何なる国家や地域、団体、人物と関係ありません
6.カクヨムとマルチ投稿
以上をご理解の上でお読みください

転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜
紫 和春
SF
二〇二〇年の現代から、一九三六年の世界に転生した八人の若者たち。彼らはスマートフォンでつながっている。
第二次世界大戦直前の緊張感が高まった世界で、彼ら彼女らはどのように歴史を改変していくのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる