鋼翼の七人 ~第二次異世界大戦空戦録 A.D.1944~

萩原 優

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◆1st day

第32話「格納庫にて」

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"独飛と言うのは、確かにエリート部隊ではありましたが、尖がった連中の集まりでもありました。腕一本で生きている自信があるから、整備兵を省みない飛行機乗りも多かったですよ。
 そんな中で南部中尉は異質でしたね。「飛行機は整備している人間のもので、自分はただ借りているだけ」なんて公言するんですから"

独飛整備兵の証言



Starring:南部隼人

 南部隼人は感嘆の息を漏らした。操作系と計器を一通りチェックした後、降参ですと両手を上げた。

「参ったな。ここまで完璧にセッティングされてると、格納庫に入り浸る口実が無くなるじゃないか」

 遠回しだが、それは最大級の賛辞だった。

 機体付の下士官はほくそ笑んで、どんなもんですと胸を張る。
 独飛に配属されてから彼とは随分とやり合ったが、今では阿吽の呼吸と言う奴だ。

「中尉の癖は分かってますから。舵は重め、だけど初期状態よりは軽い方が良い。その見極めが難しいんです。若い奴らも中尉の〔疾風はやて〕には特に気合いを入れて触ってますよ」

 〔疾風〕は、格闘戦偏重のパイロットへの対策として意図的に操縦系統を重くしてあった。急旋回は機体にもパイロットにも負荷がかかるから、不用意に行わせないための措置だ。従来の機体より自重がある〔疾風〕は、従来機と同じような感覚で機動をすると空中分解を起こしかねない。
 故に操縦桿もフットペダルも、それなりの力を入れないと操作できない。

 それでも、独飛では従来機並みに舵を軽く設定するパイロットが多かったが、隼人は舵を軽くしなければ勝てないような戦い方を好まないし、それをやっても生き残れないと思っている。

 だから操縦桿とフットバーは重めの設定で構わない。ただしあまり重いと疲労で操作が鈍るので、初期状態より若干軽い方が良い。

 独飛の使命はただ敵と戦う事ではなく、こう言った戦訓の蓄積も含まれる。と言うよりもそちらが本来の任務である。

「済まないな。世話になる」
「よしてください。中尉が居なくなったら、整備に張り合いが無くなりまさぁ」
「ははっ、それは褒め過ぎだな」

 自分がセッティングについてうるさいのは自覚しているが、彼らは文句ひとつ言わず付き合ってくれる。以前煩わしく思わないか聞いてみたところ、不機嫌になられた。

『馬鹿言っちゃいけません。中尉は俺たちを使い倒しますが、その分敬意をもって接してくれます。それに、仕事を任せる事はあっても、絶対に丸投げはしませんからね』

 真顔でそう説教され、そんなものかと頭を掻いたものだ。

「……〔誉〕は持ちそうか?」

 話題の切れ目に、一番の懸案事項を尋ねてみたが、下士官は頭を振った。

「何とも言えません。部品も人員も足りませんから。何しろデリケートな代物です。うちのカカアの方がよほど物分かりが良い」

 〔疾風〕〔紫電改しでんかい〕、そして〔Fw-190-J9ジェーナイン〕。
 その核となる〔ほまれ〕と言うエンジン、とにかく難物なのだ。

 米国に追いつく形で間に合った2000馬力級の大出力エンジンだが、軽量化と空気抵抗対策の為極限まで小型化した上に、ターボチャージャーまで押し込んだものだから、扱いづらさは前世以上のものとなってしまった。

 整備を怠るとすぐに液漏れや誤作動ノッキングを起こすのだ。

「基本設計自体はその名の通り世界に誇れるエンジンですがね。急場凌ぎ的にとは言え”あのドイツが”自国の戦闘機Fw-190に採用するぐらいですから。しかしいかんせん同盟国の技術が無いと製造すら出来ないハイブリッド混合種です」

 エンジン内に燃料を均等に送り込むシステムは精緻を極め、部品の工作精度も要求される水準が高くなる。シリンダー内の圧力もより高くなったため、強度を維持するためレアメタルも必須だ。

 残念ながらダバート王国で生産される〔誉〕エンジンは、いや日本本土での工場でさえ、ドイツ製の高性能工作機械が無ければ立ち行かない。
 日本製の機械では、要求に達する精度が出ないのだ。

 またエンジンを強化するターボチャージャーも、独力での開発は困難を極めただろう。英国からの技術供与はどうしても必要だった。

 異世界貿易で格段に豊かになったとはいえ、それが日本の現実だ。

 むしろ、豊かになった事より、「独力では不可能な事もある」と言う事を自覚した、それがこちら・・・の日本の強さだと隼人は考えている。
 足りないものは融通し合い、弱点を補い合う。海洋国家の強みを自覚したのは大きい。
 そして、現時点でそれは上手く回っている。

 だが今次大戦に敗北すれば、歴史の中で消えていった数々の海洋国家と同じ運命を辿るかもしれない。

 シーパワーは強力な海軍力を持つことが多いが、通商網の封鎖にめっぽう弱い。もし東京新宿と”門”で繋がったダバート王国ゼタン市が失陥すれば、条約国は富の源泉を失う。待っているのは自壊の道だ。
 隼人は嘆息する。

「しかし、モロに苦手な戦場に放り込まれたな。こんな人員も物資も乏しい中での運用は想定してないだろう」

 条約軍の方針としては、整備の大変な〔誉〕搭載機は重要度の高い戦場に集中配備する筈だった。そうすれば当面の間、整備兵や補給物資も潤沢な環境で戦える。

 新鋭機の数が揃う頃には、整備体制も整えられるだろう。
 それにより過酷な環境でも対応できると言う腹積もりだった。

 クーリル諸島の環境は、そんな想定とは真逆の戦場だ。
 それでも下士官は笑って宣言した。

「全力を尽くしますよ。パイロットに敢闘精神があるように、整備屋には整備屋の意地がありますから」

 隼人は頷いて笑いかける。

「ありがとう。明日は皆と一緒に飛ぶよ」

 頬をかきながら、照れと呆れが入り混じったような表情を浮かべ、下士官は言った。

「……そういうところなんですがね」

 どう言うところかと尋ねても、明確な返答はもらえなかった。
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