31 / 51
◆1st day
第30話「歓びの歌」
しおりを挟む
”あの時はただ怖くて怖くて、大声を出して泣いていました。
そうしたら聖女様の歌が聞こえて来たんです”
島民のインタビューより
Starring:早瀬沙織
診療所の待合室に集められた子供達の反応は、概ね3種類に分かれた。
ひとつは状況が理解できず戸惑う者や、大人たちの反応から何か大変な事が起きたと怯える者。
もうひとつはガミノ軍の蛮行を耳にしていて、これから自分の身に降りかかる災いに恐怖する者。
最後は戦争と言う状況が今一つ理解できず、日常の退屈から解き放ってくれると期待する者。
3番目は、爆撃ではらわたを切り裂かれた兵士が運ばれてくるとたちまち絶滅したが。
プロの兵隊であっても、恐怖は電流のごとき速さで伝播する。
ましてや年端もいかない少年少女が自制心を失うのも早かった。
リィルと沙織が訪れたのは、そんな時だった。
ふたりの姿を見ると、10歳くらいの少年が血を吐くように言った。
「どうせ俺たち、死ぬんだ」
その声を呼び水に、一斉に泣き声が起こる。
母親や祖父母たちは何とか宥めようと抱きしめ声をかけるが、絶叫は止まない。
「ど、どうしましょう。なんとか落ち着かせて……」
おろおろするリィル・ガミノと違い、早瀬沙織の腰は据わっていた。
「無駄です。今は何を言っても聞きませんよ。まあ、見ていてください」
そう言って待合室のピアノを開け、状態を確認し始める。
「調律はちゃんとしてありますね。流石です」
一切動じない沙織は、不安そうに見つめるリィルを苦笑交じりに窘めた。
「あなたまでそんなんでどうするんです?」
「で、でも……」
「大丈夫ですから、リィルは発声練習でもしていてください。この騒ぎだと誰も聞いていないでしょうが」
本当に大丈夫なのかと沙織と子供たちを交互に見る。しかしリィルの心配に反して、次第に鳴き声はすすり泣きに変わってゆく。
「泣くのって、それなりに体力がいるんですよ。さあ、歌いましょう。何の曲が良いですか?」
リィルはこんな時誰かを励ます曲は無いかと思案する。
――あった。それもつい最近知った歌だ。
「『雨に唄えば』は弾けますか?」
遠慮がちに尋ねると、沙織は微笑みと共にと一言告げた。
「良いセンスですね」
そして鍵盤に手を添える。
リィルは息を吸って、ゆっくり曲の中に入ってゆく。
どんな雨でも、嵐でも、幸せは壊せない。
来るなら来てみろ。
そんな思いを込めて歌う。
なんとかなる。なんとかなるんだ。
ぽかんと2人を見ていた子供たち、いや大人たちも、2人の旋律に耳を傾ける。やがて思い出したように歌詞を呟きだした。
曲を知らない者も、見よう見まねで声を張り上げる。
待合室は大合唱で満たされた。
何度も何度も歌って、気が付いたら皆笑っていた。
「皆さん。彼女たちは必ずガミノ軍を食い止めてくれます。だから、約束します。この島から雲が晴れたら、また皆で歌いましょう」
熱気が残る声で励ますリィルに、誰かが「本当に?」と声を上げた。
「ええ、作戦を考えたのは私の師匠です。とっても頼りになる人ですから」
「それ、ねーちゃんの男?」
マセた子供が意味も分からずそんな事を口にする。
ゴシップに飢えているのか、周りの大人たちも興味深げに沙織を見つめてくる。
「師・匠・で・す!」
頑なに否定する沙織が面白くて、つい茶々を入れてしまった。
「まだ、そうですよね?」
またもや頬っぺたを引っ張られてしまうが、同時にわっと笑い声が上がる。
子供たちはいっそう彼女を質問攻めにし、大人たちはそれを窘めるが止めようとはしない。
「じゃあ、他に歌いたい曲はありますか?」
投げやり気味に話題を逸らすと、次々と手が上がった。
「わたし、『虹の彼方に』がいい!」
「オレ、『加藤隼戦闘隊』!」
次々と手を上げる子供たちに混じって、大人たちまで遠慮がちにリクエストを始める。
「『われは海の子』をお願いしたい」
「私はラナダ国歌を」
先ほどの絶望が嘘のようだった。
こんなに楽しく歌ったのはいつぶりだろう?
子供たちは、歌を支えに耐え忍ぶ事になる。恐怖と忍耐の数日間を。
そうしたら聖女様の歌が聞こえて来たんです”
島民のインタビューより
Starring:早瀬沙織
診療所の待合室に集められた子供達の反応は、概ね3種類に分かれた。
ひとつは状況が理解できず戸惑う者や、大人たちの反応から何か大変な事が起きたと怯える者。
もうひとつはガミノ軍の蛮行を耳にしていて、これから自分の身に降りかかる災いに恐怖する者。
最後は戦争と言う状況が今一つ理解できず、日常の退屈から解き放ってくれると期待する者。
3番目は、爆撃ではらわたを切り裂かれた兵士が運ばれてくるとたちまち絶滅したが。
プロの兵隊であっても、恐怖は電流のごとき速さで伝播する。
ましてや年端もいかない少年少女が自制心を失うのも早かった。
リィルと沙織が訪れたのは、そんな時だった。
ふたりの姿を見ると、10歳くらいの少年が血を吐くように言った。
「どうせ俺たち、死ぬんだ」
その声を呼び水に、一斉に泣き声が起こる。
母親や祖父母たちは何とか宥めようと抱きしめ声をかけるが、絶叫は止まない。
「ど、どうしましょう。なんとか落ち着かせて……」
おろおろするリィル・ガミノと違い、早瀬沙織の腰は据わっていた。
「無駄です。今は何を言っても聞きませんよ。まあ、見ていてください」
そう言って待合室のピアノを開け、状態を確認し始める。
「調律はちゃんとしてありますね。流石です」
一切動じない沙織は、不安そうに見つめるリィルを苦笑交じりに窘めた。
「あなたまでそんなんでどうするんです?」
「で、でも……」
「大丈夫ですから、リィルは発声練習でもしていてください。この騒ぎだと誰も聞いていないでしょうが」
本当に大丈夫なのかと沙織と子供たちを交互に見る。しかしリィルの心配に反して、次第に鳴き声はすすり泣きに変わってゆく。
「泣くのって、それなりに体力がいるんですよ。さあ、歌いましょう。何の曲が良いですか?」
リィルはこんな時誰かを励ます曲は無いかと思案する。
――あった。それもつい最近知った歌だ。
「『雨に唄えば』は弾けますか?」
遠慮がちに尋ねると、沙織は微笑みと共にと一言告げた。
「良いセンスですね」
そして鍵盤に手を添える。
リィルは息を吸って、ゆっくり曲の中に入ってゆく。
どんな雨でも、嵐でも、幸せは壊せない。
来るなら来てみろ。
そんな思いを込めて歌う。
なんとかなる。なんとかなるんだ。
ぽかんと2人を見ていた子供たち、いや大人たちも、2人の旋律に耳を傾ける。やがて思い出したように歌詞を呟きだした。
曲を知らない者も、見よう見まねで声を張り上げる。
待合室は大合唱で満たされた。
何度も何度も歌って、気が付いたら皆笑っていた。
「皆さん。彼女たちは必ずガミノ軍を食い止めてくれます。だから、約束します。この島から雲が晴れたら、また皆で歌いましょう」
熱気が残る声で励ますリィルに、誰かが「本当に?」と声を上げた。
「ええ、作戦を考えたのは私の師匠です。とっても頼りになる人ですから」
「それ、ねーちゃんの男?」
マセた子供が意味も分からずそんな事を口にする。
ゴシップに飢えているのか、周りの大人たちも興味深げに沙織を見つめてくる。
「師・匠・で・す!」
頑なに否定する沙織が面白くて、つい茶々を入れてしまった。
「まだ、そうですよね?」
またもや頬っぺたを引っ張られてしまうが、同時にわっと笑い声が上がる。
子供たちはいっそう彼女を質問攻めにし、大人たちはそれを窘めるが止めようとはしない。
「じゃあ、他に歌いたい曲はありますか?」
投げやり気味に話題を逸らすと、次々と手が上がった。
「わたし、『虹の彼方に』がいい!」
「オレ、『加藤隼戦闘隊』!」
次々と手を上げる子供たちに混じって、大人たちまで遠慮がちにリクエストを始める。
「『われは海の子』をお願いしたい」
「私はラナダ国歌を」
先ほどの絶望が嘘のようだった。
こんなに楽しく歌ったのはいつぶりだろう?
子供たちは、歌を支えに耐え忍ぶ事になる。恐怖と忍耐の数日間を。
0
本作の設定などはwebサイトで公開しております。ライズ世界の歴史やテクノロジーについても触れているので、興味を持っていただけたら、是非遊びに来てください(`・ω・´)b王立銃士隊https://jyushitai.com/
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
転生少女は大戦の空を飛ぶ
モラーヌソルニエ
ファンタジー
薄っぺらいニワカ戦闘機オタク(歴史的知識なし)が大戦の狭間に転生すると何が起きるでしょう。これは現代日本から第二次世界大戦前の北欧に転生した少女の空戦史である。カクヨムでも掲載しています。
蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 五の巻
初音幾生
歴史・時代
日本がイギリスの位置にある、そんな架空戦記的な小説です。
1941年5月、欧州大陸は風前の灯火だった。
遣欧軍はブレストに追い詰められ、もはや撤退するしかない。
そんな中でも綺羅様は派手なことをかましたかった。
「小説家になろう!」と同時公開。
第五巻全14話
(前説入れて15話)
蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 四の巻
初音幾生
歴史・時代
日本がイギリスの位置にある、そんな架空戦記的な小説です。
1940年10月、帝都空襲の報復に、連合艦隊はアイスランド攻略を目指す。
霧深き北海で戦艦や空母が激突する!
「寒いのは苦手だよ」
「小説家になろう」と同時公開。
第四巻全23話
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》
EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ――
とある別の歴史を歩んだ世界。
その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。
第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる――
日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。
歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。
そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。
「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。
そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。
制刻を始めとする異質な隊員等。
そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。
元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。
〇案内と注意
1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。
3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。
4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。
5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。
旧陸軍の天才?に転生したので大東亜戦争に勝ちます
竹本田重朗
ファンタジー
転生石原閣下による大東亜戦争必勝論
東亜連邦を志した同志達よ、ごきげんようである。どうやら、私は旧陸軍の石原莞爾に転生してしまったらしい。これは神の思し召しなのかもしれない。どうであれ、現代日本のような没落を回避するために粉骨砕身で働こうじゃないか。東亜の同志と手を取り合って真なる独立を掴み取るまで…
※超注意書き※
1.政治的な主張をする目的は一切ありません
2.そのため政治的な要素は「濁す」又は「省略」することがあります
3.あくまでもフィクションのファンタジーの非現実です
4.そこら中に無茶苦茶が含まれています
5.現実的に存在する如何なる国家や地域、団体、人物と関係ありません
6.カクヨムとマルチ投稿
以上をご理解の上でお読みください

転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜
紫 和春
SF
二〇二〇年の現代から、一九三六年の世界に転生した八人の若者たち。彼らはスマートフォンでつながっている。
第二次世界大戦直前の緊張感が高まった世界で、彼ら彼女らはどのように歴史を改変していくのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる