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◆the day before
第22話「大人の戦い」
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”お嬢様は確かに変わられました。
以前のような思いつめた表情だけではなく、よく笑うようになられました”
護衛のメイド(匿名)のインタビューより
Starring:リィル・ガミノ
「あれが、大人の戦い方なんですね」
整備科との打ち合わせの為にその場を離れた南部隼人中尉を見送って、リィル・ガミノはぼそりと呟いた。
彼や菅野直大尉を見ていて、自分がいかに子供だったか思い知らされた。
何でもできるつもりでいた。だけどその「何でも」は、父の庇護下で発揮されるものでしかなかった。それがワルゲス中佐との「交渉」で思い知らされた。
自分は、無力だ。
なのに、菅野は島民を救うため上官の中佐に猛抗議し、南部中尉は的確なやり方で彼を「説得」した。自分も、あんなにも助けたいと願ったのに。
だから、余計な一言をこぼしてしまう。
「私、迷惑をかけただけでしたね」
力なく笑うリィルの頭に、菅野がぽんと手をのせた。
「ある男の話をしよう」
菅野がゆっくりと語り掛けた。
戸惑う彼女に付け加えた。
「その男も、また無力だった」
何の話だろうか?
しかし、問いただすよりも続きを聞くべき。心がそう告げていた。
「戦争が始まって2ヵ月くらいだ。ガミノ軍はがむしゃらに戦場を広げて、条約軍は後退を繰り返した。ある日その男は5機目の〔ゼロ戦〕をぶっ壊して、敵中に降下した」
一瞬「戦闘機ってそんなにぶっ壊すものなのかしら?」と疑問に思ったが、今それを問うべきではないだろう。
リィルは、続きを促す。
「やっとたどり着いた人里は、ガミノ兵によって殺しつくされていた。死体にはハエがたかっていて、腐敗臭が絶ち始めていた」
リィルは息をのんだ。
ガミノ兵の蛮行については聞いていた。基地の資料やミズキが調べてきた証言を聞いて、暗澹たる思いを抱いた。だからこそ戦争を止めようとあがいたし、航空隊の撤退に反対もした。
だが、直接の目撃者から生々しい話を聞くのは初めてだった。
「男性や老人はすぐ殺されたからまだいい。女子供は悲惨だった。それでも生存者がいないか家屋をひとつひとつ見て回った。気が狂いそうだったそうだ。そこで、見ちまったのさ」
「……何を、見たのでしょうか?」
リィルを撫でる手に力が入る。そして、絞り出すように言った。
「女の子の死体。妹とそっくりだったそうだ」
「ある男」が誰なのかは明白だった。
目の前の青年は、本当にあの菅野だろうか?
溢れる闘志も、溌溂とした陽気さは何処にもない。ただ等身大の苦悩する若者がそこにいた。
ああ、おんなじなんだ。
自分も、菅野であり、南部であり、ワルゲスなんだ。
「そんな悲劇を食い止めようと誓って、その男は今まで以上に粗暴で豪胆な自分を周囲に見せるようになった。好きだったものを封印して、したくもない喧嘩をして、敵を墜とす事だけを考えるようになった。英雄なんて言われるが、とんでもない。その男はただ演じているだけだ」
理想を追い求めて、現実にぶつかって……。
それでも何とかしようともがいてもがいて、がんじがらめになっている。
英雄なんて、いないんだ。
ただ、”頑張っている人”がそこにいるだけなんだ。
「つまんない話だったな。文学やら映画やらの話の方が良かっただろ?」
リィルはゆっくりと首を振った。
気恥ずかしさからか、菅野はぎこちない笑いを浮かべる。
「いいえ、道を示してくれて、ありがとうございます」
はにかんだ菅野の表情から暗い何かが消え、自然な笑みに変わる。
きっとこれが本来の彼なのだろう。
「でも、私思うんです。菅野大尉が強くなろうと努力してそうなったのなら、それはきっとどちらも菅野直なんですよ」
菅野は一瞬驚いた顔をして、リィルの頭をくしゃくしゃと撫でた。
また子ども扱いされたと頬を膨らませるリィルに、菅野は「スマンスマン」と声を上げて笑った。
「やっぱりな、お前を見ると妹を思い出すんだわ。こっちに来てから全く会っていないから、妙に懐かしくてな」
懐かしむ菅野に、何故かいらっと来た。だから言ってしまう。
「私、妹なんですか?」
何故そんな事を問うたのか自分でも分からないまま、見上げた菅野の顔は苦笑に染まっていた。
その笑顔がなんだか悔しくて、リィルは「むぅ」と唸った。
「そろそろ行かんとな。とりあえず無力な青年は仕舞っておくさ。これからは”デストロイヤー”の出番だ」
菅野はもう一度頭に手を置いて、「行ってくる」とぐらぐら揺らした。
肩をぐるぐる回しながら会議に向かう彼の背中に、リィルは言葉を投げた。
「約束してください! どんな大尉でも、好きな事だけは止めないでください!」
菅野はこちらを振り向かず、手を振って見せた。
きっとそれは肯定だろう。リィルはそう確信した。
(私も、やるべきことをやります)
リィルは決意を込めて右手を見つめる。
コンプレックスは捨てよう。今この瞬間恥ずかしくないように生きて、出来る事をしよう。
きっとうまくいく。行かせて見せる。
菅野大尉が”デストロイヤー”を演じ続けると言うなら、自分もまた”聖女”を演じきって見せよう。大勢の命の為に。
そしてそれが終わったら、今度は自分の幸せを徹底的に追いかけてやる。
その時、菅野がまだ"デストロイヤー"に縛られているようなら、自分がコックピットから引きずり出す。そして何で自由に飛ばないんですかと説教してやるのだ。
それが、彼女なりに出した答えだった。
以前のような思いつめた表情だけではなく、よく笑うようになられました”
護衛のメイド(匿名)のインタビューより
Starring:リィル・ガミノ
「あれが、大人の戦い方なんですね」
整備科との打ち合わせの為にその場を離れた南部隼人中尉を見送って、リィル・ガミノはぼそりと呟いた。
彼や菅野直大尉を見ていて、自分がいかに子供だったか思い知らされた。
何でもできるつもりでいた。だけどその「何でも」は、父の庇護下で発揮されるものでしかなかった。それがワルゲス中佐との「交渉」で思い知らされた。
自分は、無力だ。
なのに、菅野は島民を救うため上官の中佐に猛抗議し、南部中尉は的確なやり方で彼を「説得」した。自分も、あんなにも助けたいと願ったのに。
だから、余計な一言をこぼしてしまう。
「私、迷惑をかけただけでしたね」
力なく笑うリィルの頭に、菅野がぽんと手をのせた。
「ある男の話をしよう」
菅野がゆっくりと語り掛けた。
戸惑う彼女に付け加えた。
「その男も、また無力だった」
何の話だろうか?
しかし、問いただすよりも続きを聞くべき。心がそう告げていた。
「戦争が始まって2ヵ月くらいだ。ガミノ軍はがむしゃらに戦場を広げて、条約軍は後退を繰り返した。ある日その男は5機目の〔ゼロ戦〕をぶっ壊して、敵中に降下した」
一瞬「戦闘機ってそんなにぶっ壊すものなのかしら?」と疑問に思ったが、今それを問うべきではないだろう。
リィルは、続きを促す。
「やっとたどり着いた人里は、ガミノ兵によって殺しつくされていた。死体にはハエがたかっていて、腐敗臭が絶ち始めていた」
リィルは息をのんだ。
ガミノ兵の蛮行については聞いていた。基地の資料やミズキが調べてきた証言を聞いて、暗澹たる思いを抱いた。だからこそ戦争を止めようとあがいたし、航空隊の撤退に反対もした。
だが、直接の目撃者から生々しい話を聞くのは初めてだった。
「男性や老人はすぐ殺されたからまだいい。女子供は悲惨だった。それでも生存者がいないか家屋をひとつひとつ見て回った。気が狂いそうだったそうだ。そこで、見ちまったのさ」
「……何を、見たのでしょうか?」
リィルを撫でる手に力が入る。そして、絞り出すように言った。
「女の子の死体。妹とそっくりだったそうだ」
「ある男」が誰なのかは明白だった。
目の前の青年は、本当にあの菅野だろうか?
溢れる闘志も、溌溂とした陽気さは何処にもない。ただ等身大の苦悩する若者がそこにいた。
ああ、おんなじなんだ。
自分も、菅野であり、南部であり、ワルゲスなんだ。
「そんな悲劇を食い止めようと誓って、その男は今まで以上に粗暴で豪胆な自分を周囲に見せるようになった。好きだったものを封印して、したくもない喧嘩をして、敵を墜とす事だけを考えるようになった。英雄なんて言われるが、とんでもない。その男はただ演じているだけだ」
理想を追い求めて、現実にぶつかって……。
それでも何とかしようともがいてもがいて、がんじがらめになっている。
英雄なんて、いないんだ。
ただ、”頑張っている人”がそこにいるだけなんだ。
「つまんない話だったな。文学やら映画やらの話の方が良かっただろ?」
リィルはゆっくりと首を振った。
気恥ずかしさからか、菅野はぎこちない笑いを浮かべる。
「いいえ、道を示してくれて、ありがとうございます」
はにかんだ菅野の表情から暗い何かが消え、自然な笑みに変わる。
きっとこれが本来の彼なのだろう。
「でも、私思うんです。菅野大尉が強くなろうと努力してそうなったのなら、それはきっとどちらも菅野直なんですよ」
菅野は一瞬驚いた顔をして、リィルの頭をくしゃくしゃと撫でた。
また子ども扱いされたと頬を膨らませるリィルに、菅野は「スマンスマン」と声を上げて笑った。
「やっぱりな、お前を見ると妹を思い出すんだわ。こっちに来てから全く会っていないから、妙に懐かしくてな」
懐かしむ菅野に、何故かいらっと来た。だから言ってしまう。
「私、妹なんですか?」
何故そんな事を問うたのか自分でも分からないまま、見上げた菅野の顔は苦笑に染まっていた。
その笑顔がなんだか悔しくて、リィルは「むぅ」と唸った。
「そろそろ行かんとな。とりあえず無力な青年は仕舞っておくさ。これからは”デストロイヤー”の出番だ」
菅野はもう一度頭に手を置いて、「行ってくる」とぐらぐら揺らした。
肩をぐるぐる回しながら会議に向かう彼の背中に、リィルは言葉を投げた。
「約束してください! どんな大尉でも、好きな事だけは止めないでください!」
菅野はこちらを振り向かず、手を振って見せた。
きっとそれは肯定だろう。リィルはそう確信した。
(私も、やるべきことをやります)
リィルは決意を込めて右手を見つめる。
コンプレックスは捨てよう。今この瞬間恥ずかしくないように生きて、出来る事をしよう。
きっとうまくいく。行かせて見せる。
菅野大尉が”デストロイヤー”を演じ続けると言うなら、自分もまた”聖女”を演じきって見せよう。大勢の命の為に。
そしてそれが終わったら、今度は自分の幸せを徹底的に追いかけてやる。
その時、菅野がまだ"デストロイヤー"に縛られているようなら、自分がコックピットから引きずり出す。そして何で自由に飛ばないんですかと説教してやるのだ。
それが、彼女なりに出した答えだった。
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本作の設定などはwebサイトで公開しております。ライズ世界の歴史やテクノロジーについても触れているので、興味を持っていただけたら、是非遊びに来てください(`・ω・´)b王立銃士隊https://jyushitai.com/
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