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◆the day before

第19話「ガミノ海軍第3艦隊の進撃」

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”ミラン准将は、それは人気がありました。細かいところまで手が届くと言うか、現場が足りないと感じるところを、先回りしてフォローしてくれる人でしたから。
 ナイフ中将? やたらがなり立てる人としか思われてませんでしたよ”

空母〔ワスプ〕乗員の証言より



Starring:ジョセフ・ミラン

空母〔エルスト・ガミノⅠ世〕会議室

「天祐! これこそ天祐だ!」

 参謀長のジョセフ・ミラン准将は醒めた目で見つめていた。大げさな仕草で演説する艦隊司令のアンドレイ・ナイフ中将を、である。
 ミランは初老の将官だが、おおよそ覇気と言うものから縁遠い。
 軍人と言うより何処かの学校で教鞭をとっているのがしっくりくるような男だった。
 一方のナイフは、身振り手振りからみなぎる生気がうかがえる。

 確かにこれは、大きな幸運ではある。嵐のせいでクーリル諸島への援軍は遅れることだろう。
 だがその程度の幸運ではもはやどうにもならない。
 彼はノンポリだが、アンドレイ・ナイフはバリバリの武闘派、と言うより考えなしの猪突派だ。
 大方、勝手な行動をとらないように監視するつもりだろう。

(勝手な行動はとらせてもらうがな)

 ナイフ中将は枢機卿すうききょうの息子で、まだ30代の若者。親の七光で出世したコンプレックスが消せないらしい。やたらと周囲を威圧し、投機的な作戦を立てたがる。
 現場は皆煙たがっているが、この国で枢機卿に逆らえば出世は望めない。例外は自分くらいのものだろうか。それも様々な偶然と幸運に恵まれてのことだ。
 しかしこの作戦で生還しても、ミランに待っているのは左遷である。

 もともと、クーリル諸島に価値を見出したのはミランだった。
 航続距離が長い〔ムスタング〕戦闘機と飛空艇の空中発艦を組み合わせれば、クーリル諸島へ進出は可能。
 占領後島を更地にし飛行場に造成すれば、中型爆撃機くらいは運用できる。
 ここを拠点に爆撃機を活動させ、条約軍――具体的にはダバート、ラナダの通商網を寸断する。

 ただ発案者のミランは、自身で時期尚早とこのアイデアを却下した。
 実行されれば高い効果が見込めるものの、逆に占領したクーリルが干上がってしまう危険があったからだ。その為には複数の主力艦隊を集中投入する必要がある。
 万一ここで主力艦を失えば、連盟軍の戦略に支障をきたすリスクすらあるのだ。
 彼は作戦実施に十分な準備期間を設けた上で、同盟国ゾンムと合同で行うべきと上申したのだが……。

 これを剽窃したのがナイフ中将だ。
 かれは、ミランの上申書を握りつぶし、自分の提案としてぶち上げたのだ。
 しかも、不完全な形で。

 ナイフ中将の作戦は、ろくな戦力の無いクーリル諸島を攻略し、救援艦隊を叩く。その上でここを基地化。通商破壊を行い、ラナダ共和国とダバート王国の通商網に掣肘せいちゅうを加える。

 この作戦を聞いた時即座に判断した。この戦力では無理だと。
 クーリルに敵の戦力が無いのには理由がある。ガミノ海軍が攻略するには補給線が長すぎる事だ。
 もし、攻略に成功しても後続部隊の継続的な支援は必須。それが無ければ潜水艦で補給網を寸断される。あとは攻略したクーリルに飢餓と疫病がやってくるのを待つばかりである。

 会議は終了と共にナイフは釘を刺し、退出してゆく。

「くれぐれも作戦計画は遵守するように」

 幕僚たちは司令・・を敬礼で見送る。内心ではそれすら億劫であったが。
 と言っても、幕僚たちの”会議”は終わらない。ナイフの不在時に本当の・・・方針を決めるのが恒例になっているからだ。
 ミランは指揮官役を引き継ぐ。もちろん無断で。

「航海参謀。間違っても嵐に突っ込んでくれるなよ?」
「大丈夫です。余裕を持って接近しても、予定の攻撃時間には間に合います」

 米国製の空母は、同サイズの日本空母を上回る搭載数を誇る。艦載機の主翼が根元から折りたためる構造になっており、省スペースで駐機できると言うソフト面で有利な事が大きい。だが甲板上に航空機を並べて輸送する露天繋止が普通と言う運用の違いもあった。
 これにより、日本空母を上回る搭載数を誇るが、当然の事ながら悪天候には弱くなる。ここは航海参謀の腕の見せ所と言えた。

 特に彼らが擁する2隻の〔ワスプ〕級空母は、搭載数において日本の大型空母に匹敵する。とは言え米軍での基準では軽空母の域を出ない。
 あとは輸送船の護衛用に小型空母を連れているが、こちらの搭載機は旧式機が24機のみ。輸送船から離すわけにはいかないから攻撃には使えない。

 何より厄介なのは、旗艦の〔エルスト・ガミノⅠ世〕は教皇猊下の名前を冠している事だ。喪失した場合は文字通り司令部スタッフの首が飛ぶ。

 ライズの海軍には「同じ設計図を使って建造した船は、地球の名称に合わせる」習慣がある。〔ワスプ〕は米海軍が同名の艦を運用しているし、空母を護衛する小型戦艦〔アラスカ〕も米国に同名の艦がある。
 だが〔ガミノⅠ世〕は米国に同級の二番艦が無い事から自由に付けた名前である。おかげで余計な苦労を背負う事になったわけだが。
 日本海軍は、これがあるから軍艦に人名はつけないそうだ。この点については彼らが羨ましい。
 ついでに筋違いだと思いつつも、ミランは米国が〔ワスプ〕級の二番艦を建造しなかった事を恨めしく思う。

「中将にはちゃんと監視を付けておけ。場合によっては事故に遭って・・・・・・もらう」
「宜しいので?」

 念を押してくるスタッフたちに「兵の命が最優先だ」と返す。

 ナイフの方針を受けて、ミランが出した「作戦」は以下の通りだ。
 クーリル諸島の攻略と、奪還部隊の迎撃は行う。
 しかし作戦計画を遵守するのはそこまで。ナイフには”病気になって”もらい、「敵の大艦隊を発見した」とでも言い訳をつけて、とっとと引き上げてくるつもりだ。
 敵艦隊を撃破すれば、ミランもナイフも一応の面目は立つ。
 ミランは処分を受けるだろうが、それなりの功績があれば極刑にはなるまい。
 あとは退官して女房と田舎にでも引きこもらせてもらう。

 問題は、それをやる戦力も心もとないことなのだが……。

 老将に言わせれば、軍は気が大きくなっている。軍備を同盟国に依存しているにもにも拘らず。
 中立は得策ではないかもしれないが、かと言って無駄に大作戦を乱発すれば疲弊するのは我が方だ。
 ガミノ神国は同盟国ゾンムのような超大国では無い。それを皆が忘れている。

 軍と一緒に舞い上がっている国民は、恐らく大きなつけを払う事になるだろう。
 だが、それも自分たちが選んだ指導者によるものである。
 自分にできるのは、ナイフのような輩が行う無茶苦茶を尻ぬぐいするくらいだ。

 嵐の海は、暗く濁っていた。
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