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◆in the days before

第17話「同時多発的低気圧」【挿絵】

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”あの日の事は良く憶えています。
 日本では「盆と正月が一度に来た」何て言うそう・・ですが、あの時は悪魔と死神と、ついでに地獄の羅刹が揃ってやってきた感じでしたね”

南部隼人のインタビューより



同日、17:24分

 ライズ各地の灯台から、異常気象を告げる電信が飛び交った。
 この日、何の予兆もなく突然現れた低気圧は計5つ。
 中には海上ではなく、陸地に突如発生する事例まであった。

 周囲で行動していた航空機や船舶は、嵐の外周部に弾き飛ばされるように転移し、消息を絶ったと思えば突然現れた。
 中でもゾンム海軍の駆逐艦〔エルドリッジ〕は、内陸部に船体が埋まったまま発見されると言う、悲劇か喜劇か分からない事態に陥った。

 ライズ世界は大騒ぎになった。
 1年半前、ダバート王国に発生した“甲蟲”の異常発生を持ち出して、何か天変地異の前兆では無いかと予測する学者もいた。とある研究者は“箱舟”復活の前兆で、あの嵐は異世界より召喚されたのではないかと唱えている。
 いずれにしても、目の前の災害に対処しなければならない。
 それも、戦争を継続しながらである。

 その混乱ぶりは、これから訪れるかも知れない混沌を象徴するかのようだった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


Starring:南部隼人

「アレクセイ軍曹の交代要員は!?」

 予備部品を載せた〔デルタ輸送機〕が到着した時、既に嵐は迫っていた。



 吹き荒れる強風の中怒鳴りつけるように問うと、やはり怒鳴り声が返ってきた。

「後続の輸送機が運ぶはずですが、この天候では……!」

 どうやら暫くこの島に釘付けらしい。

あんなの・・・・・連れてくるなら、パイロットに来て欲しかったです」

 強風をいいことに、傍らで物騒な事を呟く早瀬沙織に「聞こえたらどうする」と言う意図を込めて、唇に手をあてチャックのジェスチャーをする。
 彼女もそれに倣って同じ仕草で応えた。
 沙織は随分と時間をかけてリィル・ガミノと基地内を散策してから、何か疲れた様子だ。大丈夫かと問うと、「ええ、まあ」と曖昧な返事が返ってきた。

(とはいえ、彼も元パイロットなんだよなぁ)

 実戦経験は無いらしいが、戦闘機乗りに抜擢されたならそれなりの技量なはずだ。なのにどうしてこうなった。

 彼らの視線の先には、菅野に状況の報告をさせるワルゲス・ゾンバルト中佐の姿があった。
 独立試験飛行隊の補給参謀に当たるが、財布の紐が過剰に固く日和見ひよりみを決め込む風見鶏なので、パイロットたちの評判は悪かった。

 今回もリィルが出奔してきたニュースを聞いて文字通り飛んできたのだろう。
 あの怪現象が起きる中でここに来るとは見上げたものだと言えなくもないが、常に手柄と保身を天秤にかけている男だから、大方時間の経過であの現象が治まったと判断したのだろう。
 目論見は見事に外れたわけだが。

 いい迷惑だが、どの道パイロットが来てもこの天候で帰還は無理だ。嵐をやり過ごすまで待つしかない。

 ワルゲス中佐は早速リィルに会おうと仰々しい態度で面会を申し込み、就寝中ですとミズキ・ヴァンスタインに追い返されていた。
 これが条約国への悪印象に繋がらない事を切に願う。

 ゲオルギー少佐に視線をやると、次々やってくる面倒事に死人のような顔をしている。
 出来る事なら自分達にもリィルにも早急にお帰り願いたいのが本音だろうが、現実は非情だった。

「司令! 嵐を逃れてきたダバートの輸送船がこちらに入港許可を求めています!」
「断れ! こっちには漁船が停泊できる港しかないんだぞ!?」

 少佐は胃の辺りを押さえながら叫ぶが、事態はもはやそんなレべルではないようだ。

「機関の故障で他の基地にはたどり着けないので、浜辺に乗り上げるそうで! ついては荷物を降ろす人員を借りたいと……あの、少佐?」

 報告に来た者が見たのは、泡を吹いて気絶するゲオルギー少佐だった。
 遠巻きに見ていた隼人は他人事のように考えていた。

(あー、これ、俺がやるしかないよね)

 隼人は頭を抱えつつ、頭の中で必要な物をリストアップし始めた。



「協力を感謝する!」

 くたくたになって陣頭指揮を執る隼人と沙織に、指揮官のヘルマン・ダマリオ少佐が敬礼した。
 やたら仕草が大仰で声が大きいのは、おそらく風雨のせいではなくそう言う人物なのだろう。

 一緒に走り回っていた沙織がらしくないばて方をしていたので、「酒でも飲んでたか?」とからかったら何故かむきになって否定していた。

 びしょ濡れで指揮を執る彼には、何度も暖を取って雨具の装着を具申したが、たちまち一喝された。

「兵隊が濡れネズミで働いておるのに、指揮官がぬくぬくと過ごせるか!」

 立派と言えば立派だが、指揮官の不摂生で各個撃破にあった例も数多く存在するのだが。

 隼人は士官学校の同期で有名な頑固者を思い出す。
 彼も戦車指揮官としてカーラム戦線で戦っているらしいが、残念ながら会う機会は持てていない。

 輸送船の乗員と基地の守備隊総出で荷物を運び出し、重量物はシートをかぶせて固定する。
 輸送船は、戦時標準船の規格を使用した戦車揚陸艇だった。4両の〔三式戦車Ⅱ型さんしきせんしゃ・にがた〕と、歩兵二個小隊50名が乗っていたが、彼らを受け入れるだけで基地の施設はパンク状態になるだろう。

 前世の戦時標準船は粗製乱造そせいらんぞうの代名詞だが、こちら・・・のものはあくまで「簡略化・規格化を徹底した船舶」程度の意味合いである。もっとも増産に次ぐ増産で品質の低下は免れないようだが、それは何処の国でも同じだろう。

「強風のせいで負傷された艦長も、命に別状はないそうだ。岸に乗り上げた艦を引っ張り出して修理するのは相当に骨だが」
「何よりです。それより、兵たちを屋内で休ませましょう。すし詰めになるでしょうが、この雨の中野営させるわけにはいきません」
「そうだな。しかし貴官らは銃士パイロットだろう? 何故歩兵の指揮を執っているのだ?」

 隼人と沙織は声を合わせ答えた。引き攣った笑顔で。

「色々あるのです」

 ダバート空軍では、パイロットを「銃士」と呼ぶ。選ばれた者が紋章入りの銃を下賜される慣習からついた名前だ。
 彼らはそれを誇りにしており、もちろん隼人も例外ではない。

 なお菅野なおしとグレッグ・ニールは新鋭機の修理で大忙しで、あっちはあっちでかなり大変な状況だ。
 ワルゲス中佐は相変わらずリィルに取り入ろうとして、ミズキにあしらわれている。
 後方でそろばんを弾くならそれなりに優秀な人物だが、こんな時に頼りになるとは思えない。

「嵐は明朝には上陸するそうです。あとのことは嵐が過ぎてから考えましょう。流石にこれ以上のトラブルは起きないでしょうから」

 完全なフラグだった。
 翌朝伝令が持ってきた通信文を一読して、自分も気絶したい気分になった。

『潜水艦〔伊-6〕より入電、我、敵艦隊を発見せり。中型空母2隻、戦艦1隻以上、巡洋艦、駆逐艦多数、進路は……』

 潜水艦が告げた敵艦隊の進路は、ここ、クーリル諸島だった。
 そして嵐に封鎖されたこの海域では、援軍に駆け付ける艦隊も、航空隊も、飛空艇すら存在しないのだ。

 クーリル諸島は、敵にとって切り分けられるのを待つケーキに過ぎなかった。
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