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◆in the days before

第12話「聖女リィル・ガミノ」

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”彼らに出会えたことは、私の人生で最も幸運な事だったのだと思います”

リィル・ガミノ 『鋼翼の7人』書籍版の寄稿より



Starring:リィル・ガミノ

「申し訳ありませんでしたっ!」

 リィルは目を白黒させた。目の前で土下座せんばかりに平身低頭している南部隼人にである。
 確かに、彼は沙織の言う通りの人物の様だ。

「頭を上げてください。私の方こそ、絶対言ってはいけない事を言ってしまいました。申し訳ありません」
「いや、しかしそれは俺が…‥‥」
「いえ、私が……」

 どんどん低姿勢になってゆく2人に、いつの間にかその場にいたミズキが冷たい声で言った。

「南部中尉、それ以上やられるとお嬢様に両手をついて謝らせることになりますが?」

 底冷えする剣呑な視線で見つめられた南部中尉は、引き攣った笑顔で顔を上げる。

「では、ここらで手打ちと言う事で」

 こうして和解は為されたのだった。



「私、親友が居たんです」

 会議室に戻ると、メイドたちが紅茶を用意して待っていた。
 地球製のお茶が懐かしいのか、士官3人は緊張した面持ちでティーカップを見つめる(後で無知を恥じたのだが、このご時世地球製の紅茶は希少品らしい)。
 3人は、紅茶の香りを楽しみながら、リィルの話に耳を傾けてくれた。

「エーナは、歌の才能があって、きっと凄い歌手になるって思ってたんです。でも、戦争になるからって留学先から呼び戻された飛行機が、エンジントラブルで不時着して……」

 菅野大尉は口をへの字に曲げて聞き入り、沙織は深刻そうに俯いた。南部中尉は真剣な表情で続きを促す。
 3人とも、この後どんな話になるのか想像がついたようだ。

「もっと大勢で探せば、助かったかもしれないんです。でもラナダとの関係が最悪になっていましたから、『戦争遂行に支障をきたすからこれ以上の人員は割けない。敵に爆撃されるから、気象情報も提供できない』って言われました」

 雪中せっちゅう行軍に熟練した部隊は、確かに貴重な戦力だろう。だがもし彼らが居れば効率的な捜索が出来ていたかもしれない。
 戦時下では天気予報などの気象情報は伏せられる事が多い。だがもしそれがあれば二次被害を恐れずに、より広範囲を探せたかもしれない。

「父も、掛け合ってはくれたのですが、あまり強いことはいってくれず、軍の言いなりでした。父は、軍の発言権が大きくなってから、私に会いに来てもくれなくなっていて……」

 リィルはそこで一呼吸おいて、絞り出すように言った。

「だから、思ってしまったんです。軍人や戦争がみんな悪いって。私が戦争を止めれば、悲しいこともなくなって、父も帰ってきてくれるって」

 沈黙が流れる。リィルは目を閉じて死んだエーナとの日々を思い出す。未だに彼女がもういないなど、信じられない事だった。
 菅野が沈黙を破る。何かを思い出すように。

「私もそんな事を考えたことがあります。悪の芽を摘めば世の中が良くなると」
「大尉さんもですか?」

 驚いて聞き返すリィルに、彼は小声で囁いた。

「ええ、軍人なんていなくなれば良いと思ってました。実は、今も半分そう思ってます」
「そんな軍人さんがいるなんて……」

 完全に想像の範囲外だった。リィルはじっと菅野大尉を見つめながら、考え込んむ。
 彼女は南部中尉に向き直ると「あのっ!」と拳を握り、そして切り出した。

「戦死された恋人さんに祈りを捧げさせてください」

 おねがいしますと頭を下げる彼女に、南部中尉はごほごほと咳き込んだ。
 沙織と師弟で反応が似ているな、と余計な事を考える。

「どこでそれを聞いてきたかは知りませんが、俺とあいつはそんな関係じゃありませんでしたよ。どちらかと言うと、『師弟』に近かったです」
「師匠? 中尉と沙織のようにですか?」
「俺はあいつほどスパルタではないつもりですが、仰る通りです。俺に飛び方を教えてくれたのはあいつでした。クロアでは激戦でそう言う関係になる暇なんてありませんでしたし」

 それは、好意自体はあったという事ではないですか……。
 南部中尉は遠い瞳で天井を見上げる。クロアの空を思い浮かべているのだろう。
 今でも彼の古巣では連盟軍相手に烈戦を繰り広げていると言う。だが、そこにその女性はいない。

 沙織を気遣おうと顔を伺うが、彼女は首を振って心配ないと訴えた。少しだけ寂しそうに。

「ま、いつかまた会えますよ。竜神教は転生の存在を認めてるんですから」

 菅野大尉が目をしばたたかせながら見つめていたが、南部中尉はリィルに感謝するように軽く一礼した。
 彼女は目を閉じて、竜神教特有の親指を広げた合掌をした。

「俺の事は良いですよ。それより、大尉の話をよく聞いた方が良いです。多分、あなたが求めている答えがあるんじゃないですかね?」

 水を向けられると、菅野大尉は「余計な事を」と渋い顔をする。
 南部中尉はいたずらっぽく舌を出したので、不謹慎にも吹き出してしまった。

「そうですね。では、まず皆さん敬語を止めてください。私は14の小娘ですので」
「いや、流石にそれは……」

 躊躇する菅野大尉をよそに、南部中尉は御付きのメイドに視線を送る。

「お嬢様がそうおっしゃるなら、構わないのでは?」

 投げやりな意見だったが、3人は顔を見合わせ、同じ結論に至った様だ。

「分かった。そうさせてもらうよ」
「だが、公の場では、そうはいかんからな」
「私は、生来こういう話し方ですので、このまま自然体でお話しますね」

 リィルの表情は破顔して「お願いします」と嬉しそうに告げた。

「では、菅野大尉は軍人なのに軍人が嫌いなのですか?」

 仕方がないとあごを掻いて、彼は少しずつ胸中を語る。

「別にすべての軍人が嫌いなわけじゃない。ただ、国を守る為ではなく、戦争の為に戦争をするような軍人は好きじゃないな」

 リィルは、その言葉を咀嚼そしゃくする様に考える。

「その違いは、何処にあるのでしょうか?」

明確に言語化しての発言ではなかったらしい。質問を返された菅野も、少しだけ思案する。

「難しい問いだなぁ。俺は、身近に守りたい者がいるかどうかだと思う。その人を守りたいなら、迂闊うかつに自分や他者を危険に晒すような戦争はしないからな」
「大尉は、守りたい人がいるのですか? 恋人とか奥さんとか」

 菅野大尉は言葉に詰まる。
 その表情には、”迷い”があった。

「……国元に、妹がいる。リィルは、和子にどこか似ているかもしれんな。一度決めたら曲げないところが」
「むぅ、私はそんなに頑固者じゃありません!」

 頬を膨らませるリィルに、彼は呵々と笑う。

「それは、会ってみたいですね」
「ははっ、田舎だがその時は歓迎するぞ」

 リィルは、彼らとの会話を「楽しい」と感じている自分に気付き始めていた。
 
 ついさっきまで自分はもう聖女には戻れないと感じていた。
 でも今は思ってしまう。
 自分を殺してまで聖女でいる必要が、本当にあるのかと。
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