鋼翼の七人 ~第二次異世界大戦空戦録 A.D.1944~

萩原 優

文字の大きさ
上 下
12 / 51
◆in the days before

第11話「兄貴のような上官」【挿絵】

しおりを挟む
”私には年上のきょうだいなんていなかったから、菅野さんに怒られたり庇って貰ったりするうちに「兄貴が居たらこんな感じかな?」と思うようになりました。
 私がそんな事を考えていたと本人が聞いたら、「気色悪い」って言いそうですが(笑)”

南部隼人のインタビューより


Starring:南部隼人

「あああ! やっちまったぁ!」

 一方の南部隼人は、こちらはこちらで後悔の極地に居た。
 クールダウンした頭で事の顛末を振り返り、やらかした行為の重さを今更ながら自覚していた。

「なあ、やっぱり失敗だったよなぁ。大尉になんて謝ろう」

 〔疾風はやて〕のエンジンカウルエンジンの覆いに手を伸ばし、ぶつぶつと愛機に話しかける。



 不用意な行動の反省まで格納庫で行うのだから、飛行機馬鹿ここに極まりである。

 基地の整備兵達が「なんだこいつ?」と言う顔をしているが、「南部中尉はあれで良い・・・・・んだ。仕事に戻れ」と追い立てられてゆく。菅野たちの受け入れの為に先んじて独飛から派遣されて来ていた下士官たちは、隼人の気性も良くわかっている。現地の人間は釈然としない様子で去ってゆく。

 人間なかなか突っ張って生きることは出来ないものである。
 散々場を引っ掻き回した挙句、事態の収拾を丸投げしてきた上官への申し訳なさで頭を抱えた。

 暴言を吐いたガミノの聖女には、まだもやもやした思いは残ってはいる。だからと言ってあそこで声を荒げるのは大人の対応では無い。
 言い返すにしても、あそこで逃げるべきでは無かった。いっそ全部吐き出して、罰を受けた方がまだ潔いだろう。
 だが事情を話せば菅野は不利益を承知で絶対隼人の肩を持つ。日頃から散々庇ってもらっているのだ。だからこそ余計に話せない。

「今からガミノ嬢に謝っても手遅れだろうか? お前どう思う?」

 勿論飛行機が答えるはずもなく。隼人はひたすら肩を落とす。

(こんな事で取り乱すなんて、俺はまだ引きずってるんだな。格好悪い)

 自分の境遇など、今のライズではありふれた話だ。
 前線ではもっと悲惨な話が転がっている。
 自分は士官。命を預かる立場だ。しっかりするべきだ。

 それに、”彼女”が残した言葉は、決して自分の死を悼んで、引きずって欲しくて言ったものではなかった。これからも人生を歩んでゆく隼人に、祝福の言葉として残した。
 自分にはそれが分かっていた筈だ。

 だったら、間違いは正すべきだ。
 とにかく菅野に相談して、それから謝罪に行こう。

「俺、頑張ってくるから見守っててくれ」

 語りかけた〔疾風〕はやはり何も答えなかったが、その姿を目に入れるだけで背中を押された気分になった。



 会議室から戻ってきた菅野なおしを捕まえると即座に言った。

「とりあえず走れ」

 直ちに敬礼して、だだっ広い飛行場を走り出す。
 こうした時、くどくど説教をしない菅野の気質はありがたい。その分鉄拳制裁の類も容赦ないのだが。
 北国の風は冷たかったが、頭を冷やすにはちょうどいい。走れば暖かくもなる。

 まったく、随分半端をしたもんだ。
 白い息を吐き出すたび、ごちゃごちゃした思考が整えられていく。

 多分、悪意を持って侮辱されたのなら、相手を軽蔑しこそすれ、怒りをぶつけることはなかった。
 ただ無邪気に、純粋な正義感をもって言われたから、自分は激昂したのだろう。

 自分は失った陶酔感を味わうために”彼女”の言葉を聞き入れ、あんな決断をした訳ではない。
 前に進むために必要だったからだ。
 ならば、うじうじと悩むのはこれっきりにしよう。

 罰走から戻ってきた隼人の顔は実に晴れ晴れとしていた。
 出迎えた菅野はにやりと笑う。
 自分が罰を命じた以上、例え寒空の下でも最後まで見届けなければいけない。
 菅野直は、そう言う士官だ。

「ご心配おかけしました」

 頭を下げる隼人に、にやりと笑う菅野。

「まったくだ。貴様はへらへら笑いながら飛行機を追いかけまわしている方が良い」
「仰る通りです!」
「いや、否定しろ!」

 力強く頷く隼人に菅野は呆れ顔だ。
 残念ながらいくら修正鉄拳制裁を食らっても、そこは治りそうにない。

「じゃあ、謝りに行くぞ」

 あごでついてこいと示す菅野に、元気よく返事をして後に続く。
 まったく根拠はないのだが、彼の人となりの一端が見えた気がした。その背中はとても嬉しそうで、人が大好きなのだろう。
 前世・・の彼は苛烈かれつな闘志と人懐っこさ、そして孤独を抱えたまま大空に散った。
 もし自分がこのライズで3度目・・・の生を受けた事に意味を見出すなら、自分と縁を結んだ人たちには幸せになって欲しい。
 南部隼人はきっと、その為に……。

「大尉。あの子、寂しいんじゃないですかね?」
「……多分な」

 見かけに反したあの辛辣さは、きっと自分の心を守るためのものだろう。
 半分は批判でなく、悲鳴なのかも知れない。
 あのくらいの歳で聖女を名乗る重責は、それはさぞ辛いものだろう。

「何とか、してやれませんかね?」

 振り向いた菅野は一瞬目を見開くと、珍獣を見るような視線を向けてきた。

「貴様、あの子に怒ってたんじゃないのか?」
「ええ、怒ってました。過去形ですが」

 苦笑を隠しきれない菅野に戸惑いがちに尋ねる。

「何か変なことを言いましたか?」
「……良いから行くぞ」

 菅野はずんずんと歩いてゆく。散々やらかした後なのに、その足取りは軽かった。
しおりを挟む
本作の設定などはwebサイトで公開しております。ライズ世界の歴史やテクノロジーについても触れているので、興味を持っていただけたら、是非遊びに来てください(`・ω・´)b王立銃士隊https://jyushitai.com/
感想 0

あなたにおすすめの小説

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

転生少女は大戦の空を飛ぶ

モラーヌソルニエ
ファンタジー
薄っぺらいニワカ戦闘機オタク(歴史的知識なし)が大戦の狭間に転生すると何が起きるでしょう。これは現代日本から第二次世界大戦前の北欧に転生した少女の空戦史である。カクヨムでも掲載しています。

蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 五の巻

初音幾生
歴史・時代
日本がイギリスの位置にある、そんな架空戦記的な小説です。 1941年5月、欧州大陸は風前の灯火だった。 遣欧軍はブレストに追い詰められ、もはや撤退するしかない。 そんな中でも綺羅様は派手なことをかましたかった。 「小説家になろう!」と同時公開。 第五巻全14話 (前説入れて15話)

蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 四の巻

初音幾生
歴史・時代
日本がイギリスの位置にある、そんな架空戦記的な小説です。 1940年10月、帝都空襲の報復に、連合艦隊はアイスランド攻略を目指す。 霧深き北海で戦艦や空母が激突する! 「寒いのは苦手だよ」 「小説家になろう」と同時公開。 第四巻全23話

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》

EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。 歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。 そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。 「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。 そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。 制刻を始めとする異質な隊員等。 そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。 元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。 〇案内と注意 1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。 3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。 4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。 5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。

旧陸軍の天才?に転生したので大東亜戦争に勝ちます

竹本田重朗
ファンタジー
転生石原閣下による大東亜戦争必勝論 東亜連邦を志した同志達よ、ごきげんようである。どうやら、私は旧陸軍の石原莞爾に転生してしまったらしい。これは神の思し召しなのかもしれない。どうであれ、現代日本のような没落を回避するために粉骨砕身で働こうじゃないか。東亜の同志と手を取り合って真なる独立を掴み取るまで… ※超注意書き※ 1.政治的な主張をする目的は一切ありません 2.そのため政治的な要素は「濁す」又は「省略」することがあります 3.あくまでもフィクションのファンタジーの非現実です 4.そこら中に無茶苦茶が含まれています 5.現実的に存在する如何なる国家や地域、団体、人物と関係ありません 6.カクヨムとマルチ投稿 以上をご理解の上でお読みください

転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜

紫 和春
SF
二〇二〇年の現代から、一九三六年の世界に転生した八人の若者たち。彼らはスマートフォンでつながっている。 第二次世界大戦直前の緊張感が高まった世界で、彼ら彼女らはどのように歴史を改変していくのか。

処理中です...