7 / 51
◆in the days before
第6話「使命のための出奔」
しおりを挟む
”自分が何とかしなければ、それだけを考えていました。
それが傲慢だと教えてくれたのが、あの島で出会った人たちです”
リィル・ガミノの回想録より
Starring:リィル・ガミノ
数時間前、公海上。
緊張のあまり、輸送機から見える空を凝視する。考え事をしながら眺める雲は、何だか焼け焦げたような色をしていた。
米国製の最新型輸送機は、10時間以上も飛行できる高性能機だ。かと言って乗っている人間は同じ姿勢を強いられることは変わりなく、それなりに疲労する。
気を張りすぎた彼女はそれすら自覚できなかったが。
(待っててね、エーナ。今私が……)
思考は目の前に差し出されたマグカップで中断された。
「疲れた時は甘い物を摂りましょう。それからここから先はラナダの勢力圏内です。……本当に宜しいのですか?」
何度目かになる念押しに、リィル・ガミノは「構いません」とだけ答えた。
メイドのミズキは、昔から自分に対して容赦がない。
いつも彼女を苛立たせるのだが、頭の冷静な部分がイエスマンばかりを周囲に置くべきでないと、衝動にブレーキをかける。
砂糖とミルクがたっぷり入った紅茶も、緊張で味は良く分からなかった。
「お疲れのようですな。少し椅子を立って背伸びした方が宜しいかと」
副機長と交代のタイミングに様子を見に来たのだろう。壮年の機長が声をかけてきた。
「機長さん。お疲れ様です」
彼はパイロットなのに右足にまひがあり、杖を突いて歩いている。
大丈夫なのかミズキに問うたら、操縦時だけ身体魔法で右足に魔力を通して、むりやり足を動かすらしい。
「久しぶりの長距離飛行で、私も少し疲れました。どうです? レコードでもかけましょうか?」
「いえ、そんな場合では……」
答えきるより早く、彼はレコードをセットしてしまう。
流れてきたのは、陽気な曲だった。ガミノでよくある宗教音楽や童謡ではないのが、何だか懐かしい。
悲しみよ来い。嵐も来い。幸せに変えてやるぞ。
そんな前向きさがリィルの感性に良く合った。
「良い歌詞ですね。アメリカの歌でしょうか?」
古代ライズ語に比べ拙い英語の知識だが、それでもシンプルな歌詞は良く分かる。
「ええ、娘の誕生日にと買ってきたものです。『雨に唄えば』と言うのですが、私もこの歌詞が気に入りまして、是非大きくなった時に聞かせてやりたいと」
「……ありがとうございます」
機長の気遣いに、随分と勇気づけられている事に気付く。
ガミノにとってアメリカは、兵器を買いこむだけあって友好国だ。だがそれすら「外国の退廃した音楽などけしからん!」などとわめきたてる人間は多く、特にここ数年はそう言った輩の声が大きくなりつつある。
聖女であるとされるリィルも、竜神を称える歌以外は自粛せざるを得ない。
おかげで、歌は大好きなのにすっかりこの分野に疎くなってしまった。
「機長、この歌、私も歌っても宜しいでしょうか?」
御付きのメイドが「それは……」と窘めようとするが、ミズキが首を振って止めた。
「ええ、B面に共通語の歌詞も入っています。私も歌いましょう」
機長は破顔して、レコード針を初期位置に戻す。
リィルは久しぶりに礼儀作法など忘れ、力いっぱい歌った。
戸惑っていたメイドたちも、ミズキが率先して歌い出すとためらいがちに歌い始め、やがてそれは合唱になった。
やがて、彼女にとってこの歌は人生の宝物となる。
決別と懐かしさ、悔恨と生きる喜び。
そして3日間の戦いと共に。
※『雨に唄えば』は1951年の映画ですが、テーマ曲は既に27年に発表されていたりします。
著作権はまだ切れていないようなので、気になった方は検索してみて下さい。本当にいい歌詞なんです。
それが傲慢だと教えてくれたのが、あの島で出会った人たちです”
リィル・ガミノの回想録より
Starring:リィル・ガミノ
数時間前、公海上。
緊張のあまり、輸送機から見える空を凝視する。考え事をしながら眺める雲は、何だか焼け焦げたような色をしていた。
米国製の最新型輸送機は、10時間以上も飛行できる高性能機だ。かと言って乗っている人間は同じ姿勢を強いられることは変わりなく、それなりに疲労する。
気を張りすぎた彼女はそれすら自覚できなかったが。
(待っててね、エーナ。今私が……)
思考は目の前に差し出されたマグカップで中断された。
「疲れた時は甘い物を摂りましょう。それからここから先はラナダの勢力圏内です。……本当に宜しいのですか?」
何度目かになる念押しに、リィル・ガミノは「構いません」とだけ答えた。
メイドのミズキは、昔から自分に対して容赦がない。
いつも彼女を苛立たせるのだが、頭の冷静な部分がイエスマンばかりを周囲に置くべきでないと、衝動にブレーキをかける。
砂糖とミルクがたっぷり入った紅茶も、緊張で味は良く分からなかった。
「お疲れのようですな。少し椅子を立って背伸びした方が宜しいかと」
副機長と交代のタイミングに様子を見に来たのだろう。壮年の機長が声をかけてきた。
「機長さん。お疲れ様です」
彼はパイロットなのに右足にまひがあり、杖を突いて歩いている。
大丈夫なのかミズキに問うたら、操縦時だけ身体魔法で右足に魔力を通して、むりやり足を動かすらしい。
「久しぶりの長距離飛行で、私も少し疲れました。どうです? レコードでもかけましょうか?」
「いえ、そんな場合では……」
答えきるより早く、彼はレコードをセットしてしまう。
流れてきたのは、陽気な曲だった。ガミノでよくある宗教音楽や童謡ではないのが、何だか懐かしい。
悲しみよ来い。嵐も来い。幸せに変えてやるぞ。
そんな前向きさがリィルの感性に良く合った。
「良い歌詞ですね。アメリカの歌でしょうか?」
古代ライズ語に比べ拙い英語の知識だが、それでもシンプルな歌詞は良く分かる。
「ええ、娘の誕生日にと買ってきたものです。『雨に唄えば』と言うのですが、私もこの歌詞が気に入りまして、是非大きくなった時に聞かせてやりたいと」
「……ありがとうございます」
機長の気遣いに、随分と勇気づけられている事に気付く。
ガミノにとってアメリカは、兵器を買いこむだけあって友好国だ。だがそれすら「外国の退廃した音楽などけしからん!」などとわめきたてる人間は多く、特にここ数年はそう言った輩の声が大きくなりつつある。
聖女であるとされるリィルも、竜神を称える歌以外は自粛せざるを得ない。
おかげで、歌は大好きなのにすっかりこの分野に疎くなってしまった。
「機長、この歌、私も歌っても宜しいでしょうか?」
御付きのメイドが「それは……」と窘めようとするが、ミズキが首を振って止めた。
「ええ、B面に共通語の歌詞も入っています。私も歌いましょう」
機長は破顔して、レコード針を初期位置に戻す。
リィルは久しぶりに礼儀作法など忘れ、力いっぱい歌った。
戸惑っていたメイドたちも、ミズキが率先して歌い出すとためらいがちに歌い始め、やがてそれは合唱になった。
やがて、彼女にとってこの歌は人生の宝物となる。
決別と懐かしさ、悔恨と生きる喜び。
そして3日間の戦いと共に。
※『雨に唄えば』は1951年の映画ですが、テーマ曲は既に27年に発表されていたりします。
著作権はまだ切れていないようなので、気になった方は検索してみて下さい。本当にいい歌詞なんです。
0
本作の設定などはwebサイトで公開しております。ライズ世界の歴史やテクノロジーについても触れているので、興味を持っていただけたら、是非遊びに来てください(`・ω・´)b王立銃士隊https://jyushitai.com/
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
転生少女は大戦の空を飛ぶ
モラーヌソルニエ
ファンタジー
薄っぺらいニワカ戦闘機オタク(歴史的知識なし)が大戦の狭間に転生すると何が起きるでしょう。これは現代日本から第二次世界大戦前の北欧に転生した少女の空戦史である。カクヨムでも掲載しています。
蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 五の巻
初音幾生
歴史・時代
日本がイギリスの位置にある、そんな架空戦記的な小説です。
1941年5月、欧州大陸は風前の灯火だった。
遣欧軍はブレストに追い詰められ、もはや撤退するしかない。
そんな中でも綺羅様は派手なことをかましたかった。
「小説家になろう!」と同時公開。
第五巻全14話
(前説入れて15話)
蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 四の巻
初音幾生
歴史・時代
日本がイギリスの位置にある、そんな架空戦記的な小説です。
1940年10月、帝都空襲の報復に、連合艦隊はアイスランド攻略を目指す。
霧深き北海で戦艦や空母が激突する!
「寒いのは苦手だよ」
「小説家になろう」と同時公開。
第四巻全23話
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》
EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ――
とある別の歴史を歩んだ世界。
その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。
第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる――
日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。
歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。
そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。
「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。
そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。
制刻を始めとする異質な隊員等。
そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。
元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。
〇案内と注意
1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。
3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。
4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。
5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。
旧陸軍の天才?に転生したので大東亜戦争に勝ちます
竹本田重朗
ファンタジー
転生石原閣下による大東亜戦争必勝論
東亜連邦を志した同志達よ、ごきげんようである。どうやら、私は旧陸軍の石原莞爾に転生してしまったらしい。これは神の思し召しなのかもしれない。どうであれ、現代日本のような没落を回避するために粉骨砕身で働こうじゃないか。東亜の同志と手を取り合って真なる独立を掴み取るまで…
※超注意書き※
1.政治的な主張をする目的は一切ありません
2.そのため政治的な要素は「濁す」又は「省略」することがあります
3.あくまでもフィクションのファンタジーの非現実です
4.そこら中に無茶苦茶が含まれています
5.現実的に存在する如何なる国家や地域、団体、人物と関係ありません
6.カクヨムとマルチ投稿
以上をご理解の上でお読みください

転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜
紫 和春
SF
二〇二〇年の現代から、一九三六年の世界に転生した八人の若者たち。彼らはスマートフォンでつながっている。
第二次世界大戦直前の緊張感が高まった世界で、彼ら彼女らはどのように歴史を改変していくのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる