6 / 36
◆in the days before
第5話「クーリル諸島の灯」【挿絵】
しおりを挟む
”隼人さんが戦死者が出る事を極端に恐れるのは皆知っていました。
時折浮かぶ陰りに気付いていながら、その時の私はただ暢気に「優しい人なんだ」なんて考えていましたが”
早瀬沙織のインタビューより
上空を舞う戦闘機たちに大喜びで手を振っていた子供たちは、大人たちに抱きかかえられ家に押し込められた。煙を吐きながらふらふらと飛んでいる1機に気付いたからだ。
島に訪れた厄災の火は、こうして灯された。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
Starring:早瀬沙織
最初に着陸を命じられたアレクセイ・レスコフ機が、ふらつきながらもゆっくり高度を落としてゆく。その光景に、早瀬沙織は息を呑んだ。
上空で信じて見守る一同は、彼の〔疾風〕の挙動を祈るように見守った。
彼の腕ならこの状態でもなんとかなる。だがその望みは裏切られる。
突然の強風にあおられ、〔疾風〕は十分に速度を殺さないまま高度を下げる。
叩きつけられるように着陸後、飛行場をスリップして、ようやく停止した。
「アレクセイ!」
着陸後、操縦席を飛び出したのは南部隼人だ。出迎えた整備兵達への挨拶もそこそこに、運び出されたアレクセイ軍曹に全力で駆けてゆく。沙織もそれを追いかけた。
「中尉、すみません。俺……」
兵士の肩を借りながら申し訳なさそうに謝罪する彼に、2人は胸を撫でおろした。どうやら少なくとも命の危険はなさそうだ。
「良く調べないと分からんが、衝撃で肩をやられているな。すぐ飛びたければ魔法医がいるが、この島にはそんな者はいないぞ? とりあえずは安静にさせておく」
軍医は早口で告げると、兵士たちにタンカを運ぶよう命じる。
師匠は軍医に「頼みます」と一礼して、アレクセイを励ました。
「大丈夫、休めばまた飛べるさ」
沙織も続けて南部中尉のことは任せてくださいと力強く頷き、タンカを見送る。
後で、こう言うところが士官になりきれていないと反省したが。
菅野直は先行していた整備科の士官を捕まえて、詳しい状況を尋ねている。彼もアレクセイのところへ駆け付けたいだろうが、状況把握を怠れば味方を殺すのだ。
沙織が軍に入れられるまで、士官なんて威張っているだけの人かと思った。だが師匠にしても彼にしても、まともな士官はなんと気苦労の多い事か。
ふと、師匠が飛行場の片隅に駐機されている飛行機を見やり、わずかに表情を固くした。
海軍の戦闘機で、キャノピーに大穴が空いているのがここからでも分かった。鼻先が尖っているから液冷式のエンジンだろう。沙織が駆る〔疾風〕はエンジンに直接風を当てて熱を逃がす空冷式だが、液冷式は冷却液を用いる。
エンジンに風を当てる必要が無いから、先端が尖っているのだ。空気抵抗も少なくスピードも速い。
「あれは?」
やってきた整備科の伍長に尋ねると、彼は言い辛そうに説明した。
「あの〔零式艦上戦闘機〕ですか? あれもこちらに突然やってきた機体ですが、残念ながらパイロットは……」
彼は「そうか」とだけ答え、両手を合わせる。
「……型式は、〔|43型〕だな」
「ハッ、〔マーリン〕エンジン搭載型です」
ふと、沙織は違和感を感じる。師匠は戦死者を前に、飛行機愛を語る人ではない。
その上、〔ゼロ戦〕を見つめる目は、いつものように玩具を見つけた子供のそれではなかった。
苦々しい哀愁を纏った何かを抱え、それでいて、嫌悪感は感じない。何かを懐かしむような……。
「ちょっと昔、な」
師匠はそれ以上語る気は無いらしい。戦死者に向けて手を合わせる。慌てて沙織も黙とうする。
竜神教の合掌は親指を竜の翼に見立てて僅かに外側に広げる。何故か彼は地球の宗教の様にぴたりと合わせる。以前どうしてかと聞いてみたが、「癖だよ」とだけしか教えてくれなかった。
「なんだと!?」
菅野の大声に、祈りは中断された。
師匠は振り返って再び駆け出し、沙織も後に続いた。
彼らが驚愕したのは、あの光の壁が現れてから1日が経過していることだった。しかも、同じく壁に吸い込まれた7機は既に基地に戻っていると言う。
菅野を可愛がっていた独飛司令の落ち込みようは大変なものだったようだ。
精鋭人の生存が分かり狂喜乱舞しているとわざわざ無電で伝えてきた。
謎の現象を潜り抜けたエンジンはダメージが思いの外大きく、アレクセイの代わりに〔疾風〕を輸送するパイロットも必要である。現在予備部品と人員を運ぶ輸送機が準備中だそうだ。
「師匠、どう言うことでしょう?」
あまりに気味の悪い事態に、分かるはずもないのに聞いてしまう。
何らかの魔法が働いた結果と言う線がまず浮かぶ。だがここまで大規模な魔法を使える術者など、100年に一度の伝説クラスだ。そのような魔法使いが出現したとは聞いていないし、したとしてもこのような事をする理由がない。
だが見上げた師匠が「まさか……な」と小声でつぶやいたのを沙織は見逃さなかった。
何か知っているのか尋ねようとした時、本日2度目の爆弾が放り込まれた。
「ガミノ空軍機! こちらに近づいてきます!」
師弟のやりとりは、叫び声とプロペラ音でかき消された。
反射的に機体に駆け寄り、主翼に足をかけてコックピットに飛び込む。
この島は敵機の行動圏外の筈だ。それでも飛来するとしたら……、それは完全な片道切符になる。
まさか、特攻?
最悪の考えが脳裏に走るが、無線機から流れてきたのは予想外の報告だった。
『接近してくるのは輸送機が1機! こちらに着陸許可を求めています!』
それが、騒動の始まりだった。
「受け入れて頂き、感謝します。こちらは確かにラナダ共和国領でよろしいのですね?」
輸送機から降り立ったのは、竜神教の聖衣をまとった銀髪の少女と、3名のメイドだった。少女の口ぶりからすると、彼女たちの輸送機もまたあの現象に巻き込まれたらしい。
あまりにミスマッチな光景に、一同は顔を見合わせる。何しろ彼女たちが乗ってきたのはガミノ神国の軍用輸送機なのだ。
「私はリィル・ガミノ。ガミノ教皇エルンスト・ガミノの娘です。ダバート国王トリスタン陛下に即時停戦の呼びかけに参りました」
その場にいた人間の顔が一斉に引き攣る。
これは、間違いなく厄介事だ。
聖都ガミノは、降臨暦元年に異界から竜神が降り立った聖地。そこに住まう教皇は、その竜神信仰を統べるライズ最高の権威とされる。
その娘は銀髪紅眼の”古代種”だと言われ、ライズ世界に2人しかいない聖女の名で呼ばれていた。
だが近年、ガミノ宗派は他宗派の台頭で相対的に勢力を減らしており、その教義は先鋭化の一途を辿る。
彼女が本物だったとして、教皇の娘一人が停戦を呼び掛けたところでどうなるわけもない。
傍らの師匠も唇をひくつかせた一人だった。
何が起こっているのか、これからどうすべきかを頭の中で整理する。
菅野の表情を伺うと一瞬彼らしくない苦悶の表情を浮かべたのが見えた。
気にはなったが、すぐ輸送機に向き直る。
ライズ世界の北部に位置するカーラム大陸。
そこは西部のガミノ神国と東部のラナダ共和国に分かれ、両者は犬猿の仲である。
ガミノが半ば棄民のような形で大陸東方の開拓追いやったのは、移民や他宗派の人々だった。彼らが打ち立てたのがラナダ共和国の前身である。
雪ばかりで産業は狩猟と漁業と言う当時の生活は、ギリギリなものだったと言う。
ところが、開拓民が魔晶石の鉱脈を掘り当てたことが争いの種となった。ガミノは鉱山の国有化を宣言し、反発した開拓民たちが大国ダバートから武器を買い込んで独立戦争を起こした。
ある地球の軍人から教えを受けた闘士たちは、見事独立を勝ち取った。劣勢の中で粘り強く老獪な彼らの戦いに、ガミノ側が音を上げたからだ。
だが当然ながら諍いは無くならない。
ラナダ人はガミノを侵略者だと思っているし、ガミノ人は現在の苦境の原因は全てラナダ人に帰すると言ってはばからない。
今次大戦が勃発してからは宗教問題まで絡み、ガミノ兵の残虐ぶりが顕著になる。捕虜を取らずに射殺は良い方で、民間人まで無差別に毒牙にかける。
ガミノ兵の狂信は条約国のみならず、味方である連盟国からも嫌悪されている有様だ。
そんなガミノの元首の娘が、ラナダ共和国の基地に堂々と降り立つなど正気の沙汰では無い。
ガミノ人は嫌われていても、教皇や聖女に対しての敬意はまだある程度残ってはいる。だがそれだって「不幸な事故」は起こりうる。
お姫様にはとりあえず一度客室にお入り頂いて、士官で集まって協議する。
基地司令のゲオルギー少佐は完全に動揺しきっていて、対応は難しそうだ。胃痛を起こして会議室と医務室を行ったり来たりしている。
飛行機で急報を知らせようと言う案も出た。しかしろくに整備をしていない戦闘機で長距離を海上移動するのは危険と師匠が反対しした。
かと言ってこの基地の戦力は、〔96式戦闘機〕が僅か8機のみ。こちらも液冷の〔イスパノ・スイザ〕エンジンに換装して近代化改修した機体だが、旧式である事は変わりない。しかもこの機体の航続距離では本土に届かない。おまけにパイロットは機種転換の為、本土で訓練中。
基地を丸裸にするとは前線なら信じられない話だが、ここは「後方」で、大戦下であっても暢気さを残していた。
輸送機に単身で行ってもらうのも論外である。万一敵と誤認されて撃墜されれば話がこじれる。
盗聴不可能の魔法通信が可能ならば万事解決だが、そのような高級品な機材がある筈もない。
結局、多少のリスクを覚悟して暗号文で報告を行う事にした。
そして、菅野は「厄介事」の道連れにすべく、師匠に告げた。
「彼女への対応は俺がやるしか無さそうだが、この手の仕事は向かん。南部、同席してくれ」
「あー、やっぱり俺ですか?」
「こういう時こそ世話好きの貴様が矢面に立つべきだろう?」
「世話好き」と言う菅野の評は、実に的を射ていると沙織は思う。
彼はそう言われて頷かない訳にはいかないだろう。
「承知しました。しかし、ここに彼女についての資料はありませんよね?」
「新聞くらいはあるだろう? 目を通す時間は無さそうだがな」
「……今日は厄日ですねぇ」
師匠は肩をすくめて他人事のように言った。
「早瀬、お前はお姫様の世話役だ。女性士官なんて、この基地ではお前さんしかいないようだからな」
どうやら、部外者を決め込むわけにはいかないようだ。
無論、師匠が矢面に立つ以上その気もないが。
時折浮かぶ陰りに気付いていながら、その時の私はただ暢気に「優しい人なんだ」なんて考えていましたが”
早瀬沙織のインタビューより
上空を舞う戦闘機たちに大喜びで手を振っていた子供たちは、大人たちに抱きかかえられ家に押し込められた。煙を吐きながらふらふらと飛んでいる1機に気付いたからだ。
島に訪れた厄災の火は、こうして灯された。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
Starring:早瀬沙織
最初に着陸を命じられたアレクセイ・レスコフ機が、ふらつきながらもゆっくり高度を落としてゆく。その光景に、早瀬沙織は息を呑んだ。
上空で信じて見守る一同は、彼の〔疾風〕の挙動を祈るように見守った。
彼の腕ならこの状態でもなんとかなる。だがその望みは裏切られる。
突然の強風にあおられ、〔疾風〕は十分に速度を殺さないまま高度を下げる。
叩きつけられるように着陸後、飛行場をスリップして、ようやく停止した。
「アレクセイ!」
着陸後、操縦席を飛び出したのは南部隼人だ。出迎えた整備兵達への挨拶もそこそこに、運び出されたアレクセイ軍曹に全力で駆けてゆく。沙織もそれを追いかけた。
「中尉、すみません。俺……」
兵士の肩を借りながら申し訳なさそうに謝罪する彼に、2人は胸を撫でおろした。どうやら少なくとも命の危険はなさそうだ。
「良く調べないと分からんが、衝撃で肩をやられているな。すぐ飛びたければ魔法医がいるが、この島にはそんな者はいないぞ? とりあえずは安静にさせておく」
軍医は早口で告げると、兵士たちにタンカを運ぶよう命じる。
師匠は軍医に「頼みます」と一礼して、アレクセイを励ました。
「大丈夫、休めばまた飛べるさ」
沙織も続けて南部中尉のことは任せてくださいと力強く頷き、タンカを見送る。
後で、こう言うところが士官になりきれていないと反省したが。
菅野直は先行していた整備科の士官を捕まえて、詳しい状況を尋ねている。彼もアレクセイのところへ駆け付けたいだろうが、状況把握を怠れば味方を殺すのだ。
沙織が軍に入れられるまで、士官なんて威張っているだけの人かと思った。だが師匠にしても彼にしても、まともな士官はなんと気苦労の多い事か。
ふと、師匠が飛行場の片隅に駐機されている飛行機を見やり、わずかに表情を固くした。
海軍の戦闘機で、キャノピーに大穴が空いているのがここからでも分かった。鼻先が尖っているから液冷式のエンジンだろう。沙織が駆る〔疾風〕はエンジンに直接風を当てて熱を逃がす空冷式だが、液冷式は冷却液を用いる。
エンジンに風を当てる必要が無いから、先端が尖っているのだ。空気抵抗も少なくスピードも速い。
「あれは?」
やってきた整備科の伍長に尋ねると、彼は言い辛そうに説明した。
「あの〔零式艦上戦闘機〕ですか? あれもこちらに突然やってきた機体ですが、残念ながらパイロットは……」
彼は「そうか」とだけ答え、両手を合わせる。
「……型式は、〔|43型〕だな」
「ハッ、〔マーリン〕エンジン搭載型です」
ふと、沙織は違和感を感じる。師匠は戦死者を前に、飛行機愛を語る人ではない。
その上、〔ゼロ戦〕を見つめる目は、いつものように玩具を見つけた子供のそれではなかった。
苦々しい哀愁を纏った何かを抱え、それでいて、嫌悪感は感じない。何かを懐かしむような……。
「ちょっと昔、な」
師匠はそれ以上語る気は無いらしい。戦死者に向けて手を合わせる。慌てて沙織も黙とうする。
竜神教の合掌は親指を竜の翼に見立てて僅かに外側に広げる。何故か彼は地球の宗教の様にぴたりと合わせる。以前どうしてかと聞いてみたが、「癖だよ」とだけしか教えてくれなかった。
「なんだと!?」
菅野の大声に、祈りは中断された。
師匠は振り返って再び駆け出し、沙織も後に続いた。
彼らが驚愕したのは、あの光の壁が現れてから1日が経過していることだった。しかも、同じく壁に吸い込まれた7機は既に基地に戻っていると言う。
菅野を可愛がっていた独飛司令の落ち込みようは大変なものだったようだ。
精鋭人の生存が分かり狂喜乱舞しているとわざわざ無電で伝えてきた。
謎の現象を潜り抜けたエンジンはダメージが思いの外大きく、アレクセイの代わりに〔疾風〕を輸送するパイロットも必要である。現在予備部品と人員を運ぶ輸送機が準備中だそうだ。
「師匠、どう言うことでしょう?」
あまりに気味の悪い事態に、分かるはずもないのに聞いてしまう。
何らかの魔法が働いた結果と言う線がまず浮かぶ。だがここまで大規模な魔法を使える術者など、100年に一度の伝説クラスだ。そのような魔法使いが出現したとは聞いていないし、したとしてもこのような事をする理由がない。
だが見上げた師匠が「まさか……な」と小声でつぶやいたのを沙織は見逃さなかった。
何か知っているのか尋ねようとした時、本日2度目の爆弾が放り込まれた。
「ガミノ空軍機! こちらに近づいてきます!」
師弟のやりとりは、叫び声とプロペラ音でかき消された。
反射的に機体に駆け寄り、主翼に足をかけてコックピットに飛び込む。
この島は敵機の行動圏外の筈だ。それでも飛来するとしたら……、それは完全な片道切符になる。
まさか、特攻?
最悪の考えが脳裏に走るが、無線機から流れてきたのは予想外の報告だった。
『接近してくるのは輸送機が1機! こちらに着陸許可を求めています!』
それが、騒動の始まりだった。
「受け入れて頂き、感謝します。こちらは確かにラナダ共和国領でよろしいのですね?」
輸送機から降り立ったのは、竜神教の聖衣をまとった銀髪の少女と、3名のメイドだった。少女の口ぶりからすると、彼女たちの輸送機もまたあの現象に巻き込まれたらしい。
あまりにミスマッチな光景に、一同は顔を見合わせる。何しろ彼女たちが乗ってきたのはガミノ神国の軍用輸送機なのだ。
「私はリィル・ガミノ。ガミノ教皇エルンスト・ガミノの娘です。ダバート国王トリスタン陛下に即時停戦の呼びかけに参りました」
その場にいた人間の顔が一斉に引き攣る。
これは、間違いなく厄介事だ。
聖都ガミノは、降臨暦元年に異界から竜神が降り立った聖地。そこに住まう教皇は、その竜神信仰を統べるライズ最高の権威とされる。
その娘は銀髪紅眼の”古代種”だと言われ、ライズ世界に2人しかいない聖女の名で呼ばれていた。
だが近年、ガミノ宗派は他宗派の台頭で相対的に勢力を減らしており、その教義は先鋭化の一途を辿る。
彼女が本物だったとして、教皇の娘一人が停戦を呼び掛けたところでどうなるわけもない。
傍らの師匠も唇をひくつかせた一人だった。
何が起こっているのか、これからどうすべきかを頭の中で整理する。
菅野の表情を伺うと一瞬彼らしくない苦悶の表情を浮かべたのが見えた。
気にはなったが、すぐ輸送機に向き直る。
ライズ世界の北部に位置するカーラム大陸。
そこは西部のガミノ神国と東部のラナダ共和国に分かれ、両者は犬猿の仲である。
ガミノが半ば棄民のような形で大陸東方の開拓追いやったのは、移民や他宗派の人々だった。彼らが打ち立てたのがラナダ共和国の前身である。
雪ばかりで産業は狩猟と漁業と言う当時の生活は、ギリギリなものだったと言う。
ところが、開拓民が魔晶石の鉱脈を掘り当てたことが争いの種となった。ガミノは鉱山の国有化を宣言し、反発した開拓民たちが大国ダバートから武器を買い込んで独立戦争を起こした。
ある地球の軍人から教えを受けた闘士たちは、見事独立を勝ち取った。劣勢の中で粘り強く老獪な彼らの戦いに、ガミノ側が音を上げたからだ。
だが当然ながら諍いは無くならない。
ラナダ人はガミノを侵略者だと思っているし、ガミノ人は現在の苦境の原因は全てラナダ人に帰すると言ってはばからない。
今次大戦が勃発してからは宗教問題まで絡み、ガミノ兵の残虐ぶりが顕著になる。捕虜を取らずに射殺は良い方で、民間人まで無差別に毒牙にかける。
ガミノ兵の狂信は条約国のみならず、味方である連盟国からも嫌悪されている有様だ。
そんなガミノの元首の娘が、ラナダ共和国の基地に堂々と降り立つなど正気の沙汰では無い。
ガミノ人は嫌われていても、教皇や聖女に対しての敬意はまだある程度残ってはいる。だがそれだって「不幸な事故」は起こりうる。
お姫様にはとりあえず一度客室にお入り頂いて、士官で集まって協議する。
基地司令のゲオルギー少佐は完全に動揺しきっていて、対応は難しそうだ。胃痛を起こして会議室と医務室を行ったり来たりしている。
飛行機で急報を知らせようと言う案も出た。しかしろくに整備をしていない戦闘機で長距離を海上移動するのは危険と師匠が反対しした。
かと言ってこの基地の戦力は、〔96式戦闘機〕が僅か8機のみ。こちらも液冷の〔イスパノ・スイザ〕エンジンに換装して近代化改修した機体だが、旧式である事は変わりない。しかもこの機体の航続距離では本土に届かない。おまけにパイロットは機種転換の為、本土で訓練中。
基地を丸裸にするとは前線なら信じられない話だが、ここは「後方」で、大戦下であっても暢気さを残していた。
輸送機に単身で行ってもらうのも論外である。万一敵と誤認されて撃墜されれば話がこじれる。
盗聴不可能の魔法通信が可能ならば万事解決だが、そのような高級品な機材がある筈もない。
結局、多少のリスクを覚悟して暗号文で報告を行う事にした。
そして、菅野は「厄介事」の道連れにすべく、師匠に告げた。
「彼女への対応は俺がやるしか無さそうだが、この手の仕事は向かん。南部、同席してくれ」
「あー、やっぱり俺ですか?」
「こういう時こそ世話好きの貴様が矢面に立つべきだろう?」
「世話好き」と言う菅野の評は、実に的を射ていると沙織は思う。
彼はそう言われて頷かない訳にはいかないだろう。
「承知しました。しかし、ここに彼女についての資料はありませんよね?」
「新聞くらいはあるだろう? 目を通す時間は無さそうだがな」
「……今日は厄日ですねぇ」
師匠は肩をすくめて他人事のように言った。
「早瀬、お前はお姫様の世話役だ。女性士官なんて、この基地ではお前さんしかいないようだからな」
どうやら、部外者を決め込むわけにはいかないようだ。
無論、師匠が矢面に立つ以上その気もないが。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる